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禅僧(ぜんそう)


 居酒屋にはホセのほかにも一人の土方がだるまを相手にしてゐたが、彼等はこの土地の鈍重な自然人とは種属がちがつて、流れ者の度胸と機に応ずる才智があつた。二人の土方は立ち上つた。若者達は顔色と言葉を失ひ、あとじさりした。道路へぢり/\さがつていつた。二人の土方も道路へでた。若者達の一団に気転のきいた一人がゐたらここで一言わびるだけで万事無難に終つたのだが、鈍重な気候や自然はさういふ気転と仇敵の間柄ではぜひもない。こんな騒ぎが起つてゐても村は眠つてゐるのである。もとより人家すら三十間に一軒ぐらひの間隔で至つてまばらなものであるが、その住人も山の頂きの踊りの方へ出払つてゐる。赤ん坊と植物と暗闇だけではこの騒ぎも誰知る人があるまいと思ひのほか、生憎の人物がどうしたはづみかこの場に居合はしてゐたのである。禅僧であつた。
 異様なさうして貧弱な肉塊が突然土方に躍りかかつた。それが禅僧と分るまで、若者達の誰一人禅僧の存在に気付いた者がゐなかつたのだ。彼は殴られ、投げだされ、蹴られ、そして冷めたい地面の上であつけなくのびてしまつた。土方は居酒屋へひきあげた。若者達が禅僧のまはりに歩みよると、彼は鼻血を流してゐた。彼は人々の存在にも気付かぬやうに這ひ起きて、長い時間を費して何物かを地上に探し漸く拾ひ当てた物品によつて探し物が眼鏡であつたと人々に分つた。一つの咳も洩らしはせず、それが唯一の念願のやうに、寺院の方へ消えていつた。
 とはいへお綱に対する彼の恋情の純粋さももとより当にはならないことで、だるまの言に順へば、その助平坊主の肉慾ほどあくどさしつこさに身の毛のよだつ思ひをすることもないと言ふのであつた。

 疲弊した村のことで御布施の集りがよからう筈はない。金包みの代りに米とか野菜ですますやうな習慣が次第に一般にひろがつて、禅僧は食ふだけが漸くだつた。
 禅僧は恋情やみがたくなつたものか、お綱の母親(父はもはや死んでゐる)に向つて結婚の交渉をはじめた。禅僧の内輪の生活が次第に栄養不良になる一方の乏しいものでも、貧農の目から見れば坊主は裕福といふ昔からの考へがいくらか残つてはゐる。働き者をとられるとその日から暮しにこまるといふ理由で五十円の結納金、結婚後は月々十円の扶助料といふ条件をお綱の母親がもちだした。一歩もひかうとしなかつた。
 禅僧は思案にくれたあげく、医者のところへ金策にでむいた。医者の方では愈々坊主も発狂したんぢやあるまいかと薄気味わるくなつたぐらゐのものである。
「いつたい貴方、それは正気の話ですか?」
 と、遠慮を知らない医者がずけ/\言つた。
「あの女は金のいらないだるまですぜ。あの女がたつた一人ゐるおかげで、この村の若者や親爺どもは、だいぶ不自由もしのぎいいし金もかからないと喜んでゐますよ。あの女の不身持が普通のものぢやないことは、お分りだらうと思ひますよ。結婚といふ名目であの身体が独占できると思ひますか? 況んやあいつの精神が? 野獣にも精神があるといふならあの女にも精神はあるでせうが、仏力で野獣が済度できますかな。五十円の結納金。十円の扶助料。きいただけでも莫迦々々しい!」
「獣が獣に惚れたんですよ。私だつて貴方の想像もつかない獣ですよ。とにかく獣の方式でここをひとつやりとげてみやうと思つたわけですな。やらない先に後悔してはいけなからうと思ふのですよ」
「禅問答のやうに仰有おつしやらないで下さいよ! 五十円の結納金なら明らかに人間の方式ですぜ。獣の方式なら今迄通り山の畑でお綱とねる方がいいでせう。さうして、それ以上の名案は絶対にみつかりつこありませんや。全くですよ! 仰有る通り獣になりなさい、獣に。人間にならうなんて飛んでもない考へ違ひだ! さうして今迄通りの交渉で満足することが第一です」
 禅僧が自ら獣と言つた言葉を医者は面白いと思つた。お綱の畑は村の西と北角の山ふところに十数町の距離をおいて散在したが、お綱の姿を探して段々畑をうろ/\と距離一杯にうろついてゐる坊主の姿を山の人々は見馴れてゐた。言はれた言葉で思ひだすと、飢えた狼のやうに見えた。あまりに生々しく醜怪だと医者は舌打したのであつた。

 然し坊主が自ら獣と言つた言葉は、医者が単純に肯定した程度の生やさしい内省から生れたものではなかつたのである。
 或る黄昏禅僧はお綱と二人でどんよりと澱んだ古沼のふちを通つてゐた。突然お綱の手が彼の腰へ触つたやうな気がすると(実際は触らなかつたらしい)彼はもう古沼の中へ突き落されるのだと思つた。悲鳴をあげるにも喉がつまつて叫びがでなかつた。苦悶のために表情は歪み、足は竦んで動けなかつた。ヒイ/\といふ掠れた悲鳴が喉にうなつた。これだけの物々しい前奏曲があつたために、お綱もつひ突き落す気持になつたのである。それほどの力をいれて突いたわけでもなかつたのに、坊主はあつけなく古沼へ落ちた。水の中での死にものぐるひの騒ぎといつたらなかつたのである。死を怖れる最も大きな苦悶と醜体がかたどられてゐた。坊主のもがいてゐた場所は岸から三尺ばかりのところで、落付いて腕をのばせば子供でも溺れる心配のない場所である。彼が恐らく全身のエネルギーを使ひきつた証拠には、漸く岸へ這ひあがると、這ひあがつたなりの腹這ひの恰好のまま、だらしなくのびてしまつて這ひづることもできなかつた。それを見ると、お綱の眼の光が全く変つた。真剣なものが全身にみなぎり、亢奮のために胸がふくれ、急に顔に紅味がさした。お綱は猿臂をのばして禅僧の襟首をとらへ、ずる/\とひきづつて今度は真剣に古沼の中へ頭の方から押し込んでしまほふとしたのである。禅僧はギャッといふ悲鳴をあげてお綱の片足にかぢりついた。お綱よ、命だけは助けてくれ! 死ぬのは怖い! 禅僧の声は遠雷のやうに喉の奥でゴロゴロ鳴り、くひついた※(「虫+原」、第3水準1-91-60)いもりのやうにお綱の脛にぶらさがつて恐怖のあまり泣きだしてゐた。
 かういふ話もある。
 これは寺院の中で行はれた出来事。お綱が眠りからさめて帰らうとするとホーゼがなかつた。お綱のホーゼのことだから赤い色もさめはて、肉臭もしみ、よれ/\の汚いものに相違ない。禅僧をゆり起して出せと言つたが、彼は返事をしなかつた。
 お綱は突然激怒して禅僧を組敷き、後手にいましめた。本堂へひきづりこみ、これを柱にくくしつけて、着物をビリ/\ひき裂いて裸にしてしまつた。仏壇から大きな蝋燭をとりおろして火を点けると、坊主の睾丸にいきなりこれを差しつけたといふ。坊主の身体がいきなりはぢきあがつたのは申すまでもない話で、百本の足があるかのやうにバタ/\ガタ/\とやつた。柱の廻りを腰から下の部分だけで必死に逃げまはりながら、ワア/\ギャア/\喚きたてたといつたらない。喚きがどんなにひどかつたか、到頭一人の村人がききつけて寺の本堂へかけこんできた。もがき、喚いてゐるのは裸体のまま柱にいましめられた坊主ひとり、大きな暗闇の中に蝋燭を握り、坊主の鼻先に小腰をかがめてゐるお綱の姿は微動もしてゐなかつた。キラ/\と光る眼付で坊主の顔をむしろボンヤリ視凝めてゐたさうである。
 結局坊主はホーゼを渡したかどうか? そのことは村人も各々の想像を働かすだけで区々まちまちである。
 然しかういふ話もあるのだ。
 ある年の暮れ村の青年が景気よく忘年会をやつた。尤も雪の降る季節になると、若者と若い女は大概都会へその季節だけ出稼ぎに行く。然しお綱は残つてゐた。忘年会の会場は小学校の裁縫室、青年会と処女会の合流で、宴たけなはとなり余興がはじまつた。
 舞台ではにわかぢみた芝居が行はれ、お綱がこれに登場して妻君の役をやつてゐる。芝居が一向につまらなくて皆々だれ気味になつてしまふと、一人の若者がいたづらを考へついた。手拭ひを三宝にのせ、これに「よだれふき」と麗々しく認めた奴を敬々うやうやしく禅僧の前へ運んでいつたものである。舞台ではお綱が人の妻君になつてせいぜい甘つたれてゐる芝居だから、さだめしよだれも流れませうといふあくどい洒落であつた。
 山奥の若者のことで咄嗟に洒落ものみこめない。てんでんばらばらに漸くああさうかと分つて、あつちでクスリ、こつちでクスリ、一度にどつとはこなかつた。そこであくどい男がもう一人、今度は洗面器を持つてきて、禅僧の膝の前へ置いたものだ。さうして人々はどつと一時に笑ひころげた。
 禅僧は蒼白になつた。全身がぶるぶるふるえた。洗面器を掴んで投げつけやうとする気配が動きかけたほどであつたが、黙然と考へこんでしまつたのである。然し急に立ち上つた。さうして舞台へ歩いて行つた。舞台では夫婦の二人が芝居を中止して下の騒ぎを呆気にとられて見てゐたのだが、舞台へ片足をかけると禅僧の全身に獣的な殺気が走つたのだつた。彼はいきなり芝居の中の夫なる人物を舞台の下へ蹴倒した。それからお綱の背中にまはり、お綱を羽掻ひじめにしてよろ/\とうしろへ倒れ、腰に両足をまきつけてお綱を身動きもさせなかつた。
 一座はシンと静まつたが、禅僧は何事も叫ばなかつた。叫ばないも道理、彼のくぼんだ眼玉は死人のやうに虚しく見開き、口はあんぐりとあけられたまま息も絶えたやうであつた。暫く経て数名の人が舞台へ上つてみると、禅僧は折れ釘のやうなたど/\しさでお綱にまきつけた身体をほぐし、ぼんやり立ちあがると、黙つて外へでてしまつた。
 禅僧はその夜も勿論、べつに自殺をするやうなことはなかつた。翌日はけろりとして今迄通りの生活をつづけてゐたのだ。かういふ姿が獣であるのは他人も無論、彼自らも先刻医者に述べてるやうに知らない筈はなかつたのである。然しながらさういふ自分を意識すること、意識しながら生きつづけるといふことは、恐らく獣にはないことであらう。もとよりそれがどうしたといふたいした理窟ではないのだ。

 話を深刻めかしてはいけない。北方の山国に雪が降ると、毎日々々同じ炉端に集まる人達が、よもやまの話をするさういふ話題のひとつである。





底本:「坂口安吾全集 02」筑摩書房
   1999(平成11)年4月20日初版第1刷発行
底本の親本:「作品 第七巻第三号」
   1936(昭和11)年3月1日発行
初出:「作品 第七巻第三号」
   1936(昭和11)年3月1日発行
入力:tatsuki
校正:今井忠夫
2005年12月10日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。




●表記について
  • このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
  • 「くの字点」は「/\」で表しました。
  • 「くの字点」をのぞくJIS X 0213にある文字は、画像化して埋め込みました。
  • 傍点や圏点、傍線の付いた文字は、強調表示にしました。

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