您现在的位置: 贯通日本 >> 作家 >> 泉 鏡花 >> 正文

貝の穴に河童の居る事(かいのあなにかっぱのいること)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-22 12:29:06  点击:  切换到繁體中文


「大慈大悲は仏菩薩ぶつぼさつにこそおわすれ、この年老いた気の弱りに、毎度御意見は申すなれども、姫神、任侠にんきょうの御気風ましまし、ともあれ、先んじて、お袖にすがったものの願い事を、お聞届けの模様がある。一たび取次いでおましょうぞ――えいとな。……
 や、や、や、横扉から、はや、お縁へ。……これは、また、お軽々しい。」
 廻廊の縁の角あたり、雲低き柳のとばりに立って、おぼろに神々しい姿の、翁の声に、つと打向うちむかいたまえるは、細面ほそおもてただ白玉の鼻筋通り、水晶を刻んで、威のあるまなじり。額髪、眉のかかりは、紫の薄い袖頭巾そでずきんにほのめいた、が、匂はさげ髪の背に余る。――紅地金襴べにじきんらんのさげ帯して、紫の袖長く、衣紋えもんに優しく引合わせたまえる、手かさねの両の袖口に、塗骨の扇つつましく持添えて、床板の朽目の青芒あおすすきに、もすそくれないうすく燃えつつ、すらすらとつぼみなす白い素足で渡って。――神か、あらずや、人か、巫女みこか。
「――その話の人たちを見ようと思う、翁、里人の深切に、すきな柳を欄干さきへ植えてたもったは嬉しいが、町の桂井館は葉のしげりで隠れて見えぬ。――広前の、そちらへ、参ろう。」
 はらりと、やや蓮葉はすは白脛しらはぎのこぼるるさえ、道きよめの雪の影を散らして、はだを守護する位が備わり、包ましやかなおおもてより、一層世のちりに遠ざかって、好色の河童のたわけた目にも、女の肉とは映るまい。
 姫のその姿が、正面の格子に、銀色の染まるばかり、艶々つやつやと映った時、山鴉やまがらす嘴太はしぶとが――二羽、小刻みに縁を走って、片足ずつ駒下駄こまげたを、くちばしでコトンと壇の上に揃えたが、鴉がなったくつかも知れない、同時に真黒まっくろな羽が消えたのであるから。
 足が浮いて、ちらちらと高く上ったのは――白い蝶が、トタンにその塗下駄の底をくぐって舞上ったので。――見ると、姫はその蝶に軽く乗ったように宙を下り立った。
「お床几しょうぎ、お床几。」
 と翁が呼ぶと、栗鼠りすよ、栗鼠よ、古栗鼠の小栗鼠が、樹の根の、黒檀こくたんのごとくに光沢つやあって、木目は、蘭を浮彫にしたようなのを、前脚で抱えて、ひょんと出た。
 袖近く、あわれや、片手の甲の上に、額を押伏せた赤沼の小さな主は、その目を上ぐるとひとしく、我を忘れて叫んだ。
「ああ、見えましゅ……あの向う丘の、二階の角のに、三人が、うせおるでしゅ。」
 姫の紫の褄下つましたに、山懐やまふところの夏草は、ふちのごとく暗く沈み、野茨のばら乱れて白きのみ。沖の船のともしびが二つ三つ、星に似て、ただ町の屋根は音のない波を連ねた中に、森の雲に包まれつつ、その旅館――桂井の二階の欄干が、あたかも大船の甲板のように、浮いている。
 が、鬼神の瞳に引寄せられて、やしろの境内なる足許に、切立きったての石段は、はやくそのふなばたに昇る梯子はしごかとばかり、遠近おちこち法規おきてが乱れて、赤沼の三郎が、角の室という八畳の縁近に、びんふっさりした束髪と、薄手な年増の円髷まるまげと、男の貸広袖かしどてらを着た棒縞ぼうじまさえ、もやを分けて、はっきりと描かれた。
「あの、三人は?」
「はあ、されば、その事。」
 と、翁が手庇てびさしして傾いた。
 社の神木のこずえとざした、黒雲の中に、怪しや、冴えたる女の声して、
「お爺さん――お取次。……ぽう、ぽっぽ。」
 木菟みみずくの女性である。
「皆、東京の下町です。円髷は踊の師匠。若いのは、おなじ、師匠なかま、姉分あねぶんのものの娘です。男は、円髷の亭主です。ぽっぽう。おはやし方の笛吹きです。」
「や、や、千里眼。」
 翁が仰ぐと、
「あら、そんなでもありませんわ。ぽっぽ。」
 と空でいった。河童の一肩、そびえつつ、
「芸人でしゅか、士農工商の道を外れた、ろくでなしめら。」
「三郎さん、でもね、ちょっと上手だって言いますよ、ぽう、ぽっぽ。」
 翁ははじめて、気だるげに、横にかぶりを振って、
「芸一通りさえ、なかなかのものじゃ。達者というも得難いに、人間の癖にして、上手などとは行過ぎじゃぞよ。」
「お姫様、トッピキピイ、あんな奴はトッピキピイでしゅ。」
 と河童は水掻みずかきのある片手で、鼻の下を、べろべろとこすっていった。
「おおよそ御合点と見うけたてまつる。赤沼の三郎、仕返しは、どの様に望むかの。まさかに、生命いのちろうとは思うまい。厳しゅうて笛吹はめかち、女どもは片耳ぐか、鼻を削るか、あしなえびっこどころかの――軽うて、気絶ひきつけ……やがて、息を吹返さすかの。」
「えい、神職様かんぬしさま馬蛤まての穴にかくれた小さなものをしいたげました。うってがえしに、あの、ごろうじ、石段下を一杯に倒れた血みどろの大魚おおうおを、雲の中から、ずどどどど!だしぬけに、あの三人の座敷へ投込んで頂きたいでしゅ。気絶しようが、のめろうが、鼻かけ、はッかけ、おおきさいの目の出次第が、本望でしゅ。」
「ほ、ほ、大魚を降らし、賽に投げるか。おもしろかろ。せがれ、思いつきは至極じゃが、折から当お社もお人ずくなじゃ。あの魚は、かさも、重さも、破れた釣鐘ほどあって、のう、手頃には参らぬ。」
 と云った。神に使うる翁の、この譬喩たとえことばを聞かれよ。筆者は、大石投魚をあらわすのに苦心した。が、こんな適切な形容は、凡慮には及ばなかった。
 お天守の杉から、再び女の声で……
「そんな重いもの持運ぶまでもありませんわ。ぽう、ぽっぽ――あの三人は町へ遊びに出掛ける処なんです。少しばかりさそいをかけますとね、ぽう、ぽっぽ――お社ぢかまで参りましょう。石段下へ引寄せておいて、石投魚の亡者を飛上らせるだけでも用はたりましょうと存じますのよ。ぽう、ぽっぽ――あれ、ね、娘は髪のもつれをなでつけております、えりの白うございますこと。次のの姿見へ、年増が代って坐りました。――感心、娘が、こん度は円髷まるまげ、――あの手がらの水色は涼しい。ぽう、ぽっぽ――髷のびんを撫でつけますよ。女同士のああした処は、しおらしいものですわね。ひどいめに逢うのも知らないで。……ぽう、ぽっぽ――可哀相ですけど。……もう縁側へ出ましたよ。男が先に、気取って洋杖ステッキなんかもって――あれでしょう。三郎さんを突いたのは――帰途かえりは杖にしてすがろうと思って、ぽう、ぽっぽ。……いま、すぐ、玄関へ出ますわ、ごらんなさいまし。」
 真暗まっくらな杉にこもって、長い耳の左右に動くのを、黒髪でさばいた、女顔の木菟みみずくの、あかくちばしで笑うのが、見えるようですさまじい。その顔が月に化けたのではない。ごらんなさいましという、言葉が道をつけて、隧道トンネルのぞかすさまに、はるかにその真正面へ、ぱっと電燈の光のやや薄赤い、桂井館の大式台があらわれた。
 向う歯の金歯が光って、印半纏しるしばんてんの番頭が、沓脱くつぬぎそばにたって、長靴を磨いているのが見える。いや、磨いているのではない。それに、客のではない。ひねり廻してふさいだ顔色がんしょくは、愍然ふびんや、河童のぬめりで腐って、ポカンと穴があいたらしい。まだ宵だというに、番頭のそうした処は、旅館の閑散をも表示する……背後うしろに雑木山を控えた、鍵の手なりの総二階に、あかりのいたのは、三人の客が、出掛けに障子を閉めた、その角座敷ばかりである。
 下廊下を、元気よく玄関へ出ると、女連の手は早い、二人で歩行板あゆみいたと渡って、自分たちで下駄を揃えたから、番頭は吃驚びっくりして、長靴をつかんだなりで、金歯を剥出むきだしに、世辞笑いで、お叩頭じぎをした。
 女中が二人出て送る。その玄関のともしびを背に、芝草と、植込の小松の中の敷石を、三人が道なりに少しうねってつたわって、石造いしづくりの門にかかげた、石ぼやの門燈に、影を黒く、段を降りて砂道へ出た。が、すぐ町から小半町引込ひっこんだ坂で、一方は畑になり、一方は宿のかこいの石垣が長く続くばかりで、人通りもなく、そうして仄暗ほのくらい。
 ト、町へたらたら下りの坂道を、つかつかと……わずかに白い門燈を離れたと思うと、どう並んだか、三人の右の片手三本が、ひょいと空へ、揃って、踊り構えの、さす手に上った。同時である。おなじように腰を捻った。下駄が浮くと、引く手が合って、おなじく三本の手が左へ、さっと流れたのがはじまりで、一列なのが、廻って、くるくるとともえ附着くッついて、開いて、くるりと輪に踊る。花やかな娘の笑声が、夜の底に響いて、また、くるりと廻って、手が流れて、つまかえる。足腰が、水馬みずすましねるように、ツイツイツイと刎ねるように坂くだりにく。……いや、それがまた早い。娘の帯の、銀の露の秋草に、円髷の帯の、浅葱あさぎに染めた色絵の蛍が、飛交とびかって、茄子畑なすばたけへ綺麗にうつり、すいと消え、ぱっと咲いた。

「酔っとるでしゅ、あの笛吹。女どもも二三杯。」と河童が舌打して言った。
「よい、よい、遠くなり、近くなり、あの破鐘われがねを持扱う雑作に及ばぬ。お山の草叢くさむらから、黄腹、赤背の山鱗やまうろこどもを、綯交なえまぜに、三筋の処を走らせ、あの踊りの足許へ、茄子畑から、にょっにょっと、蹴出す白脛しらはぎからましょう。」この時の白髪は動いた。

じじい。」
「はあ。」と烏帽子がふさる。

 姫は床几しょうぎに端然と、
「男が、口のなかで拍子を取るが……」
 翁は耳を傾け、皺手しわでを当てて聞いた。
「拍子ではござりませぬ、ぶつぶつと唄のようで。」
「さすが、商売人くろうと。――あれに笛は吹くまいよ、何と唄うえ。」
「分りましたわ。」と、森で受けた。

「……諏訪すわ――の海――水底みなそこ、照らす、小玉石――手には取れども袖はぬらさじ……おーもーしーろーお神楽かぐららしいんでございますの。お、も、しーろし、かしらも、白し、富士の山、ふもとの霞――峰の白雪。」
「それでは、お富士様、お諏訪様がた、お目かけられものかも知れない――お待ち……あれ、気のはやい。」
 紫の袖が解けると、扇子おうぎが、柳の膝に、ちょうと当った。
 びくりとして、三つ、ひらめく舌を縮めた。風のごとく駆下りた、ほとんど魚の死骸しがいひれのあたりから、ずるずると石段を這返はいかえして、揃って、姫を空に仰いだ、一所ひとところの鎌首は、如意にょいに似て、ずるずると尾が長い。

 二階のその角座敷では、三人、顔を見合わせて、ただあきれ果ててぞいたりける風情がある。
 これは、さもありそうな事で、一座の立女形たておやまたるべき娘さえ、十五十六ではない、二十はたちを三つ四つも越しているのに。――円髷は四十ぢかで、笛吹きのごときは五十にとどく、というのが、手を揃え、足を挙げ、腰を振って、大道で踊ったのであるから。――もっと深入した事は、見たまえ、ほっとした草臥くたびれたなりで、真中まんなかに三方から取巻いた食卓ちゃぶだいの上には、茶道具の左右に、真新しい、擂粉木すりこぎ、および杓子しゃくしとなんいう、世の宝貝たからものの中に、最も興がった剽軽ひょうきんものが揃って乗っていて、これに目鼻のつかないのが可訝おかしいくらい。ついでにおんな二人の顔が杓子と擂粉木にならないのが不思議なほど、変な外出そとでの夜であった。

上一页  [1] [2] [3] [4] 下一页  尾页


 

作家录入:贯通日本语    责任编辑:贯通日本语 

  • 上一篇作家:

  • 下一篇作家:
  •  
     
     
    网友评论:(只显示最新10条。评论内容只代表网友观点,与本站立场无关!)
     

    没有任何图片作家

    广告

    广告