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風流仏(ふうりゅうぶつ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-4 10:06:46  点击:  切换到繁體中文


      中 仁(なさけ)はあつき心念(しんねん)口演(くえん)

 身を断念(あきらめ)てはあきらめざりしを口惜(くちおし)とは云(い)わるれど、笑い顔してあきらめる者世にあるまじく、大抵(たいてい)は奥歯噛(か)みしめて思い切る事ぞかし、到底(とても)遁(のが)れぬ不仕合(ふしあわせ)と一概に悟られしはあまり浮世を恨みすぎた云い分、道理には合(あ)っても人情には外(はず)れた言葉が御前(おまえ)のその美しい唇(くちびる)から出るも、思えば苦しい仔細(しさい)があってと察しては御前の心も大方は見えていじらしく、エヽ腹立(はらだた)しい三世相(さんぜそう)、何の因果を誰(たれ)が作って、花に蜘蛛(くも)の巣お前に七蔵(しちぞう)の縁じゃやらと、天燈様(てんとうさま)まで憎うてならぬ此(この)珠運(しゅうん)、相談の敵手(あいて)にもなるまいが痒(かゆ)い脊中(せなか)は孫の手に頼めじゃ、なよなよとした其肢体(そのからだ)を縛ってと云うのでない注文ならば天窓(あたま)を破(わ)って工夫も仕様(しよう)が一体まあどうした訳(わけ)か、強(しい)て聞(きく)でも無(なけ)れど此儘(このまま)別れては何とやら仏作って魂入れずと云う様な者、話してよき事ならば聞(きい)た上でどうなりと有丈(あるたけ)の力喜んで尽しましょうと云(いわ)れてお辰(たつ)は、叔父(おじ)にさえあさましき難題(なんだい)云い掛(かけ)らるゝ世の中に赤の他人で是(これ)ほどの仁(なさけ)、胸に堪(こた)えてぞっとする程嬉(うれ)し悲しく、咽(む)せ返りながら、吃(きっ)と思いかえして、段々の御親切有り難(がとう)は御座りまするが妾(わたくし)身の上話しは申し上ませぬ、否(いい)や申さぬではござりませぬが申されぬつらさを御(お)察し下され、眼上(めうえ)と折り合(あわ)ねば懲(こ)らしめられた計(ばかり)の事、諄々(くどくど)と黒暗(くらやみ)の耻(はじ)を申(もうし)てあなたの様な情(なさけ)知りの御方に浅墓(あさはか)な心入(こころいれ)と愛想(あいそ)つかさるゝもおそろし、さりとて夢さら御厚意蔑(ないがしろ)にするにはあらず、やさしき御言葉は骨に鏤(きざ)んで七生忘れませぬ、女子(おなご)の世に生れし甲斐(かい)今日知りて此(この)嬉しさ果敢(はか)なや終り初物(はつもの)、あなたは旅の御客、逢(あう)も別れも旭日(あさひ)があの木梢(こずえ)離れぬ内、せめては御荷物なりとかつぎて三戸野(みどの)馬籠(まごめ)あたりまで御肩を休ませ申したけれどそれも叶(かな)わず、斯(こう)云う中(うち)にも叔父様帰られては面倒(めんどう)、どの様な事申さるゝか知れませぬ程にすげなく申すも御身(おんみ)の為(ため)、御迷惑かけては済(すみ)ませぬ故どうか御帰りなされて下さりませ、エヽ千日も万日も止めたき願望(ねがい)ありながら、と跡(あと)の一句は口に洩(も)れず、薄紅(うすくれない)となって顔に露(あらわ)るゝ可愛(かわゆ)さ、珠運の身(み)になってどうふりすてらるべき。仮令(たとい)叔父様が何と云わりょうが下世話にも云う乗りかゝった船、此儘(このまま)左様ならと指を※(「口+敢」、第3水準1-15-19)(くわ)えて退(の)くはなんぼ上方産(かみがたうまれ)の胆玉(きもだま)なしでも仕憎(しにく)い事、殊更最前(さいぜん)も云うた通りぞっこん善女(ぜんにょ)と感じて居る御前(おまえ)の憂目(うきめ)を余所(よそ)にするは一寸の虫にも五分の意地が承知せぬ、御前の云わぬ訳も先後(あとさき)を考えて大方は分って居るから兎(と)も角(かく)も私の云事(いうこと)に付(つい)たがよい、悪気でするではなし、私の詞(ことば)を立(たて)て呉(く)れても女のすたるでもあるまい、斯(こう)しましょ、是(これ)からあの正直律義(りちぎ)は口つきにも聞ゆる亀屋(かめや)の亭主に御前を預けて、金も少しは入るだろうがそれも私がどうなりとして埒(らち)を明(あけ)ましょう、親類でも無い他人づらが要(い)らぬ差出(さしで)た才覚と思わるゝか知らぬが、妹(いもと)という者持(もっ)ても見たらば斯(こう)も可愛い者であろうかと迷う程いとしゅうてならぬ御前が、眼(め)に見えた艱難(かんなん)の淵(ふち)に沈むを見ては居られぬ、何私が善根為(し)たがる慾(よく)じゃと笑うて気を大きく持(もつ)がよい、さあ御出(おいで)と取る手、振り払わば今川流、握り占(しめ)なば西洋流か、お辰はどちらにもあらざりし無学の所、無類珍重(ちんちょう)嬉しかりしと珠運後に語りけるが、それも其時(そのとき)は嘘(うそ)なりしなるべし。

      下 弱(よわき)に施(ほどこ)すに能以無畏(のういむい)

 コレ吉兵衛(きちべえ)、御(お)談義流の御説諭をおれに聞かせるでもなかろう、御気の毒だが道理と命と二つならべてぶんなげの七(しち)様、昔は密男(まおとこ)拐帯(かどわかし)も仕(し)てのけたが、穏当(おとなしく)なって姪子(めいっこ)を売るのではない養女だか妾(めかけ)だか知らぬが百両で縁を切(きっ)で呉(く)れろという人に遣(や)る計(ばかり)の事、それをお辰(たつ)が間夫(まぶ)でもあるか、小間癪(こましゃく)れて先の知れぬ所へ行(ゆく)は否(いや)だと吼顔(ほえづら)かいて逃(にげ)でも仕そうな様子だから、買手の所へ行く間一寸(ちょっと)縛って置(おい)たのだ、珠運(しゅうん)とかいう二才野郎がどういう続きで何の故障(こしょう)。七(しち)、七、静(しずか)にしろ、一体貴様が分らぬわ、貴様の姪だが貴様と違って宿中(しゅくじゅう)での誉者(ほまれもの)、妙齢(としごろ)になっても白粉(おしろい)一(ひ)トつ付(つけ)ず、盆正月にもあらゝ木の下駄(げた)一足新規に買おうでもないあのお辰、叔父なればとて常不断能(よく)も貴様の無理を忍んで居る事ぞと見る人は皆、歯切(はぎしり)を貴様に噛(か)んで涙をお辰に飜(こぼ)すは、姑(しゅうと)に凍飯(こおりめし)[#「飯」は底本では「飲」]食わするような冷い心の嫁も、お辰の話聞(きい)ては急に角(つの)を折ってやさしく夜長の御慰みに玉子湯でもして上(あげ)ましょうかと老人(としより)の機嫌(きげん)を取る気になるぞ、それを先度(せんど)も上田の女衒(ぜげん)に渡そうとした人非人(にんぴにん)め、百両の金が何で要(い)るか知らぬがあれ程の悌順(やさしい)女を金に易(かえ)らるゝ者と思うて居る貴様の心がさもしい、珠運という御客様の仁情(なさけ)が半分汲(く)めたならそんな事云(い)わずに有難涙(ありがたなみだ)に咽(むせ)びそうな者。オイ、亀屋(かめや)の旦那(だんな)、おれとお吉(きち)と婚礼の媒妁役(なこうどやく)して呉れたを恩に着せるか知らぬが貴様々々は廃(よし)て下され、七七四十九が六十になってもあなたの御厄介(ごやっかい)になろうとは申(もうし)ませぬ、お辰は私の姪、あなたの娘ではなしさ、きり/\此処(ここ)へ御出(おだし)なされ、七が眼尻(めじり)が上(あが)らぬうち温直(すなお)になされた方が御為(おため)かと存じます、それともあなたは珠運とかいう奴(やつ)に頼まれて口をきく計(ばか)りじゃ、おれは当人じゃ無(なけ)れば取計いかねると仰(おっし)ゃるならば其男(そのおとこ)に逢いましょ。オヽ其男御眼にかゝろうと珠運立出(たちいで)、つく/″\見れば鼻筋通りて眼つきりゝしく、腮(あぎと)張りて一ト癖確(たしか)にある悪物(しれもの)、膝(ひざ)すり寄せて肩怒らし、珠運とか云う小二才はおのれだな生(なま)弱々しい顔をして能(よく)もお辰を拐帯(かどわか)した、若いには似ぬ感心な腕(うで)、併(しか)し若いの、闘鶏(しゃも)の前では地鶏(じどり)はひるむわ、身の分限を知(しっ)たなら尻尾(しりお)をさげて四の五のなしにお辰を渡して降参しろ。四の五のなしとは結構な仰(おお)せ、私も手短く申しましょうならお辰様を売(うら)せたくなければ御相談。ふざけた囈語(ねごと)は置(おい)てくれ。コレ七、静(しずか)に聞け、どうか売らずと済む工夫をと云うをも待たず。全体小癪(こしゃく)な旅烏(たびがらす)と振りあぐる拳(こぶし)。アレと走り出(いず)るお辰、吉兵衛も共に止(とめ)ながら、七蔵、七蔵、さてもそなたは智慧(ちえ)の無い男、無理に売(うら)ずとも相談のつきそうな者を。フ相談付(つか)ぬは知れた事、百両出すなら呉れてもやろうがとお辰を捉(とら)え立上(たちあが)る裙(すそ)を抑え、吉兵衛の云う事をまあ下に居てよく聞け、人の身を売買(うりかい)するというは今日(こんにち)の理に外れた事、娼妓(じょうろ)にするか妾に出すか知らぬが。エヽ喧擾(やかま)しいわ、老耄(おいぼれ)、何にして食おうがおれの勝手、殊更内金二十両まで取って使って仕舞(しま)った、変改(へんがい)はとても出来ぬ大きに御世話、御茶でもあがれとあくまで罵(ののし)り小兎(こうさぎ)攫(つか)む鷲(わし)の眼(まな)ざし恐ろしく、亀屋の亭主も是(これ)までと口を噤(つぐ)むありさま珠運口惜(くちおし)く、見ればお辰はよりどころなき朝顔の嵐(あらし)に逢(あ)いて露脆(もろ)く、此方(こなた)に向いて言葉はなく深く礼して叔父に付添(つきそい)立出(たちいず)る二タ足(あし)三足め、又後(うしろ)ふり向きし其(その)あわれさ、八幡(はちまん)命かけて堪忍ならずと珠運七と呼留(よびと)め、百両物の見事に投出して、亭主お辰の驚(おどろく)にも関(かま)わず、手続(てつづき)油断なく此(この)悪人と善女(ぜんにょ)の縁を切りてめでたし/\、まずは亀屋の養女分となしぬ。


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    第六 如是縁(にょぜえん)

      上 種子(たね)一粒(いちりゅう)が雨露(うろ)に養わる

 自分妾狂(めかけぐるい)しながら息子(むすこ)の傾城買(けいせいがい)を責(せむ)る人心、あさましき中にも道理ありて、七(しち)の所業誰(たれ)憎まぬ者なければ、酒呑(のん)で居ても彼奴(きゃつ)娘の血を吮(す)うて居るわと蔭言(かげごと)され、流石(さすが)の奸物(かんぶつ)も此処(ここ)面白からず、荒屋(あばらや)一(ひ)トつ遺(のこ)して米塩(こめしお)買懸(かいがか)りの云訳(いいわけ)を家主(いえぬし)亀屋(かめや)に迷惑がらせ何処(どこ)ともなく去りける。珠運(しゅうん)も思い掛(がけ)なく色々の始末に七日余り逗留(とうりゅう)して、馴染(なじむ)につけ亭主(ていしゅ)頼もしく、お辰(たつ)可愛(かわゆ)く、囲炉裏(いろり)の傍(はた)に極楽国、迦陵頻伽(かりょうびんが)の笑声(わらいごえ)睦(むつま)じければ客あしらいされざるも却(かえっ)て気楽に、鯛(たい)は無(なく)とも玉味噌(たまみそ)の豆腐汁、心協(あ)う同志(どし)安らかに団坐(まどい)して食う甘(うま)さ、或(あるい)は山茶(やまちゃ)も一時(いっとき)の出花(でばな)に、長き夜の徒然(つれづれ)を慰めて囲い栗(ぐり)の、皮剥(むい)てやる一顆(いっか)のなさけ、嬉気(うれしげ)に賞翫(しょうがん)しながら彼も剥(む)きたるを我に呉(く)るゝおかしさ。実(げ)に山里も人情の暖(あたたか)さありてこそ住(すめ)ば都に劣らざれ。さりながら指折り数うれば最早(もはや)幾日か過(すぎ)ぬ、奈良という事臆(おも)い起しては空(むな)しく遊び居(お)るべきにあらずとある日支度整え勘定促し立出(たちいで)んというに亭主(ていしゅ)呆(あき)れて、是(これ)は是は、婚礼も済(すま)ぬに。ハテ誰が婚礼。知れた事お辰が。誰と。冗談は置玉(おきたま)え。あなたならで誰とゝ云(いわ)れてカッと赤面し、乾きたる舌早く、御亭主こそ冗談は置玉(おきたま)え、私約束したる覚(おぼえ)なし。イヤ怪(け)しからぬ野暮(やぼ)を云(いわ)るゝは都の御方(おかた)にも似ぬ、今時の若者(わかいもの)がそれではならぬ、さりとては百両投出(なげだし)て七蔵にグッとも云(い)わせなかった捌(さば)き方と違っておぼこな事、それは誰しも耻(はず)かしければ其様(そのよう)にまぎらす者なれど、何も紛(まぎら)すにも及ばず[#「ず」は底本では「す」]、爺(じじ)が身に覚あってチャンと心得てあなたの思わく図星の外れぬ様致せばおとなしく御(お)待(まち)なされと何やら独呑込(ひとりのみこみ)の様子、合点(がてん)ならねば、是是(これこれ)御亭主、勘違い致さるゝな、お辰様をいとしいとこそ思いたれ女房に為様(しよう)なぞとは一厘(いちりん)も思わず、忍びかねて難義を助(たすけ)たる計(ばかり)の事、旅の者に女房授けられては甚(はなは)だ迷惑。ハハハヽア、何の迷惑、器量美しく学問音曲(おんぎょく)のたしなみ無(なく)とも縫針(ぬいはり)暗からず、女の道自然と弁(わきま)えておとなしく、殿御(とのご)を大事にする事請合(うけあい)のお辰を迷惑とは、両柱(ふたはしら)の御神以来図(ず)ない議論、それは表面(うわべ)、真(まこと)を云えば御前の所行(しょぎょう)も曰(いわ)くあってと察したは年の功、チョン髷(まげ)を付(つけ)て居ても粋(すい)じゃ、実(まこと)はおれもお前のお辰に惚(ほれ)たも善(よ)く惚た、お辰が御前に惚たも善く惚たと当世の惚様(ほれよう)の上手なに感心して居るから、媼(ばば)とも相談して支度出来次第婚礼さする積(つもり)じゃ、コレ珠運年寄の云う事と牛の鞦(しりがい)外れそうで外れぬ者じゃ、お辰を女房にもってから奈良へでも京へでも連立(つれだっ)て行きゃれ、おれも昔は脇差(わきざし)に好(このみ)をして、媼も鏡を懐中してあるいた頃(ころ)、一世一代の贅沢(ぜいたく)に義仲寺(ぎちゅうじ)をかけて六条様参り一所(いっしょ)にしたが、旅ほど嚊(かか)が可愛(かわゆ)うておもしろい事はないぞ、いまだに其頃(そのころ)を夢に見て後での話しに、此(この)間も嫗(ばば)に真夜中頃(ごろ)入歯を飛出さして笑ったぞ、コレ珠運、オイ是は仕(し)たり、孫でも無かったにと罪のなき笑い顔して奇麗なる天窓(あたま)つるりとなでし。

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