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風流仏(ふうりゅうぶつ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-4 10:06:46  点击:  切换到繁體中文



    第八 如是力(にょぜりき)

      上 楞厳呪文(りょうごんじゅもん)の功も見えぬ愛慾(あいよく)

 古風作者(こふうさくしゃ)の書(かき)そうな話し、味噌越(みそこし)提げて買物あるきせしあのお辰(たつ)が雲の上人(うえびと)岩沼(いわぬま)子爵(ししゃく)様(さま)の愛娘(まなむすめ)と聞(きい)て吉兵衛仰天し、扨(さて)こそ神も仏も御座る世じゃ、因果覿面(てきめん)地ならしのよい所に蘿蔔(だいこ)は太りて、身持(みもち)のよい者に運の実がなる程理に叶(かなっ)た幸福と無上に有難がり嬉(うれ)しがり、一も二もなく田原の云事(いうこと)承知して、おのが勧めて婚姻さし懸(かけ)たは忘れたように何とも云わず物思わしげなる珠運(しゅうん)の腹(はら)聞(きか)ずとも知れてると万端埒(らち)明け、貧女を令嬢といわるゝように取計(とりはから)いたる後、先日の百両突戻(つきもど)して、吾(われ)当世の道理は知(しら)ねど此様(このよう)な気に入らぬ金受取る事大嫌(だいきらい)なり、珠運様への百両は慥(たしか)に返したれど其人(そのひと)に礼もせぬ子爵から此(この)親爺(おやじ)が大枚(たいまい)の礼貰(もらう)は煎豆(いりまめ)をまばらの歯で喰(く)えと云わるゝより有難迷惑、御返し申(もうし)ますと率直に云えば、否(いや)それは悪い合点(がてん)、一酷(いっこく)にそう云われずと子爵からの御志、是非御取置(おとりおき)下され、珠運様には別に御礼を申(もうし)ますが姿の見えぬは御立(たち)なされたか、ナニ奥の坐敷(ざしき)に。左様(さよう)なら一寸(ちょっと)と革嚢(カバン)さげて行(ゆき)かゝれば亭主(ていしゅ)案内するを堅く無用と止めながら御免なされと唐襖(からかみ)開きて初対面の挨拶(あいさつ)了(おわ)りお辰素性のあらまし岩沼子爵の昔今を語り、先頃(さきごろ)よりの礼厚く演(のべ)て子爵より礼の餽(おく)り物数々、金子(きんす)二百円、代筆ならぬ謝状、お辰が手紙を置列(おきなら)べてひたすら低頭平身すれば珠運少しむっとなり、文(ふみ)丈(だ)ケ受取りて其他には手も付(つけ)ず、先日の百両まで其処(そこ)に投出し顔しかめて。御持帰(おもちかえ)り下さい、面白からぬ御所置、珠運の為(し)た事を利を取ろう為(ため)の商法と思われてか片腹痛し、些許(ちとばかり)の尽力したるも岩沼令嬢の為にはあらず、お辰いとしと思うてばかりの事、夫(それ)より段々馴染(なじむ)につけ、縁あればこそ力にもなりなられて互(たがい)に嬉敷(うれしく)心底打明け荷物の多きさえ厭(いと)う旅路の空に婚礼までして女房に持とうという間際になりて突然(だしぬけ)に引攫(ひきさら)い人の恋を夢にして貘(ばく)に食(くわ)せよという様(よう)な情(なさけ)なきなされ方、是はまあどうした訳と二三日は気抜(きぬけ)する程恨めしくは存じたれど、只今(ただいま)承れば御親子(ごしんし)の間柄、大切の娘御を私風情の賎(いやし)き者に嫁入(よめいら)してはと御家従(ごけらい)のあなたが御心配なすッて連(つれ)て行(ゆか)れたも御道理、決して私めが僣上(せんじょう)に岩沼子爵の御令嬢をどうのこうのとは申(もうし)ませぬから、金円品物は吃度(きっと)御持帰り下され、併(しか)しまざ/\と夫婦約束までしたあの花漬売(はなづけうり)は、心さえ変らねばどうしても女房に持つ覚悟、十二月に御嶽(おんたけ)の雪は消ゆる事もあれ此念(このおもい)は消(きえ)じ、アヽ否(いや)なのは岩沼令嬢、恋しいは花漬売と果(はて)は取乱(とりみだ)して男の述懐(じゅっかい)。爰(ここ)ぞ肝要、御主人の仰せ受(うけ)て来た所なり。よしや此恋諏訪(すわ)の湖(うみ)の氷より堅くとも春風のぼや/\と説きやわらげ、凝りたる思(おもい)を水に流さし、後々の故障なき様にせではと田原は笑顔(えがお)あやしく作り上唇(うわくちびる)屡(しば)甞(なめ)ながら、それは一々至極の御道理、さりとて人間を二つにする事も出来ず、お辰様が再度(また)花漬売にならるゝ瀬も無(なか)るべければ、詰りあなたの無理な御望(おのぞみ)と云者(いうもの)、あなたも否(いや)なのは岩沼令嬢と仰せられて見ると、まさか推して子爵の婿になろうとの思召(おぼしめし)でも御座るまいが、夫婦約束までなさったとて婚礼の済(すみ)たるでもなし、お辰様も今の所ではあなたを恋しがって居らるゝ様子なれど、思想の発達せぬ生(なま)若い者の感情、追付(おっつけ)変って来るには相違ないと殿様の仰せ、行末は似つかわしい御縁を求めて何(いず)れかの貴族の若公(わかぎみ)を納(いれ)らるゝ御積り、是(これ)も人の親の心になって御考(おかんがえ)なされて見たら無理では無いと利発のあなたにはよく御了解(おわかり)で御座りましょう、箇様(かよう)申せばあなたとお辰様の情交(あいなか)を割(さ)く様にも聞えましょうが、花漬売としてこそあなたも約束をなされたれ、詰る所成就覚束(おぼつか)なき因縁、男らしゅう思い切られたが双方(そのほう)の御為(おため)かと存じます、併(しか)しお辰様には大恩あるあなたを子爵も何でおろそかに思われましょう、されば是等(これら)の餽物(おくりもの)親御からなさるゝは至当の事、受取らぬと仰(おっしゃ)ったとて此儘(このまま)にはならず、どうか条理の立様(たつよう)御分別なされて、枉(まげ)ても枉(まげ)ても、御受納と舌(した)小賢(こざか)しく云迯(いいにげ)に東京へ帰ったやら、其後音沙汰(おとさた)なし。さても浮世や、猛(たけ)き虎(とら)も樹(き)の上の猿(さる)には侮られて位置の懸隔を恨むらん、吾(われ)肩書に官爵あらば、あの田原の額に畳の跡深々と付(つけ)さし、恐惶謹言(きょうこうきんげん)させて子爵には一目置(いちもくおい)た挨拶(あいさつ)させ差詰(さしづめ)聟殿(むこどの)と大切がられべきを、四民同等の今日とて地下(じげ)と雲上(うんじょう)の等差(ちがい)口惜し、珠運を易(やす)く見積って何百円にもあれ何万円にもあれ札(さつ)で唇にかすがい膏打(こううつ)ような処置、遺恨千万、さりながら正四位(しょうしい)何の某(なにがし)とあって仏師彫刻師を聟(むこ)には為(し)たがらぬも無理ならぬ人情、是非もなけれど抑々(そもそも)仏師は光孝(こうこう)天皇是忠(これただ)の親王等の系に出(いで)て定朝(じょうちょう)初めて綱位(こうい)を受(う)け、中々(なかなか)賎(いやし)まるべき者にあらず、西洋にては声なき詩の色あるを絵と云い、景なき絵の魂凝(こり)しを彫像と云う程尊(たっと)む技を為(な)す吾(われ)、ミチエルアンジロにもやはか劣るべき、仮令(たとい)令嬢の夫たるとも何の不都合あるべきとは云え、蝸牛(ででむし)の角立(つのだて)て何の益なし、残念や無念やと癇癪(かんしゃく)の牙(きば)は噛(か)めども食付(くいつく)所なければ、尚(なお)一段の憤悶(ふんもん)を増して、果(はて)は腑甲斐(ふがい)なき此身惜(おし)からずエヽ木曾川の逆巻(さかまく)水に命を洗ってお辰見ざりし前に生れかわりたしと血相変(かわ)る夜半(よわ)もありし。

      下 化城諭品(けじょうゆぼん)の諫(いさめ)も聴(きか)ぬ執着(しゅうじゃく)

 痩(やせ)たりや/\、病気揚句(あげく)を恋に責(せめ)られ、悲(かなしみ)に絞られて、此身細々と心引立(ひきたた)ず、浮藻(うきも)足をからむ泥沼(どろぬま)の深水(ふかみ)にはまり、又は露多き苔道(こけみち)をあゆむに山蛭(やまびる)ひいやりと襟(えり)に落(おつ)るなど怪しき夢計(ばかり)見て覚際(さめぎわ)胸あしく、日の光さえ此頃(このごろ)は薄うなったかと疑うまで天地を我につれなき者の様(よう)恨む珠運(しゅうん)、旅路にかりそめの長居(ながい)、最早(もはや)三月(みつき)近くなるにも心付(つか)ねば、まして奈良[#「良」は底本では「見」]へと日課十里の行脚(あんぎゃ)どころか家内(やうち)をあるく勇気さえなく、昼は転寝(うたたね)勝(がち)に時々怪(け)しからぬ囈語(うわごと)しながら、人の顔見ては戯談(じょうだん)一(ひ)トつ云わず、にやりともせず、世は漸(ようや)く春めきて青空を渡る風長閑(のどか)に、樹々(きぎ)の梢(こずえ)雪の衣脱ぎ捨て、家々の垂氷(たるひ)いつの間にか失(う)せ、軒伝う雫(しずく)絶間(たえま)なく白い者班(まばら)に消えて、南向(みなみむき)の藁(わら)屋根は去年(こぞ)の顔を今年初めて露(あらわ)せば、霞(かす)む眼(め)の老(おい)も、やれ懐かしかったと喜び、水は温(ぬる)み下草は萌(も)えた、鷹(たか)はまだ出ぬか、雉子(きじ)はどうだと、終(つい)に若鮎(わかあゆ)の噂(うわさ)にまで先走りて若い者は駒(こま)と共に元気付(づき)て来る中に、さりとてはあるまじき鬱(ふさ)ぎ様(よう)。此(この)跡ががらりと早変りして、さても/\和御寮(わごりょ)は踊る振(ふり)が見たいか、踊る振が見たくば、木曾路に御座れのなど狂乱の大陽気(おおようき)にでも成(なら)れまい者でもなしと亀屋(かめや)の爺(おやじ)心配し、泣くな泣きゃるな浮世は車、大八の片輪(かたわ)田の中に踏込んだ様(よう)にじっとして、くよ/\して居るよりは外をあるいて見たら又どんな女に廻(めぐ)り合(あう)かもしれぬ、目印の柳の下で平常(ふだん)魚は釣(つ)れぬ代り、思いよらぬ蛤(はまぐり)の吸物から真珠を拾い出すと云う諺(ことわざ)があるわ、腹を広く持て、コレ若いの、恋は他(ほか)にもある者を、と詞(ことば)おかしく、兀頭(はげあたま)の脳漿(のうみそ)から天保度(てんぽうど)の浮気論主意書(うわきろんしゅいがき)という所を引抽(ひきぬ)き、黴(かび)の生(はえ)た駄洒落(だじゃれ)を熨斗(のし)に添(そえ)て度々進呈すれど少しも取り容(い)れず、随分面白く異見を饒舌(しゃべ)っても、却(かえ)って珠運が溜息(ためいき)の合(あい)の手の如(ごと)くなり、是では行かぬと本調子整々堂々、真面目(まじめ)に理屈(りくつ)しんなり諄々(くどくど)と説諭すれば、不思議やさしも温順(おとなし)き人、何にじれてか大薩摩(おおざつま)ばりばりと語気烈(はげ)しく、要(い)らざる御心配無用なりうるさしと一トまくりにやりつけられ敗走せしが、関(かま)わず置(おけ)ば当世時花(はや)らぬ恋の病になるは必定、如何(どう)にかして助けてやりたいが、ハテ難物じゃ、それとも寧(いっそ)、経帷子(きょうかたびら)で吾家(わがや)を出立(しゅったつ)するようにならぬ内追払(おっぱら)おうか、さりとては忍び難し、なまじお辰と婚姻を勧めなかったら兎(と)も角(かく)も、我口(わがくち)から事仕出(しいだ)した上は我(わが)分別で結局(つまり)を付(つけ)ねば吉兵衛も男ならずと工夫したるはめでたき気象(きしょう)ぞかし。年(とし)は老(と)るべきもの流石(さすが)古兵(ふるつわもの)の斥候(ものみ)虚実の見所誤らず畢竟(ひっきょう)手に仕業(しわざ)なければこそ余計な心が働きて苦(くるし)む者なるべしと考えつき、或日(あるひ)珠運に向って、此日本一果報男め、聞玉(ききたま)え我昨夜の夢に、金襖(きんぶすま)立派なる御殿の中(うち)、眼(め)もあやなる美しき衣裳(いしょう)着たる御姫様床の間に向って何やらせらるゝ其(その)鬢付(びんつき)襟足(えりあし)のしおらしさ、後(うしろ)からかぶりついてやりたき程、もう二十年若くば唯(ただ)は置(おけ)ぬ品物めと腰は曲っても色に忍び足、そろ/\と伺いより椽側(えんがわ)に片手つきてそっと横顔拝めば、驚(おどろい)たりお辰、花漬売に百倍の奇麗をなして、殊更憂(うれい)を含む工合(ぐあい)凄味(すごみ)あるに総毛立(そうけだち)ながら尚(なお)能(よ)くそこら見廻(みまわ)せば、床に掛(かけ)られたる一軸誰(たれ)あろうおまえの姿絵故(ゆえ)少し妬(ねた)くなって一念の無明(むみょう)萌(きざ)す途端、椽の下から顕(あらわ)れ出(いで)たる八百八狐(はっぴゃくやぎつね)付添(つきそい)て己[#「己」は底本では「已」]《おれ》の踵(かかと)を覗(ねら)うから、此奴(こやつ)たまらぬと迯出(にげだ)す後(うしろ)から諏訪法性(すわほっしょう)の冑(かぶと)だか、粟(あわ)八升も入る紙袋(かんぶくろ)だかをスポリと被(かぶ)せられ、方角さらに分らねば頻(しきり)と眼玉を溌々(ぱちぱち)したらば、夜具の袖(そで)に首を突込(つっこ)んで居たりけりさ、今の世の勝頼(かつより)さま、チト御驕(おおご)りなされ、アハヽヽと笑い転(ころ)げて其儘(そのまま)坐敷(ざしき)をすべり出(いで)しが、跡は却(かえっ)て弥(いや)寂(さび)しく、今の話にいとゞ恋しさまさりて、其事(そのこと)彼事(かのこと)寂然(じゃくねん)と柱に※(「憑」の「心」に代えて「几」、第4水準2-3-20)(もた)れながら思ううち、瞼(まぶた)自然とふさぐ時あり/\とお辰の姿、やれまてと手を伸(のば)して裙(すそ)捉(とら)えんとするを、果敢(はか)なや、幻の空に消えて遺(のこ)るは恨(うらみ)許(ばか)り、爰(ここ)にせめては其面影(おもかげ)現(うつつ)に止(とど)めんと思いたち、亀屋の亭主(ていしゅ)に心添(そえ)られたるとは知らで自(みずから)善事(よきこと)考え出(いだ)せし様(よう)に吉兵衛に相談すれば、さて無理ならぬ望み、閑静なる一間(ひとま)欲(ほ)しとならばお辰住居(すまい)たる家尚(なお)能(よか)らん、畳さえ敷けば細工部屋にして精々(せいぜい)一ト月位住(すま)うには不足なかるべし、ナニ話に来るは謝絶(ことわる)と云わるゝか、それも承知しました、それならば食事を賄(まかな)うより外に人を通わせぬよう致しますか、然(しか)し余り牢住居(ろうずまい)の様(よう)ではないか、ムヽ勝手とならば仕方がない、新聞丈(だ)けは節々(せつせつ)上(あげ)ましょう、ハテ要(い)らぬとは悪い合点(がてん)、気の尽(つき)た折は是非世間の面白可笑(おかし)いありさまを見るがよいと、万事親切に世話して、珠運が笑(えま)し気(げ)に恋人の住(すみ)し跡に移るを満足せしが、困りしは立像刻む程の大きなる良(よき)木なく百方索(さが)したれど見当らねば厚き檜(ひのき)の大きなる古板を与えぬ。


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