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貝の穴に河童の居る事(かいのあなにかっぱのいること)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-22 12:29:06  点击:  切换到繁體中文


「どうしたっていうんでしょう。」
 と、娘が擂粉木の沈黙を破って、
「誰か、見ていやしなかったかしら、可厭いやだ、私。」
 とおとがいを削ったようにいうと、年増は杓子で俯向うつむいて、寂しそうに、それでも、目もとには、まだわらいくまが残って消えずに、
「誰が見るものかね。踊りよか、町で買った、擂粉木とこのしゃもじをさ、お前さんと私とで、持って歩行あるいた方がよっぽどおかしい。」
「だって、おばさん――どこかの山の神様のお祭に踊る時には、まじめな道具だって、おじさんが言うんじゃないの。……御幣ごへいとおんなじ事だって。……だから私――まじめに町の中を持ったんだけれど、考えると――変だわね。」
「いや、まじめだよ。この擂粉木と杓子しゃもじの恩を忘れてどうする。おかめひょっとこのように滑稽おどけもの扱いにするのは不届き千万さ。」
 さて、笛吹――は、これも町で買った楊弓ようきゅう仕立の竹に、雀が針がねをつたわって、くちばしの鈴を、チン、カラカラカラカラカラ、チン、カラカラと飛ぶ玩弄品おもちゃを、膝について、鼻の下の伸びた顔でいる。……いや、愚に返った事は――もし踊があれなりに続いて、下り坂を発奮はずむと、町の真中まんなかへ舞出して、漁師町の棟を飛んで、海へころげて落ちたろう。
 馬鹿気ただけで、狂人きちがいではないから、生命いのちに別条はなく鎮静した。――ところで、とぼけきった興は尽きず、神巫みこの鈴から思いついて、古びた玩弄品屋の店で、ありあわせたこの雀を買ったのがはじまりで、笛吹はかつて、麻布辺の大資産家で、郷土民俗の趣味と、研究と、地鎮祭をかねて、飛騨ひだ、三河、信濃しなのの国々の谷谷谷深く相交叉こうさする、山また山の僻村へきそんから招いた、山民一行の祭に参じた。桜、菖蒲あやめ、山の雉子きじの花踊。赤鬼、青鬼、白鬼の、面も三尺に余るのが、斧鉞おのまさかりの曲舞する。きよめ砂置いた広庭の檀場には、ぬさをひきゆい、注連しめかけわたし、きたります神の道は、(千道ちみち百綱ももづな、道七つ。)とも言えば、(あやを織り、にしきを敷きて招じる。)と謡うほどだから、奥山人が、代々に伝えた紙細工に、わざを凝らして、千道百綱をにじのように。かざりの鳥には、雉子、山鶏やまどり、秋草、もみじを切出したのを、三重みえ七重ななえに――たなびかせた、その真中まんなかに、丸太たきぎうずたかく烈々とべ、大釜おおがまに湯を沸かせ、湯玉のあられにたばしる中を、前後あとさきに行違い、右左に飛廻って、松明たいまつの火に、鬼も、人も、神巫みこも、禰宜ねぎも、美女も、裸も、虎の皮も、くれないはかまも、燃えたり、消えたり、その、ひゅうら、ひゅ、ひゅうら、ひゅ、諏訪の海、水底みなそこ照らす小玉石、を唄いながら、黒雲に飛行ひぎょうする、その目覚しさは……なぞと、町を歩行あるきながら、ちと手真似で話して、その神楽の中に、青いおかめ、黒いひょっとこの、扮装いでたちしたのが、こてこてと飯粒をつけた大杓子おおしゃくし、べたりと味噌を塗った太擂粉木ふとすりこぎで、踊り踊り、不意を襲って、あれ、きゃア、ワッと言うひまあらばこそ、見物、いや、参詣の紳士はもとより、よそおいを凝らした貴婦人令嬢の顔へ、ヌッと突出し、べたり、ぐしゃッ、どろり、と塗る……と話す頃は、円髷が腹筋はらすじを横によるやら、娘が拝むようにのめって俯向うつむいて笑うやら。ちょっとまた踊がいた形になると、興に乗じて、あの番頭を噴出ふきださせなくっては……女中をからかおう。……で、あろう事か、荒物屋で、古新聞で包んでよこそう、というものを、そのままで結構よ。第一色気ざかりが露出むきだしに受取ったから、荒物屋のかみさんが、おかしがって笑うより、禁厭まじないにでもするのか、と気味の悪そうな顔をしたのを、また嬉しがって、寂寥せきりょうたる夜店のあたりを一廻り。横町を田畝たんぼへ抜けて――はじめから志した――山の森の明神の、あの石段の下へ着いたまでは、馬にも、いのししにも乗ったいきおいだった。
 そこに……何を見たと思う。――通合わせた自動車に、消えて乗って、わずかに三分。……
 宿へ遁返にげかえった時は、顔も白澄むほど、女二人、杓子と擂粉木を出来得る限り、掻合かきあわせた袖の下へ。――あら、まあ、笛吹は分別で、チン、カラカラカラ、チン。わざと、チンカラカラカラと雀を鳴らして、これで出迎えた女中だちの目をらさせたほどなのであった。
「いわば、お儀式用の宝ものといっていいね、時ならない食卓ちゃぶだいに乗ったって、何も気味の悪いことはないよ。」
「気味の悪いことはないったって、一体変ね、帰るみちでも言ったけれど、行がけに先刻さっき、宿を出ると、いきなり踊出したのは誰なんでしょう。」
「そりゃ、私だろう。掛引のない処。お前にも話した事があるほどだし、その時の祭の踊を実地に見たのは、私だから。」
「ですが、こればかりはお前さんのせいともいえませんわ。……話を聞いていますだけに、何だか私だったかも知れない気がする。」
「あら、おばさん、私のようよ、いきなりひとりでに、すっと手の上ったのは。」
「まさか、巻込まれたのなら知らないこと――お婿さんをとるのに、間違ったら、高島田におうという娘の癖に。」
「おじさん、ひどい、間違ったら高島田じゃありません、やむを得ず洋髪ハイカラなのよ。」
「おとなしくふっくりしている癖に、時々ああいう口を利くんですからね。――吃驚びっくりさせられる事があるんです。――いつかも修善寺の温泉宿ゆやどで、あすこに廊下の橋がかりに川水を引入れたながれの瀬があるでしょう。巌組いわぐみにこしらえた、小さな滝が落ちるのを、池の鯉が揃って、競って昇るんですわね。水をすらすらと上るのは割合やさしいようですけれど、流れがあおって、こう、さっとせく、落口の巌角いわかどね越すのは苦艱くげんらしい……しばらく見ていると、だんだんにみんな上った、一つ残ったのが、ああもう少し、もう一息という処で滝壺へ返って落ちるんです。そこよ、しっかりッてこのひと――口へ出したうちはまだしも、しまいには目を据えて、じったと思うと、湯上りの浴衣のままで、あの高々と取った欄干を、あッという間もなく、跣足はだしで、跣足でまたいで――お帳場でそういいましたよ。随分おてんばさんで、二階の屋根づたいに隣の間へ、ばア――それよりかかわらひさしから、藤棚越しに下座敷をのぞいた娘さんもあるけれど、あの欄干を跨いだのは、いつの昔、開業以来、はじめてですって。……このひと。……御当人、それで巌飛びに飛移って、その鯉をいきなりつかむと、滝の上へ泳がせたじゃありませんか。」
「説明に及ばず。私も一所に見ていたよ。吃驚びっくりした。時々放れ業をやる。それだから、縁遠いんだね。たとえばさ、真のおじきにした処で、いやしくも男の前だ。あれでは跨いだんじゃない、飛んだんだ。いや、足を宙に上げたんだ。――」
「知らない、おじさん。」
「もっとも、一所に道を歩行あるいていて、左とか右とか、私と説が違って、さて自分が勝つと――銀座の人込の中で、どうです、それ見たか、と白い……」
多謝サンキュウ。」
たくましい。」
「取消し。」
「腕を、拳固がまえの握拳にぎりこぶしで、二の腕の見えるまで、ぬっと象の鼻のように私の目のさきへ突出つきだした事があるんだからね。」
「まだ、踊っているようだわね、話がさ。」
「私も、おばさん、いきなり踊出したのは、やっぱり私のように思われてならないのよ。」
「いや、ものに誘われて、何でも、これは、言合わせたように、前後甲乙、さっぱりと三人同時いっときだ。」
可厭いやねえ、気味の悪い。」
「ね、おばさん、日の暮方に、お酒の前。……ここから門のすぐ向うの茄子畠なすばたけを見ていたら、影法師のような小さなおばあさんが、杖にすがってどこからか出て来て、畑の真中まんなかへぼんやり立って、その杖で、何だか九字でも切るような様子をしたじゃアありませんか。思出すわ。……鋤鍬すきくわじゃなかったんですもの。あの、持ってたもの撞木しゅもくじゃありません? 悚然ぞっとする。あれが魔法で、私たちは、誘い込まれたんじゃないんでしょうかね。」
「大丈夫、いなかでは遣る事さ。ものなりのいいように、れ生れ茄子なすのまじないだよ。」
「でも、畑のまた下道には、古い穀倉こくぐらがあるし、狐か、狸か。」
「そんな事は決してない。考えているうちに、私にはよく分った。雨続きだし、石段がすべるだの、お前さんたち、蛇が可恐こわいのといって、失礼した。――今夜も心ばかりお鳥居の下まで行った――毎朝拍手かしわでは打つが、まだお山へ上らぬ。あの高い森の上に、千木ちぎのお屋根が拝される……ここの鎮守様の思召しに相違ない。――五月雨さみだれ徒然つれづれに、踊を見よう。――さあ、その気で、あらためて、ここで真面目まじめに踊り直そう。神様にお目にかけるほどの本芸は、お互にうぬぼれぬ。杓子舞、擂粉木舞だ。二人は、わざとそれをお持ち、真面目だよ、さ、さ、さ。可いかい。」
 笛吹は、こまかい薩摩さつま紺絣こんがすり単衣ひとえに、かりものの扱帯しごきをしめていたのが、博多はかたを取って、きちんと貝の口にしめ直し、横縁の障子を開いて、御社おやしろに。――一座退しさって、女二人も、慎み深く、手をつかえて、ぬかずいた。

 栗鼠りす仰向あおむけにひっくりかえった。
 あの、チン、カラ、カラカラカラカラ、笛吹の手の雀は雀、杓子は、しゃ、しゃ、杓子と、す、す、す、擂粉木を、さしたり、引いたり、廻り踊る。ま、ま、真顔を見さいな。笑わずにいられるか。
 泡を吐き、舌をみ、ぶつぶつ小じれにれていた、赤沼の三郎が、うっかりしたように、思わず、にやりとした。
 姫は、赤地錦の帯脇に、おなじ袋の緒をしめて、守刀まもりがたなと見参らせたは、あらず、一管の玉の笛を、すっとぬいて、丹花の唇、斜めに氷柱つららを含んで、涼しく、気高く、歌口を――
 木菟みみずくが、ぽう、と鳴く。
 社の格子がさっと開くと、白兎が一羽、太鼓を、抱くようにして、腹をゆすって笑いながら、撥音ばちおとを低く、かすめて打った。
 河童の片手が、ひょいと上って、また、ひょいと上って、ひょこひょこと足で拍子を取る。
 見返りたまい、
「三人を堪忍してやりゃ。」
「あ、あ、あ、姫君。踊って喧嘩はなりませぬ。うう、うふふ、蛇も踊るや。――やぶの穴から狐ものぞいて――あはは、石投魚いしなげも、ぬさりと立った。」
 わっと、けたたましく絶叫して、石段のふもとを、右往左往に、人数は五六十、飛んだろう。
 赤沼の三郎は、手をついた――もうこうまいる、姫神様。……
愛想あいそのなさよ。撫子なでしこも、百合も、あるけれど、活きた花を手折ろうより、この一折持っていきゃ。」
 取らしょうと、笛の御手みてに持添えて、濃い紫の女扇を、袖すれにこそたまわりけれ。
 片手なぞ、今は何するものぞ。
「おんたまものの光は身に添い、案山子かかしのつづれもにしき直垂ひたたれ。」
 翁がかたわらに、手を挙げた。
「石段に及ばぬ、飛んでござれ。」
「はあ、いまさらにお恥かしい。大海蒼溟そうめいやかたを造る、跋難侘ばつなんだ竜王、娑伽羅しゃがら竜王、摩那斯まなし竜王。竜神、竜女も、色には迷うためし候。外海小湖に泥土の鬼畜、怯弱きょうじゃくの微輩。馬蛤まての穴へ落ちたりとも、空をけるは、まだ自在。これとても、御恩の姫君。事おわして、お召とあれば、水はもとより、自在のわっぱ。電火、地火、劫火ごうか、敵火、爆火、手一つでも消しますでしゅ、ごめん。」
 とばかり、ひょうと飛んだ。

ひょう、ひょう。

 翁が、ふたふたと手をたたいて、笑い、笑い、
「漁師町は行水時よの。さらでもの、あの手負ておいが、白いすねで落ちると愍然ふびんじゃ。見送ってやれの――からす、鴉。」

    かあ、かあ。
ひょう、ひょう。
    かあ、かあ。
ひょう、ひょう。

 雲は低く灰汁あくみなぎらして、蒼穹あおぞらの奥、黒く流るる処、げに直顕ちょっけんせる飛行機の、一万里の荒海、八千里の曠野あらの五月闇さつきやみを、一閃いっせんし、かすめ去って、飛ぶに似て、似ぬものよ。

ひょう、ひょう。
    かあ、かあ。

 北をさすを、北から吹く、逆らう風はものともせねど、海洋のなみのみだれに、雨一しきり、どっと降れば、上下うえしたとびかわり、翔交かけまじって、

かあ、かあ。
    ひょう、ひょう。
かあ、かあ。
    ひょう、ひょう。
かあ、かあ。
    ひょう、
ひょう。
    …………
…………
昭和六(一九三一)年九月




 



底本:「泉鏡花集成8」ちくま文庫、筑摩書房
   1996(平成8)年5月23日第1刷発行
底本の親本:「鏡花全集」岩波書店
   1942(昭和17)年7月より刊行が開始
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:本山智子
校正:門田裕志
2001年7月19日公開
2005年9月26日修正
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