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生死卍巴(せいしまんじどもえ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-2 7:41:26  点击:  切换到繁體中文


 物語少しく後へ戻る。
 飛騨の萩村は街道筋における、相当に賑やかなうまやじであって、旅籠はたご屋などにもよいものがあった。
 宮川茅野雄が難を受け、森林の中へ姿を没した、ちょうどその日のことであったが、この萩村の四挺の駕籠が、旅人を乗せて入り込んで来た。
 夕暮のことであったので、旅籠屋の門口かどぐちでは出女でおんななどが、大声で旅人を呼んでいた。
 その一軒の柏屋かしわやというのへ、一挺の駕籠が入って行った。
 駕籠から現われたのは若い武士であったが、高貴の身分のお方らしく、云われぬ威厳を持っていた。
 で、丁寧にあつかわれて、奥まった部屋へ通って行った。
 その武士の乗っていた駕籠の後から、もう一挺の駕籠がついて来たが、これは柏屋の前を過ぎて、先の方へ向かって進んで行った。
 が、どうしたのか不意に止まると、ユルユルと後へ引っ返して、柏屋の門口で止まってしまった。
 と、その中から客が出たが、それは威厳のある老武士であった。
 そうしてこの武士も丁寧に、下女に奥の間へ案内されて、姿を消してしまった時、二挺の駕籠が肩を揃えて、同じ柏屋の門口へ止まった。
 一挺の駕籠から現われたのは、身分に見当の附かないような、小気味の悪い老人であったが、もう一挺の駕籠から現われたのは、美しい若い女であった。
 この二人はどうやら連れと見えて、二言三言囁いたかと思うと、打ち揃って奥の部屋へ通って行った。
 その後でも幾組か泊まり客があったが、特に目立つような客はなかった。
 全く日が暮れて夜となった。
「お泊まりなさいまし」「柏屋でございます」「へいへいこれはお早いお着きで」――などと云っていた出女の声も、封ぜられたようになくなって、萩村の駅は寂静ひっそりとなった。
 こうして夜が次第に更け、柏屋でも門へかんぬきを差した。客も家の者もしんについたらしい。
 で、何事もなさそうであった。
 では何事も起こらなかったか?
 いやいや変わった事件が起こった。
 奥に一つの部屋があったが、消えていた行燈あんどんが不意にともり、ぽっと明るく部屋を照らした。
 見れば一人の老武士が、床から起きて行燈のそばに、膝を揃えて坐っている。

老武士は?

 二番目に着いた駕籠の中から、立ち現われた老武士であった。
 何やら口の中で呟いたかと思うと、老武士は部屋の中を見廻した。と、にわかに立ち上った。それからそっとふすまをあけて、隣り部屋の様子をうかがった。
「隣り部屋には客がない」
 で、安心したようであった。が、再びそろそろと歩いて、反対側の襖へ行くと、細目に開けて覗いて見た。
「有難い、この部屋にも客がない」
 しかしそれでも不安心と見えて、廊下に向かった障子をあけると、顔を差し出して左右を見た。
「よし」――で、引っ返し、二度行燈の側へ坐り、両手をたもとから懐中ふところへ入れた。
 取り出したのは小箱であったが、真に美しいさば色の光が、小箱の中から射るように射して、部屋を瞬間に輝やかした。
 小箱の中を覗いている、老武士の顔の嬉しそうなことは!
 この老武士は何者であろう?
 他ならぬ松平碩寿翁せきじゅおうであった。
 それにしても何のためにこのような所へ、碩寿翁ともある人が、供も連れずに来たのであろう?
 それには怪奇な事情がある。
 根津仏町勘解由店かげゆだな刑部おさかべ屋敷の露地口で、京助という手代から、一個ひとつの品物を奪い取って以来、碩寿翁は蠱物まじものにでもかれたかのように、心が絶えず動揺し、心が恐怖に襲われた。
 時にはこんなように口走ったりした。
「あのお方があんな所にいられようとは! ……俺はとうとう感付かれてしまった。……俺に恐ろしいはあのお方ばかりだ。俺は体を隠さなければならない」
 で、恐怖に耐えられなくなって、江戸を発足したのであった。
「長崎へ行こう! 長崎へ行こう!」
(この素晴らしい値打ちのある物を、売るのはいかにも惜しいけれど、あのお方にあのように感付かれた以上は、とうてい持ってはいられない。売って金に代えることにしよう。これほどの物を買い取る者は、長崎の蘭人らんじんの他にはない)
 で、長崎へ向かったのであった。
 しかるに何という事だろう。碩寿翁の乗っている駕籠の前に、いつも一挺の駕籠がいて、ゆるゆると進んで行くではないか。そればかりなら何でもなかった。その駕籠が強い力をもって、碩寿翁の駕籠を支配するではないか。
 その駕籠が旅籠屋へ入ったとする。と、碩寿翁の乗っている駕籠も同じ旅籠屋へ入るのであった。
 これに気が付いた碩寿翁は、云われぬ恐怖と不思議とを感じて、その駕籠の支配から遁れようとした。
「これこれ駕籠屋、他の旅籠へつけろ」
「へいへいよろしゅうございます」
 ――他の旅籠屋へつけようとする。と、どうだろう、碩寿翁自身が、駕籠の中から云うではないか。
「これこれ駕籠屋どうしたものだ。先へ行く駕籠の入った旅籠へ、すぐこの駕籠をつけてくれ」
 同じ旅籠屋へ泊まるのであった。
 こうして道中をしているうちに、長崎へは行かずに飛騨の山中の、萩村の柏屋へ来たのであった。
 さて今碩寿翁は行燈の側へ、膝を揃えて坐っている。
「この立派過ぎる原形のままでは、人に売ろうにも買い手があるまい。惜しいけれども割ることにしよう」
 憑かれているような碩寿翁であった。こう声に出して呟くと、またも懐中へ手を入れたが、てのひらの中へ隠れるほどにも、小さい長方形の揉み皮張りの、小箱を取り出して膝の上へ置いた。すぐささやかな音のしたのは、その箱のふたがあいたからであろう。何が箱の中に入っていたか? 日本の国内では見られないような、精巧を極めた洋鑢ようやすりだの、メスだのきりだのの道具類が、整然として入っていた。
 碩寿翁であったがメスを取ると、右手でメスの柄を握って、注意しいしい下へ下ろした。
 下りて行くメスの下にあるのは、真に美しい鯖色の光を、ギラギラと空へ投げている、そう云う品物を底に蔵した、例の小さい箱であった。
 しかるにこの時隣りの部屋で、囁き合っている男と女があった。
「今夜こそどうでも取らなければならない」
 こう云ったのは男であった。
 すると女が囁き返した。
「そうとも、どうしても取らなければならない」
「眠っているだろうか? 起きているだろうか?」
「そっと襖をあけてごらんよ」
「何となく俺には恐ろしい。碩寿翁様が相手だからな」
「と云ってうっちゃっては置かれないよ。……ここまで尾行つけて来た甲斐かいだってないよ」
「それにしてもどういうお考えから、碩寿翁様には飛騨などという、こんな山国へ来られたのだろう?」
「私達には関係かかわりはないよ。……襖をあけて覗いてごらんよ」
 ここの部屋には燈火ともしびがなかった。
 で、二人の男と女の、姿を見ることが出来なかった。
 が、もし燈火があったならば、囁き合っている男と女が、夕暮時に柏屋のかどへ、二挺の駕籠を並べてつけ、揃って奥へ通って行った、老人と若い美しい、女とであることが見て取れたであろう。
 しかしそれにしても碩寿翁が、さっき方この部屋を覗いた時には、客がなかったはずである。
 それだのに今は二人もいる。
 これはどうしたことなのであろう?
 思うに二人の男と女は、どこか別の部屋にいたのであったが、この時その部屋から忍び出て、この部屋へ潜入したのであろう。
 と、この部屋へ一筋の、細い明るい光の縞が出来た。
 男が襖をあけたので、隣りの部屋の行燈の火が、隙間から射して来たのであった。
「あッ」と、云う声が突然に起こった。
「大変だ! 割りおる! 二つに割りおる!」
 つづいてこう云う声がした。
おのれ! 無礼! 覗きおったな!」
 間髪を入れず風を切って、物を投げる音がヒューッとした。
 しかし、続いて清浄と威厳と、神々こうごうしさを備えたような声が、どこからともなく聞こえてきた。
「物は完全に保つがよい! 美しさも神聖さも完全にある! ……碩寿翁、碩寿翁、物をこぼつな!」
 この時碩寿翁は刀を抜いて、部屋の一所に立っていたが、その眼は細く開けられている、襖の一方に注がれていた。見れば襖の縁の辺りに、碩寿翁が投げたらしいメスが一本、鋭く光って立っていた。
「…………」
 無言で碩寿翁は眼を返したが、反対側の襖を睨んだ。清浄で威厳のある神々しい声が、その襖の奥の方から、碩寿翁へ聞こえてきたのである。
「恐ろしいことだ! 恐ろしいことだ!」
 碩寿翁はワナワナと顫え出した。
「今のお声はあのお方のお声だ!」
(しかしどうしてあのお方が?)
 で、碩寿翁はヒョロヒョロと歩いて、襖の方へ寄って行ったが、恐る恐る襖を引きあけた。
 空虚! 闇! 人の姿はなかった。
「二組の人間に狙われている! 俺は一体どうしたらいいのだ!」
 またたたずんだ碩寿翁の、足もとに置かれてある小箱から、何と美しく何と高貴な、光が放たれていることか!

 その翌日のことであった。四挺の駕籠が前後して、柏屋の門口からかき出され、高山の方へ進んで行った。

 四方を森林に囲まれているので、丹生川平にゅうがわだいらは丘の上にあったが、極めて陰気に眺められた。
 切り株に腰をかけながら、話している若い男女があった。
「あなたには大分変わられましたな。昔より陰気になられたようで」
「……でもあなたがおいでくださいまして、陽気になりましてございます。……あなた、お体はよろしいので?」
「いずれも微傷うすでゆえ大丈夫でござる。……が、あのような経験は、拙者、一度で充分でござる」
「何と申し上げてよろしいやら」
「みんな弦四郎めが悪いので」
 二人は茅野雄ちのお浪江なみえとであった。
 と、背後うしろから声がした。
「まあそう拙者を憎まないがよろしい。……大した悪人でもありませぬからな」

別天地

 丹生川平という別天地に、宮川茅野雄と醍醐だいご弦四郎とが、一緒に住居をしているとは、ちょっと不思議と云わなければならない。
 考えて見れば不思議ではなかった。
 茅野雄は丹生川平の長の、宮川覚明の甥であって、覚明の娘の浪江によって、招かれている人物であった。で、弦四郎や、丹生川平の、郷民達に襲われて、その幾人かを切って捨て、馬を奪って大森林を駈け抜け、丹生川平に辿りつくや、覚明をはじめ浪江によって、歓迎をされ無事を祝された。郷民を切ったことなども、間違いの結果であったので、郷民の方でも怨みとは思わず、かえって気の毒がり同情した。
 で、茅野雄は無事であった。
 弦四郎の方はどうかというに、彼の図々ずうずうしさと機智とによって、丹生川平の別天地に、依然として住居することが出来た。
「ははあさようでございましたか。宮川氏には丹生川平の長の、覚明殿の甥でござったか。とんとそれがし存じませんでしてな、丹生川平には敵にあたる、白河戸郷の長の娘の、小枝さえだを某奪い取り、丹生川平へ参ろうとした時、宮川氏が邪魔されたので、これはてっきり宮川氏は、白河戸郷の味方の者と思い、それで某お敵対をいたし、丹生川平の人々へも、宮川氏を討ち取るよう、差図さしずをいたした次第でござる。それにしてもあの時は残念でござった。白河戸郷の郷民達に、半ば奪い取った小枝という娘を、奪い返されてしまいましたのでな」
 これが弦四郎の弁解であった。
 辻褄つじつまの合わないところはあったが、しかし確かに丹生川平のために、働いたことは事実だったので、誰もが一応受け入れて、弦四郎をして依然として、丹生川平のこの別天地へ、住ませることにしたのであった。
 丹生川平へやって来て、茅野雄が驚いたことと云えば、決して一つや二つではなかった。
 従妹いとこの浪江が美しくなり、神々しいまでに霊的になり、だから陰気になったこと。伯父の覚明が訳の解らないほど、不思議な人間に変わったこと。
 丹生川平という別天地が、何とも云えない気味の悪い土地で、丘ではあるが日あたりが悪く、四方森林にとりかこまれていたり、随所に洞窟や古沼などがあったり、一つの巨大洞窟の奥に、異国めいた造りの神殿があったり、そういう古沼の岸のほとりや、森林の中などに無数の住民が、うちを作って住んでいたり、洞窟の中にはいろいろさまざまの、諸国から来た病人が、お籠りをして住んでいたり、そういう境地の一所に、堂々としてはいたけれど、暗く寂しく物恐ろしく、覚明の屋敷が立っていたり、等、等、等というような事が、「驚き」の主なるものであった。
 茅野雄が、この土地へやって来るや、浪江は最初から驚喜したが、覚明の方は、それほどでもなく、
「うむ、茅野雄か、何と思って来たぞ?」
 こんなように云ってから形をただし、
わしに関しての行動に、一切干渉してはならない。洞窟の奥の神殿へは――わけても、神殿の内陣へは、決して入って行ってはならない。――が、これだけは頼んで置く、白河戸郷は丹生川平の敵だ。で、どうともして滅ぼさなければならない――滅ぼす策を講じてくれ」
 こう云って茅野雄を迂散そうにさえ見た。
(驚いたな)と茅野雄は思った。
(昔の伯父はこんな人ではなかった。何らか神は信仰していたが、もっと性質が明るくて、秘密など持つような人でなかった。……それだのにどうだろう今の伯父は、山師にしてしかも狂信者! と云ったようなところがある。それにどうだろう伯父の風采は?)
 覚明の風采は妙なものであった。切り下げの長髪を肩へかけ、異国めいた模様の道服を着し、刺繍のくつを穿いていた。
(それに恐ろしく勿体ぶるではないか)
 これも茅野雄にはおかしかった。
 覚明は容易に人に逢わず、絶えず居場所を眩ませていた。時あって姿を現わす時には、十数人の侍者に周囲を守らせ、威厳をもって現われた。
 そうして茅野雄に対しても、伯父甥として対しようとはしないで、一宗の祖師が一介の信者へ対するような態度で対した。
 で、茅野雄はある時のこと、浪江に向かって問いを発した。
「伯父様の奉じている宗教は、回々教ふいふいきょうでございましょうな?」
 こう問うたのには訳がある。
 覚明がお祈りをする時に、こう云うことを云うのであるから。
「健在なれ、万福を神に祈れ、教主マホメットの感謝を神に挨拶せよ、全幅の敬意を表せよ、神は唯一にして、マホメットは教主なりと信ぜよ。信ぜよ、神は産れず、産ず、神と比較すべきもの何らあることなし」
 そうしてこの言葉は回々教ふいふいきょうの教典、祈祷の部の中にあるのであるから。
「回々教のようでございます」
 こう云って浪江は寂しそうに答えた。
 そういう浪江の答えぶりによって、茅野雄は浪江が信者でないことを、ハッキリ感ずることが出来た。
 で、茅野雄は尚も訊いた。
「どういう機会から飛騨の山中の、こんな寂しい物恐ろしい、丹生川平というような所へ、伯父様はおいでなされたのでござろう?」
「妾にも解らないのでございますよ。ある日父上にはこう仰言おっしゃって、無理矢理に一家を引きまとめてこの土地へ参ったまででございます。『素晴らしい物を手に入れた。江戸にいては危険である。山中へ行って守ることにしよう』……」
「しかしわずかに五年ばかりの間にこのような建物を押し立てたり、このように信者を集めたり、よくたものでございますな」
「父は力を持っております。人を魅する不思議な偉大な力を! で、信者達が集まって来まして、このような建物をまたたく間に、建ててしまったのでございます」
「白河戸郷というの土地にも、同じように回々教ふいふいきょうの信者が、集まっているようでございますな」
「ええ」と、浪江は苦痛らしく云った。
「それで父上には白河戸郷を、憎んでいるのでございます」
「同宗というよしみから親しくすればよろしいのに」
「父は反対に申しております。白河戸郷を滅ぼして、の地に立っている神殿のうちの、重大なものを持って来なければ、丹生川平の本尊は、完全であるとは云われないと」
「白河戸郷の長という人は、どういう人物にございますな?」
「父の同門でありましたそうで。そうして父と同じように、何か重大な物を持って、父とほとんど同じ時に、父のように江戸から身を隠して、白河戸郷へ参ったのだそうで」
 そう云った浪江という娘は、面長の顔、愁えを含んだ眼、肉感的のところなどどこにも見られない薄手の唇、きゃしゃで痩せぎすで弱々しそうな体格! 一見人の同情を呼び、尊敬を呼ぶに足るような、そう云ったような娘であった。それでいて一本の白百合のような、清浄な美しさに充たされていて、しかも犯すことの出来ないような、威厳をさえ持っていた。
 さて今そういう娘の浪江と、茅野雄とが話していたところへ、醍醐弦四郎が現われて来て、話の仲間へ加わったのである。
「いや貴殿は悪人でござるよ」
 茅野雄は磊落らいらくの性質から、こだわろうともせずこういうように云った。
「ナーニ拙者は好人物で」
 弦四郎も今日は陽気であった。もっともいつもこの侍は陽気で駄弁家で道化者であって、それを保護色にはしていたが。
「たとえば貴殿と浪江殿とが、そのようにいかにも親しそうに、まるで恋人同志かのように、お話をしているのを見ながら、拙者嫉妬をしないというだけでも、好人物であると云うことが、お解りになるはずでござる」
「馬鹿な!」と、茅野雄は苦々しそうに云った。
「浪江殿と拙者とは従兄妹でござるよ。仲よく話すのは当然でござる」
「そうとばかりも限りますまいよ」
 どうしたのか弦四郎はニヤニヤ笑った。
「案外親戚というものは、表面仲をよくしていて、裏面では仲の悪いもので」

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