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家なき子(いえなきこ)02

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-1 11:48:06  点击:  切换到繁體中文


     前へ

 前へ。世界はわたしの前に開かれた。北でも南でも東でも西でも、自分の行きたいままの方角へわたしは向かって行くことができる。それはもう子どもは子どもでも、わたしは自分白身の主人であった。
 いよいよ流浪るろうの旅を始めるまえに、わたしはこの二年のあいだ父親のようにやさしくしてくれた人に会いたいと思った。カトリーヌおばさんは、みんながかれに「さようなら」を言いに行くときに、わたしをいっしょにれて行くことをこのまなかったが、わたしはせめて一人になったいまでは、行ってかれに会うことができるし、会わなければならないと思った。借金しゃっきんのために刑務所けいむしょにはいったことはなくても、その話をこのごろしじゅうのように聞かされていたのでその場所ははっきりわかっていた。わたしはよく知っているラ・マドレーヌ寺道じみちをたどって行った。カトリーヌおばさんも、子どもたちも、お父さんに会えたのだから、わたしもきっと会うことがゆるされるであろう。わたしはお父さんの子どもも同様であったし、お父さんもわたしをかわいがっていた。
 でも思い切って刑務所けいむしょの中へはいって行くのがちょっとちゅうちょされた。だれかがわたしをじっと監視かんししているように思われた。もう、一度そのドアの中へ、おそろしいドアの中へめこまれたが最後さいご、二度と出されることがないように思われた。
 刑務所けいむしょから出て来ることは容易よういでないとわたしは考えていた。しかしそこへはいるのも容易でないことを知らなかった。さんざんひどい目に会って、わたしはそれを知った。
 でも力も落とさず、それから引っ返してしまおうとも思わずに待っていたおかげで、わたしはやっと面会をゆるされることになった。かねて思っていたのとちがい、わたしは格子こうしもさくもないそまつな応接室おうせつしつに通された。お父さんは出て来た。でもくさりなどにわえられてはいなかった。
「ああ、ルミや、わたしはおまえを待っていた」と、わたしが面会所にはいるとかれは言った。
「わたしは、カトリーヌおばさんがおまえをいっしょにれて来なかったので、こごとを言ってやったよ」
 わたしはこのことばを聞くと、朝からしょげていたこともわすれて、すっかりうれしくなった。
「カトリーヌおばさんは、ぼくをいっしょにれて来ようとしなかったのです」
 わたしはうったえるように言った。
「いや、そういうわけでもなかったのだろう。なかなか思うとおりにはならないものだよ。ところでおまえがこれから一人でくらしを立ててゆこうとしていることもわたしはようく知っているのだがね。どうもわたしの妹婿いもうとむこのシュリオだって、おまえに仕事を見つけてやることはできないだろうしね。シュリオはニヴェルネ運河うんが水門守すいもんもりをしているのだが、知ってのとおり植木職人しょくにんの世話を水門守にしてもらうのは無理むりだからね。それにしても、子どもたちの話では、おまえはまた旅芸人たびげいにんになると言っているそうだが、おまえもう、あの寒さと空腹くうふくで死にかけたことをわすれたのかえ」
「いいえ、忘れません」
「でも、あのときはまだしも、おまえはひとりぼっちではなかった。めんどうを見る親方があった。それもいまはないし、おまえぐらいの年ごろで一人ぼっちいなかへ出るということは、いいことだとは思われない」
「カピもいっしょです」
 このときカピは自分の名を聞くと、いつものように、(はい、ここにおります、ご用ならお役に立ちましょう)というように一声ほえた。
「うん、カピはよい犬だ。しかしやっぱり犬は犬だからな。おまえはいったいどうしてくらしを立てるつもりなのだ」
「わたしが歌を歌ったり、カピが芝居しばいをしたりして」
「しかしカピ一人ぼっちで、芝居はできやしないだろう」
「いえ、わたしはカピにげいをしこみます。そうだろう、ね、カピ。おまえ、なんでもわたしののぞむものを習うだろう」
 カピは前足でむねをたたいた。
「ルミ、おまえがよく考えたら、やはりしょくを見つけることにするだろうよ。もうおまえも一かどの職人しょくにんだ。流浪るろうするよりもそのほうがましだし、だいいち、あれはなまけ者のすることだ」
「ええ、もちろんわたしはなまけ者ではありません。わたしはお父さんといっしょにならできるだけはたらきます。そしていつでもお父さんといっしょにいたいと思っています。でもほかの人のうちで働くのはいやなんです」
 もちろん、たった一人、大道ぐらしをつづけてゆくことの危険きけんなことはよくわかっていた。それはさんざん、つらい経験けいけんもしている。そうだ、人びとがわたしのように流浪るろうの生活を送って、あの犬たちがおおかみに食べられた夜や、ジャンチイイの石切り場のあのばんのような目に会ったり、あれほどひもじいめをしたり、ヴィタリス親方が刑務所けいむしょに入れられて、一スーももうけることができず、村から村へと追い立てられたりしたようなことに出会ったら、だれだってあすはまっ暗やみ、現在げんざいさえも不安心ふあんしんでたまらないのが当たり前だ。危険きけんな、みじめな、浮浪人ふろうにんの生活をわたしは自分が送ってきたこともわすれはしないのだ。だがいまそれをやめたら、わたしはいったいどうしていいかわからないではないか。それにもう一つ、旅に出るについて決心をかたくするものがあった。いまさらよそのうちに奉公ほうこうするよりも、わたしにはこの流浪るろうの旅がずっと自由で気楽なばかりでなく、エチエネットや、アルキシーやバンジャメン、それからリーズとしたやくそくをたすためにもこの旅行を思いとどまることはできなかったのだ。どうしてこのことはあの人たちを見捨みすてないかぎり、やめられないのだ。もっともエチエネットやアルキシーやバンジャメンからは、手紙が書けるので手続も来ようが、リーズといえば、書くことも知らないのだから、ここであの子のことをわたしがわすれてしまえば、もうかの女はなにもかも世界の様子がわからなくなってしまうのだ。
「では、お父さんは、お子さんたちの便たよりを、わたしが持って来るのがおいやなのですか」とわたしはたずねてみた。
「なるほどみんなの話では、おまえは子どもたちの所へ一人ひとりたずねて行ってくれるということだが、それはありがたいが、といって、わたしたち自分のことばかり考えているわけにはゆかない。それよりかまずおまえのためを考えなければならないのだよ」
「では、わたしだってお父さんのおっしゃるとおりにして、自分の身の上の危険きけんをおそれて、今度の計画をやめてしまえば、やはり自分のことばかり考えて、あなたのことも、それからリーズのことも考えなくてもいいということになりますよ」
 お父さんはしばらくわたしの顔をながめていたが、急にわたしの両手を取った。
「まあ、よくおまえ、言っておくれだ。おまえはほんとうに真心まごころがある」
 わたしはかれの首にうでをかけた。そのうち、さようならを言う時間が来た。しばらくのあいだかれはだまってわたしをおさえていた。やがていきなりかれはチョッキのかくしをさぐって、大きな銀時計を引き出した。
「さあ、おまえ、これをあげる」とかれは言った。「これをわたしの形見に持っていてもらいたい。たいした値打ねうちのものではない。値打ちがあればわたしはとうに売ってしまったろう。時間もたしかではない。いけなくなったらげんこでたたきこわしてもいい。でもこれがわたしの持っているありったけだ」
 わたしはこんなりっぱなおくり物をことわろうと思ったけれど、かれはそれをわたしのにぎった手に無理むりにおしこんだ。
「ああ、わたしは時間を知る必要ひつようはないのだ。時間はずいぶんゆっくりゆっくりたってゆく。それを勘定かんじょうしていたら、死んでしまう。さようなら、ルミや。いつでもいい子でいるように、おぼえておいで」
 わたしはひじょうに悲しかった。どんなにあの人はわたしにやさしくしてくれたであろう。わたしはわかれてのち長いあいだ刑務所けいむしょのドアの回りをうろうろした。ぼんやりわたしはそのまま夜まででも立ち止まっていたかもしれなかったが、ふとかくしにあるかたまるいものが手にさわった。わたしの時計であった。
 ありったけのわたしの悲しみはしばらくのあいだわすれられた。わたしの時計だ。自分の時計で時間を知ることができるのだ。わたしは時間を見るために、それを引き出した。昼だ。それは昼であろうと、十時であろうと、十一時であろうと、たいしたことではなかった。でもわたしは昼であるということがたいそううれしかった。それがなぜだか言うのはむずかしい。けれどそういうわけであった。わたしの時計がそう知らせてくれる。なんということだ。わたしにとって時計は相談そうだんをしたり、話のできる親友であると思われた。
「時計君、何時だね」
「十二時ですよ、ルミさん」
「おやおや。ではあれをしたり、これをしたりするときだ。いいことをおまえは教えてくれた。おまえが言ってくれなければ、ぼくはわすれるところだったよ」
 わたしのうれしいのにまぎれて、カピがほとんどわたしと同様によろこんでいてくれることに気がつかなかった。かれはわたしのズボンのすそをって、たびたびほえた。かれがほえつづけたときわたしははじめて、かれに注意を向けてやらなければならなかった。
「カピ、なんの用だい」とわたしはたずねた。かれはわたしの顔をながめた。けれどわたしはかれの意味がけなかった。かれはしばらく待っていたが、やがてわたしの前に来て、時計を入れたかくしの上に前足をのせて立った。かれはヴィタリス親方といっしょにはたらいていたじぶんと同じように、「ご臨席りんせき貴賓諸君きひんしょくん」に時間を申し上げる用意をしていたのであった。
 わたしは時計をかれに見せた。かれはしばらく思い出そうとつとめるように、しっぽをふりながらそれを、ながめたが、やがて十二たびほえた。かれはわすれてはいなかった。わたしたちはこの時計でお金を取ることができる。これはわたしがあてにしていなかったことであった。
 前へ進め、子どもたち。わたしは刑務所けいむしょ最後さいごの目をくれた。そのへいの後ろにはリーズの父親がじこめられているのだ。
 それからずんずん進んで行った。なによりもわたしに入り用なものは、フランスの地図であった。河岸かし通りの本屋へ行けば、それのられることを知っていたので、わたしは川のほうへ足を向けた。やっとわたしは十五スーで、ずいぶん黄色くなった地図を見つけた。
 わたしはそれでパリを去ることができるのであった。すぐわたしはそれをすることに決めた。わたしは二つの道の一つをえらばなければならなかった。わたしはフォンテンブローへの道を選んだ。リュウ・ムッフタールの通りへ来かかると、山のような記憶きおくむらがって起こった。ガロフォリ、マチア、リカルド、錠前じょうまえのかかったスープなべ、むち、ヴィタリス老人ろうじん、あの気のどくな善良ぜんりょうな親方。わたしをこじきの親分へすことをきらったために、死んだ人。
 お寺のさくの前を通ると、子どもが一人かべによっかかっているのを見た。その子はなんだか見覚みおぼえがあるように思った。
 たしかにそれはマチアであった。大きな頭の、大きな目の、やさしい、いじけた目つきの子どものマチアであった。けれどかれはちっとも大きくはなっていなかった。わたしはよく見るためにそばへった。ああそうだ、そうだ、マチアであった。
 かれはわたしをおぼえていた。かれの青ざめた顔はにっこりわらった。
「ああ、きみだね」とかれは言った。「きみはせんに白いひげのおじいさんとガロフォリのうちへ来たね。ちょうどぼくが病院へ行こうとするまえだった。ああ、あれからぼくはどんなにこの頭でなやんだろう」
「ガロフォリはまだきみの親方なのかい」
 かれは返事をするまえにそこらを見回して、それから声をひそめて言った。
「ガロフォリは刑務所けいむしょにはいっているよ。オルランドーを打ちころしたのでれて行かれたのだ」
 わたしはこの話を聞いてぎょっとした。でもわたしはガロフォリが刑務所に入れられたと聞いてうれしかった。はじめてわたしは、あれほどおそろしいものに思いこんでいた刑務所が、これはなるほど役に立つものだと考えた。
「それでほかの子どもたちは」とわたしはたずねた。
「ああ、ぼくは知らないよ。ガロフォリがつかまったときには、ぼくはいなかった。ぼくが病院から出て来ると、ぼくは病気で、もうぶっても役に立たないと思って、あの人はわたしを手放したくなった。そこであの人はわたしを二年のあいだガッソーの曲馬団きょくばだんへ売った。前金で金をはらってもらったのだ。きみはガッソーの曲馬を知っているかい。知らない。うん、それはたいした曲馬団ではないけれど、やはり曲馬は曲馬さ。そこでは子どもを、かたわの子どもを使うのだ。それでガロフォリがぼくをガッソーへ売ったのだ。ぼくはこのまえの月曜までそこにいたが、ぼくの頭がはこの中にはいるには大きすぎるというので、追い出された。曲馬団きょくばだんを出るとぼくはガロフォリのうちへもどったが、うちはすっかりまっていた。近所の人に聞いて様子がすっかりわかった。ガロフォリが刑務所けいむしょへ行ってしまうと、ぼくはどこへ行っていいか、わからない」
「それにぼくは金を持たない」とかれはつけくわえて言った。「ぼくはきのうから一きれのパンも食べない」
 わたしも金持ちではなかったけれど、気のどくなマチアにやるだけのものはあった。わたしがツールーズへんをいまのマチアのようにえてうろうろしていたじぶん、一きれのパンでもくれる人があったら、わたしはどんなにその人の幸福をいのったであろう。
「ぼくが帰って来るまで、ここに待っておいでよ」とわたしは言った。わたしは町の角のパン屋までかけて行って、まもなく一きん買って帰って、それをかれにあたえた。かれはがつがつして、見るまに食べてしまった。
「さて」とわたしは言った。「きみはどうするつもりだ」
「ぼくはわからない。ぼくはヴァイオリンを売ろうかと思っていたところへきみが声をかけた。ぼくはそれとわかれるのがこんなにいやでなかったら、とうに売っていたろう。ぼくのヴァイオリンはぼくの持っているありったけのもので、悲しいときにも、一人いられる場所が見つかると、自分一人でひいていた。そうすると空の中にいろんな美しいものが、ゆめの中で見るものよりももっと美しいものが見えるんだ」
「なぜきみは往来おうらいでヴァイオリンをひかないのだ」
「ひいてみたけれど、なにももらえなかった」
 ヴァイオリンをひいて一文ももらえないことを、どんなによくわたしも知っていたことであろう。
「きみはいまなにをしているのだ」とかれはたずねた。
 わたしはなぜかわからなかった。けれどそのときのいきおいで、こっけいなほらをふいてしまった。
「ぼくは一座いちざの親方だよ」とわたしは高慢こうまんらしく言った。
 それは真実しんじつではあったが、その真実はずっとうそのほうに近かった。わたしの一座はたったカピ一人だけだった。
「おお、きみはそんなら……」とマチアが言った。
「なんだい」
「きみの一座いちざにぼくを入れてくれないか」
 かれをあざむくにしのびないので、わたしはにっこりしてカピを指さした。
「でも一座はこれだけだよ」とわたしは言った。
「ああ、なんでもかまうものか。ぼくがもう一人の仲間なかまになろう。まあどうかぼくをてないでくれたまえ。ぼくははらって死んでしまう」
 腹が減って死ぬ。このことばがわたしのはらわたのそこにしみわたった。腹が減って死ぬということがどんなことだか、わたしは知っている。
「ぼくはヴァイオリンをひくこともできるし、でんぐり返しをうつこともできる」と、マチアがせかせか息もつかずに言った。「なわの上でおどりもおどれるし、歌も歌える。なんでもきみのきなことをするよ。きみの家来にもなる。言うことも聞く。金をくれとは言わない。食べ物だけあればいい。ぼくがまずいことをしたらぶってもいい。それはやくそくしておく。ただたのむことは頭をぶたないでくれたまえ。これもやくそくしておいてもらわなければならない。なぜならぼくの頭はガロフォリがひどくぶってから、すっかりやわらかくなっているのだ」
 わたしはかわいそうなマチアが、そんなことを言うのを聞くと、声を上げてきだしたくなった。どうしてわたしはかれをれて行くことをこばむことができよう。はらって死ぬというのか。でも、わたしといっしょでも、やはり腹が減って死ぬかもしれない場合がある――わたしはそうかれに言ったが、かれは聞き入れようともしなかった。
「ううん、ううん」とかれは言った。「二人いればにはしない。一人が一人を助けるからね。持っている者が持っていない者にやれるのだ」
 わたしはもうちゅうちょしなかった。わたしがすこしでも持っていれば、わたしはかれを助けなければならない。
「うん、よし、それでわかった」とわたしは言った。
 そう言うと、かれはわたしの手をつかんで、心から感謝かんしゃのキッスをした。
「ぼくといっしょに来たまえ」とわたしは言った。「家来ではなく、仲間なかまになろう」
 ハープをかたにかけると、わたしは号令ごうれいをかけた。
「前へ進め」
 十五分たつと、わたしたちはパリを後に見捨みすてた。
 わたしがこの道を通ってパリを出るのは、バルブレンのおっかあに会いたいためであった。どんなにたびたびわたしはかの女に手紙を書いてやって、かの女を思っていること、ありったけの心をささげてかの女をあいしていることを、言ってやりたかったかしれなかったが、亭主ていしゅのバルブレンがこわいので、わたしは思いとどまった。もしバルブレンが手紙をあてにわたしを見つけたら、つかまえてまたほかの男に売りわたすかもしれなかった。かれはおそらくそうする権利けんりがあった。わたしはこのんでバルブレンの手に落ちる危険きけんをおかすよりも、バルブレンのおっかあから恩知おんしらずの子どもだと思われているほうがましだと思った。
 でも手紙こそ書きなかったが、こう自由の身になってみれば、わたしは行って会うこともできよう。わたしの一座いちざにマチアもはいっているので、わたしはいよいよそうしようと心を決めた。なんだかそれがわけなくできそうに思われた。わたしは先にかれを一人出してやって、かの女が一人きりでいるか見せにやる。それからわたしが近所に来ていることを話して、会いに行ってもだいじょうぶか、それのわかるまで待っている。それでバルブレンがうちにいれば、マチアからかの女にどこか安心な場所へ来るようにたのんで、そこで会うことができるのである。
 わたしはこのくわだてを考えながら、だまって歩いた。マチアもならんで歩いていた。かれもやはり深く考えこんでいるように思われた。
 ふと思いついて、わたしは自分の財産ざいさんをマチアに見せようと思った。カバンのふたを開けて、わしは草の上に財産を広げた。中には三まいのもめんのシャツ、くつ下が三足、ハンケチが五枚、みんな品のいい物と、少し使ったくつが一足あった。
 マチアは驚嘆きょうたんしていた。
「それからきみはなにを持っている」とわたしはたずねた。
「ぼくはヴァイオリンがあるだけだ」
「じゃあ分けてあげよう。ぼくたちは仲間なかまなんだから、きみにはシャツ二まいと、くつ下二足にハンケチを三枚あげよう。だがなんでも二人のあいだになかよく分けるのがいいのだから、きみは一時間ぼくのカバンを持ちたまえ。そのつぎの一時間はぼくが持つから」
 マチアは品物をもらうまいとした。けれどわたしはさっそく、自分でもひどくゆかいな、命令めいれいのくせを出して、かれに「おだまり」と命令した。
 わたしはエチエネットの小ばこと、リーズのばらを入れた小さなはこをも広げた。マチアはそのはこを開けて見たがったが、開けさせなかった。わたしはそのふたをいじることすらゆるさずに、カバンの中にまたしまいこんでしまった。
「きみはぼくをよろこばせたいと思うなら」とわたしは言った。「けっしてはこにさわってはいけない。……これはたいじなおくり物だから」
「ぼくはけっして開けないとやくそくするよ」とかれはまじめに言った。
 わたしはまたひつじの毛の服を着て、ハープをかついだが、そこに一つむずかしい問題があった。それはわたしのズボンであった。芸人げいにんが長いズボンをはくものではないように思われた。公衆こうしゅうの前へあらわれるには、短いズボンをはいて、その上にくつ下をかぶさるようにはいて、レースをつけて、色のついたリボンをむすぶものである。長いズボンは植木屋にはけっこうであろうが……いまはわたしは芸人であった。そうだ、わたしは半ズボンをはかなければならない。わたしはさっそくエチエネットの道具ばこからはさみを出した。
 わたしがズボンのしまつをしているうち、ふとわたしは言った。
「きみはどのくらいヴァイオリンをひくか、聞かせてもらいたいな」
「ああ、いいとも」
 かれはひき始めた。そのあいだわたしは思い切ってはさみの先をズボンのひざからすこし上の所へ当てた。わたしはきれを切り始めた。
 けれどこれはチョッキと上着とおそろいにできた、ねずみ地のいいズボンであった。アッケンのお父さんがそれをこしらえてくれたとき、わたしはずいぶん得意とくいであった。けれどいま、それを短くすることをいけないこととは思わない。かえってりっぱになると思っていた。はじめはわたしもマチアのほうに気がはいらなかった。ズボンを切るのにいそがしかったが、まもなくはさみを動かす手をやめて、耳をそこへうばわれていた。マチアはほとんどヴィタリス親方ぐらいにうまくひいた。
「だれがきみにヴァイオリンを教えたの」とわたしは手をたたきながら聞いた。
「だれも。ぼくは一人でおぼえた」
「だれかきみに音楽のことを話して聞かした人があるかい」
「いいえ、ぼくは耳に聞くとおりをひいている」
「ぼくが教えてあげよう、ぼくが」
「きみはなんでも知っているの。では……」
「そうさ、ぼくはなんでも知っているはずだ。座長ざちょうだもの」
 わたしはマチアに、自分もやはり音楽家であることを見せようとした。わたしはハープをとり、かれを感動させようと思って、名高い小唄こうたを歌った。すると芸人げいにんどうしのするようにかれはわたしにおせじを言った。かれはりっぱな才能さいのうを持っていた。わたしたちはおたがいに尊敬そんけいし合った。わたしは背嚢はいのうのふたをめると、マチアが代わってそれをかたにのせた。
 わたしたちはいちばんはじめの村に着いて興行こうぎょうをしなければならなかった。これがルミ一座いちざはつおめみえのはずであった。
「ぼくにその歌を教えてください」とマチアが言った。「ぼくたちはいっしょに歌おう。もうじきにヴァイオリンで合わせることができるから。するとずいぶんいいよ」
 たしかにそれはいいにちがいなかった。それでくれるものをたっぷりくれなかったら、「ご臨席りんせき貴賓諸君きひんしょくん」は、石のような心を持っているというものだ。
 わたしたちが最初さいしょの村を通りぎると、大きな百姓家ひゃくしょうやの門の前へ出た。中をのぞくとおおぜいの人が晴れ着を着てめかしこんでいた。そのうちの二、三にん襦珍しゅちん(しゅすの織物)のリボンを結んだ花たばを持っていた。
 ご婚礼こんれいであった。わたしはきっとこの人たちがちょっとした音楽とおどりをくかもしれないと思った。そこで背戸せどへはいって、まっ先に出会った人にすすめてみた。その人は赤い顔をした、大きな、人のよさそうな男であった。かれは高い白えりをつけて、プレンス・アルベール服を着ていた。かれはわたしの問いに答えないで、客のほうへ向きながら、口に二本の指を当てて、それはカピをおびえさせたほどの高い口ぶえをふいた。
「どうだね、みなさん、音楽は」とかれはさけんだ。「楽師がやって来ましたよ」
「おお、音楽音楽」といっしょの声が聞こえた。
「カドリールの列をお作り」
 おどり手はさっそく庭のまん中に集まった。マチアとわたしは荷馬車の中に陣取じんどった。
「きみはカドリールがひけるか」と心配してわたしはささやいた。
「ああ」
 かれはヴァイオリンで二、三せつ調子を合わせた。運よくわたしはそのふしを知っていた。わたしたちは助かった。マチアとわたしはまだいっしょにやったことはなかったが、まずくはやらなかった。もっともこの人たちはたいして音楽のいい悪いはかまわなかった。
「おまえたちのうち、コルネ(小ラッパ)のふける者があるかい」と赤い顔をした大男がたずねた。
「ぼくがやれます」とマチアは言った。「でも楽器がっきを持っていませんから」
「わしが行ってさがして来る。ヴァイオリンもいいが、きいきい言うからなあ」
 わたしはその日一日で、マチアがなんでもやれることがわかった。わたしたちは休みなしにばんまでやった。それにはわたしは平気であったが、かわいそうにマチアはひどく弱っていた。だんだんわたしはかれが青くなって、たおれそうになるのを見た。でもかれはいっしょうけんめいふきつづけた。幸いにかれが気分が悪いことを見つけたのは、わたし一人ではなかった。花よめさんがやはりそれを見つけた。
「もうたくさんよ」とかの女は言った。「あの小さい子は、つかれきっていますわ。さあ、みんな楽師がくしたちにやるご祝儀しゅうぎをね」
 わたしはぼうしをカピに投げてやった。カピはそれを口で受け取った。
「どうかわたくしどもの召使めしつかいにおさずけください」とわたしは言った。
 かれらはかっさいした。そしてカピがおじぎをするふうを見て、うれしがっていた。かれらはたんまりくれた。花むこさまはいちばんおしまいにのこったが、五フランの銀貨ぎんかをぼうしに落としてくれた。ぼうしは金貨でいっぱいになった。なんという幸せだ。
 わたしたちは夕食に招待しょうたいされた。そして物置ものおきの中でねむる場所をあたえてもらった。
 あくる朝この親切な百姓家ひゃくしょうやを出るとき、わたしたちには二十八フランの資本もとでがあった。
「マチア、これはきみのおかげだよ」とわたしは勘定かんじょうしたあとで言った。「ぼく一人きりでは楽隊がくたいつとまらないからねえ」
 二十八フランをかくしに入れて、わたしたちは福々であった。コルベイユへ着くと、わたしはさし当たりなくてならないと思う品を二つ三つ買うことができた。第一はコルネ、これは古道具屋で三フランした。それからくつ下にむすぶ赤リボン、最後さいごにもう一つの背嚢はいのうであった。代わりばんこに重い背嚢をしょうよりも、てんでんが軽い背嚢をしじゅうしょっているほうが楽であった。
「きみのような、人をぶたない親方はよすぎるくらいだ」とマチアがうれしそうにわらいながら言った。
 わたしたちのふところ具合がよくなったので、わたしは少しも早く、バルブレンのおっかあの所に向かって行こうと決心した。わたしはかの女におくり物を用意することができた。わたしはもう金持ちであった。なによりもかよりも、かの女を幸福にするものがあった。それはあのかわいそうなルセットの代わりになる雌牛めうしをおくってやることだ。わたしが雌牛をやったら、どんなにかの女はうれしがるだろう。どんなにわたしは得意とくいだろう。シャヴァノンに着くまえに、わたしは雌牛を買う。そしてマチアがたづなをつけて、すぐとバルブレンのおっかあの背戸せどへ引いて行く。
 マチアはこう言うだろう。「雌牛めうしを持って来ましたよ」
「へえ、雌牛を」とかの女は目をまるくするだろう。「まあおまえさんは人ちがいをしているんだよ」
 こう言ってかの女はため息をつくだろう。
「いいえ、ちがやしません」とマチアが答えるだろう。「あなたはシャヴァノン村のバルブレンのおばさんでしょう。そらおとぎ話の中にあるとおり、『王子さま』があなたの所へこれをおくり物になさるのですよ」
「王子さまとは」
 そこへわたしがあらわれて、かの女をだきせる。それからわたしたちはおたがいにだき合ってから、どらきとりんごのものをこしらえて、三人で食べる。けれどバルブレンにはやらない。ちょうどあの謝肉祭しゃにくさいの日にあの男が帰って来て、わたしたちのフライなべを引っくり返して、自分のねぎのスープに、せっかくのバターを入れてしまったときのように意地悪くしてやる。なんというすばらしいゆめだろう。でもそれをほんとうにするには、まず雌牛めうしから買わなければならない。
 いったい雌牛はどのくらいするだろう。わたしはまるっきり見当がつかない。きっとずいぶんするにちがいない。でもまだ……わたしはたいして大きな雌牛はしくなかった。なぜなら太っていればいるほど、雌牛は値段ねだんが高いから。それに大きければ大きいほど雌牛めうしは食べ物がよけいるだろう。わたしはせっかくのおくり物が、バルブレンのおっかあのやっかいになってはならないと思う。さしあたりだいじなことは、雌牛の値段ねだんを知ることであった。いや、それよりもわたしのしいと思う種類しゅるいの雌牛の値段を知ることであった。幸いにわたしたちはたびたびおおぜいの百姓ひゃくしょうやばくろうに行く先の村むらで出会うので、それを知るのはむずかしくはなかった。わたしはその日宿屋やどやで出会ったはじめの男にたずねてみた。
 かれはげらげらわらいだした、食卓しょくたくをどんとたたいた。それからかれは宿屋のおかみさんをんだ。
「この小さな楽師がくしさんは、雌牛めうしが聞きたいというのだ。たいへん大きなやつでなくて、ごくじょうぶで、ちちをたくさん出すのだそうだ」
 みんなはわらった。でもわたしはなんとも思わなかった。
「そうです、いい乳を出して、あんまり食べ物を食べないのです」とわたしは言った。
「そうしてその雌牛めうしはたづなに引かれて道を歩くことをいやがらないものでなくってはね」
 かれは一とおりわらってしまうと、今度はわたしと話し合う気になって、事がらをまじめにあつかい始めた。かれはちょうど注文の品を持っていた。それはうまいちちを――正銘しょうめいのクリームを出すいい雌牛めうしを持っていた――しかもそれはほとんど物を食べなかった。五十エクー出せばその雌牛はわたしの手にはいるはずであった。はじめこそこの男に話をさせるのがほねれたが、一度始めだすと今度はやめさせるのが困難こんなんであった。やっとわたしたちはそのばんおそく、とにかくねに行くことができた。わたしはこの男から聞いたことをのこらずゆめに見ていた。
 五十エクー――それは百五十フランであった。わたしはとてもそんなばくだいな金を持ってはいなかった。ことによってわたしたちの幸運がこの先つづけば、一スー一スーとたくわえて百五十フランになることがあるかもしれない。けれどそれにはひまがかかった。そうとすればわたしたちはなによりまずヴァルセへ行ってバンジャメンに会う。その道にできるだけほうぼうで演芸えんげいをして歩こう。それから帰り道に金ができるかもしれないから、そのときシャヴァノンへ行って、王子さまの雌牛めうしのおとぎ芝居しばいえんじることにしよう。
 わたしはマチアにこのくわだてを話した。かれはこれになんの異議いぎをもとなえなかった。
「ヴァルセへ行こう」とかれは言った。「ぼくもそういう所へは行って見たいよ」


     煤煙ばいえんの町

 この旅行はほとんど三月かかったが、やっとヴァルセの村はずれにかかったときに、わたしたちはむだに日をくらさなかったことを知った。わたしのなめし皮の財布さいふにはもう百二十八フランはいっていた。バルブレンのおっかあの雌牛めうしを買うには、あとたった二十二フラン足りないだけであった。
 マチアもわたしと同じくらいよろこんでいた。かれはこれだけの金をもうけるために、自分もはたらいたことにたいへん得意とくいであった。実際じっさいかれのてがらは大きかった。かれなしには、カピとわたしだけで、とても百二十八フランなんという金高の集まりようはずがなかった。これだけあれば、ヴァルセからシャヴァノンまでの間に、あとの足りない二十二フランぐらいはわけなく得られよう。
 わたしたちが、ヴァルセに着いたのは午後の三時であった。きらきらした太陽が晴れた空にかがやいていたが、だんだん町へ近くなればなるほど空気が黒ずんできた。天と地の間に煤煙ばいえんの雲がうずをいていた。
 わたしはアルキシーのおじさんがヴァルセの鉱山こうざんはたらいていることは知っていたが、いったい町中まちなかにいるのか、外に住んでいるのか知らなかった。ただかれがツルイエールという鉱山で働いていることだけ知っていた。
 町へはいるとすぐわたしはこの鉱山こうざんがどのへんにあるかたずねた。そしてそれはリボンヌ川の左のがけの小さな谷で、その谷の名が鉱山の名になっていることを教えられた。この谷は町と同様ふゆかいであった。
 鉱山こうざん事務所じむしょへ行くと、わたしたちはアルキシーのおじさんのガスパールのいる所を教えられた。それは山から川へつづく曲がりくねった町の中で、鉱山からすこしはなれた所にあった。
 わたしたちがその家に行き着くと、ドアによっかかって二、三人、近所の人と話をしていた婦人ふじんが、坑夫こうふのガスパールは六時でなければ帰らないと言った。
「おまえさん、なんの用なの」とかの女はたずねた。
「わたしはおいごさんのアルキシー君に会いたいのです」
「ああ、おまえさん、ルミさんかえ」とかの女は言った。「アルキシーがよくおまえさんのことを言っていたよ。あの子はおまえさんを待っていたよ」こう言ってなお、「そこにいる人はだれ」と、マチアを指さした。
「ぼくの友だちです」
 この女はアルキシーのおばさんであった。わたしはかの女がわたしたちをうちの中へび入れて休ませてくれることと思った。わたしたちはずいぶんほこりをかぶってつかれていた。けれどかの女はただ、六時にまた来ればアルキシーに会える、いまはちょうど鉱山こうざんへ行っているところだからと言っただけであった。
 わたしはむこうから申し出されもしないことを、こちらから請求せいきゅうする勇気ゆうきはなかった。
 わたしたちはおばさんに礼をべて、ともかくなにか食べ物を食べようと思って、パン屋をさがしに町へ行った。「わたしはマチアがさぞ、なんてことだ」と思っているだろうと考えて、こんな待遇たいぐうを受けたのがきまり悪かった。こんなことなら、なんだってあんな遠い道をはるばるやって来たのであろう。
 これではマチアが、わたしの友人に対してもおもしろくない感じを持つだろうと思われた。これではリーズのことを話しても、わたしと同じ興味きょうみで聞いてはくれないだろうと思った。でもわたしはかれがひじょうにリーズをいてくれることをのぞんでいた。
 おばさんがわたしたちにあたえた冷淡れいたん待遇たいぐうは、わたしたちにふたたびあのうちへもどる勇気ゆうきうしなわせたので、六時すこしまえにマチアとカピとわたしは、鉱山こうざんの入口に行って、アルキシーを待つことにした。
 わたしたちはどの坑道こうどうから工夫こうふたちが出て来るか教えてもらった。それで六時すこしぎに、わたしたちは坑道の暗いかげの中に、小さな明かりがぽつりぽつり見え始めて、それがだんだんに大きくなるのを見た。工夫たちは手に手にランプを持ちながら、一日の仕事をすまして、日光の中に出て来るのであった。かれらはひざがしらがいたむかのように、重い足どりでのろのろと出て来た。わたしはそののちに、地下の坑道こうどうのどんそこまではしごを下りて行ったとき、それがどういうわけだかはじめてわかった。かれらの顔はえんとつそうじのようにまっ黒であった。かれらの服とぼうしは石炭のごみをいっぱいかぶっていた。やがてみんなは点燈所てんとうしょにはいって、ランプをくぎに引っかけた。
 ずいぶん注意して見ていたのであるが、やはり向こうから見つけてかけって来るまで、わたしたちはアルキシーを見つけなかった。もうすこしでかれを見つけることなしにやりごしてしまうところであった。
 実際じっさい頭から足までまっ黒くろなこの少年に、あのひじの所でれたきれいなシャツを着て、カラーの前を大きく開けて白いはだを見せながら、いっしょに花畑の道をかけっこしたむかしなじみのアルキシーを見いだすことは困難こんなんであった。
「やあ、ルミだよ」とかれはそばにりそって歩いていた四十ばかりの男のほうを向いてさけんだ。その人はアッケンのお父さんと同じような、親切な快活かいかつな顔をしていた。二人が兄弟であることを思えば、それはふしぎではなかった。わたしはすぐそれがガスパールおじさんであることを知った。
「わたしたちは長いあいだおまえさんを待っていたよ」とかれはにっこりしながら言った。
「パリからヴァルセまではずいぶんありましたよ」とわたしはわらい返しながら言った。
「おまけにおまえさんの足は短いからな」とかれは笑いながら言い返した。
 カピもアルキシーを見ると、うれしがっていっしょうけんめいそのズボンのすそをって、およろこびのごあいさつをした。このあいだわたしはガスパールおじさんに向かって、マチアがわたしの仲間なかまであること、そしてかれがだれよりもコルネをうまくふくことを話した。
「おお、カピ君もいるな」とガスパールおじさんが言った。「おまえ、あしたはゆっくり休んで行きなさい。ちょうど日曜日で、わたしたちにもいいごちそうだ。なんでもアルキシーの話ではあの犬は学校の先生と役者をいっしょにしたよりもかしこいというじゃないか」
 わたしはおばさんに対して気持ち悪く感じたと同じくらいこのガスパールおじさんに対しては気持ちよく感じた。
「さあ、子どもどうし話をおしよ」とかれはゆかいそうに言った。「きっとおたがいにたんと話すことがもっているにちがいない。わたしはこのコルネをそんなにじょうずにふくわか紳士しんしとおしゃべりをしよう」
 アルキシーはわたしの旅の話を聞きたがった。わたしはかれの仕事の様子を知りたがった。わたしたちはおたがいにたずね合うのがいそがしくって、てんでに相手あいての返事が待ちきれなかった。
 うちに着くと、ガスパールおじさんはわたしたちを晩飯ばんめし招待しょうたいしてくれることになった。この招待ほどわたしをゆかいにしたものはなかった。なぜならわたしたちはさっきのおばさんの待遇たいぐうぶりで、がっかりしきっていたから、たぶん門口かどぐちわかれることになるだろうと、道みちも思っていたからであった。
「さあ、ルミさんとお友だちのおいでだよ」おじさんはうちへはいりかけながらどなった。
 しばらくしてわたしたちは夕食の食卓しょくたくにすわった。食事は長くはかからなかった。なぜなら金棒引かなぼうひきであるこのおばさんは、そのばんごくお軽少けいしょうのごちそうしかしなかった。ひどい労働ろうどうをする坑夫こうふは、でもこごと一つ言わずに、このお軽少な夕食を食べていた。かれはなによりも平和をこのむ、ことなかれ主義しゅぎの男であった。かれはけっしてこごとを言わなかった。言うことがあれば、おとなしい、しずかな調子で言った。だから夕食はじきにすんでしまった。
 ガスパールおばさんはわたしに、今晩こんばんはアルキシーといっしょにいてもいいと言った。そしてマチアにはいっしょに行ってくれるなら、パンにねどこをこしらえてあげると言った。
 そのばんそれからつづいてその夜中の大部分、アルキシーとわたしは話し明かした。アルキシーがわたしに話したいちいちがきみょうにわたしを興奮こうふんさせた。わたしはもとからいつか一度鉱山こうざんの中にはいってみたいと思っていた。
 でもあくる日、わたしの希望きぼうをガスパールおじさんに話すと、かれはたぶんれて行くことはできまい、なんでも炭坑たんこうはたらいている者のほかは、よその人を入れないことになっているからと言った。
「だがおまえ、坑夫こうふになりたいと思えばわけのないことだ」とかれは言った。「ほかの仕事にくらべて悪いことはないよ。大道で歌を歌うよりよっぽどいいぜ。アルキシーといっしょにいることもできるしな。なんならマチアさんにも仕事をこしらえてやる。だがコルネをふくほうではだめだよ」
 わたしは、ヴァルセに長くいるつもりはなかった。自分のこころざすことはほかにあった。それでついわたしの好奇心こうきしんたすことなしに、この町を去ろうとしていたとき、ひょんな事情じじょうから、わたしは坑夫こうふのさらされているあらゆる危険きけんを知るようになった。


     運搬夫うんぱんふ

 ちょうどわたしたちがヴァルセをたとうとしたその日、大きな石炭のかけらが、アルキシーの手に落ちて、あぶなくその指をくだきかけた。いく日かのあいだかれはその手に絶対ぜったい安静あんせいをあたえなければならなかった。ガスパールおじさんはがっかりしていた。なぜならもうかれの車をおしてくれる者はなかったし、かれもしたがってうちにぶらぶらしていなければならなくなったからである。でもそれはかれにはひどく具合の悪いことであった。
「じゃあぼくで代わりはつとまりませんか」とかれが代わりの子どもをどこにももとめかねて、ぼんやりうちに帰って来たとき、わたしは言った。
「どうも車はおまえには重たすぎようと思うがね」とかれは言った。「でもやってみてくれようと言うなら、わたしは大助かりさ。なにしろほんの五、六日使う子どもをさがすというのはやっかいだよ」
 この話をわきで聞いていたマチアが言った。
「じゃあ、きみが鉱山こうざんに行っているうち、ぼくはカピをれて出かけて行って、雌牛めうしのお金の足りない分をもうけて来よう」
 明るい野天の下で三月くらしたあいだに、マチアはすっかり人がわっていた。かれはもうお寺のさくにもたれかかっていたあわれな青ざめた子どもではなかった。ましてわたしがはじめて屋根裏やねうら部屋へやで会ったとき、スープなべの見張みはりをして、えず気のどくないたむ頭を両手でおさえていた化け物のような子ではなかった。マチアはもうけっして頭痛ずつうがしなかった。けっしてみじめではなかったし、やせこけても、悲しそうでもなかった。美しい太陽と、さわやかな空気がかれに健康けんこうと元気をあたえた。旅をしながらかれはいつも上きげんにわらっていたし、なにを見てもそのいいところを見つけて、楽しがっていた。かれなしにはわたしはどんなにさびしくなることであろう。
 わたしたちはずいぶん性質せいしつがちがっていた。たぶんそれでかえってしょうが合うのかもしれなかった。かれはやさしい、明るい気質きしつを持っていた。すこしもものにめげない、いつもきげんよく困難こんなんに打ちかってゆく気風があった。わたしには学校の先生のようなしんぼう気がなかったから、かれは物を読むことや音楽のけいこをするときにはよくけんかをしそうにした。わたしはずいぶんかれに対して無理むりを言ったが、一度もかれはおこった顔を見せなかった。
 こういうわけで、わたしが鉱山こうざんに下りて行くあいだ、マチアとカピが町はずれへ出かけて、音楽と芝居しばい興行こうぎょうをして、それでわたしたちの財産ざいさんやすという、やくそくができあがった。わたしはカピに向かってこの計画を言い聞かせると、かれはよくわかったとみえて、さっそく賛成さんせいの意をほえてみせた。
 あくる日、ガスパールおじさんのあとにくっついて、わたしは深いまっ暗な鉱山こうざんに下りて行った。かれはわたしにじゅうぶん気をつけるように言い聞かせたが、その警告けいこく必要ひつようはなかった。もっとも昼の光をはなれて地のそこへはいって行くということには、ずいぶんの恐怖きょうふと心配がないではなかった。ぐんぐん坑道こうどうを下りて行ったとき、わたしは思わずふりあおいだ。すると、長い黒いえんとつの先に見える昼の光が、白い玉のように、まっ暗な星のない空にぽっつりかがやいている月のように見えた。やがて大きな黒いやみが目の前に大きな口を開いた。下の坑道こうどうにはほかの坑夫こうふがはしごだんを下りながら、ランプをぶらぶらさげて行くのが見えた。わたしたちはガスパールおじさんがはたらいている二そう目の小屋に着いた。車をおす役に使われているのは、ただ一人「先生」とばれている人のほかは、のこらず男の子であった。この人はもうかなりのおじいさんで、わかいじぶんには鉱山こうざん大工だいくの仕事をしていたが、あるときあやまって指をくだいてからは、手についたしょくてなければならなかったのであった。
 さてこうにはいってまもなく、わたしは坑夫こうふというものが、どういう人間で、どんな生活をしているものだかよく知ることになった。


     洪水こうずい

 それはこういうことからであった。
 運搬夫うんぱんふになって、四、五日してのち、わたしは車をレールの上でおしていると、おそろしいうなり声を聞いた。その声はほうぼうから起こった。
 わたしのはじめの感じはただおそろしいというだけであって、ただ助かりたいと思う心よりほかになにもなかったが、いつもものにこわがるといってはわらわれていたのを思い出して、ついきまりが悪くなって立ち止まった。爆発ばくはつだろうか、なんだろうか、ちっともわからなかった。
 ふと何百というねずみが、一連隊れんたい兵士へいしの走るように、すぐそばをかけ出して来た。すると地面と坑道こうどうのかべにずしんと当たるきみょうな音が聞こえて、水の走る音がした。わたしはガスパールおじさんのほうへかけてもどった。
「水が鉱坑こうこうにはいって来たのです」とわたしはさけんだ。
「ばかなことを言うな」
「まあ、お聞きなさい。あの音を」
 そう言ったわたしの様子には、ガスパールおじさんにいやでも仕事をやめて耳を立てさせるものがあった。物音はいよいよ高く、いよいよものすごくなってきた。
「いっしょうけんめいかけろ。鉱坑こうこうに水が出た」とかれがさけんだ。
「先生、先生」とわたしはさけんだ。
 わたしたちは坑道こうどうをかけ下りた。老人ろうじんもいっしょについて来た。水がどんどん上がって来た。
「おまえさん先へおいでよ」とはしごだんまで来ると老人は言った。
 わたしたちはゆずり合っている場合ではなかった。ガスパールおじさんは先に立った。そのあとへわたしもつづいて、それから「先生」が上がった。はしごだんのてっぺんに行き着くまえに大きな水がどっと上がって来てランプを消した。
「しっかり」とガスパールおじさんがさけんだ。わたしたちははしごの横木にかじりついた。でもだれか下にいる人がほうり出されたらしかった、たきのいきおいがどっどっとなだれのようにおして来た。
 わたしたちは第一そうにいた。水はもうここまで来ていた。ランプが消えていたので、明かりはなかった。
「いよいよだめかな」と「先生」はしずかに言った。「おいのりをとなえよう、こぞうさん」
 このしゅんかん、七、八人のランプを持った坑夫こうふがわたしたちの方角へかけて来て、はしごだんに上がろうとほねっていた。
 水はいまに規則きそく正しい波になって、こうの中を走っていた。気ちがいのようないきおいでうずをわかせながら、材木ざいもくをおし流して、はねのようにかるくくるくる回した。
通気竪坑つうきたてこうにはいらなければだめだ。にげるならあすこだけだ。ランプをしてくれ」と「先生」が言った。
 いつもならだれもこの老人ろうじんがなにか言っても、からかうたねにはしても、まじめに気をめる者はなかったであろうが、いちばん強い人間もそのときは精神せいしんうしなっていた。それでしじゅうばかにしてした老人の声に、いまはついて行こうとする気持ちになっていた。ランプがかれにわたされた。かれはそれを持って先に立ちながら、いっしょにわたしをって行った。かれはだれよりもよく鉱坑こうこうのすみずみを知っていた。水はもうわたしのこしまでついていた。「先生」はわたしたちをいちばん近い竪坑たてこうれて行った。二人の坑夫こうふはしかしそれは地獄じごくちるようなものだと言って、はいるのをこばんだ。かれらはろうかをずんずん歩いて行った。わたしたちはそれからもう二度とかれらを見なかった。
 そのとき耳の遠くなるようなひどい物音が聞こえた。大津波おおつなみのうなる音、木のめりめりさける音、圧搾あっさくされた空気の爆発ばくはつする音、すさまじいうなり声がわたしたちをおびえさせた。
大洪水だいこうずいだ」と一人がさけんだ。
世界せかいの終わりだ」
「おお、神様お助けください」
 人びとが絶望ぜつぼうのさけび声を立てるのを聞きながら、「先生」は平気な、しかしみんなを傾聴けいちょうさせずにおかないような声で言った。
「しっかりしろ。みんな、ここにしばらくいるうちに、仕事をしなければならない。こんなふうにみんなごたごたかたまっていても、しかたがない。ともかくからだを落ち着けるあなをほらなければならない」
 かれのことばはみんなを落ち着かせた。てんでに手やランプのかぎで土をほり始めた。この仕事は困難こんなんであった。なにしろわたしたちがかくれた竪坑たてこうはひどい傾斜けいしゃになっていて、むやみとすべった。しかも足をふみはずせば下は一面の水で、もうおしまいであった。
 でもどうやらやっと足だまりができた。わたしたちは足を止めて、おたがいの顔を見ることができた。みんなで七人、「先生」とガスパールおじさんに、三人の坑夫のパージュ、コンプルー、ベルグヌー、それからカロリーという車おしのこぞう、それにわたしであった。
 鉱山の物音は同じはげしさでつづいた。このおそろしいうなり声を説明せつめいすることばはなかった。いよいよわれわれの最後さいごのときが来たように思われた。恐怖きょうふに気がくるったようになって、わたしたちはおたがいにさぐるように相手あいての顔を見た。
「鉱山の悪霊あくりょうふくしゅうをしたのだ」と一人がさけんだ。
「上の川にあながあいて、水がはいって来たのでしょう」とわたしはこわごわ言ってみた。
「先生」はなにも言わなかった。かれはただかたをそびやかした。それはあたかもそういうことはいずれ昼間くわの木のかげで、ねぎでも食べながらろんじてみようというようであった。
鉱山こうざん悪霊あくりょうなんというのはばかな話だ」とかれは最後さいごに言った。「鉱山に洪水こうずいが来ている。それはたしかだ。だがその洪水がどうして起こったかここにいてはわからない……」
「ふん、わからなければだまっていろ」とみんながさけんだ。
 わたしたちはかわいた土の上にいて、水がもうせて来ないので、すっかり気が強くなり、だれも老人ろうじんに耳をかたむけようとする者がなかった。さっき危険きけんの場合にしめした冷静沈着れいせいちんちゃくのおかげで、急にかれに加わった権威けんいはもううしなわれていた。
「われわれはおぼれて死ぬことはないだろう」とかれはやがてしずかに言った。「ランプのを見なさい。ずいぶん心細くなっているではないか」
魔法使まほうつかいみたいなことを言うな。なんのわけだ、言ってみろ」
「おれは魔法使まほうつかいをやろうというのではない。だがおぼれて死ぬことはないだろう。おれたちは気室の中にいるのだ。その圧搾空気あっさくくうきで水が上がって来ないのだ。出口のないこの竪坑たてこうはちょうど潜水鐘せんすいしょう(潜水器)が潜水夫せんすいふの役に立つと同じりくつになっているのだ。空気が竪坑にたくわえられていて、それが水のさして来る力をせき止めているのだ。そこでおそろしいのは空気のくさることだ……水はもう一しゃく(約三〇センチ)も上がっては来ない。鉱山こうざんの中は水でいっぱいになっているにちがいない」
「マリウスはどうしたろう」
鉱坑こうこうは水でいっぱいになっている」と言った「先生」のことばで、パージュは三そう目ではたらいていた一人むすこのことを思い出した
「おお、マリウス、マリウス」とかれはまたさけんだ。
 なんの返事もなかった。こだまも聞こえなかった。かれの声はわれわれのいるこうの外にはとおらなかった。マリウスは助かったろうか。百五十人がみんなおぼれたろうか。あまりといえばおそろしいことだ。百五十人は少なくとも坑の中にはいっていた。そのうちいくにん竪坑たてこうに上がったろうか。わたしたちのようににげ場を見つけたろうか。
 うすぼんやりしたランプの光が心細くわたしたちのせまいおりをらしていた。


 

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