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伊勢之巻(いせのまき)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-22 12:03:27  点击:  切换到繁體中文

底本: 泉鏡花集成4
出版社: ちくま文庫、筑摩書房
初版発行日: 1995(平成7)年10月24日
入力に使用: 1995(平成7)年10月24日第1刷
校正に使用: 2004(平成16)年3月20日第2刷

 

昔男と聞く時は、今もゆかしき道中姿。その物語に題は通えど、これはあずまの銭なしが、一年ひととせ思いたつよしして、参宮を志し、かすみとともに立出でて、いそじあまりを三河国みかわのくに、そのから衣、ささおりの、安弁当のいわしの名に、紫はありながら、杜若かきつばたには似もつかぬ、三等の赤切符。さればお紺の婀娜あだも見ず、弥次郎兵衛やじろべえ洒落しゃれもなき、初詣ういもうでの思い出草。宿屋のすずりを仮寝の床に、みちの記の端に書き入れて、一寸ちょいと御見ごけんに入れたりしを、正綴ほんとじにした今度の新版、さあさあかわりました双六すごろくと、だませば小児衆こどもしゅも合点せず。伊勢は七度ななたびよいところ、いざ御案内者で客を招けば、おらあ熊野へも三度目みたびめじゃと、いわれてお供に早がわり、いそがしかりける世渡りなり。
  明治三十八乙巳年十月吉日

鏡花

[#改ページ]

       一

「はい、貴客あなたもしお熱いのを、お一つ召上りませぬか、何ぞおあがりなされて下さりまし。」
 伊勢国古市ふるいちから内宮ないぐうへ、ここぞあいの山の此方こなたに、ともしびの淋しい茶店。名物赤福餅あかふくもちの旗、如月きさらぎのはじめ三日の夜嵐に、はたはたと軒をゆすり、じりじりと油が減って、早や十二時になんなんとするのに、客はまだ帰りそうにもしないから、その年紀頃としごろといい、容子ようすといい、今時の品のい学生風、しかも口数を利かぬ青年なり、とても話対手はなしあいてにはなるまい、またしないであろうと、断念あきらめていた婆々ばばが、たまり兼ねてまず物優しく言葉をかけた。
 宵から、灯も人声も、往来ゆききの脚も、この前あたりがちょうど切目で、後へ一町、前へ三町、そこにもかしこにも両側の商家軒を並べ、半襟と前垂まえだれの美しい、ねえさんがたもとを連ねて、かたのごとく、お茶あがりまし、お休みなさりまし、おまんま上りまし、お饂飩うどんもござりますと、なまめかしく呼ぶ中を、頬冠ほっかむりやら、高帽やら、菅笠すげがさかぶったのもあり、脚絆きゃはんがけに借下駄かりげたで、革鞄かばんを提げたものもあり、五人づれやら、手をいたの、一人で大手を振るもあり、笑い興ずるぞめきにまじって、トンカチリと楊弓ようきゅう聞え、諸白もろはくかんするごとの煙、両側のひさしめて、処柄ところがらとて春霞はるがすみ、神風に靉靆たなびく風情、の影も深く、浅く、奥に、表に、千鳥がけに、ちらちらちらちら、吸殻も三ツ四ツ、つちこぼれて真赤まっかな夜道を、人脚しげにぎやかさ。
 花の中なる枯木こぼくと観じて、独り寂寞じゃくまくとして茶を煮るおうな、特にこの店に立寄る者は、伊勢平氏の後胤こういんか、北畠きたばたけ殿の落武者か、お杉お玉の親類のはずを、思いもかけぬ上客じょうかくにん引手夥多ひくてあまた彼処かしこを抜けて、目の寄る前途さきき抜けもせず、立寄ってくれたので、国主こくしゅ見出みいだされたほど、はじめ大喜びであったのが、あかりが消え、犬がえ、こうまた寒い風を、欠伸あくびで吸うようになっても、まだ出掛けそうな様子も見えぬので。
「いかがでございます、おしゃくをいたしましょうか。」
「いや、構わんでもい、大層お邪魔をするね。」
 ともの優しい、客は年の頃二十八九、眉目秀麗びもくしゅうれい瀟洒しょうしゃ風采ふうさいねずの背広に、同一おなじ色の濃い外套がいとうをひしとまとうて、茶の中折なかおれを真深う、顔をつつましげに、脱がずにいた。もしこの冠物かむりものが黒かったら、余りほおが白くって、病人らしく見えたであろう。
 こっくりした色に配してさえ、寒さのせいか、屈託でもあるか、顔の色がくないのである。銚子ちょうしは二本ばかり、早くから並んでいるのに。
 赤福のもちの盆、煮染にしめの皿も差置いたが、猪口ちょくも数をかさねず、食べるものも、かの神路山かみじやま杉箸すぎばしを割ったばかり。
 客は丁字形ていじけいに二つ並べた、奥の方の縁台に腰をかけて、てのひらうなじおさえて、俯向うつむいたり、腕をこまぬいて考えたり、足を投げて横ざまに長くなったり、小さなしかも古びた茶店の、薄暗い隅なるかたに、その挙動ふるまい朦朧もうろうとして、身動みうごきをするのが、余所目よそめにはまるで寝返ねがえりをするようであった。
 また寝られてなろうか!
「あれ、お客様まだこっちのお銚子もまるでお手が着きませぬ。」
 と婆々は片づけにかかる気で、前の銚子をかたえけようとして心付く、まだずッしりと手にこたえて重い。
「お燗を直しましょうでござりますか。」
 顔をのぞき込むがごとくに土間に立った、物腰のしとやかな、婆々は、客の胸のあたりへその白髪頭しらがあたまを差出したので、おもてを背けるようにして、客はかたながめると、店頭みせさきかまに突込んで諸白の燗をする、大きな白丁はくちょうの、中が少くなったが斜めに浮いて見える、上なる天井から、むッくりと垂れて、一つ、くるりと巻いたのは、たこの脚、夜の色こまやかに、寒さにてたか、いぼがあおい。

       二

 涼しいひとみを動かしたが、中折なかおれの帽のひさしの下からすかして見た趣で、
「あれをちっとばかりくれないか。」と言ってまたおもてを背けた。
 深切な婆々ばばは、ひざのあたりに手を組んで、客の前にかがめていた腰をして、ゆびさされた章魚たこを見上げ、
旦那様だんなさま、召上りますのでござりますか。」
「ああ、そして、もう酒は沢山だから、おまんまにしよう。」
「はいはい、……」
 身を起して背向うしろむきになったが、庖丁ほうちょうを取出すでもなく、縁台の彼方あなたの三畳ばかりの住居すまいへ戻って、薄い座蒲団ざぶとんかたわらに、ちらばったように差置いた、煙草たばこの箱と長煙管ながぎせる
 片手でちょっと衣紋えもんを直して、さて立ちながら一服吸いつけ、
「且那え。」
「何だ。」
「もう、お無駄でござりまするからおしなさりまし、第一あれは余り新しゅうないのでござります。それにお見受け申しました処、そうやって御酒ごしゅもおあがりなさりませず、滅多にはしをお着けなさりません。何ぞ御都合がおありなさりまして、わしどもにお休み遊ばします。時刻ときちまするので、ただ居てはと思召おぼしめして、婆々に御馳走ごちそうにあなた様、いろいろなものをお取り下さりますように存じます、ほほほほほ。」
 わらいとともに煙を吹き、
「いいえ、お一人のお客様には難有過ありがたすぎましたほどもうかりましてございまする。大抵のお宿銭ぐらい頂戴をいたします勘定でござりますから、わたくしどもにもう一室ひとま、別座敷でもござりますなら、お宿を差上げたい位に、はい、もし、存じまするが、旦那様。」
 婆々はかまちに腰を下して、前垂まえだれに煙草の箱、煙管を長く膝にしながら、今こうわれて、急に思い出したように、箸のさきを動かして、赤福の赤きを顧みず、煮染にしめの皿の黒い蒲鉾かまぼこを挟んだ、客と差向いに、背屈せこごみして、
「旦那様、決してあなた、勿体もったいない、お急立せきたて申しますわけではないのでござりますが、もし、お宿はおきまり遊ばしていらっしゃいますかい。」
 客はものいわず。
一旦いったんどこぞにお宿をお取りの上に、お遊びにお出掛けなさりましたのでござりますか。」
「何、山田の停車場ステエションから、直ぐに、右内宮道ないぐうみちとある方へ入って来たんだ。」
「それでは、当伊勢はおれ遊ばしたもので、この辺には御親類でもおありなさりますという。――」と、婆々は客の言尻ことばじりについて見たが、その実、土地馴れぬことは一目見ても分るのであった。
「どうして、親類どころか、定宿じょうやどもない、やはり田舎ものの参宮さ。」
「おや!」
 と大きく、
「それでもよく乗越しておいでなさりましたよ。この辺までいらっしゃいます前には、あの、まあ、伊勢へおいで遊ばすお方に、山田が玄関なら、それをお通り遊ばして、どうぞこちらへと、お待受けの別嬪べっぴんが、おそでを取るばかりにして、御案内申します、お客座敷と申しますような、おしとねを敷いて、花をけました、古市があるではござりませぬか。」
 客は薄ら寒そうに、これでもと思うさまかん出来立できたてのをいで、猪口ちょくを唇にもたらしたが、においいだばかりでしばらくそのまま、持つ内につめたくなるのを、飲む真似まねして、重そうにとんと置き、
「そりゃ何だろう、山田からずッと入ると、遠くに二階家を見たり、目の前に茅葺かやぶきあらわれたり、そうかと思うと、足許あしもとに田の水が光ったりする、その田圃たんぼも何となく、おおきな庭の中にわざとこしらえた景色のような、なだらかな道を通り越すと、坂があって、急に両側が真赤まっかになる。あすこだろう、店頭みせさき雪洞ぼんぼりやら、軒提灯のきぢょうちんやら、そこは通った。」

       三

「はい、あの軒ごと、ごと、むこう三軒両隣と申しました工合ぐあいに、玉転たまころがし、射的だの、あなた、賭的かけまとがござりまして、山のように積んだ景物の数ほど、あかりが沢山きまして、いつも花盛りのような、にぎやかな処でござります。」
 客は火鉢に手をかざし、
「どの店にも大きな人形を飾ってあるじゃないか、赤い裲襠しかけを着た姐様ねえさんもあれば、向う顱巻はちまきをした道化もあるし、牛若もあれば、弥次郎兵衛やじろべえもある。屋根へ手をかけそうな大蛸おおだこが居るかと思うと、腰蓑こしみの村雨むらさめが隣の店に立っているか、下駄屋にまで飾ったな。みんな極彩色だね。中にあの三間間口げんまぐち一杯の布袋ほていが小山のような腹を据えて、仕掛けだろう、福相な柔和な目も、人形が大きいからこの皿ぐらいあるのを、ぱくりとっちゃ、手に持った団扇うちわをばさりばさり、往来をあおいで招くが、道幅の狭い処へ、道中双六どうちゅうすごろくで見覚えの旅の人の姿が小さいから、吹飛ばされそうです。それに、墨の法衣ころもの絵具が破れて、肌の斑兀まだらはげの様子なんざ、余程すごい。」
まねき善悪よしあしでござりまして、姫方や小児衆こどもしゅうこわいとおっしゃって、旅籠屋はたごやうなされるお方もござりますそうでござりまする。それではお気味が悪くって、さっさと通り抜けておしまいなされましたか。」
つまらないことを。」
 客は引緊ひきしまった口許くちもとに微笑した。

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