您现在的位置: 贯通日本 >> 作家 >> 泉 鏡花 >> 正文

国貞えがく(くにさだえがく)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-22 13:11:35  点击:  切换到繁體中文


 三晩目みばんめに、やっとこさと山のふもとへ着いたばかり。
 織次は、小児心こどもごころにも朝から気になって、蚊帳かやの中でも髣髴ほうふつ蚊燻かいぶしの煙が来るから、続けてその翌晩も聞きに行って、きたない弟子が古浴衣ふるゆかた膝切ひざぎりな奴を、胸のところでだらりとした拳固げんこ矢蔵やぞう、片手をぬい、と出し、人のあごをしゃくうような手つきで、銭を強請ねだる、爪の黒いてのひらへ持っていただけの小遣こづかいを載せると、目を※(「目+爭」、第3水準1-88-85)みはったが、黄色い歯でニヤリとして、身体からだでようとしたので、きまりが悪く退すさったうなじへ、大粒な雨がポツリと来た。
 たちま大驟雨おおゆうだちとなったので、蒼くなって駈出かけだして帰ったが、うちまでは七、八町、その、びしょ濡れさ加減かげん思うべしで。
 あと二夜ふたよばかりは、空模様を見て親たちが出さなかった。
 さて晴れれば晴れるものかな。磨出みがきだしたい月夜に、こまの手綱を切放きりはなされたように飛出とびだして行った時は、もうデロレンの高座は、消えたか、と跡もなく、後幕うしろまく一重ひとえ引いた、あたりの土塀の破目われめへ、白々しろじろと月が射した。
 ぼっとなって、辻に立って、前夜の雨をうらめしく、空をあおぐ、と皎々こうこうとして澄渡すみわたって、銀河一帯、近い山のからたまの橋を町家まちやの屋根へ投げ懸ける。その上へ、真白まっしろな形で、瑠璃るり色のくのに薄い黄金きんの輪郭した、さげ結びの帯の見える、うしろ向きで、雲のような女の姿が、すっと立って、するすると月の前を歩行あるいて消えた。……織次は、かつ思いかつ歩行あるいて、ちょうどその辻へ来た。

       四

 湯屋ゆやは郵便局の方へ背後うしろになった。
 辻の、このあたりで、月の中空なかぞらに雲を渡るおんなまぼろしを見たと思う、屋根の上から、城の大手おおての森をかけて、一面にどんよりと曇った中に、一筋ひとすじ真白まっしろな雲のなびくのは、やがて銀河になる時節も近い。……ながむれば、幼い時のその光景ありさま目前まのあたりに見るようでもあるし、また夢らしくもあれば、前世がうさぎであった時、木賊とくさの中から、ひょいとのぞいた景色かも分らぬ。待て、こいねがわくは兎でありたい。二股坂ふたまたざかたぬきは恐れる。
 いや、こうも、他愛たわいのない事を考えるのも、思出すのも、小北おぎたとこくにつけて、人は知らず、自分で気がとがめるおのが心を、われとさあらぬかたまぎらそうとしたのであった。
 さて、この辻から、以前織次の家のあった、なにがし……町の方へ、大手筋おおてすじ真直まっすぐに折れて、一ちょうばかり行ったところに、小北の家がある。
 両側に軒の並んだ町ながら、この小北の向側むこうがわだけ、一軒づもりポカリと抜けた、一町内の用心水ようじんみず水溜みずたまりで、石畳みは強勢ごうせいでも、緑晶色ろくしょういろ大溝おおみぞになっている。
 向うの溝からどじょうにょろり、こちらの溝から鰌にょろり、と饒舌しゃべるのは、けだしこの水溜みずたまりからはじまった事であろう、と夏の夜店へ行帰ゆきかえりに、織次はひとりでそう考えたもので。
 同一おなじ早饒舌はやしゃべりの中に、茶釜雨合羽ちゃがまあまがっぱと言うのがある。トあたかもこの溝の左角ひだりかどが、合羽屋かっぱや、は面白い。……まだこの時も、渋紙しぶかみ暖簾のれんかかった。
 折から人通りが二、三人――中の一人が、彼の前を行過ゆきすぎて、フト見返って、またひょいひょいと尻軽に歩行出あるきだした時、織次は帽子のひさしを下げたが、ひとみきっと、溝の前から、くだんの小北の店を透かした。
 此処ここにまた立留たちどまって、少時しばらく猶予ためらっていたのである。
 木格子きごうしの中に硝子戸がらすどを入れた店の、仕事の道具は見透みえすいたが、弟子の前垂まえだれも見えず、主人あるじの平吉が半纏はんてんも見えぬ。
 羽織の袖口そでくち両方が、胸にぐいとあがるように両腕を組むと、身体からだいきおいを入れて、つかつかと足を運んだ。
 のきから直ぐに土間どまへ入って、横向きに店の戸を開けながら、
「御免なさいよ。」
「はいはい。」
 と軽い返事で、身軽にちょこちょこと茶の間から出たおんなは、下膨しもぶくれの色白で、真中からびんを分けた濃い毛のたばがみすすびたが、人形だちの古風な顔。満更まんざら容色きりょうではないが、紺の筒袖つつそで上被衣うわっぱりを、浅葱あさぎの紐で胸高むなだかにちょっとめた甲斐甲斐かいがいしい女房ぶり。と気になるのは、このうちあたりの暮向くらしむきでは、これがつい通りの風俗で、たれあやしみはしないけれども、畳の上を尻端折しりばしょり前垂まえだれで膝を隠したばかりで、湯具ゆのぐをそのままの足を、茶の間と店の敷居でめて、立ち身のなりで口早くちばやなものの言いよう。
何処どこからおいで遊ばしたえ、何んの御用で。」
 と一向いっこう気のない、くうで覚えたような口上こうじょうことばつきは慇懃いんぎんながら、取附とりつのない会釈をする。
「私だ、立田たつただよ、しばらく。」
 もう忘れたか、覚えがあろう、と顔を向ける、と黒目がちでもせいのない、塗ったような瞳を流して、じっと見たが、
「あれ。」と言いさま、ぐったりと膝をいた。胸をと反らしながら、驚いた風をして、
「どうして貴下あなた。」
 とひょいと立つと、端折はしょった太脛ふくらはぎつつましい見得みえものう、ト身を返して、背後うしろを見せて、つかつかと摺足すりあしして、奥のかたへ駈込みながら、
「もしえ! もしえ! ちょっと……立田様のおりさんが。」
「何、立田さんの。」
「織さんですがね。」
「や、それは。」
 という平吉の声が台所で。がたがた、土間を踏む下駄げたの音。

       五

「さあ、おあがり遊ばして、まあ、どうして貴下あなた。」
 とまた店口みせぐちへ取って返して、女房は立迎たちむかえる。
「じゃ、御免なさい。」
「どうぞこちらへ。」と、大きな声を出して、満面の笑顔を見せた平吉は、茶のを越した見通しの奥へ、台所から駈込んで、幅の広い前垂まえだれで、れた手をぐいときつつ、
「ずっと、ずっとずっとこちらへ。」ともう真中へ座蒲団ざぶとんを持出して、床の間の方へ直しながら、一ツくるりと立身たちみで廻る。
「構っちゃ可厭いやだよ。」とと茶の間を抜ける時、ふすまけんの上を渡って、二階の階子段はしごだんゆるかかる、拭込ふきこんだ大戸棚おおとだなの前で、いれちがいになって、女房は店の方へ、ばたばたと後退あとずさりに退すさった。
 その茶のの長火鉢をはさんで、さしむかいに年寄りが二人いた。ああ、まだ達者だと見える。火鉢の向うにつくばって、その法然天窓ほうねんあたまが、火の気の少い灰の上に冷たそうで、鉄瓶てつびんより低いところにしなびたのは、もう七十のうえになろう。この女房の母親おふくろで、年紀としの相違が五十のうえ、余り間があり過ぎるようだけれども、これは女房が大勢の娘の中に一番末子すえっこである所為せいで、それ、黒のけんちゅうの羽織はおりを着て、小さなまげ鼈甲べっこうの耳こじりをちょこんとめて、手首に輪数珠わじゅずを掛けた五十格好のばばあ背後向うしろむきに坐ったのが、その総領そうりょうの娘である。
 不沙汰ぶさた見舞に来ていたろう。このばばあは、よそへ嫁附かたづいて今は産んだせがれにかかっているはず。忰というのも、煙管きせるかんざし、同じ事をぎょうとする。
 が、この婆娘ばばあむすめは虫が好かぬ。何為なぜか、その上、幼い記憶に怨恨うらみがあるような心持こころもちが、一目見ると直ぐにむらむらと起ったから――この時黄色い、でっぷりしたまゆのない顔を上げて、じろりとひたいで見上げたのを、織次はきっ唯一目ただひとめ。で、知らぬ顔して奥へ通った。
南無阿弥陀仏なあまいだぶ。」
 と折からうなるように老人としよりとなえると、婆娘ばばあむすめ押冠おっかぶせて、
南無阿弥陀仏なあまいだんぶ。」と生若なまわかい声を出す。
「さて、どうも、お珍しいとも、何んとも早や。」と、平吉は坐りもらず、中腰でそわそわ。
「お忙しいかね。」と織次は構わず、更紗さらさの座蒲団を引寄せた。
「ははは、勝手に道楽で忙しいんでしてな、ついひまでもございまするしね、なまけ仕事に板前いたまえ庖丁ほうちょうの腕前を見せていた所でしてねえ。ええ、織さん、この二、三日は浜でいわしがとれますよ。」とえんへはみ出るくらい端近はしぢかに坐ると一緒に、其処そこにあったちりを拾って、ト首をひねって、土間に棄てた、その手をぐいとつかんで、指をみ、
何時いつ当地こっちへ。」
「二、三日前さ。」
ざっと十四、五年になりますな。」
「早いものだね。」
「早いにも、織さん、わっしなんざもう御覧の通りじじいになりましたよ。これじゃ途中で擦違すれちがったぐらいでは、ちょっとお分りになりますまい。」
いやちっとも変らないね、あいかわらず意気いきな人さ。」
「これはしたり!」
 と天井抜けに、突出つきだかいなひたいたたいて、
「はっ、恐入おそれいったね。東京仕込じこみのお世辞はきつい。ひと可加減いいかげんに願いますぜ。」
 と前垂まえだれを横にねて、ひじ突張つッぱり、ぴたりと膝に手をいて向直むきなおる。
「何、串戯じょうだんなものか。」と言う時、織次は巻莨まきたばこを火鉢にさして俯向うつむいて莞爾にっこりした。面色おももちりんとしながらやさしかった。
「粗末なお茶でございます、直ぐに、あの、いれかえますけれど、おひとツ。」
 と女房が、茶のから、半身をらして出た。
「これえ、わっしが事を意気な男だとお言いなさるぜ、御馳走ごちそうをしなけりゃ不可いかんね。」
「あれ、もし、お膝に。」と、うっかり平吉の言う事も聞落ききおとしたらしかったのが、織次が膝に落ちた吸殻すいがらの灰をはじいて、はっとしたようにまぶたを染めた。

上一页  [1] [2] [3] [4] [5] 下一页  尾页


 

作家录入:贯通日本语    责任编辑:贯通日本语 

  • 上一篇作家:

  • 下一篇作家:
  •  
     
     
    网友评论:(只显示最新10条。评论内容只代表网友观点,与本站立场无关!)
     

    没有任何图片作家

    广告

    广告