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家なき子(いえなきこ)01

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-1 11:43:28  点击:  切换到繁體中文


     ジョリクール氏(し)

 夜明けまえの予告(よこく)はちがわなかった。
 日がきらきらかがやきだした。その光線は白い雪の上に落ちて、まえの晩(ばん)あれほどさびしくどんよりしていた森が、きょうは目がくらむほどのまばゆさをもってかがやき始めた。
 たびたび親方はかけ物の下に手をやって、ジョリクールにさわっていたが、このあわれな小ざるはいっこうに温まってこなかった。わたしがのぞきこんでみると、かれのがたがた身ぶるいをする音が聞こえた。
 かれの血管(けっかん)の中の血がこおっていたのである。
「とにかく村へ行かなければならない。さもないとジョリクールは死ぬだろう。すぐたつことにしよう」
 毛布(もうふ)はよく温まっていた。それで小ざるはその中にくるまれて、親方のチョッキの下のすぐ胸(むね)に当たる所へ入れられた。わたしたちの仕度ができた。
 小屋を出て行こうとして、親方はそこらを見回しながら言った。
「この小屋にはずいぶん高い宿代(やどだい)をはらった」
 こう言ったかれの声はふるえた。
 かれは先に立って行った。わたしはその足あとに続(つづ)いた。わたしたちが二、三間(げん)(四~六メートル)行くと、カピを呼(よ)んでやらなければならなかった。かわいそうな犬。かれは小屋の外に立ったまま、いつまでも鼻を、仲間(なかま)がおおかみにとられて行った場所に向けていた。
 大通りへ出て十分間ほど行くと、とちゅうで馬車に会った。その御者(ぎょしゃ)はもう一時間ぐらいで村に出られると言った。これで元気がついたが、歩くことは困難(こんなん)でもあり苦しかった。雪がわたしのこしまでついた。
 たびたびわたしは親方にジョリクールのことをたずねた。そのたんびにかれは、小ざるはまだふるえていると言った。
 やっとのことでわたしたちはきれいな村の白屋根を見た。わたしたちはいつも上等な宿屋(やどや)にとまったことはなかった。たいてい行っても追い出されそうもない、同勢(どうぜい)残(のこ)らずとめてくれそうな木賃宿(きちんやど)を選んだ。
 ところが今度は親方がきれいな看板(かんばん)のかかっている宿屋へはいった。ドアが開いていたので、わたしはきらきら光る赤銅(あか)のなべがかかって、そこから湯気のうまそうに上っている大きなかまどを見ることができた。ああ、そのスープが空腹(くうふく)な旅人にどんなにうまそうににおったことであろう。
 親方は例(れい)のもっとも『紳士(しんし)』らしい態度(たいど)を用いて、ぼうしを頭にのせたまま、首を後ろにあお向けて、宿屋(やどや)の亭主(ていしゅ)にいいねどこと暖(あたた)かい火を求(もと)めた。初(はじ)めは宿屋の亭主もわたしたちに目をくれようともしなかった。けれども親方のもっともらしい様子がみごとにかれを圧迫(あっぱく)した。かれは女中に言いつけて、わたしたちを一間(ひとま)へ通すようにした。
「早くねどこにおはいり」と親方は女中が火をたいている最中(さいちゅう)わたし言った。わたしはびっくりしてかれの顔を見た。なぜねどこにはいるのだろう。わたしはねどこなんかにはいるよりも、すわってなにか食べたほうがよかった。
「さあ早く」
 でも親方がくり返した。
 服従(ふくじゅう)するよりほかにしかたがなかった。寝台(ねだい)の上には鳥の毛のふとんがあった。親方がそれをわたしのあごまで深くかけた。
「少しでも温まるようにするのだ」とかれは言った。「おまえが温まれば温まるほどいいのだ」
 わたしの考えでは、ジョリクールこそわたしなんぞよりは早く温まらなければならない。わたしのほうは、いまではもうそんなに寒くはなかった。
 わたしがまだ毛のふとんにくるまってあったまろうと骨(ほね)を折(お)っているとき、親方はジョリクールを丸(まる)くして、まるで蒸(む)し焼(や)きにして食べるかと思うほど火の上でくるくる回したので、女中はすっかりびっくりした。
「あったまったか」と親方はしばらくしてわたしにたずねた。
「むれそうです」
「それでいい」かれは急いで寝台(ねだい)のそばに来て、ジョリクールをねどこにつっこんで、わたしの胸(むね)にくっつけて、しっかりだいているようにと言った。かわいそうな小ざるは、いつもなら自分のきらいなことをされると反抗(はんこう)するくせに、もういまはなにもかもあきらめていた。かれは見向きもしないで、しっかりだかれていた。けれどもかれはもう冷(つめ)たくはなかった。かれのからだは焼(や)けるようだった。
 台所へ出かけて行った親方は、まもなくあまくしたぶどう酒を一ぱい持って帰って来た。かれはジョリクールに二さじ三さじ飲ませようと試(こころ)みたけれど、小ざるは歯(は)を食いしばっていた。かれはぴかぴかする目でわたしたちを見ながら、もうこのうえ自分を責(せ)めてくれるなとたのむような顔をしていた。それからかれはかけ物の下から片(かた)うでを出して、わたしたちのほうへさし延(の)べた。
 わたしはかれの思っていることがわからなかった。それでふしぎそうに親方の顔を見ると、こう説明(せつめい)してくれた。
 わたしがまだ来なかったじぶん、ジョリクールは肺炎(はいえん)にかかったことがあった。それでかれのうでに針(はり)をさして出血させなければならなかった。今度病気になったのを知ってかれはまた刺絡(しらく)(血を出すこと)してもらって、先(せん)のようによくなりたいと思うのであった。
 かわいそうな小ざる。親方はこれだけの所作(しょさ)で深く感動した。そしてよけい心配になってきた。ジョリクールが病気だということはあきらかであった。しかもひじょうに悪くって、あれほど好(す)きな砂糖(さとう)入りのぶどう酒すらも受けつけようとはしないのであった。
「ルミ、ぶどう酒をお飲み。そしてとこにはいっておいで」と親方が言った。「わたしは医者を呼(よ)んで来る」
 わたしもやはり砂糖入りのぶどう酒が好きだということを白状(はくじょう)しなければならない。それにわたしはたいへん腹(はら)が減(へ)っていた。それで二度と言いつけられるまも待たず、一息にぶどう酒を飲んでしまうと、また毛ぶとんの中にもぐりこんだ。からだの温かみに、酒まではいって、それこそほとんど息がつまりそうであった。
 親方は遠くへは行かなかった。かれはまもなく帰って来た。金ぶちのめがねをかけた紳士(しんし)――お医者を連(つ)れて来た。さるだと聞いては医者が来てくれないかと思って、ヴィタリスは病人がなんだということをはっきり言わなかった。それでわたしがとこの中にはいって、トマトのような赤い顔をしていると、医者はわたしの額が手を当てて、すぐ「充血(じゅうけつ)だ」と言った。
 かれはよほどむずかしい病人にでも向かったようなふうで首をふった。
 うっかりしてまちがえられて、血でも取られてはたいへんだと思って、わたしはさけんだ。
「まあ、ぼくは病人ではありません」
「病人でない。どうして、この子はうわごとを言っている」
 わたしは少し毛布(もうふ)を上げて、ジョリクールを見せた。かれはその小さな手をわたしの首に巻(ま)きつけていた。
「病人はこれです」とわたしは言った。
「さるか」とかれはさけんで、おこった顔をして親方に向かった。「きみはこんな日にさるをみせにわたしを連(つ)れ出したか」
 親方はなかなか容易(ようい)なことでまごつくような、まのぬけた男ではなかった。ていねいにしかも例(れい)の大(おお)ふうな様子で、医者を引き止めた。それからかれは事情(じじょう)を説明(せつめい)して、ふぶきの中に閉(と)じこめられたことや、おおかみにこわがってジョリクールがかしの木にとび上がったこと、そこで死ぬほどこごえたことを話した。
「病人はたかがさるにすぎないのですが、しかしなんという天才でありますか。われわれにとってどれほどだいじな友だちであり、仲間(なかま)でありますか。どうしてこれほどのふしぎな才能(さいのう)を持った動物をただの獣医(じゅうい)やなどに任(まか)されるものではない。村の獣医というものはばかであって、その代わりどんな小さな村でも、医師といえば学者だということはだれだって知っている。医師の標札(ひょうさつ)の出ているドアの呼(よ)びりんをおせば、知識(ちしき)があり慈愛(じさい)深い人にかならず会うことができる。さるは動物ではあるが、博物学者(はくぶつがくしゃ)に従(したが)えば、かれらはひじょうに人類(じんるい)に近いので、病気などは人もさるも同じようにあつかわれると聞いている。のみならず学問上の立場から見ても、人とさるがどうちがうか、研究してみるのも興味(きょうみ)のあることではないでしょうか」
 こういうふうに説(と)かれて、医者は行きかけていた戸口からもどって来た。
 ジョリクールはたぶんこのめがねをかけた人が医者だということをさとったとみえて、またうでをつき出した。
「ほらね」と親方がさけんだ。「あのとおり刺絡(しらく)していただくつもりでいます」
 これで医者の足が止まった。
「ひじょうにおもしろい。なかなかおもしろい実験(じっけん)だ」とかれはつぶやいた。
 一とおり診察(しんさつ)して、医者はかわいそうなジョリクールが今度もやはり肺炎(はいえん)にかかっていることを告(つ)げた。医者はさるの手を取って、その血管(けっかん)に少しも苦しませずにランセット(針)をさしこんだ。ジョリクールはこれできっと治(なお)ると思った。刺絡(しらく)をすませて、医者はいろいろと薬剤(やくざい)にそえて注意をあたえた。わたしはもちろんとこの中にはいってはいなかった。親方の言いつけに従(したが)って、看護婦(かんごふ)を務(つと)めていた。
 かわいそうなジョリクール。かれは自分を看護してくれるのでわたしを好(す)いていた。かれはわたしの顔を見てさびしく笑(わら)った。かれの顔つきはひじょうに優(やさ)しかった。
 いつもあれほど、せっかちで、かんしゃく持ちで、だれにもいたずらばかりしていたかれが、それはもうおとなしく従順(じゅうじゅん)であった。
 その後毎日、かれはいかにわたしたちをなつかしがっているかを示(しめ)そうと努(つと)めた。それはこれまでたびたびかれのいたずらの犠牲(ぎせい)であったカピに対してすらそうであった。
 肺炎(はいえん)のふつうの経過(けいか)として、かれはまもなくせきをし始めた、この発作(ほっさ)のたびごとに小さなからだがはげくふるえるので、かれはひどくこれを苦しがった。
 わたしの持っていたありったけの五スーで、わたしはかれに麦菓子(むぎがし)を買ってやった。けれどこれはよけいかれを悪くした。
 かれのするどい本能(ほんのう)で、かれはまもなくせきをするたんびにわたしが麦菓子をくれることに気がついた。かれはそれをいいことにして、自分のたいへん好(す)きな薬をもらうために、しじゅうせきをした。それでこの薬はかれをよけい悪くした。
 かれのこのくわだてをわたしが見破(みやぶ)ると、もちろん麦菓子(むぎがし)をやることをやめたが、かれは弱らなかった。まずかれは哀願(あいがん)するような目つきでそれを求(もと)めた。それでくれないと見ると、かれはとこの上にすわって両手を胸(むね)の上に当てたまま、からだをゆがめて、ありったけの力でせきをした。かれの額(ひたい)の青筋(あおすじ)がにょきんととび出して、なみだが目から流れた。そしてのどのつまるまねをするのが、しまいには本物になって、もう自分でおさえることができないほどはげしくせきこんだ。
 わたしはいつも親方が一人で出て行ったあと、ジョリクールといっしょに宿屋(やどや)に残(のこ)っていた。ある朝かれが帰って来ると、宿(やど)の亭主(ていしゅ)がとどこおっている宿料(しゅくりょう)を要求(ようきゅう)したことを話した。かれがわたしに金の話をしたのはこれが初(はじ)めてであった。かれがわたしの毛皮服を買うために時計を売ったということはほんのぐうぜんにわたしの聞き出したことであって、そのほかにはかれのふところ具合がどんなに苦しいか、ついぞ打ち明けてもらったことはなかったが、今度こそかれはもうわずか五十スーしかふところに残(のこ)っていないことを話した。
 こうなってただ一つ残(のこ)った手だてとしては、今夜さっそく一興行(こうぎょう)やるほかにないとかれは考えていた。
 ゼルビノもドルスもジョリクールもいない興行。まあ、そんなことができることだろうか、とわたしは思った。
 それができてもできなくても、どう少なく見積(みつ)もってもすぐ四十フランという金をこしらえなければならないとかれは言った。ジョリクールの病気は治(なお)してやらなければならないし、部屋(へや)には火がなければならないし、薬も買わなければならないし、宿(やど)にもはらわなければならない。いったん借(か)りている物を返せば、あとはまた貸(か)してもくれるだろう。
 この村で四十フラン。この寒空といい、こんなあわれない一座(いちざ)でなにができよう。
 わたしが、ジョリクールといっしょに宿(やど)に待っているあいだに親方がさかり場で一けん見世物小屋を見つけた。なにしろ野天(のてん)で興行(こうぎょう)するなんということはこの寒さにできない相談(そうだん)であった。かれは広告(こうこく)のびらを書いて、ほうぼうにはり出したり、二、三枚(まい)の板でかれは舞台(ぶたい)をこしらえたりした。そして思い切って残(のこ)りの五十スーでろうそくを買うと、それを半分に切って、明かりを二倍(ばい)に使うくふうをした。
 わたしたちの部屋(へや)の窓(まど)から見ていると、かれは雪の中を行ったり来たりしていた。わたしはどんな番組をかれが作るか、心配であった。
 わたしはすぐにこの問題を解(と)くことができた。というのは、そのとき村の広告屋(こうこくや)が赤いぼうしをかぶってやって来て、宿屋(やどや)の前に止まった。たいこをそうぞうしくたたいたあとで、かれはわれわれの番組を読み上げた。
 その口上(こうじょう)を聞いていると、よくもきまりが悪くないと思われるほど親方は思い切って大げさなふいちょうをした。なんでも世界でもっとも高名な芸人(げいにん)が出る――それはカピのことであった――それから『希世(きせい)の天才なる少年歌うたい』が出る。その天才はわたしであった。
 それはいいとして、この山勘口上(やまかんこうじょう)で第一におもしろいことは、この興行(こうぎょう)に決まった入場料(にゅうじょうりょう)のなかったことであった。われわれは見物の義侠心(ぎきょうしん)に信頼(しんらい)する。見物は残(のこ)らず見て聞いてかっさいをしたあとで、いくらでもお志(こころざし)しだいにはらえばいいというのである。
 これがわたしにはとっぴょうしもなくだいたんなやり方に思われた。だれがわたしたちをかっさいする者があろう。カピはたしかに高名になってもいいだけのことはあったけれど、わたしが……わたしが天才だなどとは、どこをおせばそんな音(ね)が出るのだ。
 たいこの音を聞くと、カピはほえた。ジョリクールはちょうどひじょうに悪かった最中(さいちゅう)であったが、やはり起き上がろうとした。たいこの音とカピのほえ声を聞くと、芝居(しばい)の始まる知らせであるということをさとったようであった。
 わたしは無理(むり)にかれをねどこにおしもどさなければならなかった。するとかれは例(れい)のイギリスの大将(たいしょう)の軍服(ぐんぷく)――金筋(きんすじ)のはいった赤い上着とズボン、それから羽根(はね)のついたぼうしをくれという合図をした。かれは両手を合わせてひざをついて、わたしにたのみ始めた。いくらたのんでも、なにもしてもらえないとみると、かれはおこって見せた。それからとうとうしまいにはなみだをこぼしていた。かれに向かって、今夜芝居(しばい)するなんという考えを捨(す)てなければならないことを納得(なっとく)させるには、たいへんな手数のかかることがわかっていた。それよりもかくれて出て行くほうがいいとわたしは思った。
 親方が帰って来ると、かれはわたしにハープをしょったり、いろいろ興行(こうぎょう)に入りようなものを用意するように言いつけた。それがなんの意味だということを知っているジョリクールは、今度は親方に向かって請求(せいきゅう)を始めた。かれは自分の希望(きぼう)を表すために苦しい声をしばり出したり、顔をしかめたり、からだを曲げたりするよりいいことはなかった。かれのほおにはほんとうになみだが流れていたし、親方の手におしつけたのは心からのキッスであった。
「おまえも芝居(しばい)がしたいのか」と親方はたずねた。
「そうですとも」とジョリクールのからだ全体がさけんでいるように思われた。かれは自分がもう病人でないことを示(しめ)すために、とび上がろうとした。でもわたしたちは外へかれを連(つ)れ出せば、いよいよかれを殺(ころ)すほかはないことをよく知っていた。
 わたしたちはもう出て行く時刻(じこく)になった。出かけるまえにわたしは長く持つようにいい火をこしらえて、ジョリクールを毛布(もうふ)の中にすっかりくるんだ。かれはまたさけんで、できるだけの力でわたしをだきしめた。やっとわたしたちは出発した。
 雪の中を歩いて行くと、親方はわたしに今夜はしっかりやってもらいたいということを話した。もちろん一座(いちざ)の主(おも)な役者たちがいなくなっていては、いつものようにうまくいくはずはなかったが、カピとわたしとでおたがいにいっしょうけんめいにやれるだけはやらなければならなかった。なにしろ四十フラン集めなければならなかった。
 四十フラン。おそろしいことであった。できない相談(そうだん)であった。
 親方はいろいろなことを用意しておいたので、わたしたちがすべきいっさいのことはろうそくの火をつけることであった。けれどこれはむやみにつけてしまうこともできない。見物がいっぱいになるまではひかえなければならない。なにしろ芝居(しばい)のすむまでに明かりがおしまいになるかもしれないのであった。
 わたしたちがいよいよ芝居小屋にはいったとき、広告屋(こうこくや)はたいこをたたいて、最後(さいご)にもう一度村の往来(おうらい)を一めぐりめぐり歩いていた。
 カピとわたしの仕度ができてから、わたしは外へ出て、柱の後ろに立って見物の来るのを待っていた。
 たいこの音はだんだん高くなった。もうそれはさかり場に近くなって、ぶつぶつ言う人の声も聞こえた。たいこのあとからは子どもがおおぜい調子を合わせてついて来た。たいこを打ちやめることなしに、広告屋(こうこくや)は芝居小屋(しばいごや)の入口にともっている二つの大きなかがり火のまん中に位置(いち)をしめた。こうなると見物はただ、中にはいって場席(ばせき)を取れば、芝居(しばい)は始められるのであった。
 おやおや、いつまで見物の行列は手間を取ることであろう。それでも戸口のたいこはゆかいそうにどんどん鳴り続(つづ)けていた。村じゅうの子どもは残(のこ)らず集まっているにちがいなかった。けれど四十フランの金をくれるものは子どもではなかった、ふところの大きい、物おしみをしない紳士(しんし)が来てくれなければならなかった。
 とうとう親方は始めることに決心した。でも小屋はとてもいっぱいになるどころではなかった。それでもわたしたちはろうそくというやっかいな問題があるので、このうえ長くは待てなかった。
 わたしはまずまっ先に現(あらわ)れて、ハープにつれて二つ三つ歌を歌わなければならなかった。正直に言えばわたしが受けたかっさいはごく貧弱(ひんじゃく)だった。わたしは自分を芸人(げいにん)だとはちっとも思ってはいなかったけれど、見物のひどい冷淡(れいたん)さがわたしをがっかりさせた。わたしがかれらをゆかいにしえなかったとすると、かれらはきっとふところを開けてはくれないであろう。わたしはわたしが歌った名誉(めいよ)のためではなかった。それはあわれなジョリクールのためであった。ああ、わたしはどんなにこの見物を興奮(こうふん)させ、かれらを有頂天(うちょうてん)にさせようと願(ねが)っていたことだろう……けれども見物席(けんぶつせき)はがらがらだったし、その少ない見物すら、わたしを『希世(きせい)の天才』だと思っていないことは、わかりすぎるほどわかっていた。
 でもカピは評判(ひょうばん)がよかった。かれはいく度もアンコールを受けた。カピのおかげで興行(こうぎょう)が割(わ)れるようなかっさいで終わった。かれらは両手をたたいたばかりでなく、足拍子(あしびょうし)をふみ鳴らした。
 いよいよ勝負の決まるときが来た。カピはぼうしを口にくわえて、見物の中をどうどうめぐりし始めた。そのあいだわたしは親方の伴奏(ばんそう)でイスパニア舞踏(ぶとう)をおどった。カピは四十フラン集めるであろうか。見物に向かってはありったけのにこやかな態度(たいど)を示しながら、この問題がしじゅうわたしの胸(むね)を打った。
 わたしは息が切れていた。けれどカピが帰って来るまではやめないはずであったから、やはりおどり続(つづ)けた。かれはあわてなかった。一枚(まい)の銀貨(ぎんか)ももらえないとみると、前足を上げてその人のかくしをたたいた。
 いよいよかれが帰って来そうにするのを見て、もうやめてもいいかと思ったけれど、親方はやはりもっとやれという目くばせをした。
 わたしはおどり続(つづ)けた。そして二足三足カピのそばへ行きかけて、ぼうしがいっぱいになっていないことを見た。どうしていっぱいになるどころではなかった。
 親方はやはりみいりの少ないのを見ると、立ち上がって、見物に向かって頭を下げた。
「紳士(しんし)ならびに貴女(きじょ)がた。じまんではございませんが、本夕(ほんせき)はおかげさまをもちまして、番組どおりとどこおりなく演(えん)じ終わりましたとぞんじます。しかしまだろうそくの火も燃(も)えつきませんことゆえ、みなさまのお好(この)みに任(まか)せ、今度は一番てまえが歌を歌ってお聞きに入れようと思います。いずれ一座(いちざ)のカピ丈(じょう)はもう一度おうかがいにつかわしますから、まだご祝儀(しゅうぎ)をいただきませんかたからも、今度はたっぷりいただけますよう、まえもってご用意を願(ねが)いたてまつります」
 親方はわたしの先生ではあったが、わたしはまだほんとうにかれの歌うのを開いたことはなかった。いや、少なくともその晩(ばん)歌ったように歌うのを開いたことがなかった。かれは二つの歌を選(えら)んだ。一つはジョセフの物語で、一つはリシャール獅子王(ししおう)の歌であった。
 わたしはほんの子どもであったし、歌のじょうずへたを聞き分ける力がなかったが、親方の歌はみょうにわたしを動かした。かれの歌を聞いているうちに、目にはなみだがいっぱいあふれたので、舞台(ぶたい)のすみに引っこんでいた。
 そのなみだの霧(きり)の中から、わたしは、前列のこしかけにすわっていた若(わか)いおくさんがいっしょうけんめい手をたたいているのを見た。わたしはまえから、この人が一人、今夜小屋に集まった百姓(ひゃくしょう)たちとちがっていることを見つけた。かの女は若(わか)い美しい貴婦人(きふじん)で、そのりっぱな毛皮の上着だけでもこの村一番の金持ちにちがいないとわたしは思った。かの女はいっしょに子どもを連(つ)れていた。その子もむちゅうでカピにかっさいしていた。ひじょうによく似(に)ているところを見れば、それはかの女のむすこであった。
 初(はじ)めの歌がすむと、カピはまたどうどうめぐりをした。ところがそのおくさんはぼうしの中になにも入れなかったのを見て、わたしはびっくりした。
 親方が第二の曲をすませたとき、かの女は手招(てまね)きをしてわたしを呼(よ)んだ。
「わたし、あなたの親方さんとお話ししたいんですがね」とかの女は言った。
 わたしはびっくりした。(そんなことよりもなにかぼうしの中へ入れてくれればいい)とわたしは思った。カピはもどって来た。かれは二度目のどうどうめぐりでまえよりももっとわずか集めて来た。
「あの婦人(ふじん)がなにか用があると言うのか」と親方がたずねた。
「あなたにお話がしたいそうです」
「わたしはなにも話すことなんかない」
「あの人はなにもカピにくれませんでした。きっといまそれをくれようというんでしょう」
「じゃあ、カピをやってもらわせればいい。わたしのすることではない」
 そうは言いながら、かれは行くことにして、犬を連(つ)れて行った。わたしもかれらのあとに続(つづ)いた。そのとき一人の僕(ぼく)(下男)が出て来て、ちょうちんと毛布(もうふ)を持って来た。かれは婦人(ふじん)と子どものわきに立っていた。
 親方は冷淡(れいたん)に婦人(ふじん)にあいさつをした。
「おじゃまをしてすみませんでした。けれどわたくし、お祝(いわ)いを申し上げたいと思いました」
 でも親方は一言(ごん)も言わずに、ただ頭を下げた。
「わたくしも音楽の道の者でございますので、あなたの技術(ぎじゅつ)の天才にはまったく感動いたしました」
 技術の天才。うちの親方が。大道の歌うたい、犬使いの見世物師(みせものし)が。わたしはあっけにとられた。
「わたしのような老(お)いぼれになんの技術(ぎじゅつ)がありますものか」とかれは冷淡(れいたん)に答えた。
「うるさいやつとおぼしめすでしょうが」と婦人(ふじん)はまた始めた。
「なるほどあなたのようなまじめなかたの好奇心(こうきしん)を満足(まんぞく)させてあげましたことはなによりです」とかれは言った。「犬使いにしては少し歌が歌えるというので、あなたはびっくりしておいでだけれど、わたしはむかしからこのとおりの人間ではありませんでした。これでも若(わか)いじぶんにはわたしは……いや、ある大音楽家の下男(げなん)でした。まあおうむのように、わたしは主人の口まねをして覚(おぼ)えたのですね。それだけのことです」
 婦人(ふじん)は答えなかった。かの女は親方の顔をまじまじと見た。かれもつぎほのないような顔をしていた。
「さようなら、あなた」とかの女は外国なまりで言って、「あなた」ということばに力を入れた。
「さようなら。それからもう一度今夜味わわせていただいた、このうえないゆかいに対してお礼を申し上げます」こう言ってカピのほうをのぞいて、ぼうしに金貨(きんか)を一枚(まい)落とした。
 わたしは親方がかの女を戸口まで送って行くだろうと思ったけれど、かれはまるでそんなことはしなかった。そしてかの女がもう答えない所まで遠ざかると、わたしはかれがそっとイタリア語で、ぶつぶこごとを言っているのを聞いた。
「あの人はカピに一ルイくれましたよ」とわたしは言った。そのときかれは危(あぶ)なくわたしにげんこを一つくれそうにしたけれど、上げた手をわきへ垂(た)らした。
「一ルイ」とかれはゆめからさめたように言った。「ああ、そうだ、かわいそうに、ジョリクールはどうしたろう。わたしは忘(わす)れていた。すぐ行ってやろう」
 わたしはそうそうに切り上げて、宿(やど)へ帰った。
 わたしはまっ先に宿屋(やどや)のはしごを上がって部屋(へや)へはいった。火は消えてはいなかったが、もうほのおは立たなかった。
 わたしは手早くろうそくをつけた。ジョリクールの声がちっともしないので、わたしはびっくりした。
 やがてかれが陸軍大将(りくぐんたいしょう)の軍服(ぐんぷく)を着て、手足をいっぱいにつっぱったまま、毛布(もうふ)の上に横になっているのを見た。かれはねむっているように見えた。
 わたしはからだをかがめて、優(やさ)しくかれの手を取って引き起こそうとした。
 その手はもう冷(つめ)たかった。
 親方がそのとき部屋にはいって来た。
 わたしはかれのほうを見た。
「ジョリクールが冷(つめ)たいんですよ」とわたしは言った。
 親方はそばへ来て、やはりとこの上にのぞきこんだ。
「死んだのだ」とかれは言った。「こうなるはずであった。ルミや、おまえをミリガン夫人(ふじん)の所から無理(むり)に連(つ)れて来たのは悪かった。わたしは罰(ばっ)せられたのだ。ゼルビノ、ドルス、それから今度はジョリクール……だがこれだけではすむまいよ」


 

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