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生死卍巴(せいしまんじどもえ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-2 7:41:26  点击:  切换到繁體中文


長閑な会話

 しかしその時には浪江を抱いたまま、茅野雄は背後へ飛び退いていた。
 茅野雄と浪江とは若かった。その行動も敏捷であった。
 しかし覚明は老人であった。行動は鈍く敏捷でなかった。
 このままで推移したならば、茅野雄と浪江とは遁れられるかも知れない。
 と、云うことが解ったと見える。
 大音声に覚明は叫んだ。
「教法の敵こそ現われましたぞ! 方々出合って打って取りなされ!」
 オーッという応ずる高声と、ワーッという大勢のときの声とが、忽ち四方から湧き起こった。

 しかるにこの頃数人の武士が、丹生川平の境地を下り、例の曠野まで続いている、大森林を分けながら、曠野の方へ辿っていた。
 醍醐弦四郎と部下とであった。
「まごまごしていると追っ払われるぞ」
 こう云ったのは弦四郎であった。
「丹生川平をでございますかな」
 こう云ったのは半田伊十郎であった。
「ああそうだよ、丹生川平をさ」
「お立ち退きなさればよろしいのに」
「途方もないことを云うものではない。あれほどの宝とあれほどの女を、うっちゃることが出来るものか」
「それはまアさようでございましょうが」
「俺が内陣へ入りたがっている。――いやあの晩は入ろうとした――と云うことを覚明殿に見抜かれたのが、失敗だったよ」
「茅野雄も内陣へ入りたがっていたようで」
「だからこそあの晩洞窟の口へ、こっそり忍んでやって来たのさ」
「そこで我々が襲ったという訳で」
 弦四郎の一行は歩いて行く。
「どうともして今度こそ白河戸郷を、退治る方法を講じなければならない」
 まだ弦四郎はこういうように云った。
「で、出かけて来たのだがな」
「ともかく一応白河戸郷へ、潜入する必要がございますな」
「そのためこうやって出て来たのさ」
 弦四郎達は大森林を出た。
 と、美しい花の曠野が、依然として人の眼を奪うばかりに、弦四郎達の眼の前に拡がった。
 灌木に隠れ、丘に隠れ、弦四郎達は先へ進んだ。
 と、にわかに立ち止まり、弦四郎はグッと眼を見張った。
 白河戸郷の方角から、三人の男と一人の女とが、長閑のどかそうに話しながら来たからであった。
「はてな」と、弦四郎は打ち案じた。
「遠目でハッキリとは解らないが、見たことのあるような連中だ」
 で、じっと尚も見た。
 歩いて来る四人は何者なのであろう?
 一人は一ツ橋慶正よしまさ卿であり、一人は松平碩寿翁せきじゅおうであり、一人は刑部おさかべ老人であり、一人は巫女の千賀子なのであった。
「よい眺めだの」と、慶正卿が云った。
「花園のようでございます」
 碩寿翁がすぐ応じた。
「こういう景色を見ていれば、悪事などしたくなくなるだろうな」
「まさにさようでございます」
「京助などという穏しい手代を、殺そうなどとは思うまいな」
「とんだところでとんでもないことを」
「が、安心をするがよい。あの男は私が助けてやった。今頃は貧しいが清浄な娘と、つつましい恋をしているだろう。……それはそうと千賀子殿」
「はい」と、千賀子は慇懃いんぎんに云った。
「昔のあなたになれそうだの」
「殿様のお蔭にございます」
「それはそうと刑部老人」
「はい」と、刑部老人は云った。
「その物々しい白い髯は、そうそう苅ってしまってはどうか」
(おやおや)と、刑部老人は思った。
(俺ばかりが歩が悪いぞ。髯の悪口を云われたんだからな)
「殿様のご注文でございましたら、早速髯など苅りましょうとも」
「苅った髯は店へ並べるがいい」
「並べる段ではございません」
「それだけが本物ということになる」
「それだけが本物と仰言おっしゃいますと?」
「お前の店にある他の物は、確かことごとく贋物にせもののはずだ」
(いよいよ俺だけが歩が悪いぞ)
「そうばかりでもござりませぬがな」
「いけないいけない嘘を云ってはいけない」
「アッハハ、そうでございますかな」
「もっとも店の主人公が、店の物は贋物でございますと、自分から云うことは出来まいがな」
「はい信用にかかわりますので」
 長閑に話しながら歩いて来る。
 一ツ橋慶正卿と碩寿翁と、千賀子と刑部老人とが、こう話しながら先へ進み、曠野を大森林へまで辿って行き、大森林の中へ入って、全く姿を消した時、四人の後を見送って、不思議そうに呟いたものがあった。
「碩寿翁と千賀子と刑部老人ではないか! 何と思ってこんな所へ、ああも揃って来たのだろう! もう一人のお方は知らないが、威厳があってまるで貴人のようだった」
 隠れ場所から現われた、それは醍醐弦四郎であった。
 何のためにそういう人達が、揃ってこの地へ現われて、大森林の中へ、入って行ったか? ハッキリしたことは解らなかったが、こう云うことは感じられた。
(貴人のようなお方は別として、他の三人は俺の狙っている物を、同じように狙っている人達だと、こう云ってもよさそうである。さてそういう人達が、大森林の中へ入って行ったのだ。大森林の彼方あなたには、丹生川平が存在する。丹生川平の神殿には、その「狙っている物」があるはずだ。で、連中はそこへ行って、その物を取ろうとするのかもしれない。うっかりすると横取りされるぞ)
 とは云え弦四郎は引っ返して、丹生川平へ帰って行って、その四人の人達を相手に、「狙っている物」を競争しようという、そう云う気持にはなれなかった。
(碩寿翁一人を相手にしても、俺に勝ち目はありそうもない。まして、四人を相手にしては……)
 とても駄目だと思われるからであった。
(それよりも急いで白河戸郷へ行き、小枝さえだという娘を引っさらって来よう。そうして、それを功にして、覚明殿に話し込み、神殿の内陣へ入れて貰おう。入ったが最後盗んで逃げよう。碩寿翁をはじめ四人の者が、どのような権威者であろうとも、行ってすぐに覚明殿に談じ込んだところで、覚明殿にはおいそれと、四人を内陣へは入れないだろう。四人が内陣へ入らない先に、小枝を奪って丹生川平へ帰ろう)
 で、弦四郎は部下を急がして、白河戸郷の方へ足早に進んだ。

 ここは洞窟の内部であって、暗々あんあんとした闇であった。
 と、その闇の一所から、男女の囁く声がした。
「浪江殿、これからどうしましょう?」
「とうてい外へは出られません。奥へ参ることにいたしましょう」
 男女は茅野雄と浪江とであった。
 郷民達に襲われたので、茅野雄は殺生とは思いながら、幾人かの郷民を叩っ切り、浪江を連れて逃げ廻るうち、岩山の洞窟の口まで来た。と、洞窟の口があいた。外の騒ぎが烈しかったので、洞窟を守っていた番人が、外の様子を見ようとして、内部から扉を開けたのであった。
 そこで茅野雄は(しめた!)と思った。(洞窟の中へ入ってやろう)――で浪江を引っ抱えて、洞窟の中へ突き進んだ。と、番人が切ってかかった。それは峰打ちに叩き仆して置いて、茅野雄は中から扉を閉じ、ガッシリとかんぬきを下ろしてしまった。
 ――で、今、洞窟の中にいるのであった。
 外から大勢の郷民達が、扉を叩いたり喚き声を上げたり、番人に向かって扉をあけるようにと、命じている声がかたまり、ワーンというように聞こえてきたが、番人は気絶をして仆れていた。なんの扉をあけることが出来よう。
 で、今のところ茅野雄も浪江も一時安全を保つことが出来た。
 とは云えいつまでも洞窟の中に、隠れていることは出来そうもなかった。食べ物だってないだろう。飲み水だってないだろう。
 しかしながら外へは出られなかった。出たが最後に二人ながら、兇暴になっている郷民達のために、私刑にされるに相違ないのであるから。
「そう、とうてい今のところ、外へ出ては行かれますまい。そう、それではともかくも、奥へ進んで参ることにしましょう」
 こう云うと茅野雄は奥へ向かって歩いた。
 と、浪江が囁くように云った。
「行く先に幾個いくつか関門があります。そこには番人が守っております。……わたくし、先へ立って参りましょう。妾が声をかけましたら、番人達は扉をひらきましょう。と云うのは、妾と父上とばかりが、関門をひらかせる特別の権利を、持っているからでございます」

恐ろしき予感

 そこで浪江は先へ立って進んだ。
 はたして関門が行く手にあった。
「ね、妾だよ。門をおあけ」
 浪江は何気なさそうに声をかけた。
 と、内側から男の声がした。
「ああお嬢様でございますか。……が、今頃何のご用で?」
「妾はおあけと云っているのだよ。……何の用であろうとなかろうと、お前には関係のないことだよ。……門をおあけ! ね、おあけ」
 内側では考えているようであったが、やがて閂を外すらしい、きしが鈍く聞こえてきて、やがて関門の扉があいた。
 内側に燈火ともしびがあったと見えて、開けられた扉の隙間から、ボッと光が射して来た。
 が、すぐ隙間から顔が覗いた。
「お嬢様、……背後うしろにおられるお方は?」
 覗いたのは番人の顔であって、浪江の背後に佇んでいる、茅野雄に疑問をかけたのであった。
 しかしその次の瞬間には、簡単な格闘が演ぜられていた。扉を押しひらいて内へ入った茅野雄が、組みついて来た番人の急所へ、あて身をくれて気絶をさせ、猿轡さるぐつわをかませ手足を縛り、地上へころがしてしまったのである。
 茅野雄と浪江とは先へ進んだ。燈火ともしびほのかにともっていて、歩いて行く二人の影法師を、しばらくの間行く手の地面へ、ぼんやりと黒く落としてい、左右の岩壁に刻られてある、奇怪な亜剌比亜アラビアの鳥類の模様を、これもぼんやりと照らしていた。
 やがて二人の姿は消えた。
 道が左の方へ曲がったからである。
 が、間もなく二人の姿は、第二の関門の前に来ていた。
「ね、妾だよ、門をおあけ」
「ああお嬢様でございますか! ……が今頃何のご用で?」
「妾はおあけと云っているのだよ。……何の用であろうとなかろうと、お前には関係のないことだよ。……門をおあけ! ね、おあけ!」
 以前まえと同じような問答の後に、関門の扉が同じように開けられ、そうして同じような格闘が、以前のように行なわれたあげく、番人が地上へころがされ、茅野雄と浪江とが先へ進んだ。
 こうしてまたも関門へ出、同じような状態で関門を破り、先へ進んで行った時、茅野雄と浪江とは前の方に、一つの怪異な光景を見た。

「これは大急ぎで行かなければいけない」
 大森林の中を白河戸郷をさして、歩いていた一ツ橋慶正卿は、にわかにこう云って碩寿翁達を見た。
「それはまた何ゆえでございますかな?」
 こう碩寿翁は意外そうに訊いた。
「お前達みんなが取り合おうとしている、その物が人の手に渡ろうとしている」
「いやそれは大変なことで! ……しかしどうしてそのようなことが?」
わしだけには解る理由があるのだ」
「ではこうしてはおられませんな」
「それに二人の立派な男女が、虐殺の憂目に逢おうとしている」
丹生川平にゅうがわだいらででございますかな?」
「そうだ、丹生川平でだ」
「急いで行こうにも道程みちのりはあり、ことには歩きにくい森林ではあり……」
「そうだ、どうも、それが困る」
 慶正卿はこう云ったが、四辺あたりに放牧されている、野馬の群へ眼をつけると、
「うん、ちょうど野馬がいる。これへ乗って駈け付けることにしよう」
「よい思い付きにございます。では私もお供しましょう」
刑部おさかべ老人と千賀子殿とは、まさか野馬には乗れまいな。またお前達二人などは、急いで駈けつける必要はない。後からゆっくり来られるがよい」
 こう云った時には慶正卿は、既に一匹の野馬の背へ、翻然として飛び乗っていた。
 そうして飛び乗った、次の瞬間には、大森林を縫って走らせていた。
 その後からこれも野馬に乗った碩寿翁が走らせていた。

 はたしてこの頃丹生川平では、恐ろしい事件が起こっていた。
「さあ火をかけろ!」
「火で焼き切れ!」
「どうでも扉はひらかなければいけない」
 洞窟の入り口にたむろしている、丹生川平の郷民達は、こう口々に喚きながら、枯れ木や枯れ草をうず高いまでに、洞窟の扉の前に積んだ。
 茅野雄と浪江が郷民を切って、洞窟の内へ入り込んで、内から扉をとじてしまった。呼んでも呼んでも返辞をしない。扉をあけろと命じても、番人は返辞いらえさえしようとしない。
 で、郷民達はこう思った。
(茅野雄が番人を切り殺し、内側から閂をかって置いて内陣の方へ行ったのであろう)と。
 内から閂をかったが最後、外からは開かない扉であった。火をかけて焼いて焼き切るより、開く手段はない扉であった。
 しかし郷民達は躊躇した。
(浪江殿は教主覚明殿の、一人娘ごであられるし、茅野雄殿は教主覚明殿の、一人の甥ごであられるのだから、扉を焼き切って洞窟内へ乱入してお二人を討ち取ることは、覚明殿に対してどうだろう?)
 で、郷民達は躊躇した。
 しかしその時郷民達に雑って、歯を食いしばり地団駄を踏み、洞窟の扉を睨みつけていた宮川覚明が、長髪を揺すり、狂信者にありがちの兇暴性を現わし、こう吼えるように怒号した。
「かまわないから火をかけろ! 扉を焼き切って乱入しろ! 茅野雄と浪江とが奥の院の、内陣にまで行きつかないうちに、追い付いて討って取るがよい! 洞窟内には関門がある! いくつとなく関門がある。厳重に番人が守ってもいる! 容易に破って行くことは出来ない。そこが我々の付け目とも云える! 二人を内陣へ行かせてはいけない! どうしても途中で討って取らなければいけない! ……娘でもない甥でもない! 我々に取っては教法の敵だ! 教法の敵の運命は、自ら一つにまっている! やいばを頭上に受けることだ! ……さあやっつけろ! 火をかけろ!」
 これでやるべきことが定まった。
 間もなく煙りが渦巻き上り、火焔が扉へ吹きかかった。

 一方醍醐弦四郎は、曠野をズンズンと潜行して、間もなく白河戸郷を巡っている、丘の一つの頂きへ着いた。
 灌木の陰へ身を隠しながら、白河戸郷を見下ろした。
「これは一体どうしたんだ!」
 何を弦四郎は見たのであろう? いかにも驚きに打たれたように、こう頓狂な声を上げた。
 眼の下に見える白河戸郷に、一大事が起こっていたからであった。
 すなわち人家や牧場や、花園や売店や居酒屋などから、老若男女子供までが、得物々々をひっさげて、盆地の中央に聳えている、真鍮の天蓋型の屋根を持った、回教寺院モスク型の伽藍の方向へ向かって、波のうねるように押し出して行き、その回教寺院を破壊するべく、得物々々を揮っているのであった。
 で、そこから聞こえてくるものは、人の喚き声と物の破壊こわれる音とで、そうしてそこから見えて来るものは、砂塵と日に光る斧や槌や、鉄の棒や、まさかりや刃物なのであった。
 内乱が起こったと見るべきであろう。
 この勢いで、時が経ったなら、白河戸郷という神域別天地は、間もなく滅亡してしまうであろう。
(これは内乱に相違ない! が、どうして内乱なんかが?)
 丘の頂きに立ちながら、そういう光景を眼の中へ入れた、醍醐弦四郎はそう思ったが、しかし、弦四郎の身にとって見れば、白河戸郷に内乱のあるのは、まさにもっけの幸いであって、内乱の事情などどうであろうと、かかわるところではないのであった。
 そこで弦四郎は部下を連れて、盆地を下へ走り下った。
(どさくさまぎれに小枝さえださらおう)
 こう思ったからであった。

新しき登場者

 さてこういう出来事が、白河戸郷や丹生川平の、二つの別天地に起こっている時、この別天地をつないでいる、花の曠野へ四挺の山駕籠が、浮かぶがように現われて来た。
 何者達が乗っているのであろう?
 勘右衛門とお菊と弁太と杉次郎とが、駕籠には乗っているのであった。
 愛と憎とのもつれ合っている、この四人の男女のものが、どうしてこのように一緒になって、このような所へ来たのであろう?
 勘右衛門がお菊を訊問することによって、お菊が勘右衛門の大切にしていた、例の品物を京助の手により、古物商の刑部老人の元へやったということを知ることが出来た。そこで勘右衛門は刑部の家を訪ねた。旅へ向かって立ったという。
 そこで勘右衛門は手を尽くして、刑部の旅先を突き止めようとした。
 勘右衛門は抜け荷買いをしたほどの男で、異国の事情に通じていたし、長崎の事情にも通じてい、刑部という老人が、長崎辺りの蘭人達と、取り引きをしているということなども、ずっと以前から知っていた。
 つまり勘右衛門は刑部老人の、素性ひととなりと行動とを知っていたのであった。
 したがって刑部老人が、あの大切な品物を持って、どの方へ旅立って行ったかについても、大体見当をつけることが出来た。
(長崎へ行ったに相違ない)
 しかしだんだん探って見たところ、飛騨の方へ行ったということであった。
(これは一体どうしたことだ?)
 勘右衛門には意外であった。
 しかし、それから筋を手繰たぐって、一層くわしく探ったところ、巫女みこの千賀子も刑部老人と一緒に、飛騨の方へ行ったということであった。
 そこで勘右衛門は決心をして、飛騨の方へ追って行くことにした。
 その時勘右衛門は女房のお菊や、杉次郎や弁太を自分の前へ呼んで、こういう意味のことを話して聞かせた。
「お菊、お前は何にも知らないで、京助の手からあの大切な品を、刑部老人の元へやって、わずかばかりの金に換えようとしたし、杉次郎殿や弁太さんなどは、京助からあの品を取り戻そうとした私を、あんな塩梅あんばいに邪魔をしたが、それはいずれもあの品物の、素晴らしい価値を知らなかったからだ。私はお前さん達に正直に云うが、あの品物は今の私の家の、全財産よりも価値のあるものだ。それをお前達はよってたかって、私の手元からなくなしてしまった。……今になってはそれも仕方がない。で私はあれを取り返しに、飛騨の方へ旅をすることにした。お前さん達も一緒に行ってはどうか」
 こう云われてお菊や杉次郎達は、今さら自分達のやったことを、後悔せざるを得なかった。
 そうして彼らは勘右衛門と一緒に、その品物を取り返す旅に、出て行くことに決心した。
 とは云うもののお菊などは、飛騨というような山国などへは、こんな機会がなかろうものなら、生涯行っては見られないだろう。よい機会だから行ってみようという、そういう心理に動かされてはいた。
 また杉次郎は情婦のお菊が、旅に出かけて行くというので、別れるのが厭だという心持から、一緒に行く気になったのであり、弁太は弁太で行を共にしたら、うまい儲け口があるかもしれない。――そう思って行くことにしたのであった。
 勘右衛門にしてからが考えがあった。
(杉次郎や弁太はお菊をとり巻いて、よくないことをやっている。こいつらを江戸へ残して置いては、どんなことをやり出すか分らない。旅へ一緒に連れて出たところで、手助けにも何にもなりはしないが、江戸へ残して置くよりはいい)
 で、四人は旅へ出て、辿り辿ってこの曠野へまで、今や姿を現わしたのであった。
(本来あの品は二つある品だ。二つあると飛び離れた価値になる。刑部老人はその素性から、また商売の関係から、あの品物の二つあることを、心得ているに相違ない。その刑部老人が、飛騨の国へ来たのである。ではあるいは飛騨の国に、もう一つの品があるのかも知れない。それを得ようとして来たのかもしれない)
(そればかりか千賀子までも一緒に来たそうだ。千賀子に至ってはあの品物の、どういう品物であることか、どれだけの価値のあるものかを、自分の物のように知っているはずだ。その千賀子が刑部老人と一緒に、この飛騨の国へ来たのである。では、いよいよもう一つの品が、この国にあるものと見てよかろう)
 道々勘右衛門はこう思って、好奇心と興味と慾望とを起こし、自分こそ失った例の品と、そのもう一つの品物とを、手に入れようと希望したりした。
 こうして今や曠野まで来た。
 と、一方から大勢の者が、この四人の駕籠の方へ、群て歩いて来るのが見られた。
 白河戸郷の方角から、その大勢の者は来るのであった。

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