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縁結び(えんむすび)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-22 12:10:14  点击:  切换到繁體中文



     十

 その間に、お君は縁側に腰をかけて、裾をねじるようにしてふところがみで足をぬぐって、下駄げたを、謙造のも一所にいて、それから穿直はきなおして、外へ出て、広々とした山の上の、小さな手水鉢ちょうずばちで手を洗って、これは手巾ハンケチぬぐって、裾をおろして、一つ揺直ゆすりなおして、下褄したづま掻込かいこんで、本堂へ立向って、トつむりを下げたところ。
「こちらへお入り、」
 と、謙造が休息所で声をかける。
 お君がそっと歩行あるいて行くと、六畳の真中に腕組うでぐみをしてすわっていたが、
「まあお坐んなさい。」
 とかたわらへ坐らせて、お君が、ちゃんと膝をついた拍子ひょうしに、何と思ったか、ずいと立ってそこらを見廻したが、横手よこってのその窓にならんだ二段にったたながあって、火鉢ひばち燭台しょくだいの類、新しい卒堵婆そとばが二本ばかり。下へ突込んで、鼠のかじった穴から、白いきれのはみ出した、中には白骨でもありそうな、薄気味の悪い古葛籠ふるつづらが一折。その中の棚にはすっかけに乗せてあった経机きょうづくえではない小机の、脚をえぐって満月をすかしたはいいが、雲のかかったように虫蝕むしくいのあとのある、ったか、古びか、真黒な、引出しのないのに目を着けると……
「有った、有った。」
 と嬉しそうにつと寄って、両手でがさがさと引き出して、立直って持って出て、縁側を背後うしろに、端然きちんと坐った、お君のふっくりした衣紋えもんつきの帯の処へ、中腰になって舁据かきすえて置直すと、正面をけて、お君と互違たがいちがいに肩を並べたように、どっかと坐って、
「これだ。これがなかろうもんなら、わざわざ足弱を、暮方くれがたにはなるし、雨は降るし、こんな山の中へ連れて来て、申訳のない次第だ。
 薄暗くってさっきからちょっと見つからないもんだから、これも見た目のまぼろしだったのか、と大抵たいてい気をんだ事じゃない。
 お君さん、」
 と云って、無言ながら、なつかしげなその美い、そして恍惚うっとりとなっている顔を見て、
「その机だ。お君さん、あなたの母様おっかさん記念かたみというのは、……
 こういうわけだ。またこわがっちゃいけないよ。母様おっかさんの事なんだから。
 いいかい。
 一昨日おとといね。私の両親ふたおやの墓は、ついこの右の方のおか松蔭まつかげにあるんだが、そこへ参詣おまいりをして、墳墓はかの土に、かおりい、すみれの花が咲いていたから、東京へ持って帰ろうと思って、三本みもとばかりんで、こぼれ松葉と一所に紙入の中へ入れて。それから、父親おやじる時分、連立って阿母おふくろ墓参はかまいりをすると、いつでも帰りがけには、この仁右衛門の堂へ寄って、世間話、お祖師様そしさまの一代記、時によると、軍談講釈、太平記を拾いよみに諳記そらでやるくらい話がおもしろい爺様じいさまだから、日が暮れるまで坐り込んで、提灯ちょうちんを借りて帰ることなんぞあった馴染なじみだから、ここへ寄った。
 いいお天気で、からりと日が照っていたから、この間中あいだじゅう湿気払しっけばらいだと見えて、本堂も廊下ろうかも明っ放し……でだれも居ない。
 座敷ざしきのここにこの机が出ていた。
 机の向うに薄くこう婦人おんなが一人、」
 お君はさっと蒼くなる。
「一生懸命にお聞きよ。それが、あなたの母様おっかさんだったんだから。
 高髷たかまげ俯向うつむけにして、雪のような頸脚えりあしが見えた。手をこうやって、何か書ものをしていたろう。紙はあったが、筆は持っていたか、そこまでは気がつかないが、現に、そこに、あなたとちょうど向い合せの処、」
 正面のふすまは暗くなった、破れた引手ひきてに、襖紙のけたのが、ばさりと動いた。お君はかたくなって真直に、そなたを見向いて、またたきもせぬのである。
「しっかりして、お聞き、恐くはないから、私が居るから、」と謙造は、自分もちょいと本堂の今はけむりのように見える、白き戸帳とばりを見かえりながら、
「私がそれを見て、ああ、たようなとぞっとした時、そっと顔を上げて、莞爾にっこりしたのが、お向うのそのねえ[#「姉」の正字、「女+※(第3水準1-85-57)のつくり」、322-6]さんだ、百人一首の挿画さしえにそッくり。
 はッと気がつくと、もう影も姿もなかった。
 私は、思わず飛込んで、その襖を開けたよ。
 がらん堂にして仁右衛門も居らず。懐しい人だけれども、そこに、と思うと、私もちと居なすった幻のあとへは、第一なまぐさを食う身体からだだし、もったいなくッてはばかったから、今、お君さん、お前が坐っているそこへ坐ってね、机にもたれて、」
 と云う時、お君はその机にひたと顔をつけて、うつぶしになった。あらぬおもかげとどめずや、机の上はすすだらけである。
「で、何となく、あの二階とのきとで、泣きなすった、その時の姿が、今さしむかいに見えるようで、私は自分の母親の事と一所に、しばらく人知れず泣いて、ようよう外へ出て、日を見て目をいた次第だった。翌晩あくるばん、朝顔を踊った、お前さんを見たんだよ。目前めさきを去らないむすめさんにそっくりじゃないか。そんな話だから、酒の席では言わなかったが、私はね、さっきお前さんがおでの時、女中が取次いで、女の方だと云った、それにさえ、ぞっとしたくらい、まざまざとここで見たんだよ。
 しかしその机は、昔からここにある見覚えのある、庚申堂はじまりからの附道具つきどうぐで、何もあなたの母様おっかさんの使っておいでなすったのを、堂へ納めたというんじゃない。
 それがまたどうして、ここで幻を見たろうと思うと……こうなんだ。
 私の母親の亡くなったのは、あなたの母親おっかさんより、二年ばかり前だったろう。
 新盆にいぼんに、切籠きりこげて、父親おやじと連立って墓参はかまいりに来たが、その白張しらはりの切籠は、ここへ来て、仁右衛門爺様じいさまに、アノ威張いばった髯題目ひげだいもく、それから、志す仏の戒名かいみょう進上しんじょうから、供養のぬし、先祖代々の精霊しょうりょうと、一個一個ひとつひとつに書いてもらうのが例でね。
 うちばかりじゃない、今でも盆にはそうだろうが、よその爺様じいさま婆様ばあさま、切籠持参は皆そうするんだっけ。
 その年はついにない、どうしたのか急病で、仁右衛門がうめいていました。
 さあ、切籠が迷った、白張でうろうろする。
 ト同じ燈籠とうろうを手にげて、とき色の長襦袢ながじゅばんの透いて見える、うすものすずしいなりで、母娘連おやこづれ、あなたの祖母おばあさんと二人連で、ここへ来なすったのが、ねえ[#「姉」の正字、「女+※(第3水準1-85-57)のつくり」、324-7]さんだ。
 やあ、めた、と云うと、父親おやじが遠慮なしに、おきぬさん――あなた、母様おっかさんの名は知っているかい。」
 突俯つッぷしたまま、すねたようにかぶりを振った。
「おねがいだ、お願だ。精霊大まごつきのところ、お馴染のわし媽々かかあ門札かどふだを願います、と燈籠を振廻ふりまわしたもんです。
 母様おっかさんは、町内評判の手かきだったからね、それに大勢居る処だし、祖母おばあさんがまた、ちっと見せたい気もあったかして、書いてお上げなさいよ、と云ってくれたもんだから、おうぎたたんで、お坐んなすったのが――その机です。
 これは、祖父じい何々院なになにいん、これは婆さまの何々信女なになにしんにょ、そこで、これへ、媽々かかあの戒名を、と父親おやじが燈籠を出した時。
母様おっかさんのは、)とそばかしこまった私を見て、
(謙ちゃんが書くんですよ、)
 とそう云っておくんなすってね、その机の前へ坐らせて、」
 と云う時、謙造は声が曇った。
「すらりと立って、背後うしろから私の手をやわらかく筆を持添えて……
 おっかさん、と仮名かなで書かして下さる時、このえりへ、」
 と、しっかりと腕を組んで、
「はらはらとなみだを落しておくんなすった。
 父親おやじすみをすりながら、伸上のびあがって、とその仮名を読んで……
 おっかさん、」
 いいかけて謙造は、ハッと位牌堂の方を振向いてぞっとした。自分の胸か、君子の声か、かすかに、おっかさんと響いた。
 ヒイと、こらえかねてか、泣く声して、薄暗がりを一つあおって、白い手が膝の上へばたりと来た。
 突俯つッぷしたお君が、胸の苦しさにもだえたのである。
 その手を取って、
「それだもの、わすれるもんか。その時の、幻が、ここに残って、私の目に見えたんだ。
 ね、だからそれが記念かたみなんだ。お君さん、母様おっかさんの顔が見えたでしょう、見えたでしょう。一心におなんなさい、私がきっと請合うけあう、きっと見える。可哀相かわいそうに、名、名も知らんのか。」
 と云って、ぶるぶるとふるえる手を、しっかと取った。が、冷いので、あなやとおどろき、膝をつッかけ、せないだくと、答えがないので、あわてて、引起して、横抱きに膝へいだいた。
 あわただしい声に力をめつつ、
「しっかりおし、しっかりおし、」
 と涙ながら、そのまま、じっとだきしめて、
母様おっかさんの顔は、ねえ[#「姉」の正字、「女+※(第3水準1-85-57)のつくり」、326-15]さんの姿は、私の、謙造の胸にある!」
 とじっと見詰みつめると、恍惚うっとりした雪のようなお君の顔の、美しく優しいまゆのあたりを、ちらちらとちょうのように、紫の影が行交ゆきかうと思うと、すみれかおりがはっとして、やがてすがった手に力が入った。
 お君の寂しく莞爾にっこりした時、寂寞じゃくまくとした位牌堂の中で、カタリと音。
 目を上げて見ると、見渡す限り、山はその戸帳とばりのような色になった。が、ややつややかに見えたのは雨が晴れた薄月の影である。
 遠くで梟がいた。
 謙造は、その声に、額堂の絵を思出した、けれども、自分でかぶりをふって、ひとしく莞爾にっこりした。
 その時何となく机の向が、かわった。
 襖がすらりとあいたようだから、振返えると、あらず、仁右衛門の居室いましまったままで、ただほのかに見えるこぼれ松葉のその模様が、なつかしい百人一首の表紙に見えた。

(明治四十年一月)




 



底本:「ちくま日本文学全集 泉鏡花」筑摩書房
   1991(平成3年)10月20日初版発行
   1995(平成7年)8月15日第2刷発行
底本の親本:「鏡花全集 第十一卷」岩波書店
入力:牡蠣右衛門
校正:門田 裕志
2001年10月19日公開
2005年11月25日修正
青空文庫作成ファイル:
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    「姉」の正字、「女+※(第3水準1-85-57)のつくり」    286-4、295-4、295-4、295-6、295-14、299-2、300-2、300-4、301-1、301-5、302-8、312-5、322-6、324-7、326-15

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