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安吾巷談(あんごこうだん)07 熱海復興


          ★

 私は熱海というところを、郊外の旅館で仕事のために利用してきたから、中心街を長いこと知らなかった。今年までは糸川を歩いたこともなかったのである。たまたま林屋旅館を知るようになり、どんな真夜中に、電車も旅館もなくなって叩き起しても、イヤな顔せずに歓迎してくれるから、時ならぬ時に限ってここを利用し、したがって糸川の地を踏むようになったが、その奥のパンパン街を散歩したのは、たった一度しかなかった。私はこういうところは、半生さんざん歩いてきたから、今さら新天地を開拓するような興味が起らなかったのである。
 今度の巷談に、熱海復興の様相をさぐれということで、熱海復興は糸川から、と叫んでいるぐらいだから、糸川見物にでかけることにした。
 糸川の女たちも、糸川が復興するとは思わず、これで熱海は当分オサラバと思ったろう。私が火事を見物している時にも、糸川の女だけがホガラカで、ハシャイでいる唯一の人種であった。彼女らのある三人は、小さな包みを一つずつ持ち(それが全部の財産だったろう)来ノ宮の駅で、包みを空中へ投げながら、
「さらば熱海! 熱海よサラバ!」
 火に向って叫んで笑いたてていたのである。
 彼女らにとっては天下いたるところ青山ありである。火事場を逃げたその足で、伊東のパンパン街へ移住したのもタクサンいた。
 約半数が他へ移住し、半数が焼跡に残り、焼けない家にネグラをつくって、街頭へ進出して商売をはじめた。これが熱海の新風景となって人気をよび、熱海人士に、市の復興は糸川からと悟らせ、肩を入れて糸川復興に援助を与えはじめたから、伊東その他へ移住した女たちも、みんな熱海へ戻り、熱海の女でない者まで熱海へ走るという盛況に至ったのである。
 もっとも、糸川町はまだ五軒ぐらいしかできていない。多くの女は他にネグラをつくって、街頭で客をひいているのだ。
 私は土地の人の案内で、糸川のパンパン街へ遊びにいった。私はそこで非常に親切なパンパンにめぐりあったのである。彼女は私をさそって、熱海の街をグルグルと案内してくれたのである。焼跡のパンパンの生態を私に教えてくれるためである。あれもパンパン、これもパンパン。彼女の指すところ、イヤハヤ、夜の海岸通りは、全然パンパンだらけである。駅からの道筋にも相当いる。
 若い男と肩を並べて行くのがある。
「あれ、今、交渉中なのよ。まだ、話がきまらないの」
「どうして分る?」
「交渉がきまってからは、あんな風に歩かないわよ」
 と云ったが、どうも素人の目には、交渉中の歩き方にその特徴があることを会得することができなかった。
「ここにも、パンパンがいるのよ。この旅館にも三人」
 と彼女はシモタ屋や旅館や芸者屋を指して、パンパンの新しい巣を教えてくれた。至るところにあるのである。
 糸川の女は、とりまえは四分六、女の方が四分だそうだ。しかし食費などは置屋が持つ。公娼制度のころと変りは少いが、ただ自由に外出ができるし、お客を選ぶこともできる。それだけの自由によって今のパンパンが明るく陽気になったことはいちじるしい。もっとも、これだけの自由があれば、我々の自由と同じものを彼女らは持っているのである。資本家と労務者の経済関係というものは、どの職域にもあることで、ほかの職域の人々はクビになると困るが、彼女らはこまらない。全国いたるところ、自分の選択のままであり、みんな青山というわけだ。だから彼女らは、はかの職域人にくらべて、クッタクなく、ションボリしたところもないのである。むしろ甚しく自由人というわけだ。
 しかし、公娼というものは、制度の罪ではなくて、日本人の気質の産物ではないかと私は思っているのである。現在、公娼は廃止されているというが、表向きだけのことで、街娼以外の、定住したパンパンは公娼と同じこと、検診をうけ、つまりは公認の営業をやっているのである。
 私は新宿へ飲みに行くと、公娼のところへ眠りに行くのが例である。むかし浅草で飲んでたころも、吉原へ眠りに行った。どちらも電車の便がわるくて家へ帰れなくなるせいだ。
 公娼のところでは、酒をのむ必要もなく、ただ、ねむれば、それでいい。私はヒルネをするために、公娼の宿へ行くこともある。なぜなら、昼の旅館を訪れて、二三時間ねむらせてくれと頼むと、自殺でもするんじゃないかというような変な目でみられたり、ねむるよりも、起きているにふさわしい寒々とした部屋へ通されて、まずお茶をのまされ、つまり、日本の旅館はただねむるというホテル的なものではなくて、食事をして一応女中と笑談じょうだんでも云い合わなければ寝る順がつかないような感じのところだ。
 公娼の宿はそうではなくて、食事も酒もぬきであり、ねむいから、ほッといて、二三時間ねかしてくれと、いきなりゴロンとねてしまってもそれが自然に通用するところなのである。
 私はよく思うのだが、銀座の近くに公娼の宿があるといいなと思う。終電車に乗りおくれてもネグラがあるし、第一、ヒルネに行くことができる。公娼の宿がないから、仕方なく、普通の旅館へヒルネに行くことがあるが、二三時間ねかしてくれ、とたのんでモタモタしていて、いつか、ねむれない気分にされてしもう。
 これは在来の公娼の生態を私が自分流に利用しての話だが、しからば表面公娼が廃止され、彼女らに自由が許された現在、どうかというと、昔とちッとも変りがないのである。
 たしかに彼女らには自由が許されている。これは嘘イツワリのないところだ。彼女らは公娼というワクの中でいくらでも個性を生かして生活したり営業したりできるはずが、そんなものは見ることができない。
 私を外へ誘いだして熱海中グルグル案内してくれたパンパンなどは異例の方で、だいたい外へも出たがらないようなのが多い。新宿で私が眠りに行きつけの家も、終戦後十何人と変った女の中で、好きでダンスを覚えで、ホールへ踊りに行くのは、たった一人、大半は映画も見たがらず、ひねもす部屋にごろごろして、雑誌をよんだり、ねたりしているだけである。特にうまいものを食べたいというような欲もなく、支那ソバだのスシだのと専門店のものがうまいと心得ていても、特にどこそこの店がどうだというような関心もない。熱海中私を案内したパンパンは、スシはここが一番よ、とか、洋菓子はこことか、その程度は心得て、一々指して私に教えてくれたが、
「重箱ッてウナギ屋知ってるかい」
 ときいてみると、知らない。この店は熱海の食物屋では頭抜けたもので、小田原も三島も及ばぬ。東京も、ちょッとこれだけのウナギを食わせる店は終戦後は私は知らない。こういう特別なものは、彼女らは知らないし、関心も持っていない。
 自由が許されても、彼女らは鋳型の中の女であり、ワクの中に自ら住みついて、個性的な生き方をしようとしない。彼女らがそうであるばかりでなく、日本の多くの「女房」がそうで、オサンドン的良妻、家庭の働く虫的なものから個性的なものへ脱皮しようとする欲求を殆ど持っていない。
 未婚時代はとにかく、ひとたび女房となるや、たちまち在来のワクの中に自ら閉じこもって、個性的な生長や、自分だけの特別な人生を構成しようという努力などは、ほとんど見ることができなくなる。

ねむいよ、ねむいよ
ねむたかったら
女房とパンパンが
待ってる

 私がこう唄ったからって、世の女房が私を攻撃するのは筋違いで、口惜しかったら、生活の中に、自分の個性ぐらいは生かしたまえ。諸氏ただ台所の虫、子育ての虫にあらずや。
 私は三年ぐらい前に有楽町の当時五人の姐御の一人の「アラビヤ」という三十五ぐらいの姐さんと対談したことがあった。
 たまにお客に誘われ、田舎の宿屋へ一週間も泊って、舟をうかべてポカンと釣糸をたれているのも、退屈だが、いいもんだ、と云っていた。アラビヤがそうであったが、街娼は概して個性的だ。つまり保守農民型は公娼となって定住し、遊牧ボヘミヤン型は街娼の型をとるのかも知れない。
 現在の日本は、公娼と街娼が混在しているが、果していずれが新世代の趣味にかなって生き残るかということに、私は甚しく興味をいだいているのである。
 しかし、東京のような大都会に於ては、長い年月をかけて、やがて「時間」がその結論をだすまで待つ以外に仕方がないが、熱海のような小都会では、もっと早く、その結論の一端が現れそうな気がする。大火によって、熱海には、はからずも公娼と街娼が自然的に発生した。あるいは熱海市が自分の好みで一方を禁止するかも知れないが、そうしないで、どっちが繁昌し、彼女らの動向が自然にどッちへ吸収されるか、実験してみるのも面白いだろうと思う。
 街娼というものが個性をもち、単なる寝床の代用でなくて、男に個性的なたのしさを与えるようになれば、それはもうパンパンではなくて、女であり、本当の自由人でもある。日本のパンパンが自らそこへ上りうるか、どうか。又、日本の男が、パンパンのそうした個性的な成長を好むか、どうか。これは私も実験してみたい。
 街娼ということは、決して街頭へでてタックルするというだけのものではない。アラビヤがそうであったように、自分の個性と趣味の中へ男を誘って、その代償に金をうけとることを云う。パンパンがそういう風に生長してしまうと、さしずめ私は街の寝床を失ってヒルネができなくなるが、そのころには気のきいたホテルができて、簡単にヒルネを解決してくれるだろうから、ヒルネに困りもしなかろうと思う。
 どういうわけで熱海の糸川があれほど名を売ったか知らないが、実質はきわめてつまらぬ天下どこにも有りふれた公娼街にすぎないのである。地域的にも小さくて、むしろ伊東のパンパン街が大きい。
 糸川がいくらかでも、よそと違うとすれば、女と寝床のほかに、温泉がついてるだけだ。小さな、陰気な浴室が。
 こんな有りふれたつまらぬものでも、それで名が通ってしまえば、やっぱり熱海の一つの大きな看板だ。熱海市のお歴々が、熱海の復興は糸川から、と、今さらいと真剣に考えはじめ、しかめつらしい顔をそろえてパンパン街の復興の尻押しに乗りだしたからといって、笑うわけにいかない。
 温泉都市の性格が、今のところは、そういうものなのだから、仕方がないのだ。名物をつくるというのが大切なことで、温泉都市の賑いは、その名物に依存せざるを得ないのである。
 熱海市は大通りを全部鉄筋コンクリートにさせるというが、これも狙いは正しく、すくなくとも熱海銀座はそのように復活することによって、一つの名物となりうるであろうが、それはいつのことだか分らない。
 これに比べれば糸川の復活は木と紙とフトンとネオンサインによって忽ち出来上るカンタンなものであるから、熱海の復興は糸川から、お歴々がこう叫ぶのは筋が通っているのである。
 しかし糸川が復興したころは、散在した街娼の方が熱海の名物になっているかも知れん。しかし、これらの街娼は、大火によってネグラを他にもとめただけで、一挙に個性的なボヘミヤンに進化したわけではないのだから、実質的な変化は恐らく殆ど見られまい。しかし、これを長くほッたらかしておくと、やがて街娼はボヘミヤン型に、公娼は保守農民型に、自然に性格が分れていくのも当然だ。
 今度温泉都市法案とかなんとかいうものが生れて、熱海と伊東と別府、三ツの温泉都市を選び、国家の力で設備を施して、日本の代表的な遊楽中心都市に仕立てるという。これについては、住民の投票をもとめ、半数以上の賛成によって定めるのだそうだ。
 温泉都市の性格は、たしかに、そのようなものでもあって、その設備は土地の人間の利害や好みだけで左右すべきものではなくて、いわば、日本人全体の好みによるべきものだ。熱海は熱海市民のものだけではなく、日本人全体のもの、遊覧客全体の所持物でもあるのだ。それが温泉都市の性格というものである。
 だから、温泉都市の諸計画が、その土地の人たちの自分だけの利害や、小さな趣味で左右されるのは正しいことではない。
 すくなくとも、熱海の復興は、かなり多く自分の利害をすて、遊覧客全部のもの、という奉仕精神を根本に立てることを忘れていないので、復興が完成すれば、熱海の発展はめざましいだろうと思われる。
 食事は皆さんお好きなところで。閑静、コンフォタブルな部屋だけかします、というホテルがたくさんできて、中心街にうまい物屋がたくさんできれば、私は大へん助かるのだが、今度の復興計画には私の趣味まで満足させてくれるような行き届いたところはない。
 しかし熱海はすでに東京の一部であり、日本の熱海であるような性格をおのずから具えつつあるのだから、もう、これぐらいの設備を考えてもいいのじゃないかなと私は思う。

熱海のオジチャン
ヒゲたてて
糸川復興
りきんでる

 しかし、てれる必要はないのである。なぜなら、今に日本の総理大臣官邸に於ては、大臣どもが閣議をひらいて、日本の糸川の建設計画について、ケンケンガクガクせざるを得ないようになるだろうからである。
 熱海のすみやかなる、又、スマートなる復興を祈る。





底本:「坂口安吾全集 08」筑摩書房
   1998(平成10)年9月20日初版第1刷発行
底本の親本:「文藝春秋 第二八巻第八号」
   1950(昭和25)年7月1日発行
初出:「文藝春秋 第二八巻第八号」
   1950(昭和25)年7月1日発行
入力:tatsuki
校正:宮元淳一
2006年1月10日作成
青空文庫作成ファイル:
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