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赤外線男(せきがいせんおとこ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-25 5:51:43  点击:  切换到繁體中文



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赤外線男せきがいせんおとこというものがんでいる!」
 途方とほうもない「赤外線男」の存在を云い出したのは、ほかならぬ深山みやま理学士だった。それは苦心の赤外線テレヴィジョン装置が組上ってから二日ほど後のことだった。
 大胆だいたんといおうか、気が変になったといおうか、深山理学士の発表におどろいたのは、学界の人達ばかりだけではなかった。逸早いちはやく帝都の諸新聞紙はこの発表をデカデカの活字で報道したものだから、知るとらざるとを問わず、どこからどこの隅々すみずみまで、一大センセイションが颶風ぐふうの如くきあがった。
「赤外線男というものがんでいるそうだ」
「そいつは、わし等の眼には見えぬというではないか」
「深山理学士の何とかという器械で見ると、確かに見えたというではないか」
 などと、人の噂は千里を走った。
 なにが「赤外線男」だ?
 深山理学士の言うところによればうだ。
はかねて学界に予告して置いた赤外線テレヴィジョン装置の組立てを、ほど完成した。これは普通のテレヴィジョンと殆んど同じものだが、変っている点は、赤外線だけに感ずるテレヴィジョンで、可視光線は装置の入口の黒い吸収硝子きゅうしゅうガラスで除いて、装置の中には入れない。だから徹頭徹尾てっとうてつび、赤外線しか映らないテレヴィジョンである。
「予はこの装置の完成するや、永い間の欲望を何よりも早く達したいものと思い、装置を使って、研究所の運動場の方向をのぞくことにした。折から夕刻だった。肉眼では人の顔も仄暗ほのくらくハッキリ見別けのつかぬような状態であったが、この赤外線テレヴィジョンに映るものは、殆んど白昼はくちゅうと変らない明るさであった。それは太陽の残光ざんこうが多量の赤外線を含んで、運動場を照しているせいに違いなかった。勿論画面の調子から云って、吾人ごじんが既に充分に知っている赤外線写真と同じで、たとえば樹々の青い葉などは雪のように真白まっしろにうつって見えた。なんという驚くべき器械の魅力みりょくであるか。
「しかしこれは真の驚きではなかった。後になって予を発病に近いまでに驚倒きょうとうせしめるものがあろうとは、今日の今日まで考えたことがなかった。それは実に、吾人がいまだ肉眼で見たことのなかった不思議な生物が、この器械によって発見されたことである。それは確かに運動場の上をゴソゴソといまわっていた。予は眼のせいではないかと、器械から眼を離し、肉眼でもって運動場を見たが、そこにはその影もない。これはと思って、赤外線テレヴィジョン装置をのぞいてみると、確かに運動場のテニスコートの棒ぐいの傍に、動いているものがあるのだ。その内に、の生き物は直立ちょくりつした。それを見ると驚くべし、人間である。しかも日本人の顔をした男である。背は相当に高い。がっちりえている。なんか真黒な洋服を着ているようだ。鳥渡ちょっと悪魔のような、また工場の隅から飛び出してきた職工のような恰好である。それほどアリアリとながめられる人の姿でありながら、一度元の肉眼にくがんにかえると、薩張さっぱり見えない。赤外線でないと一向に姿の見えない男――というところから、予はこの生物に『赤外線男』なる名称をつけたいと思う。
 しかし残念なことに、やがてこの『赤外線男』はこっちに気がついたものと見え、キッと歯をむいて怒ったような顔をしたかと思うと、ツツーっと逸走いっそうを始めた。そしてアレヨアレヨと云ううちに、視界の外に出てしまった。おどろいてテレヴィジョン装置のレンズを向け直したが、最早もはや駄目だった。しかしかくも、予は初めて『赤外線男』のんでいることを知った。われ等人間の肉眼では見えない人間がんでいるとは、何というおどろくべきことだ。そしてまア、何という恐ろしいことだ」
 深山みやま理学士の発表は、大体こんな風の意味のものだった。
「赤外線男」という名詞で、一つの流行語になってしまった。帝都の市民は、この「赤外線男」が今にも自分の身近みぢかに現われるかと思って戦々恟々せんせんきょうきょうとしていた。
 そのうちに、ボツボツ「赤外線男」の仕業しわざと思われることが、警視庁へ報告されて来るようになった。
 郊外の文化住宅の卓子テーブルの上に、温く湯気ゆげの立ち昇る紅茶のコップを置かせてあったが、主人公がさア飲もうと思ってその方へ手を出すと、これは不思議、紅茶が半分ばかり減っていた。これはきっと「赤外線男」が忍びこんでいて、グーッとやったんだろうというような話もあった。
 ギンザ、ダンスホールの夜更よふけ。ジャズにはやされて若き男と女とが踊り狂っている。そのときアブれて、壁際かべぎわの椅子にしょんぼり腰をかけていた稍々やや年増としまのダンサーが、キャーッと悲鳴をあげると何ものかを払いのけるような恰好をし、おどろいてダンスをめて駈けよる人々の腕も待たず、パッタリ床の上にたおれてしまった。ブランデーを与えて元気をつけさせ、さてどうしたのかとたずねてみると、彼女が椅子にかけているとき、何者とも知れず急にギュッと身体を抱きすくめた者があったというのだ。目をみはっているが、人影も見えない。それなのに、ヒシヒシと肉体の上に圧力がかかってくる。これは赤外線男に抱きつかれたんだと思うと急に恐ろしくなって、あとは無我夢中むがむちゅうだったという。――何がさいわいになるか判らないもので、「赤外線男」に抱きつかれたダンサーというので、いままでアブれちだったのが急に流行はやりになって、シートがぐんぐん上へ昇っていった。
 こうなると何事も、暗闇くらやみだからといって安心してするわけにはゆかなかった。何時いつ赤外線男にアリアリとのぞかれてしまうか知れなかったのである。
 これに類する報告は、日一日とえていった。しかし赤外線男のすることが、この辺の程度なら、それは悪戯小僧いたずらこぞう又は軽い痴漢ちかんみたいなもので、迷惑ではあるけれど、大して恐ろしいものではない。いやひょいとすると、それ等の小事件は赤外線男に対する疑心暗鬼ぎしんあんきから出たことで、本当の赤外線男の仕業ではないのじゃないか。或いは赤外線男といわれるものも、深山理学士の錯覚さっかくであって始めから赤外線男なんて、居ないのじゃないか。こんな風に、赤外線男に対する期待はずれを口にする人も少くはなかった。
 だがしかし「赤外線男」否定党が大きな顔をしていられるのも、永い時間ではなかった。ここに突如とつじょとして赤外線男の魔手ましゅは伸び、帝都全市民のおもては紙のように色をうしなって、「赤外線男」恐怖症きょうふしょうかからなければならなくなった。――それは赤外線男発見者の深山理学士の研究室が不可解な襲撃しゅうげきをうけたことだった。
 これは午前二時前後の出来ごとだったけれど、警視庁へ報告されたのはもう夜明けの五時頃だった。場所が場所であるし、赤外線男のうわさの高い折柄おりからでもあったので、ただちに幾野いくの捜査課長、雁金かりがね検事、中河予審判事なかがわよしんはんじ等、係官一行が急行した。
 取調べの結果、判明した被害は、深山研究室のドアが破壊せられ、あの有名なる赤外線テレヴィジョン装置が滅茶滅茶にこわされているばかりか、室内のあらゆる戸棚とだなや引出しが乱雑にまわされ、あの装置に関する研究記録などが一枚のこらず引裂かれているというひどい有様ありさまだった。
 襲撃されたところは、もう一ヶ所あった。それは深山研究室に程近い研究所の事務室だった。ここでも同じ様な狼藉ろうぜきが行われているのみか、壁の中に仕掛けられたがくのうしろのかくし金庫が開かれ、現金千二百円というものが盗まれてしまった。
 さて当の深山理学士は、当夜とうや例のとおり、研究室内に泊っていた筈だが、どうしていたかと云うと、赤外線男のために、もろくも猿轡さるぐつわをはめられ両手をうしろしばられて、室内にあった背の高い変圧器のてっぺんにほうりあげられて、パジャマ一枚でふるえていた。これを発見したのは係官の一行だった。
「この事件を真先まっさきに発見したのは、誰かネ」
 と幾野捜査課長は、せ集った研究所の一同を見廻みまわしていった。
わしでございます」年寄の用務員が云った。「儂は毎晩研究所を見廻わっている役でございます」
「発見当時のことを残らずべてみなさい」
「あれは午前二時頃だったかと思いますが、見廻わりの時間になりましたので、懐中電灯をもって、夜番よばんの室から外に出ようとしますと、気のせいか、どっかで物を壊すようなゴトゴトバリバリという音がします。どうやら深山研究室の方向のように思いました。これは火事でも起ったのかと思い、戸口を開けてやみ戸外そとへ一歩踏み出した途端とたんに、脾腹ひばらをドスンと一つきやられて、そのまま何もかも判らなくなりました。大変寒いので気がついてみますと、もう夜は明けかかり、わしは元の室の土間どまの上にころがっているという始末しまつ。それからおどろいて窓から外へ飛び出すと、門衛もんえいのいますところまで駈けつけて、大変だとわめきましたようなわけです」
「すると、お前が脾腹をやられたとき、何か人の形は見なかったか」
「それが何にも見えませんでございました」
ついでに聞くが、お前は赤外線男というのを聞いたことがあるか」
「存じて居ります。昨夜のあれは、赤外線男でございましたでしょうか」老人は急に臆気おくきがついてブルブルふるえ出した。
 課長は、用務員を下げると、今度は深山理学士を呼び出した。
「昨夜、貴方の襲撃された模様をお話し下さい」
「どうも面目次第めんぼくしだいもないことですが」と学士はまず頭をいて「何時頃だったか存じませぬが、研究室のベッドに寝ていた私は、ガタリというかなり高い物音に不図ふと眼をさましてみますと、どうでしょうか。室の入口のドアの上半分がポッカリ大孔おおあなが明いています。これは枕許まくらもとのスタンドをけて寝るものですから、それで判ったのです。私は吃驚びっくりして跳ね起きました。すると、あの赤外線テレヴィジョン装置がグラグラとひとれ始めました。オヤと思う間もなく、装置のふたッという間もなく宙に舞い上り、ガタンと床の上に落ちました。私が呆然ぼうぜんとしていますと、今度はガチャーンと物凄ものすごい音がして、あの装置が破裂したんです。真空管しんくうかん破片はへんが飛んできました。大きな廻転盤が半分ばかりもげて飛んでしまう。つづいてガチャンガチャンと大きなレンズがこわれて、頑丈がんじょうなケースが、まきでも割るようにメリメリと引裂かれる。私はきもつぶしましたが、ひょっとすると、これはこの装置で見たことのある赤外線男ではないかしらと考えると、ゾーッとしました。見るからざるものを視た私への復讐ふくしゅうなのではないかしらと思いました。私はソッと逃げ出し、室の隅ッこにでも隠れるつもりで、寝床ねどこからすべりようとするところを、ギュッと抱きすくめられてしまいました。それでいて身のまわりには何の異変もないのです。しかし身体の自由は失われて、恐ろしい力がヒシヒシと加わり、骨が折れそうになるので、思わず『痛い、助けてれ』と怒鳴どなりました。ところがイキナリ、ガーンと頭へ一撃くってその場へ昏倒こんとうしてしまったのです。それから途中、全然記憶がけているのですが、イヤというほどよこぱら疼痛とうつうを覚えたので、ハッと気がついてみますと、私は妙なところにっているのです。それが先刻せんこく、皆さんから降ろしていただいたあの背の高い変圧器の上です。口には猿轡さるぐつわませられ、手は後に縛られ、立ち上ることも出来ない有様です。下を見ると、これはどうでしょう。奇々怪々な光景が悪夢あくむのように眼に映ります。実験戸棚のドアが、風にあおられたように、パターンと開く、するとたなに並べてあった沢山の原書げんしょが生き物のようにポーンポンと飛び出してきては、床の上に落ちる。引出しが一つ一つ、ヒョコヒョコ脱け出して飛行機の操縦のようなことをすると、中に入っていた洋紙ようしや薬品の小壜こびんなどが、花火のように空中に乱舞する。いやその化物屋敷のような物凄い光景は、正視せいしするのが恐ろしく、思わず眼を閉じて、日頃となえたこともなかったお念仏ねんぶつ口誦くちずさんだほどでした」
 理学士は、そこで一座の顔を見廻わしたが、憐愍れんびんを求めるように見えた。
「それから、どうしたです」課長はなおも先をうながした。
「それからです。室内の騒ぎが少し静まると、こんどは、こわれた戸口がガタガタと鳴りました。何だか廊下に跫音あしおとがして、それが遠のいてゆくように聞えました。すると間もなく、向うの方で大きなひびきがしはじめました。掛矢かけやでもって扉を叩き割るような恐ろしい物音です。それは今から考えてみますと、どうも事務室の入口のように思われました。その物音もいつしか消えて、こんどは又別の、ゴトンゴトンという音にかわり、何となく小さい物を投げつけているように思いましたが、それも五分、十分とつうちに段々静かになり、やがて何にも聞えなくなりました。私は赤外線男がまだ此の室へ引返してくるのではないかと、気もたましいも消し飛ばしてガタガタふるえていましたが、さいわいにもその後、別に異変も起らず、やっと我れに返ったようなわけでした。いや何と申してよいか、あのように恐ろしいと思ったことはありませんでした」
 そういって深山理学士は、大きい溜息ためいきをついたのであった。
「君は、そのとき、何かドアの閉るような物音をききはしなかったかネ」と課長がたずねた。
「そうです。そういえば、跫音あしおとらしいものが空虚な反響はんきょうをあげて、トントンと遠のくように思いましたが、別に扉がギーッと閉まる音は気がつきませんでした」
「ふふん、それはどうも……」課長は低くうなった。
「どうでしょうか、ちょっとおたずねしますが」と事務員の一人がオズオズと進み出でた。「今の深山みやま先生のお話では、赤外線男が、この建物から扉を閉めて出て行った様子がございませんが、そうしますと、赤外線男はまだこの建物の中でウロついているのでございましょうか」
「そりゃ判らんね」と太った刑事が云った。「この辺にウロウロしているかも知れないが、また一方から考えると、赤外線男が建物から出てゆくときにゃ、別に所長さんに叱られるわけではないから、君のように必ず扉をガタンと閉めてゆくとは限らないからナ」
 そのとき一人の刑事と何かささやき合っていた雁金検事が、捜査課長の肩をつっついた。
「君、一つ発見したよ。このへやの戸棚の隅に大きな靴の跡があったよ」
「靴の跡ですか」
「そうだ。これはちょっと変っている大足だ。無論、深山理学士のでもないし、またこれは男の靴だから、このへやのダリア嬢のものでもない。寸法から背丈を計算して出すと、どうしても五尺七寸はある。それからゴムのかかと摩滅具合まめつぐあいから云ってこれは血気盛けっきさかんな青年のものだと思うよ」
「検事さん、待って下さい」と捜査課長はあわ気味ぎみに云った。
「その足跡は果して犯人のでしょうか、どうでしょうか」
「それは勿論もちろん、いまのところ戸棚の隅にあったというだけのことさ」
「それにですな、赤外線男というのは、眼に見えない人間なんじゃないですか。その見えない人間が、足跡を残すというのは滑稽こっけいじゃないでしょうか」
「しかし君」と検事も中々負けてはいなかった。「深山君の報告によると、赤外線男はこの運動場を人間のような恰好して歩いていたというぞ。してみれば、赤外線男とて、地球の重力じゅうりょくをうけて歩いているので、空中を飛行しているわけではない。だから身体は見えなくても、大地だいちに接するところには、赤外線男の足跡が残らにゃならんと思うよ」
「足跡が見えるなら、靴も見えたっていいでしょう。すくなくとも、靴の裏は見えたっていいわけです。そこには我々の眼に見える泥がついているのですからネ」
 課長と検事とは喋っていながらも、この難問題が自分たちのはたけではないことに気がついた。
「ねえ、君」と検事が鼻に小皺こじわをよせてささやくように云った。「これはどうも俺たちの手にはおえないようだよ。第一、知識が足りない」
「そうですヨ」と課長も苦笑した。
「仕方がないから、これは一つ例の男を頼むことにしてはどうかネ。帆村荘六ほむらそうろくをサ」
「帆村君ですか。実は私も前からそれを考えていたのです」
 二人の意見は直ぐにまとまった。そしてあらたに呼び出されるべき帆村荘六という男。これはご存知の方も少くはないと思うが、素人探偵として近頃売り出して来た青年で、科学の方面にも相当明るいという人物だった。
 こうして取調べも一と通り終り、報告書も作られたけれど、直接の被害の中にとうとうれてしまった一つの重大なる品物があった。それは深山理学士が戸棚の中に秘蔵ひぞうしていた或る品物だったが、彼はそれを係官に報告しなかった。それは決して忘れたわけではなくて、故意こいに学士の心にめたものと思われる。一体、その品物はどんなものだったか。
 とにかく深山学士研究室の襲撃事件によりて、赤外線男の生態せいたいというものが、大分はっきりしてきた。

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