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「おい、たいへん、たいへん」
五人の原地人斥候は、酒をのんでいる酋長のところへ、とびこんできた。
「なんじゃ、騒々しい」
「たいへんもたいへん。あの醤なんとかいう東洋人の邸の中には、死骸が山のように積んであります。あの東洋人は、弱そうな顔をしていたが、あれはおそろしい喰人種にちがいありません。たいへんなものが、移民してきたものです」
「えっ、それは本当か。死骸が山のように積んであるって、どの位の数か」
酋長は、盃を手から取り落として、胸をおさえた。
「その数は、なかなか夥しい。ええと、どの位だったかな」
「そうさ、あれは、たいへんな数だ。九つと、九つともう一つ九つと、九つとまだまだ九つと九つと九つと……」
斥候は、汗を額からたらたらと流しながら、妙な方法で数を数えた。
それを聞いている酋長の方でも、だんだん汗をかいてきた。
「もう、そのへんでよろしい。お前のいうところによるとこれはたいへんな数である。わしが生れてこの方、この眼で見た鳥の数よりもまだ多いらしい。よろしい、これは、ぐずぐずしていられない。者共、戦争の用意をせよ」
「えっ、戦争の用意を……」
「そうだ、かの醤軍と闘うんだ。わが村の忠良にして健康なるお前たちやわしが死骸にさせられない前に、あの醤軍の奴ばらを、あべこべに死骸にしてしまうのだ。どうも前から、いやな奴だと思っていたよ。彼奴は、おれたちのところから、カンガルーを何頭、盗んでいったかわからない。その代金も、ここで一しょに払わせることにしよう。それ、太鼓を打て、狼烟をあげろ」
「へーい」
とんだことから始まって、たちまち戦雲はふかくサンデー砂漠の空にたれこめた。
村の騒ぎは、醤軍の方へも知れないでいなかった。
醤主席は、重工業地帯からちょっと放れたところにある望楼へのぼって、村の様子を見渡した。
太鼓は、いやに無気味な音をたてて鳴り響いている。九本の狼烟は、まるで竜巻のコンクールのように、大空を下から突きあげている。その合図をうけとった原地人が、砂漠の東から西から南から北から、蟻のように集り寄ってくるのが見られる。なんという夥しい数であろうか。千や二千ではない。すくなくとも万をもって数える夥しい原地人の数であった。
醤は、これを見て、ちょっと顔色をかえたが、すぐ思い直したように、瘠せた肩をそびやかせて、強いて笑顔をつくった。
「ははは、たとい、あの何万の原地人が攻めて来ても、われには人造人間戦車隊があるんだ。鋼鉄製の人造人間に命令電波をさっと送れば、たちまち鋼鉄の戦車となって、貴様たちを、苺クリームのように潰し去るであろう。わが機械化兵団の偉力を、今に思いしらせてやるぞ」
と、そこまでは、威勢のいい声を出して、見得を切ったが、その後で、急に情けない声になって、
「……しかし、大丈夫かなあ。油学士の奴、おちついていやがって、部分品を作って数を揃えたはいいが、未だに試験をしていないのだ。電波のスイッチを入れたとたんに、うまくスクラムとやらを組んで戦車になってくれればいいが、万一人造人間の愚鈍な進軍だけが続くようでは、原地人軍は、その間に人造人間の頭の上をとび越えて、わが陣営へ攻めこんでくるであろう。ふーむ、こんなにわしに心痛をさせるあの油学士の奴は、憎んでもあまりある奴じゃ」
すると、うしろで、えへんと咳払いがした。主席は、はっとして、うしろをふりかえってみると、何時の間に現れたのか、そこには当の油学士が、いやに反り身になって突立っていたではないか。
「ああ醤主席、あなたが心痛されるのは、それは一つには私を御信用にならないため、二つには金博士を御信用にならないためでありますぞ。金博士の設計になるものが、未だ曾て、動かなかったという不体裁な話を聞いたことがない。主席、あなたのその態度が改められない以上、あなたは、金博士を侮辱し、そして科学を侮辱し、技術を侮辱し、そして……」
「やめろ。お前は、まるで副主席にでもなったような傲慢な口のきき方をする。見苦しいぞ。わしはお前には黙っていたが、こんどの人造人間戦車が、満足すべき実績を示した暁には、お前を取立てて、副主席にしてやろうかと考えているんだ。しかし実績を見ないうちは、お前は一要人にすぎん。――どうだ。本当に大丈夫か。仕度は間に合うか」
油学士は、かねて狙っていた副主席の話を、思いがけなく醤の口からきかされたので、彼は処女の如く、ぽっと頬を染め、
「大丈夫でございますとも、丁度只今、一切の準備が整いました。仍って、夕陽を浴びて、輝かしき人造人間戦車隊の進撃を御命令ねがおうと思って、実は只今ここへ参りましたようなわけで……」
と、油学士は、急に慎しみの色を現して、醤主席を拝したのであった。
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