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戦機は熟した。
全身に、妙な白い入墨をした原地人兵が、手に手に、盾をひきよせ、槍を高くあげ、十重二十重の包囲陣をつくって、海岸に押しよせる狂瀾怒濤のように、醤の陣営目懸けて攻めよせた。
これに対して、醤の陣営は、闃として、鎮まりかえっていた。
ただ、かの醤の陣営の目印のような高き望楼には、翩飜と大旆が飜っていた。
その旆の下に、見晴らしのいい桟敷があって、醤主席は、幕僚を後にしたがえ、口をへの字に結んでいた。
この望楼の前には、百万を数える人造人間が、林のように立って居り、その望楼の後には、これは赤い血の通った醤軍百万の兵士たちが、まるでワールド・シリーズの野球観覧をするときの見物人のような有様で、詰めかけていた。
雲霞のような原地人軍は、ついに前方五千メートルの向うの丘のうえに姿を現した。
「おい、油学士。もう人造人間をくりだしてもいいじゃろう」
「はい。只今、命令を出します」
命令は出た。
人造人間部隊は、たちまち一せいに手足をうごかして、前進を開始した。冷い灰白色の身体が、夕陽をうけて、きらきらと、眩しく輝く。
この人造人間は、精巧なる内燃機関で動くのであって、別に不思議はない。
人造人間部隊が粛々と行軍を開始して向ってきたので、原地人軍は、さすがにちょっと動揺を見せた。が、先登に立つ勇猛果敢な酋長は、槍を一段と高くふりまわして、部下を励ました。
人造人間部隊は、粛々と隊伍を組んで進む。どこか算盤玉が並んだ如くであった。
「おい、油学士。もう始めてよかろう。わしは早く見たいぞ。見て、まず安心をしたいのじゃ」
「はい。では、スイッチを入れましょう。まず第一のスイッチでは人造人間がばらばらと寄り、見事なスクラムを組んで戦車と化します」
「早くやれ!」
「では、――」
スイッチが入った。人造人間部隊は、その瞬間にさっとどよめいた。
がちゃがちゃがちゃん――と、まるで長い貨車の後から、機関車がぶつかったときのような音がした。と、なんという奇観、人造人間は、吾れ勝ちに、身体を曲げて車輪になるのがあるかと思うと、四五人横に寝て、鋼鈑となるものもある。それがたちまちのうちに折り重って、びっくりするような立派な戦車に組上ってしまった。
ああ、一万台の人造人間戦車隊の出現!
「うーむ」
醤主席も、これにはよほど愕いたと見える。
「では、この辺で、いよいよ第二のスイッチを入れ、かの人造人間戦車に、全速力進撃を命じ、蹂躙させます。よろしゅうございますか」
醤主席は、まだ咽喉から声が出てこないので、黙って頷いた。
「では、只今、第二のスイッチを入れます。はーい」
懸け声と共に、第二のスイッチは入った。
すると、一万台の人造人間戦車は、とたんに、ぶるんと一揺れ揺れた。と、たちまちものすごい勢いで、がらがらがらと疾走を始めた。但し原地人軍の方へ向って前進しないで、何を勘ちがいしたか、あべこべに、醤軍の方へ向けて、全速力で後退を始めたではないか。
呀っ!
それは、ほんの一瞬間の出来事――いや、悪夢であったように思われる。一万台の人造人間戦車は、電撃の如く、呀っという間に、醤主席をはじめ全軍一兵のこらずを平等にその鋼鉄の車体の下に蹂躙し去り、それから尚も快速をつづけて、やがて、そこから三百キロ向うの海の中へ、さっとしぶきをあげて嵌りこんでしまった。
あまりに意外な勝戦に、原地人軍の酋長は、それ以来、自分が神様の生れかわりであると信ずるようになったそうである。
一体、なにがこう間違ったのであるか。
これについて、後日、わが金博士はこのことを伝え聞き、そしてしずかにいったことである。
「あいつは、大馬鹿者じゃよ。渦巻気流というものは、北半球と南半球とでは、あべこべに巻くのだ。あの設計図にあるのは、北半球用のエンジンだ。南半球で使うときには、線輪をあべこべに巻かなければ、前進すべきものが後退するのじゃ。油蹈天のやつに、組立のときは知らせよと、よくいって置いたのに、彼奴め、自分だけの手柄にしようと思って、知らせて来なかったから、あんな間違いをひきおこしたのじゃ。惜しいものじゃ。たった一言、これは南半球で実験をするのですと教えてくれればよかったものを。……まあ、それが、積悪の醤や油の天命じゃろうよ」
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