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安吾巷談(あんごこうだん)08 ストリップ罵倒

底本: 坂口安吾全集 08
出版社: 筑摩書房
初版発行日: 1998(平成10)年9月20日
入力に使用: 1998(平成10)年9月20日初版第1刷
校正に使用: 1998(平成10)年9月20日初版第1刷

底本の親本: 文藝春秋 第二八巻第一〇号
初版発行日: 1950(昭和25)年8月1日

 

私はストリップを見たのは今度がはじめてだ。ずいぶん手おくれであるが、今まで見る気持がうごかなかったから仕方がない。
 悪日であった。翌日の新聞の報ずるところによると、本年最高、三十度という。むしあつい曇天なのだ。汗にまみれてハダカの女の子を睨んでいるのはつらい。しかし、先方も商売。又、私も商売。
 日劇小劇場、新宿セントラル、浅草小劇場と三つ見てまわって、一番驚いたのは何かというと、どの小屋も女のお客さんが御一方もいらッしゃらんということであった。完全にいなかった。一人も。
 裸体画というものがあって、女の裸体は美の普遍的な対象だと思いこんでいたせいで、ストリップに女のお客さんもたくさん居るだろうと軽く考えていたのがカンちがいというわけだ。
 エカキさん方がすばらしいモデル女だというオッパイ小僧もセントラルにでていたが、美しくなかった。なるほど前から見ると、胸が全部オッパイだが、横から見ると、肩からグッとビラミッド型に隆起しているわけではなくて、肩から垂直にペシャンコである。お乳だけふくらんでいて、美しい曲線は見られない。
 画家はこのモデルから自分の独特の曲線を感じ得るのかも知れないが、その人自体は美の対象ではないようだ。
 裸体の停止した美しさは裸体写真などの場合などは有りうるが、舞台にはない。舞台では動きの美しさが全部で、要するに踊りがヘタならダメなのである。昔の場末の小屋のショオには大根足の女の子が足をあげて手を上げたり下げたりするだけの無様ぶざまなものであったが、それにくらべると、今のストリップは踊りも体をなしているし、そろって裸体が美しくなってることは確かであるが、裸体美というものはそう感じられない。
 むかし、日本政府がサイパンの土民に着物をきるように命令したことがあった。裸体を禁止したのだ。ところが土民から抗議がでた。暑くて困るというような抗議じゃなくて、着物をきて以来、着物の裾がチラチラするたび劣情をシゲキされて困る、というのだ。
 ストリップが同じことで、裸体の魅力というものは、裸体になると、却って失われる性質のものだということを心得る必要がある。
 やたらに裸体を見せられたって、食傷するばかりで、さすがの私もウンザリした。私のように根気がよくて、助平根性の旺盛な人間がウンザリするようでは、先の見込みがないと心得なければならない。
 まず程々にすべし。裸体が許されたからといって、やたらに裸体を見せるのが無芸の至り。美は感情との取引だ。見せ方の問題であるし、最後の切札というものは、決してそれを見せなくとも、握っているだけで効果を発揮することができる。
 だいたい女の子の裸体なんてものは、寝室と舞台では、そこに劃された一線に生死の差がある。阿部定という劇にお定当人が登場することが、美の要素であるか、どうか、ということ。生きた阿部定が現れることによって美は死ぬかも知れず、エロはグロとなり、因果物となるかも知れない。
 歌舞伎の名女形おやまといわれる人の色ッぽさは彼らが舞台で女になっているからだ。ところが、ホンモノの女優は、自分が女であるから舞台で女になることを忘れがちである。だから楽屋では色ッぽい女であるが、舞台では死んだ石の女でしかないようなのがタクサンいる。ストリップとても同じことで、舞台で停止した裸体の美はない。裸体の色気というものは芸の力によって表現される世界で、今のストリップは芸を忘れた裸体の見世物、グロと因果物の領域に甚しく通じやすい退屈な見世物である。
 いくらかでも踊りがうまいと、裸体もひきたつ。私が見た中ではヒロセ元美が踊りがよいので目立った。顔は美しくないが、色気はそういうものとは別である。裸体もそう美しくはないのだが、一番色ッぽさがこもっているのは芸の力だ。吾妻京子がその次。しかし、生の裸体にたよりすぎているから、まだダメである。舞台の上の女に誕生することを知らないと、せっかくの生の裸体の美しさも死んだものでしかない。
 セントラルのワンサの中で、小柄の細い子で、いつもニコニコ笑顔で踊ってるのが、私は好きであった。浅草小劇場で、踊りながら表情のクルクルうごく子が可愛らしかった。ニコニコしたり、表情がクルクル動いたり、たったそれだけでも、無いよりもマシなのである。たったそれだけで引き立つのだから、ほかの裸体はみんな死んでるということで、芸なし猿だということだ。
 女の美しさというものは、色気、色ッぽさが全部、それでつきるものである。裸体とても同じことで、生のままの裸体を舞台へそのまま上げたって、色っぽさは生れやしない。脚本がうまくても、どうにもならない。舞台の上の色ッぽさというものは、芸の力でしか表現のできないものだ。
 顔も裸体も決して美しいとは云われないヒロセ元美に人気があるというのは、見物人が低脳でないことを示している。舞台の色気というものは、誰の目にもしみつくはずだ。とにかくヒロセ元美の裸体にだけは色気がこもっている。舞台の上で、一人の女に誕生すること、それは芸術の大道で、ストリップも例外ではない。生のままの裸体の美などというものは、これから一しょに寝室へはいるという目的や事実をヌキにして美でありうる筈はなく、その目的や事実をヌキに、単に裸体をやたらにさらけだされては、ウンザリするばかり、この両者のバラバラの結びつきは、因果物の領域だ。見る方も、見せる方も、因果物なのである。
 しかし、因果物というものは、いつの世にも場末に存在するもので、私も因果物を見るのがキライではない。しかし、ストリップは因果物になりきってもいない。誰も好んで因果物になりたくはなかろう。困果物というものは、それを見る方も一匹の困果物に相違ないから、因果物になるには覚悟や心構えがいるように、因果物を見る方にも、覚悟も心構えもいるものだよ。誰だって、自分自身が一匹の因果物だなどと好んで思いたくはないが、こうむやみに芸なし猿の裸体ばかり押しつけられると、自分まで因果物に見えて、気が悪くなるよ。
 阿部お定女史が舞台に立ちたいというから、あのときは私が半日がかりでコンコンと不心得をいさめたのである。本人が舞台へでるというのは、因果物だからである。生の裸体が舞台へあがるのも、それと同じことである。美や芸術は見る人を救うが、ストリップは因果物の方へ突き落してくれる。

          ★

 8888という自動車は浮気のできない車だ。この車の持主は文藝春秋新社。私はこの車にのっている。半死半生である。私がこの車にのるときは、銀座から、新宿、上野、浅草へと駈けまわる運命にあるようである。今度もそうであった。
 浅草の染太郎へたどりつく。
「ちょッと淀橋タロちゃん呼んで下さい。どッこいしょ。死にそうだ」
「それが、先生。タロちゃん、出世しやはりましてん。撮影所へ行ってはりますわ」
「ヤヤ。タロちゃん、スターになりましたか」
「いいえ。脚本どすわ。このところ、ひッぱりだこや。忙しそうにしてはりますわ。身持もようなって、感心なもんや」
 浅草で大阪弁とはケッタイな。こう思うのは素人考えというものである。浅草は大阪と直結しているところだ。この店の名が染太郎、オコノミ焼の屋号であるが、元をたずねれば漫才屋さんのお名前。種をあかせば、納得されるであろう。浅草人種は千日前や道頓堀と往復ヒンパンの人種でもある。
 淀橋太郎は浅草生えぬきの脚本家であるが、終戦後突如銀座へ進出して銀座マンの心胆を寒からしめた戦績を持っている。今から三年ほど前、日劇小劇場にヘソ・レビュウというのが現れて人気をさらったのを御記憶かな。このヘソ・レビュウの発案者、ならびにヘソ脚本の執筆者が淀橋太郎であった。つまりストリップの元祖なのである。
「ヘソをだしゃ、お客がきやがんだからな。バカにしやがる」
 元祖は酔っ払って嘆いていた。長い年月軽演劇というものに打ちこんできた彼にしてみれば、女の子がヘソをだすや千客万来とあっては残念千万であったろう。
「こうなりゃア、お定ですよ。もう、ヤケだよ。ホンモノのお定を舞台へあげますよ」
「因果モノはよろしくないよ。よしなさい」
「いえ。ヤケなんだ」
 三年前といえば、浅草人種は何が何だか分らない時代であった。お客が何に喰いつくか、好みの見当がつかなかったのである。てんで分らねえや、と云って、淀橋太郎と有吉光也が渋面を寄せてションボリしていたものだが脚本家にとって、お客の好みが分らないぐらい困ったことはなかろうから、当時の彼らの苦しみは深刻であった。
「どうも純文学ものが、うけるらしいですよ」
 当時彼らはそんなことも言っていた。そして私の小説などもとりあげてやったが、一時はそれで成功したようである。しかし、それも短い期間で、淀橋太郎らの新風俗は解散し元祖が一敗地にまみれて、映画に転向してから、ストリップの全盛時代がきたという、めぐり合せの悪い男である。
 お定をひッぱりだす、という時には、もうヤケクソであったようだ。けれども、お定劇の主役にするというような大ゲサなものではなくて、幕間にちょッと挨拶するというプランであった。淀橋太郎は、そうあくどいことのできないタチで、ヘソの元祖でありながらアブハチとらずの因果な男だ。
 お定はこれを断って、別口のお定劇の主役の方をやった。これは大失敗が当然で、去年彼女に会ったとき、
「淀橋さんの方でしたら、きっとよかったでしょうね」
 と言っていたが、淀橋太郎の方でもダメだったろうと私は思う。因果物は、そう長つづきはするはずがない。阿部お定自身はダテや酔狂でなく役者になりたがっていて、芝居をしこなす自信があったようだし、相当芸が達者だったという話であるが、見物の方は因果物としか受けとらないから、どうにもなりやしない。
「タロちゃんをヘソの元祖とみこんで、わざわざやってきたのだが、さりとは残念な。今日は一日ストリップショオの見物に東京をグルグル駈けまわってきたのだよ。最後に浅草でタロちゃんに楽屋裏を見せてもらいたいと思ってね」
「それでしたら、都合のいい人が来合してはりますわ。隣りの部屋にヒルネしてござるのは浅草小劇場の社長さんや」
 ヒルネの社長はニヤリニヤリとモミ手しながら現れた。イヤ、どうも。さすがに浅草。奇々怪々なる人物が棲息しているものだ。相当な御年配だが、ストリップの相棒の男優が舞台できるのと同じハデな洋服を、リュウと又、ダブダブと、着こんでいらッしゃる。
「さ、ビールを、一ぱい」
「ヤ。私は一滴もいただけないのでして」
 社長は辞退して、おもむろに上衣をぬぎ、満面に微笑をたたえて、
「浅草小劇場は家族的でして、私が社長ですが、社長も俳優も切符売りも区別がないのですな。私が切符の売り子もやる。手のすいてる子が案内係りもやるというわけで、お客様にも家族的に見ていただこうという、舞台は熱演主義で、熱が足りない時だけは、私が怒ることにしております。ストリップは専属の踊り子が十二名おりまして、数は東京一ですが、目立った踊り子はいません。しかし、ストリップ時代ですな。浅草におきましては、日本趣味がうける。和服からハダカになる。これが、うけます」
「踊り子の前身は」
「それぞれ千差万別でして、女子大をでたのが居たこともありますが、概して教養はひくいですな。ところが、ストリップの踊り子はハダカより出でてハダカにかえる、と申しまして、相当の給料をかせぎながら、常にピイピイしておる。ストリップの踊り子に後援者はつきません。当り前のことですな。自分の女をハダカにして人目にさらすバカはいません。踊り子は自分で男をつくる。男の方を養ってる。そこでストリップの踊り子の情夫は最も低脳無能ときまっております。女の方が威張っておりまして、情夫への口のきき方のひどいこと、きいていられないあさましい情景で、腹のたつときがありますな」

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