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婦系図(おんなけいず)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-22 12:14:54  点击:  切换到繁體中文




     見知越

       五

 続いてドンドン粗略(ぞんざい)に下りたのは、名を主税(ちから)という、当家、早瀬の主人で、直ぐに玄関に声が聞える。
「失礼、河野さんに……また……お遊びに。さようなら。……」
 格子戸の音がしたのは、客が外へ出たのである。その時、お蔦の留めるのも聞かないで、溝(どぶ)なる連弾(つれびき)を見届けようと、やにわにその蓋を払っため[#「め」に傍点]組は、蛙の形も認めない先に、お蔦がすっと身を退(ひ)いて、腰障子の蔭へ立隠れをしたので、ああ、落人でもないに気の毒だ、と思って、客はどんな人間だろうと、格子から今出た処を透かして見る。とそこで一つ腰を屈(かが)めて、立直った束髪は、前刻(さっき)から風説(うわさ)のあった、河野の母親と云う女性(にょしょう)。
 黒の紋羽二重の紋着(もんつき)羽織、ちと丈の長いのを襟を詰めた後姿。忰(せがれ)が学士だ先生だというのでも、大略(あらまし)知れた年紀(とし)は争われず、髪は薄いが、櫛にてらてらと艶(つや)が見えた。
 背は高いが、小肥(こぶとり)に肥った肩のやや怒ったのは、妙齢(としごろ)には御難だけれども、この位な年配で、服装(みなり)が可いと威が備わる。それに焦茶の肩掛(ショオル)をしたのは、今日あたりの陽気にはいささかお荷物だろうと思われるが、これも近頃は身躾(みだしなみ)の一ツで、貴婦人(あなた)方は、菖蒲(あやめ)が過ぎても遊ばさるる。
 直ぐに御歩行(おはこび)かと思うと、まだそれから両手へ手袋を嵌(は)めたが、念入りに片手ずつ手首へぐっと扱(しご)いた時、襦袢(じゅばん)の裏の紅いのがチラリと翻(かえ)る。
 年紀(とし)のほどを心づもりに知っため[#「め」に傍点]組は、そのちらちらを一目見ると、や、火の粉が飛んだように、へッと頸(うなじ)を窘(すく)めた処へ、
「まだ、花道かい?」
 とお蔦が低声(こごえ)。
附際(つけぎわ)々々、」
 ともう一息め[#「め」に傍点]組の首を縮(すく)める時、先方(さき)は格子戸に立かけた蝙蝠傘(こうもりがさ)を手に取って、またぞろ会釈がある。
「思入れ沢山(だくさん)だ。いよう!」
 おっとその口を塞いだ。声はもとより聞えまいが、こなたに人の居るは知れたろう。
 振返って、額の広い、鼻筋の通った顔で、屹(きっ)と見越した、目が光って、そのまま悠々と路地を町へ。――勿論勝手口は通らぬのである。め[#「め」に傍点]組はつかつかと二足三足、
「おやおやおや、」
 調子はずれな声を放って、手を拡げてぼうとなる。
「どうしたの。」
可訝(おか)しいぜ。」
 と急に威勢よく引返(ひっかえ)して、
「あれが、今のが、その、河野ッてえのの母親(おふくろ)かね、静岡だって、故郷(くに)あ、」
「ああ。」
家(うち)は医師(いしゃ)じゃねえかしらん。はてな。」
「どうした、め[#「め」に傍点]組。」
 とむぞうさに台所へ現われた、二十七八のこざっぱりしたのは主税である。
「へへへへへ、」
 満面に笑(えみ)を含んだ、め[#「め」に傍点]組は蓮葉(はすっぱ)帽子の中から、夕映(ゆうやけ)のような顔色(がんしょく)。
「お早うござい。」
「何が早いものか。もう午飯(おひる)だろう、何だ御馳走は、」
 と覗込(のぞきこ)んで、
「ははあ、鯛(てえ)だな。」
鯛(たい)とおっしゃいよ、見ッともない。」
 とお蔦が笑う。
「他の魚屋の商うのは鯛(たい)さ、め[#「め」に傍点]組のに限っちゃ鯛(てえ)よ、なあ、めい公。」
「違えねえ。」
「だって、貴郎(あなた)は柄にないわ、主公様(だんなさま)は大人しく鯛魚(たいとと)とおっしゃるもんです、ねえ、め[#「め」に傍点]のさん。」
「違えねえ。」
 主税は色気のない大息ついて、
何(なん)にしろ、ああ腹が空いたぜ。」
「そうでしょうッて、寝坊をするから、まだ朝御飯を食(あが)らないもの。」
「違えねえ、確(たしか)にアリャ、」
 と、め[#「め」に傍点]組は路地口へ伸上る。

       六

「大分御執心のようだが、どうした。」
 と、め[#「め」に傍点]組のその素振に目を着けて、主税は空腹(すきはら)だというのに。……
「後姿に惚れたのかい。おい、もう可(い)い加減なお婆さんだぜ。」
「だって貴郎(あなた)にゃお婆さんでも、め[#「め」に傍点]組には似合いな年紀(とし)ごろだわ。ねえ、ちょいと、」
「へへへ、違えねえ。」
「よく、(違えねえ。)を云う人さ。」
「だから、確(たしか)だろうと思うんでさ。」
 と呟(つぶや)いて独(ひとり)で飲込み、仰向いて天秤棒を取りながら、
「旦那、」
己(お)ら御免だ。」と主税は懐手で一ツ肩を揺(ゆす)る。
「え、何を。」
「文でも届けてくれじゃないか。」
御串戯(ごじょうだん)。いえさ、串戯は止して今のお客は直ぐに南町の家(うち)へ帰りそうな様子でしたかね。」
「むむ、ずッと帰ると言ったっけ。」
難有(ありがて)え、」
 額をびっしゃり。
「後を慕って、おおそうだ、と遣(や)れ。」
行(ゆ)くのかい、河野さんへ。」
「ちょっぴりね、」
「じゃ可いけれど。貴郎、」
 と主税を見て莞爾(にっこり)して、
「めい公がね、また我儘(わがまま)を云って困ったんですよ。お邸風を吹かしたり、お惣菜並に扱うから、河野さんへはもう行かないッて。折角お頼まれなすったものを、貴郎が困るだろうと思って、これから意見をしてやろうと思った処だったのよ。」
「そうか。」
 となぜか、主税は気の無い返事をする。
「御覧なさい。そうすると急にあの通り。ほんとうに気が変るっちゃありやしない。まるで猫の目ね。」
「違えねえ、猫の目の犬の子だ。どっこい忙がしい、」
 と荷を上げそうにするのを見て、
「待て、待て、」
「沢山よ。貴郎の分は三切あるわ。まだ昨日(きのう)のも残ってるじゃありませんか。めのさん、可いんだよ。この人にね、お前の盤台を覗かせると、皆(みんな)欲(ほし)がるンだから……」
「これ、」
 旦那様苦い顔で、
「端近で何の事(こっ)たい、野良猫に扱いやあがる。」
「だっ……て、」
「め[#「め」に傍点]組も黙って笑ってる事はない、何か言え、営業の妨害(さまたげ)をする婦(おんな)だ。」
肯(き)かないよ、めの字、沢山なんだから、」
「まあ、お前、」
「いいえ、沢山、大事な所帯だわ。」
「驚きますな。」
「私、もう障子を閉めてよ。」
「め[#「め」に傍点]組、この体(てい)だ。」
「へへへ、こいつばかりゃ犬も食わねえ、いや、四(し)寸ずつ食(あが)りまし。」
「おい、待てと云うに。」
「さっさとおいでよ、魚屋のようでもない。」
「いや、遣瀬(やるせ)がねえ。」
 と天秤棒を心(しん)にして、め[#「め」に傍点]組は一ツくるりと廻る。
「お菜(かず)のあとねだりをするんじゃ、ないと云うに。」
 と笑いながらお蔦を睨(にら)んで、
「なあ、め[#「め」に傍点]組。」
「ええ、」
「これから河野へ行(ゆ)くんだろう。」
「三枚並で駈附けまさ。」
「それに就いてだ、ちょいと、ここに話が出来た。」

       七

「その、河野へ行くに就いてだが、」
 と主税は何か、言淀んで、
「何は、」
 お蔦に目配せ、
「茶はないのか。」
「お茶ッて? 有りますわ。ほほほほ、まあ、人に叱言(こごと)を云う癖に、貴郎(あなた)こそ端近で見ッともないじゃありませんか―ありますわ―さあ、あっちへいらっしゃい。」
 と上ろうとする台所に、主税が立塞がっているので、袖の端をちょいと突いて、
「さあ、」
 め[#「め」に傍点]組は威勢よく、
「へい、跡は明晩……じゃねえ、翌(あした)の朝だ。」
待(まち)なッてば、」
「可いよ、めのさん。」
「はて、どうしたら、」と首を振る。
「お前たちは、」
 と主税は呆れた顔で呵々(からから)と笑って、
「相応に気が利かないのに、早飲込だからこんがらがって仕様がない。め[#「め」に傍点]組もまた、さんざ油を売った癖に、急にそわそわせずともだ。まあ、待て、己(おれ)が話があると言えば。
 そこでだ……お茶と申すは、冷たい……」
 と口へつけて、指で飲む真似。
「と行(や)る一件だ。」
「め[#「め」に傍点]組に……」
「沢山だ、沢山だ。私(わっし)なら、」
 と声ばかり沢山で、俄然(がぜん)として蜂の腰、竜の口、させ、飲もうの構(かまえ)になる。
不可(いけ)ません、もう飲んでるんだもの。この上煽(あお)らして御覧なさい。また過日(いつか)のように、ちょいと盤台を預っとくんねえ、か何かで、」
 お蔦は半纏の袖を投げて、婀娜(あだ)に酔ッぱらいを、拳固で見せて、
「それッきり、五日の間行方知れずになっちまう。」
「旦那、こうなると頂きてえね、人間は依怙地(いこじ)なもんだ。」
「可いから、己が承知だから、」
「じゃ、め[#「め」に傍点]組に附合って、これから遊びにでも何でもおいでなさい。お腹が空いたって私、知らないから。さあ、そこを退(ど)いて頂戴よ、通れやしないわね。」
「ああ、もしもし、」
 主税は身を躱(かわ)して通しながら、
「御立腹の処を重々恐縮でございますが、おついでに、手前にも一杯、同じく冷いのを、」
「知りませんよ。」
 とつっと入る。
「旦も、ゆすり方は素人じゃねえ。なかなか馴れてら、」
 もう飲みかけたようなもの言いで、腰障子から首を突込み、
「今度八丁堀の私(わっし)の内へ遊びに来ておくんなせえ。一番(ひとつ)私がね、嚊々左衛門(かかあざえもん)に酒を強請(ねだ)る呼吸というのをお目にかけまさ。」
女房(かみさん)が寄せつけやしまい、第一吃驚(びっくり)するだろう、己なんぞが飛込んじゃ、山の手から猪(いのしし)ぐらいに。所かわれば品かわるだ、なあ、め[#「め」に傍点]組。」
 と下流(したながし)へかけて板の間へ、主税は腰を掛け込んで、
「ところで、ちと申かねるが、今の河野の一件だ。」
「何です、旦、」
 と吃驚するほど真顔。
「お前(めえ)さんや、奥様(おくさん)で、私(わっし)に言い憎いって事はありゃしねえ、また私が承って困るって事もねえじゃねえか。
 嚊々(かかあ)を貸せとも言いなさりゃしめえ、早い話が。何また御使い道がありゃ御用立て申します。」
打附(ぶッつ)けた話がこうだ。南町はちと君には遠廻りの処を、是非廻って貰いたいと云うもんだから、家内(うち)で口を利いて行(ゆ)くようになったんだから、ここがちと言い憎いのだが、今云った、それ、膚合(はだあい)の合わない処だ。
 今来た、あの母親(おふくろ)も、何のかのって云っているからな、もう彼家(あすこ)へは行かない方が可いぜ。心持を悪くしてくれちゃ困るよ。また何だ、その内に一杯奢(おご)るから。」
 とまめやかに言う。

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