您现在的位置: 贯通日本 >> 作家 >> 楠山 正雄 >> 正文

家なき子(いえなきこ)02

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-1 11:48:06  点击:  切换到繁體中文



     音楽の先生

 こうの中にいるあいだに、わたしはお友だちができた。あのおそろしい経験けいけんをおたがいにし合った仲間なかまが一つにむすばれた。ガスパールおじさんと「先生」は、とりわけたいそうわたしがきになった。
 技師ぎし災難さいなんをともにはしなかったが、自分がほねってあやういところをすくい出した子どもということで、わたしに親しんだ。かれはわたしをそのうちへ招待しょうたいした。わたしはかれのむすめにこうの中で起こったことをのこらず話してやらなければならなかった。
 だれもわたしをヴァルセへ引き止めたがった。技師ぎしは、わたしがのぞむなら、事務所じむしょで仕事を見つけてやると言った。ガスパールおじさんも鉱山こうざんでしじゅうの仕事をこしらえようと言った。かれはわたしがこうへ帰ることがごく自然しぜんなように思っているらしかった。かれ自身はもうまもなく、毎日まいにち危険きけんをおかすことにれた人の見せるようなむとんちゃくさで、またこうへはいって行った。でもわたしはもうそこへ帰って行く気はしなかった。鉱山こうざんはひじょうにおもしろかった。それを見たということはたいへんゆかいであったけれど、そこへ帰って行こうとはゆめにも思わなかった。
 それよりもわたしはいつも頭の上に大空を、それは雪をいっぱい持った大空でも、いただいていたかった。野外の生活がわたしにはずっとしょうに合っていた。そう言ってわたしはかれらに話した。だれもおどろいていた。とりわけ「先生」がおどろいていた。カロリーはとちゅうで出会うと、わたしを「やあ、ひよっこ」とんだ。
 みんながわたしをヴァルセに止めたがって、いろいろすすめているあいだ、マチアはひどくぼんやりして考えこむようになった。そのわけをたずねると、かれはいつも、なになんでもないと打ち消していた。
 いよいよ三日のうちにここを立つことをわたしがかれに話したとき、かれははじめてこのごろふさいでいたわけを語った。
「ああ、ぼくはきみがここにこのままのこって、ぼくをてるだろうと思ったから」とかれは言った。
 わたしはかれをちょいと打った。それはわたしをうたがわないように、訓戒くんかいしてやるためであった。
 マチアはいまではもう自分で自分の身を立てることができるようになっていた。わたしが鉱山こうざんにはいっていたあいだ、かれは十八フランもうけた。かれはこのたいそうな金をわたしにわたすとき、ひどく得意とくいであった。なぜならわたしたちがまえから持っている百二十八フランにくわえれば、のこらずで百四十六フランになるからであった。れいの「王子さまの雌牛めうし」はもう四フランあれば買えるのであった。
 前へ進め、子どもたち。
 荷物にもつ背中せなかむすびつけてわたしたちは出発した。カピがよろこんで、ほえて、すなの中をころげていた。
 マチアは、雌牛めうしを買うまでにもう少しおかねをこしらえようと言った。金が多いだけいい雌牛が買えるし、雌牛がよければ、よけいバルブレンのおっかあがうれしがるであろう。
 パリからヴァルセに来るとちゅう、わたしはマチアに読書と、初歩しょほ楽典がくてんさずけ始めた。この課業かぎょうを今度もつづけてした。わたしもむろんいい先生ではなかったし、マチアもあまりいい生徒せいとであるはずがなかった。この課業は成功せいこうではなかった。たびたびわたしはおこって、ばたんと本をじながら、かれに、「おまえはばかだ」と言った。
「それはほんとうだよ」とかれはにこにこしながら言った。「ぼくの頭はぶつとやわらかいそうだ。ガロフォリがそれを見つけたよ」
 こう言われると、どうおこっていられよう。わたしはわらいだしてまた課業かぎょうつづけた。けれどもほかのことはとにかく、音楽となると、はじめからかれはびっくりするような進歩をした。おしまいにはもうわたしの手におえないことを白状はくじょうしなければならなくなったほど、かれはむずかしい質問しつもんを出して、わたしを当惑とうわくさせた。でもこの白状はわたしをひどくしょげさした。わたしはひじょうに高慢こうまんな先生であった。だから生徒せいとの質問に答えることができないのがなさけなかった。しかもかれはけっしてわたしを容赦ようしゃしはしなかった。
「ぼくはほんとうの先生に教わろう」とかれは言った。「そうしてぼく、質問をのこらず聞いて来よう」
「なぜ、きみはぼくが鉱山こうざんにいるうち、ほんとうの先生から教えてもらわなかった」
「でもぼくはその先生に、きみの金からお礼を出さなければならなかったから」
 わたしはマチアが、そんなふうに「ほんとうの先生」などと言うのがしゃくにさわっていた。けれどわたしのばかな虚栄心きょえいしんはかれのいまのことばを聞くと、すうとけむりのように消えて行かなければならなかった。
「きみは人がいいなあ」とわたしは言った。「ぼくの金はきみの金だ。やはりきみがもうけてくれたのだ。きみのほうがたいていぼくよりもよけいもうけている。きみはきなだけけいこを受けるがいい。ぼくもいっしょに習うから」
 さてその先生は、われわれの要求ようきゅうする「ほんとうの先生」は、いなかにはいなかった。それは大きな町にだけいるようなりっぱな芸術家げいじゅつかであった。地図を開けてみて、このつぎの大きな町は、マンデであることがわかった。
 わたしたちがマンデに着いたのは、もう夜であった。つかれきっていたので、そのばんはけいこには行かれないと決めた。わたしたちは宿屋やどやのおかみさんに、この町にいい音楽の先生はいないかと聞いた。かの女はわたしたちがこんな質問しつもんを出したので、ずいぶんびっくりしたと言った。わたしたちはエピナッソーを知っているべきはずであった。
「ぼくたちは遠方から来たのです」とわたしは言った。
「ではずいぶん遠方から来たんですね、きっと」
「イタリアから」とマチアが答えた。
 そう聞くと、かの女はもうおどろかなかった。なるはどそんな遠方から来たのでは、エピナッソー先生のことを聞かなかったかもしれないと言った。
「その先生はたいへんおいそがしいんですか」とわたしはたずねた。そういう名高い音楽家では、わたしたちのようなちっぽけなこぞう二人に、たった一度のけいこなどめんどうくさがってしてくれまいと気づかった。
「ええ、ええ、おいそがしいですとも。おいそがしくなくってどうしましょう」
「あしたの朝、先生が会ってくださるでしょうか」
「それはお金さえ持って行けば、だれにでもお会いになりますよ……むろん」
 わたしたちはもちろん、それはわかっていた。
 そのばんねに行くまえ、わたしたちはあしたこの有名な先生にたずねようと思っている質問しつもん箇条かじょう相談そうだんした。マチアはもとめていた「ほんとうの音楽の先生」を見つけたので、うれしがってこおどりしていた。
 つぎの朝、わたしたちは――マチアはヴァイオリン、わたしはハープと、てんでんの楽器がっきを持って、エピナッソー先生をたずねて行くことにした。わたしたちはそういう有名な人をたずねるのに犬をれて行くほうはないと思ったから、カピはいて行くことにして、宿屋やどやの馬小屋につないでおいた。
 さて宿屋のおかみさんが、先生の住まいだと教えてくれたうちの前へ来たとき、わたしたちは、おやこれはまちがったと思った。なぜなら、そのうちの前には小さなしんちゅうの看板かんばんが二まいぶら下がっていて、それがどうしたって音楽の先生の看板ではなかった。そのうちはどう見ても床屋とこやの店のていさいであった。わたしたちは通りかかった一人の人に向かって、エピナッソー先生のうちを教えてくださいとたのんだ。
「それそこだよ」とその男は言って、床屋の店を指さした。
 だがつまり先生が床屋とこや同居どうきょしていないはずもなかった。わたしたちは中へはいった。店ははっきり二つに仕切られていた。右のほうにははけだの、くしだの、クリームのつぼだの、理髪用りはつようのいすだのがいてあった。左のほうのかべやたなにはヴァイオリンだの、コルネだの、トロンボンだの、いろいろの楽器がっきがかけてあった。
「エピナッソーさんはこちらですか」とマチアがたずねた。
 小鳥のように、ちょこちょこした、気のいた小男が、一人の男の顔をそっていたが、「わたしがエピナッソーだよ」と答えた。
 わたしはマチアに目配せをして、床屋とこやさんの音楽家なんか、こちらのもとめている人ではない。こんな人に相談そうだんをしても、せっかくの金がむだになるだけだという意味を飲みこませようとしたが、かれは知らん顔をして、もったいぶった様子で一つのいすにこしをかけた。
「そのかたがそれたら、ぼくのかみをかってもらえますか」とかれはたずねた。
「ああ、よろしいとも。なんなら、顔もそってあげましょう」
「ありがとう」とマチアが答えた。わたしはかれのあつかましいのに、どぎもをぬかれた。かれは目のおくからわたしをのぞいて、「そんなこまった顔をしないで見ておいで」という様子をした。
 そのお客がすんでしまうと、エピナッソーは、タオルをうでにかけて、マチアのかみをかる用意をした。
「ねえ、あなた」と、床屋とこやさんがかれの首にぬのきつけるあいだにマチアが言った。「音楽のことで友だちとぼくにわからないことがあるんです。なんでもあなたは名高い音楽家だと聞いていましたから、二人の争論そうろんをあなたにうかがったら、なんとか判断はんだんしていただけるかと思うのです」
「なんですね、それは」
 そこでわたしはマチアの考えていることがわかった。まず先に、かれはわたしたちの質問しつもんにこの床屋とこやさんの音楽家が答えることができるかためそうとした。いよいよできるようだったら、かれは散髪さんぱつの代で、音楽の講義こうぎを聞くつもりであった。
 マチアはかみをかってもらっているあいだ、いろいろ質問を発した。床屋さんの音楽家はひどくおもしろがって、かれに向けられるいちいちの質問を、ずんずんゆかいそうに答えた。
 わたしたちが出かけようとしたとき、かれはマチアに、ヴァイオリンで、なにかひいてごらんと言った。マチアは一曲ひいた。
「いやあ、それでもきみは、音楽の調子がわからないと言うのかい」と床屋とこやさんは手をたたきながら言った。そしてむかしから知り合ってあいしている子どもに対するようになつかしそうな目で、マチアを見た。
「これはふしぎだ」
 マチアは楽器がっきの中からクラリネットをえらんで、それをふいた。それからコルネをふいた。
「いやあ、この子は神童しんどうだ」とエピナッソーはおどり上がってよろこんだ。「おまえさん、わたしの所にいれば、大音楽家にしてあげるよ。朝はお客の顔をそるけいこをする。あとは一日音楽をやることにする。わたしが床屋とこやだから、音楽がわからないと思ってはいけない。だれだって毎日のくらしは立てなければならない」
 わたしはマチアの顔を見た。なんとかれは答えるであろう。わたしは友だちをなくさなければならないか。わたしの仲間なかまを、わたしの兄弟をうしなわなければならないか。
「マチア、よくきみのためを考えたまえよ」とわたしは言ったが、声はふるえていた。
「なに、友だちをてる」と、かれは自分のうでをわたしのうでにかけながらさけんだ。「そんなことができるものか。でも先生、やはりあなたのご親切はありがたく思っていますよ」
 エピナッソーはそれでもまだすすめていた。そしていまにかれをパリの音楽学校へ出す方法ほうほうを立てる、そうすればかれはたしかにりっぱな音楽家になると言った。
「なに、友だちをてる、それはどうしたってできません」
「そう、それでは」と床屋とこやさんは残念ざんねんそうに答えた。「わたしが一さつ本をあげよう。わからないことはそれで知ることができる」こう言ってかれは一つの引き出しから、音楽の理論りろんを書いた本を出した。その本は古ぼけてやぶれていた。けれどそんなことはかまうことではない。ペンを取ってこしをかけて、かれはその第一ページにこうしるした。
「かれが有名になったとき、なおマンデの床屋とこや記憶きおくするであろうその子におくる」
 マンデにはほかにも音楽の先生があるかどうか、わたしは知らないけれど、このエピナッソーがたった一人知っている人で、しかも一生わすれることのできない人であった。


 

作家录入:贯通日本语    责任编辑:贯通日本语 

  • 上一篇作家:

  • 下一篇作家:
  •  
     
     
    网友评论:(只显示最新10条。评论内容只代表网友观点,与本站立场无关!)
     

    没有任何图片作家

    广告

    广告