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義血侠血(ぎけつきょうけつ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-22 12:50:09  点击:  切换到繁體中文



       六

 高岡石動いするぎ間の乗り合い馬車は今ぞ立野たてのより福岡までの途中にありて走れる。乗客の一個ひとり煙草火たばこびりし人に向かいて、雑談の口を開きぬ。
「あなたはどちらまで? へい、金沢へ、なるほど、御同様に共進会でございますか」
「さようさ、共進会も見ようと思いますが、ほかに少し。……」
 かれは話好きと覚しく、
「へへ、何か公務おつとめむきの御用で」
 その人はひげたくわえて、洋服を着けたるより、かれはかく言いしなるべし。官吏?は吸いめたる巻煙草を車の外に投げて、次いでいそがわしくつば吐きぬ。
「実は明日あすか、明後日あさってあたり開くはずの公判をこうと思いましてね」
「へへえ、なるほど、へえ」
 渠はその公判のなんたるを知らざるがごとし。かたわらにいたる旅商人たびあきゅうどは、卒然われがおくちばしれたり。
「ああ、なんでございますか。この夏公園で人殺しをした強盗の一件?」
 髭ある人はまなこを「我は顔」に転じて、
「そう。知っておいでですか」
「話には聞いておりますが、詳細事くわしいことは存じませんで。じゃあの賊は逮捕つかまりましてすか」
 話を奪われたりし前の男も、思いあたる節やありけん、
「あ、あ、あ、ひとしきりそんな風説うわさがございましたっけ。有福かねもちの夫婦をり殺したとかいう……その裁判があるのでございますか」
 髭は再びこなたを振り向きて、
「そう、ちょっとおもしろい裁判でな」
 渠は話児はなしを釣るべき器械なる、渠が特有の「へへえ」と「なるほど」とを用いて、しきりにその顛末てんまつを聞かんとせり。乙者おつも劣らず水を向けたりき。髭ある人の舌本ぜっぽんはようやくやわらぎぬ。
「賊はじきにその晩られた」
「こわいものだ!」と甲者こうは身をらしてかしらりぬ。
「あの、それ、南京ナンキン出刃打ちという見世物な、あの連中の仕事だというのだがね」
 乙者おつは直ちにこれに応ぜり。
「南京出刃打ち? いかさま、見たことがございました。あいつらが? ふうむ。ずいぶんりかねますまいよ」
「その晩橋場の交番の前を怪しい風体のやつが通ったので、巡査がとがめるとこそこそげ出したから、こいつ胡散うさんだと引っとらえて見ると、着ている浴衣ゆかた片袖かたそでがない」
 談ここにいたりて、甲と乙とは、思わず同音にうめきぬ。乗り合いは弁者の顔を※(「(虍/助のへん)+見」、第4水準2-88-41)うかがいて、その後段を渇望せり。
 甲者は重ねて感嘆の声を発して、
「おもしろい! なるほど。浴衣の片袖がない! 天も……なんとやらで、なんとかして漏らさず……ですな」
 弁者はこの訛言かたごとをおかしがりて、
天網恢々てんもうかいかい疎にして漏らさずかい」
 甲者は聞くより手をげて、
「それそれ、恢々、恢々、へえ、恢々でした」
 乗り合いの過半おおくはこの恢々に笑えり。
「そこで、こいつを拘引して調べると、これが出刃打ちの連中だ。ところがね、ちょうどその晩兼六園の席貸しな、六勝亭、あれの主翁あるじ桐田きりたという金満家の隠居だ。この夫婦とも、何者の仕業しわざだか、いや、それは、実に残酷にられたというね。亭主は鳩尾みぞおちのところを突きとおされる、女房は頭部あたまに三箇所、肩に一箇所、左の乳の下をえぐられて、たおれていたその手に、男の片袖をつかんでいたのだ」
 車中声なく、人は固唾かたずみて、その心を寒うせり。まさにこれ弁者得意の時。
「証拠になろうという物はそればかりではない。死骸しがいのかたわらに出刃庖丁でばぼうちょうが捨ててあった。の所に片仮名かたかなのテの字の焼き印のある、これを調べると、出刃打ちのつかっていた道具だ。それに今の片袖がそいつの浴衣に差違ちがいないので、まず犯罪人はこいつとだれも目を着けたさ」
 旅商人はひざを進めつ。
「へえ、それじゃそいつじゃないんでございますかい」
 弁者はたちまち手をげてこれをおさえぬ。
「まあお聞きなさい。ところで出刃打ちの白状には、いかにも賊を働きました。賊は働いたが、けっして人殺しをした覚えはございません。りましたのは水芸の滝の白糸という者の金で、桐田のかど通過とおりもしませんっ」
「はて、ねえ」と甲者はまゆを動かして、弁者を凝視みつめたり、乙者は黙して考えぬ。ますますその後段を渇望せる乗り合いは、順繰りに席を進めて、弁者に近づかんとせり。渠はそのとき巻莨まきたばこを取り出だして、くちびるに湿しつつ、
「話はこれからだ」
 左側さそくの席の前端まえはしに並びたる、威儀ある紳士とその老母とは、顔を見合わせてたがいに色を動かせり。渠は質素なる黒の紋着きの羽織に、節仙台ふしせんだいはかま穿きて、その髭は弁者より麗しきものなりき。渠は紳士というべき服装いでたちにはあらざるなり。されどもその相貌そうぼうとその髭とは、多くべからざる紳士の風采ふうさいを備えたり。
 弁者は仔細しさいらしく煙を吹きて、
「滝の白糸というのはご存じでしょうな」
 乙者はうなずき頷き、
「知っとります段か、富山で見ました大評判の美艶うつくしいので」
「さよう。そこでそのころ福井の方で興行中のかの女を喚び出して対審に及んだところが、出刃打ちの申し立てには、その片袖は、白糸の金をるときに、おおかたちぎられたのであろうが、自分は知らずにげたので、出刃庖丁とてもそのとおり、女をおどすために持っていたのを、あわてて忘れて来たのであるから、たといその二品が桐田の家にあろうとも、こっちの知ったことではないと、理窟りくつには合わんけれど、やつはまずそう言い張るのだ。そこで女が、そのとおりだと言えば、人殺しは出刃打ちじゃなくって、ほかにあるとなるのだ」
 甲者は頬杖ほおづえ※(「てへん+主」、第3水準1-84-73)きたりしおもてはずして、弁者の前に差し寄せつつ、
「へえへえ、そうして女はなんと申しました」
「ぜひおまえさんに逢いたいと言ったね」
 思いも寄らぬ弁者の好謔こうぎゃくは、大いに一場の笑いを博せり。渠もやむなく打ち笑いぬ。
「ところが金子かねを奪られた覚えなどはない、と女は言うのだ。出刃打ちは、なんでも奪ったという。偸児どろぼうのほうから奪ったというのに、奪られたほうでは奪られないと言い張る。なんだか大岡おおおか政談にでもありそうな話さ」
「これにはだいぶ事情わけがありそうです」
 乙者は首をひねりつつ腕をこまぬけり。例の「なるほど」は、はなしのますます佳境に入るを楽しめる気色けしきにて、
「なるほど、これだから裁判はむずかしい! へえ、それからどういたしました」
 傍聴者は声をおさめていよいよ耳を傾けぬ。威儀ある紳士とその老母とは最も粛然として死黙せり。
 弁者はなおもことばを継ぎぬ。
「実にこれは水掛け論さ。しかしとどのつまり出刃打ちが殺したになって、予審は終結した。今度開くのが公判だ。予審が済んでからこの公判までにはだいぶひまがあったのだ。このあいだに出刃打ちの弁護士は非常な苦心で、十分弁護の方法を考えておいて、いざ公判という日には、一番腕をふるって、ぜひとも出刃打ちを助けようと、手薬煉てぐすねを引いているそうだから、これは裁判官もなかなか骨の折れる事件さ」
 甲者は例の「なるほど」を言わずして、不平の色をせり。
「へえ、そのなんでございますか、旦那だんな、その弁護士というやつは出刃打ちの肩を持って、人殺しの罪を女になすろうという姦計たくみなんでございますか」
 弁者は渠の没分暁ぼつぶんぎょうを笑いて、
「何も姦計たくみだの、肩を持つの、というわけではない。弁護を引き受ける以上は、その者の罪を軽くするように尽力するのが弁護士の職分だ」
 甲者はますます不平に堪えざりき。渠は弁者をげいして、
「職分だって、あなた、出刃打ちなんぞの肩を持つてえことがあるもんですか。敵手あいては女じゃありませんか。かわいそうに。私なら弁護を頼まれたってなんだってかまやしません。おまえが悪い、ありていに白状しな、と出刃打ちの野郎をめ付けてやりまさあ」
 渠の鼻息はすこぶるあららかなりき。
「そんな弁護士をだれが頼むものか」
 と弁者は仰ぎて笑えり。乗り合いは、威儀ある紳士とその老母を除きて、ことごとく大笑せり。笑いむころ馬車は石動に着きぬ。車を下らんとて弁者は席をてり。甲と乙とは渠に向かいて慇懃いんぎん一揖いちゆうして、
「おかげでおもしろうございました」
「どうも旦那だんなありがとう存じました」
 弁者は得々として、
「おまえさんがたもひまがあったら、公判を行ってごらんなさい」
「こりゃ芝居よりおもしろいでございましょう」
 乗客は忙々いそがわしく下車して、思い思いに別れぬ。最後に威儀ある紳士はその母の手を執りてたすけ下ろしつつ、
「あぶのうございますよ。はい、これからは腕車くるまでございます」
 渠らの入りたる建場の茶屋の入り口に、馬車会社の老いたる役員はたたずめり。渠は何気なく紳士の顔を見たりしが、にわかにわれを忘れてそのひとみを凝らせり。
 たちまち進み来たれる紳士は帽を脱して、ボタンの二所れたる茶羅紗ちゃらしゃのチョッキに、水晶の小印こいん垂下ぶらさげたるニッケルめっき※(「金+樔のつくり」、第4水準2-91-32)くさりけて、柱にもたれたる役員の前にかしらを下げぬ。
「その後は御機嫌ごきげんよろしゅう。あいかわらずお達者で……」
 役員は狼狽ろうばいして身を正し、奪うがごとくその味噌漉みそこし帽子を脱げり。
「やあこれは! 欣様だったねえ。どうもさっきからているとは思ったけれど、えらくりっぱになったもんだから。……しかしおまえさんも無事で、そうしてまありっぱになんなすって結構だ。あれからじきに東京へ行って、勉強しているということは聞いていたっけが、ああ、見上げたもんだ。そうして勉強してきたのは、法律かい。法律はいいね。おまえさんは好きだった。好きこそものの上手じょうずなりけれ、うん、それはよかった。ああ、なるほど、金沢の裁判所に……うむ、検事代理というのかい」
 老いたる役員はわが子の出世をるがごとくよろこべり。
 当時むかし盲縞めくらじまの腹掛けは今日黒の三つ紋の羽織となりぬ。金沢裁判所新任検事代理村越欣弥氏は、実に三年前の馭者台上の金公なり。

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