十
「どうしたね? きょうはまた妙にふさいでいるじゃないか?」
その火事のあった翌日です。僕は
「ラップ君、どうしたね。」と言えば、[#この行、底本では『「ラップ君、どうしたねと言えば。」』(底本の注参照)]
「いや、なに、つまらないことなのですよ。――」
ラップはやっと頭をあげ、悲しい鼻声を出しました。
「僕はきょう窓の外を見ながら、『おや虫取り
「虫取り菫が咲いたということはどうして妹さんには不快なのだね?」
「さあ、たぶん
ラップは両手に顔を
「そんなことはどこでもありがちだよ。まあ勇気を出したまえ。」
「しかし……しかし
「それはあきらめるほかはないさ。さあ、トック君の
「トックさんは僕を
「じゃクラバック君の家へ行こう。」
僕はあの音楽会以来、クラバックにも友だちになっていましたから、とにかくこの大音楽家の家へラップをつれ出すことにしました。クラバックはトックに比べれば、はるかに
「どうしたね? クラバック君。」
僕はほとんど
「どうするものか? 批評家の
「しかし君は音楽家だし、……」
「それだけならば
ロックというのはクラバックとたびたび比べられる音楽家です。が、あいにく超人
「ロックも天才には違いない。しかしロックの音楽は君の音楽にあふれている近代的情熱を持っていない。」
「君はほんとうにそう思うか?」
「そう思うとも。」
するとクラバックは立ち上がるが早いか、タナグラの人形をひっつかみ、いきなり
「それは君もまた俗人のように耳を持っていないからだ。僕はロックを恐れている。……」
「君が?
「だれが
「では何を恐れているのだ?」
「何か
「どうも僕には
「ではこう言えばわかるだろう。ロックは僕の影響を受けない。が、僕はいつの
「それは君の感受性の……。」
「まあ、聞きたまえ。感受性などの問題ではない。ロックはいつも安んじてあいつだけにできる仕事をしている。しかし僕はいらいらするのだ。それはロックの目から見れば、あるいは一歩の差かもしれない。けれども僕には十
「しかし先生の英雄曲は……」
クラバックは細い目をいっそう細め、いまいましそうにラップをにらみつけました。
「黙りたまえ。君などに何がわかる? 僕はロックを知っているのだ。ロックに平身低頭する犬どもよりもロックを知っているのだ。」
「まあ少し静かにしたまえ。」
「もし静かにしていられるならば、……僕はいつもこう思っている。――僕らの知らない何ものかは僕を、――クラバックをあざけるためにロックを僕の前に立たせたのだ。哲学者のマッグはこういうことをなにもかも承知している。いつもあの
「どうして?」
「この近ごろマッグの書いた『
クラバックは僕に一冊の本を渡す――というよりも投げつけました。それからまた腕を組んだまま、
「じゃきょうは失敬しよう。」
僕はしょげ返ったラップといっしょにもう一度往来へ出ることにしました。人通りの多い往来は相変わらず
「やあ、しばらく会わなかったね。僕はきょうは久しぶりにクラバックを尋ねようと思うのだが、……」
僕はこの芸術家たちを
「そうか。じゃやめにしよう。なにしろクラバックは神経衰弱だからね。……僕もこの二三週間は眠られないのに弱っているのだ。」
「どうだね、僕らといっしょに散歩をしては?」
「いや、きょうはやめにしよう。おや!」
トックはこう叫ぶが早いか、しっかり僕の腕をつかみました。しかもいつか
「どうしたのだ?」
「どうしたのです?」
「なにあの自動車の窓の中から緑いろの
僕は多少心配になり、とにかくあの医者のチャックに診察してもらうように勧めました。しかしトックはなんと言っても、承知する
「僕は決して無政府主義者ではないよ。それだけはきっと忘れずにいてくれたまえ。――ではさようなら。チャックなどはまっぴらごめんだ。」
僕らはぼんやりたたずんだまま、トックの後ろ姿を見送っていました。僕らは――いや、「僕ら」ではありません。学生のラップはいつの間にか往来のまん中に
「
しかしラップは目をこすりながら、意外にも落ち着いて返事をしました。
「いえ、あまり
河童(かっぱ)
作家录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语
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