您现在的位置: 贯通日本 >> 作家 >> 海野 十三 >> 正文

赤外線男(せきがいせんおとこ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-25 5:51:43  点击:  切换到繁體中文



     2


 それから二十四時間ほど経った。
 同じ警察署の夜更よふけである。今夜は事件もなく、署内はヒッソリかんとしていた。
 そのとき署の玄関の重い扉を、外から静かに押すものがあった。
 ギーッ、ギーッという音に、不図ふと気がついたのは例の熊岡警官だった。彼は部厚ぶあつ犯罪文献はんざいぶんけんらしいものから、顔をあげて入口を見た。
「だッ誰かッ」
 夜勤やきんの署員たちは、熊岡の声に、一斉いっせいに入口の方を見た。しかし今しがたまでギーッ、ギーッと動いていた重い扉はピタリと停っていわのように動かない。
「うぬッ」
 熊岡警官は席を離れると、ズカズカと入口の方へ飛んでいった。そしてドアに手をかけると、グッと手前へ開いた。そこには外面とのも黒手くろてのような暗闇やみばかりが眼にうつった。
「オヤー」
 熊岡警官は、何を見たのか扉の間からヒラリと戸外におどり出た。バタンと扉はひとり手に閉まる。一秒、二秒、三秒……。空間も時間も化石かせきした。
 風船がパンクするように戸口がサッと開いた。
「さア、こっちへ這入はいれ!」
 熊岡警官の怒号どごう諸共もろとも、黒インバネスを着た一人の男が転げこんできた。署員は総立ちになった。「何だ、何だッ」
 昨夜ゆうべとは違った当直の前にその男はひき据えられた。帽子を脱いだその男の顔を見て、おどろいたのは熊岡警官だった。
「なあーンだ。君は妹の轢死体れきしたいを引取って行った男じゃないか」
「うん、隅田乙吉だな」見識みしり越しの刑事も呻った。「どうしたのか」
 たしかにそれは、隅田乙吉だった。昨夜の悠然ゆうぜんたる態度に似ず、非常に落着かない。何事か云いだしかねている様子ようすだった。
「何故、僕を見て逃げようとしたのだ。署の戸口とぐちを覗うなんて、何事かッ」
「いや申します、申上げます」熊岡警官の追窮ついきゅうに隅田はとうとう声をあげた。「実は大変な間違いをやっちまったんです」
「うむ」
「昨夜この警察へ出まして、妹梅子の轢死体を頂戴ちょうだいいたして帰りましたが、まあこのような世間様に顔向けの出来ないようでございますから、お通夜つうやも身内だけとし、今日の夕刻ゆうこく先祖せんぞ代々つたわって居ります永正寺えいしょうじ墓地ぼちへ持って参りほうむったのでございます」
「それから……」
とむらいもすみまして、自宅の仏壇ぶつだんの前に、同胞きょうだいをはじめ一家のものが、ほとけの噂さをしあっていますと、丁度ちょうど今から三十分ほど前に、表がガラリと明いて……仏が帰って来たのでございます」
「なにーッ、仏が帰って来た?」警官の顔がサッと緊張した。いやな顔をして背中の方に首を廻した刑事もあった。
「死んだはずの梅子が帰ってきたんです。こりゃ、てっきり化けて出たのだと思い、一同しばらくはりつきませんでしたが、いろいろ観察したり押問答おしもんどうをしているうちに、どうやら生きている梅子らしい気がして来ました。そこで寄ってたかって聞いてみますと、梅子のやつ情夫じょうふ熱海あたみへ行っていたというのです。それを聞いて同胞は、夢のように喜び合ったわけでございますが、一方にきまして、まことにどうも……」と隅田乙吉は下を向いておそった。
莫迦ばかな奴ッ」と宿直が呶鳴どなった。「では昨夜本署から引取っていった若い女の轢死体というのは、お前の妹ではなかったというのだな」
「どうも何ともはや……」
「何ともはやで、むと思うかッ」宿直はあとでジロリと一座の署員をにらみまわした。昨夜の当直の名を大声で云って、(馬鹿野郎)と叩きつけたい位だった。他人の死骸を引取って行った奴も奴なら、引取らした奴も奴である。
「昨夜この男がデスナ」とかたわらの刑事が弁解らしく口をはさんだ。「轢死婦人の衣類や所持品を一々点検てんけんしまして、これは全部妹の持ち物に違いない。このコンパクトがどうの、この帯どめがどうのと本当らしいことを云っていったのです。ですから昨夜の当直も信じられたのだと思います」
「イヤまったく、あれは本当なのです」と隅田乙吉がたまりかねて声をあげた。「あれは出鱈目でたらめでなくて間違いないのです。妹のものに違いないのですが、さっき漂然ひょうぜんと帰宅した本物の妹も、あれと同じ衣類を着、同じハンドバッグや、コンパクトなどを持っているのです。つまり同じ服装をし、同じ持ち物をした婦人が二人あったという事になるので、これは私どもには不思議というよりほか、説明のつかないことなのです」
 これを聞いていた一座は、ギクリと胸にくぎをうたれたように感じた。どうやらこれは単純な轢死事件ばかりとは云えぬらしい。
「しかし隅田」と当直は口を開いた。「かく、お前は他人の屍体を処分してしまったことになるネ。あの轢死婦人の骨は持ってきたか」
「いや、それがです。実は火葬にしなかったのです」
「火葬にしなかった?」
「はい。私どもの墓地は相当広大でございまして、先祖代々土葬どそうということにして居ります。で、あの間違えたご婦人の遺骸いがいも、白木しらきかんおさめまして、そのまま土葬してございますような次第しだいです」
「ううん、土葬か」当直は、なあンだというような顔をした。「では直ぐに掘り出して、本署へはこんで来い。警官を立ち合わせるから、その指揮しきあおぐのだ。よいか」
 熊岡警官は、隅田乙吉について現場げんじょうへ出張することを命ぜられた。
 どうも、粗忽そこつにもほどがあるというものだ。いくらひとあるきをさせてある妹だからといって、顔面かお粉砕ふんさいしてはいるが、身体の其の他の部分に何か見覚えの特徴があったろうし、また衣類や所持品が同じだといっても、そんなに厳密に同じものがあろう筈がない。これは警察の方でも屍体を持てあまし、早く処分したいと考えていたので、よくもしらべずわたしたもので、引取人の乙吉が生れつきの粗忽者であることを知らなかったせいであると、当直とうちょくは断定した。そして熊岡警官が、婦人の屍体を掘りだしてくれば、再検査をすることによって、どこの誰だか判明するだろうと考えた。
 皆が出ていってから時間が相当経った。もう今頃は、隅田家すみだけの墓地へ着いて暗闇の中に警察の提灯ちょうちんをふっているころだろう。掘りだした屍体がここへ帰ってくるまでには、まだひまがあった。今のうちに喰べるものは喰べて置かないと、たとい若い婦人にしても、顔面のない屍体を見ると食慾がなくなるだろうと考えて、当直は夜食やしょく親子丼おやこどんぶりふたをとった。
 二箸ふたはし三箸みはしつけたところへ、署外からジリジリと電話がかかって来た。
「当直へ電話です」と電話口へ出た見習みならい警官が云った。
「おお」当直は急いでもう一と箸、口の中に押しこむと、立って卓子テーブル電話機をとりあげた。
「はアはア。……うん、熊岡君か。どうした……ええッ、なッなんだって? 墓地を掘ったところ白木の棺が出た。そして棺の蓋を開いてみると、中は藻抜もぬけのからで、あの轢死婦人の屍体が無くなっているッて! ウン、そりゃ本当か。……君、気は確かだろうネ。……イヤ怒らすつもりは無かったけれど、あまり意外なのでねェ……じゃ署員を増派ぞうはする。しっかり頼むぞッ」
 ガチャリと電話機を掛けると、当直はあわただしくホールを見廻した。そこには一大事いちだいじ勃発ぼっぱつとばかりに、一斉いっせいにこっちを向いている夜勤署員の顔とぶっつかった。
「署員の非常召集ひじょうしょうしゅうだッ」
 ピーッと警笛けいてきを吹いた。
 ドヤドヤと階段を踏みならして、署員のりて来る跫音あしおとが聞えてきた。
 当直は気がついて、喰べかけの親子丼に蓋をした。
 ――とうとう、本当の事件になってしまった。隅田乙吉の妹梅子に間違えられた轢死婦人は一体、どこの誰であるか。どうして、地下に葬った筈の屍体が棺の中から消え失せてしまったか。
 熊岡警官が保管している「茶っぽい硝子ガラス破片かけらのようなもの」は何であるか。何故それが、轢死婦人のハンドバッグの底から発見されたか。
 さて筆者は、この辺でプロローグの筆をいて、いよいよ「赤外線男せきがいせんおとこ」を紹介しなければならない。

上一页  [1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] 下一页  尾页


 

作家录入:贯通日本语    责任编辑:贯通日本语 

  • 上一篇作家:

  • 下一篇作家:
  •  
     
     
    网友评论:(只显示最新10条。评论内容只代表网友观点,与本站立场无关!)
     

    没有任何图片作家

    广告

    广告