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婦系図(おんなけいず)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-22 12:14:54  点击:  切换到繁體中文



       八

 皆まで聞かず、め[#「め」に傍点]組は力んで、
「誰が、誰があんな許(とこ)へ、私(わっし)ア今も、だからそう云ってたんで、頼まれたッて行きゃしねえ。」
「ところが、また何か気が変って、三枚並で駈附けるなぞと云うからよ。」
「そりゃ、何でさ、ええ、ちょいとその気になりゃなッたがね、商いになんか行くもんか。あの母親(おふくろ)ッて奴を冷かしに出かける肝(はら)でさ。」
「そういう料簡(りょうけん)だから、お前、南町御構いになるんだわ。」
 と盆の上に茶呑茶碗……不心服な二人(ににん)分……焼海苔(やきのり)にはりはり[#「はりはり」に傍点]は心意気ながら、極めて恭しからず押附(おッつけ)ものに粗雑(ぞんざい)に持って、お蔦が台所へ顕(あらわ)れて、
「お客様は、め[#「め」に傍点]組の事を、何か文句を言ったんですか。」
「文句はこっちにあるんだけれど、言分は先方(さき)にあったのよ。」
 と盆を受取って押出して、
「さあ、茶を一ツ飲みたまえ。時に、お茶菓子にも言分があるね、もうちっとどうか腹に溜りそうなものはないかい。」
「貴郎のように意地汚(きたな)ではありません。め[#「め」に傍点]組は何にも食べやしないのよ。」
「食べやしねえばかりじゃありませんや、時々、このせいで食べられなくなる騒ぎだ。へへへ、」
 と帽子を上へ抜上げると、元気に額の皺(しわ)を伸ばして、がぶりと一口。鶺鴒(せきれい)の尾のごとく、左の人指(ひとさし)をひょいと刎(は)ね、ぐいと首を据えて、ぺろぺろと舌舐(したなめず)る。
 主税はむしゃりと海苔を頬張り、
「め[#「め」に傍点]組は可いが己の方さ、何とももって大空腹の所だから。」
「ですから御飯になさいなね、種々(いろん)な事を言(いっ)て、お握飯(むすび)を拵(こしら)えろって言いかねやしないんだわ。」
「実は……」と莞爾々々(にこにこ)、
「その気なきにしもあらずだよ。」
「可い加減になさいまし、め[#「め」に傍点]組は商売がありますよ。疾(はや)くお話しなさいなね。」
「そう、そう。いや、可い気なもんです。」
 と糸底を一つ撫でて、
「その言分というのは、こうだ。どうも、あの魚屋も可いが、門の外から(おう)と怒鳴り込んで、(先公居るか。)は困る。この間も御隠居をつかまえて、こいつあ婆さんに食わしてやれは、いかにもあんまりです。内じゃがえん[#「がえん」に傍点]に知己(ちかづき)があるようで、真(まこと)に近所へ極(きまり)が悪い。それに、聞けば芸者屋待合なんぞへ、主に出入(ではい)りをするんだそうだから、娘たちのためにもならず、第一家庭の乱れです。また風説(うわさ)によると、あの、魚屋の出入(でいり)をする家(うち)は、どこでも工面が悪いって事(こっ)たから、かたがた折角、お世話を願ったそうだけれど、宜しいように、貴下(あなた)から……と先ずざっとこうよ。」
 め[#「め」に傍点]組より、お蔦が呆れた顔をして、
「わざわざその断りに来なすったの。」
「そうばかりじゃなかったが、まあ、それも一ツはあった。」
「仰山だわねえ。」
「ちと仰山なようだけれど、お邸つき合いのお勝手口へ、この男が飛込んだんじゃ、小火(ぼや)ぐらいには吃驚(びっくり)したろう。馴れない内は時々火事かと思うような声で怒鳴り込むからな。こりゃ世話をしたのが無理だった。め[#「め」に傍点]組怒っちゃ不可(いけな)い。」
「分った……」
 と唐突(だしぬけ)に膝を叩いて、
「旦那、てっきりそうだ、だから、私ア違えねえッて云ったんだ。彼奴(あいつ)、兇状持だ。」
「ええ―」
 何としたか、主税、茶碗酒をふらりと持った手が、キチンと極(きま)る。
「兇状持え?」とお蔦も袖を抱いたのである。
 め[#「め」に傍点]組は、どこか当なしに睨(にら)むように目を据えて、
「それを、私(わっし)ア、私アそれをね、ウイ、ちゃんと知ってるんだ。知ってるもんだから、だもんだから。……」

       九

「ウイ、だから私(わっし)が出入っちゃ、どんな事で暴露(ばれ)ようも知れねえという肚(はら)だ。こっちあ台所(でえどこ)までだから、ちっとも気がつかなかったが、先方(さき)じゃ奥から見懸けたもんだね。一昨日(おととい)頃静岡から出て来たって、今も蔦ちゃんの話だっけ。
 状(ざま)あ見やがれ、もっと先から来ていたんだ。家風に合わねえも、近所の外聞もあるもんか、笑(わら)かしゃあがら。」
 と大きに気勢(きお)う。
「何だ、何だ、兇状とは。」
「あの、河野さんの母様(おっかさん)がかい。」
 とお蔦も真顔で訝(いぶか)った。
「あれでなくって、兇状持は、誰なもんかね、」
「ほほほ、貴郎(あなた)、真面目(まじめ)で聞くことはないんだわ。め[#「め」に傍点]組の云う兇状持なら、あの令夫人(おくさん)がああ見えて、内々大福餅がお好きだぐらいなもんですよ。お彼岸にお萩餅(はぎ)を拵(こしら)えたって、自分の女房(かみさん)を敵(かたき)のように云う人だもの。ねえ、そうだろう。め[#「め」に傍点]の字、何か甘いものが好(すき)なんだろう。」
「いずれ、何か隠喰(かくしぐい)さ、盗人上戸(どろぼうじょうご)なら味方同士だ。」
「へへ、その通り、隠喰いにゃ隠喰いだが、喰ったものがね、」
「何だ、」
「馬でさ。」
「馬だと……」
「旅俳優(やくしゃ)かい。」
「いんや、馬丁(べっとう)……貞造って……馬丁でね。私(わっし)が静岡に落ちてた時分の飲友達、旦那が戦争に行った留守に、ちょろりと嘗(な)めたが、病着(やみつき)で、※(おくび)の出るほど食ったんだ。」
 主税は思わず乗出して、酒もあったが元気よく、
「ほんとうか、め[#「め」に傍点]組、ほんとうかい。」
 と事を好んだ聞きようをする。
「嘘よ、貴郎、あの方たちが、そんなことがあって可いもんですか、め[#「め」に傍点]の字、滅多なことは云うもんじゃありません、他(ほか)の事と違うよ、お前、」
「あれ、串戯(じょうだん)じゃねえ。これが嘘なら、私(わっし)の鯛(てえ)[#「てえ」は底本では「てい」と誤記]は場違(ばちげえ)だ。ええ、旦那、河野の本家は静岡で、医者だろうね。そら、御覧(ごろう)じろ、河野ッてえから気がつかなかった。門に大(おおき)な榎(えのき)があって、榎邸(やしき)と云や、お前(めえ)、興津(おきつ)江尻まで聞えたもんだね。
 今見りゃ、ここを出た客てえのは、榎邸の奥様(おくさん)で、その馬丁の情婦(いろおんな)だ。
 だから私ア、冷かしに行ってやろうと思ったんだ。嘘にもほんとうにも、児(こ)があらあ、児が。ああ、」
 また一口がぶりと遣(や)って、はりはり[#「はりはり」に傍点]を噛(か)んだ歯をすすって、
「ねえ、大勢小児(こども)がありましょう。」
「南町の学士先生もその一人(にん)、何でも兄弟は大勢ある。八九人かも知れないよ、いや、ほんとうなら驚いたな。」
「おお、待ちねえ、その先生は幾歳(いくつ)だね。」
「六か、七だ。」
二十(はたち)とだね、するとその上か、それとも下かね。どっち道その人じゃねえ。何でも馬丁の因果のたねは婦人(おんな)なんだ。いずれ縁附いちゃいるだろうが、これほど確(たしか)な事はねえ。私(わっし)ア特別で心得てるんで、誰も知っちゃいますめえよ。知らぬは亭主ばかりなりじゃねえんだから、御存じは魚屋惣助(そうすけ)(本名)ばかりなりだ。
 はははは、下郎は口のさがねえもんだ。」
 ぐいと唇を撫でた手で、ポカリと茶碗の蓋(ふた)をした。
「危え、危え、冷かしに行くどころじゃねえ。鰒汁(てっぽう)とこいつだけは、命がけでも留(や)められねえんだから、あの人のお酌でも頂き兼ねねえ。軍医の奥さんにお手のもので、毒薬(いっぷく)装(も)られちゃ大変だ。だが、何だ、旦那も知らねえ顔でいておくんねえ、とかく町内に事なかれだからね。」
「ああ、お前ももうおいででない。」
「行くもんか、行けったってお断りだ。お断り、へへへ、お断り、」
 と茶碗を捻(ひね)くる。
厭(いや)な人だよ。仕様がないね、さあ、茶碗をお出しなね。」
「おお、」
 と何か考え込んだ、主税が急に顔を上げて、
「もうちっと精(くわ)しくその話を聞かせないか。」
 井戸端から、婦人(おんな)の凧(たこ)が切れて来たかと、お源が一文字に飛込んだ。
旦(だ)、旦那様、あの、何が、あの、あのあの、」


     矢車草

       十

 お源のその慌(あわただ)しさ、駈(か)けて来た呼吸(いき)づかいと、早口の急込(せきこみ)に真赤(まっか)になりながら、直ぐに台所から居間を突切(つっき)って、取次ぎに出る手廻しの、襷(たすき)を外すのが膚(はだ)を脱ぐような身悶(みもだ)えで、
真砂町(まさごちょう)の、」
「や、先生か。」
 真砂町と聞いただけで、主税は素直(まっすぐ)に突立(つった)ち上る。お蔦はさそくに身を躱(かわ)して、ひらりと壁に附着(くッつ)いた。
「いえ、お嬢様でございます。」
「嬢的、お妙(たえ)さんか。」
 と謂(い)うと斉(ひと)しく、まだ酒のある茶碗を置いた塗盆を、飛上る足で蹴覆(けかえ)して、羽織の紐(ひも)を引掴(ひッつか)んで、横飛びに台所を消えようとして、
「赤いか、」
 お蔦を見向いて面(おもて)を撫でると、涼しい瞳で、それ見たかと云う目色(めつき)で、
「誰が見ても……」と、ぐっと落着く。
「弱った。」と頭(つむり)を圧(おさ)える。
「朝湯々々、」と莞爾(にっこり)笑う。
「軍師なるかな、諸葛孔明(しょかつこうめい)。」といい棄てに、ばたばたどんと出て行ったは、玄関に迎えるのである。
 ふらふらとした目を据えて、まだ未練にも茶碗を放さなかった、め[#「め」に傍点]組の惣助、満面の笑(えみ)に崩れた、とろんこの相格(そうごう)で、
「いよう、天人。」と向うを覗(のぞ)く。
不可(いけな)いよ、」
 と強(きつ)く云う、お蔦の声が屹(きっ)としたので、きょとんとして立つ処を、横合からお源の手が、ちょろりとその執心の茶碗を掻攫(かっさら)って、
「失礼だわ。」
 と極(き)めつける。天下大変、吃驚(びっくり)して、黙って天秤(てんびん)の下へ潜ると、ひょいと盤台の真中(まんなか)へ。向うの板塀に肩を寄せたは、遠くから路を開く心得、するするとこれも出て行(ゆ)く。
 もう、玄関の、格子が開(あ)きそうなものだと思うと、音もしなければ、声もせぬので、お蔦が、
「御覧、」と目配せする。
 覗くは失礼と控えたのが、遁腰(にげごし)で水口から目ばかり出したと思うと、反返(そりかえ)るように引込(ひっこ)んで、
「大変でございます。お台所口へいらっしゃいます。」
「ええ、こちらへ、」
 と裾を捌(さば)くと、何と思ったか空を望み、破風(はふ)から出そうにきりりと手繰って、引窓をカタリと閉めた。
「あれ、奥様。」
「お前、そのお盆なんぞ、早くよ。」と釣鐘にでも隠れたそうに、肩から居間へ飜然(ひらり)と飛込む。
 驚いたのはお源坊、ぼうとなって、ただくるくると働く目に、一目輝くと見たばかりで、意気地なくぺたぺたと坐って、偏(ひとえ)に恐入ってお辞儀をする。
「御免なさいよ。」
 と優(やさし)い声、はッと花降る留南奇(とめき)の薫に、お源は恍惚(うっとり)として顔を上げると、帯も、袂(たもと)も、衣紋(えもん)も、扱帯(しごき)も、花いろいろの立姿。まあ! 紫と、水浅黄と、白と紅(くれない)咲き重なった、矢車草を片袖に、月夜に孔雀(くじゃく)を見るような。
 め[#「め」に傍点]組が刎返(はねかえ)した流汁の溝溜(どぶだまり)もこれがために水澄んで、霞をかけたる蒼空(あおぞら)が、底美しく映るばかり。先祖が乙姫に恋歌して、かかる処に流された、蛙の児よ、いでや、柳の袂に似た、君の袖に縋(すが)れかし。
 妙子は、有名な独逸(ドイツ)文学者、なにがし大学の教授、文学士酒井俊蔵の愛娘である。
 父様(とうさん)は、この家(や)の主人、早瀬主税には、先生で大恩人、且つ御主(おしゅう)に当る。さればこそ、嬢様(さん)と聞くと斉(ひと)しく、朝から台所で冷酒(ひやざけ)のぐい煽(あお)り、魚屋と茶碗を合わせた、その挙動(ふるまい)魔のごときが、立処(たちどころ)に影を潜めた。
 まだそれよりも内証(ないしょ)なのは、引窓を閉めたため、勝手の暗い……その……誰だか。

       十一

 妙子の手は、矢車の花の色に際立って、温柔(しなやか)な葉の中に、枝をちょいと持替えながら、
「こんなものを持っていますから、こちらから、」
 とまごつくお源に気の毒そう。ふっくりと優しく微笑(ほほえ)み、
「お邪魔をしてね。」
「どういたしまして、もう台なしでございまして、」と雑巾を引掴(ひッつか)んで、
「あれ、お召ものが、」
 と云う内に、吾妻下駄(あずまげた)が可愛く並んで、白足袋薄く、藤色の裾を捌いて、濃いお納戸(なんど)地に、浅黄と赤で、撫子(なでしこ)と水の繻珍(しゅちん)の帯腰、向う屈(かが)みに水瓶(みずがめ)へ、花菫(はなすみれ)の簪(かんざし)と、リボンの色が、蝶々の翼薄黄色に、ちらちらと先ず映って、矢車を挿込むと、五彩の露は一入(ひとしお)である。
「ここに置かして頂戴よ。まあ、お酒の香(におい)がしてねえ、」と手を放すと、揺々(ゆらゆら)となる矢車草より、薫ばかりも玉に染む、顔(かんばせ)酔(え)いて桃に似たり。
「御覧なさい、矢車が酔ってふらふらするわ。」と罪もなく莞爾(にっこり)する。
 お源はどぎまぎ、
「ええ、酒屋の小僧が、ぞんざいだものでございますから。」
「ちょいと、溢(こぼ)したの。やっぱり悪戯(いたずら)な小僧さん? 犬にばっかり弄(からか)っているんでしょう、私ン許(とこ)のも同一(おんなじ)よ。」
 一廉(いっかど)社会観のような口ぶり、説くがごとく言いながら、上に上って、片手にそれまで持っていた、紫の風呂敷包、真四角なのを差置いた。
「お裾が汚れます、お嬢様。」
「いいえ、可(いい)のよ、」
 と褄(つま)は上げても、袖は板の間に敷くのであった。
「あの、お惣菜になすって下さい。」
「どうも恐れ入ります。」
旨(おいし)くはありませんよ、どうせ、お手製なんですから。」
 少し途切れて、
「お内ですか。」
「はい、」
「主税さんは……あの旦那様は、」
 と言いかけて、急に気が着いたか、
「まあ、どうしたの、暗いのねえ。」
 成程、そこまでは水口の明(あかり)が取れたが、奥へ行く道は暗かった。
「も、仕様がないのでございますよ、ほんとうに、あら、どうしましょう。」
 とお源は飛上って、慌てて引窓を、くるり、かたり。颯(さっ)と明るく虹の幻、娘の肩から矢車草に。
 その時台所へ落着いて顔を出した、主人(あるじ)の主税と、妙子は面(おもて)を見合わせた。
驚(おど)かして上げましょうと思ったんだけれども。」と、笑って串戯(じょうだん)を言いながら、瓶(かめ)なる花と対丈(ついたけ)に、そこに娘が跪居(ついい)るので、渠(かれ)は謹んで板に片手を支(つ)いたのである。
「驚かしちゃ、私厭(いや)ですよ。」
「じゃ、なぜそんな水口からなんぞお入んなさいます。ちゃんと玄関へお出迎いをしているじゃありませんか。」
「それでもね、」
 と愛々しく打傾き、
「お惣菜なんか持込むのに、お玄関からじゃ大業ですもの。それに、あの、花にも水を遣りたかったの。」
「綺麗ですな、まあ、お源、どうだ、綺麗じゃないか。」
「ほんとうにお綺麗でございますこと。」と、これは妙子に見惚(みと)れている。
「同じく頂戴が出来ますんで?」
「どうしようかしら。お茶を食(あが)るんなら可(いい)けれど、お酒を飲(のむ)んじゃ、可哀相だわ。」
「え、酒なんぞ。」
「厭な、おほほ、主税さん、飲んでるのね。」
「はは、はは、さ、まあ、二階へ。」
 と遁出(にげだ)すような。後へするする衣(きぬ)の音。階子段(はしごだん)の下あたりで、主税が思出したように、
「成程、今日は日曜ですな。」
「どうせ、そうよ、(日曜)が遊びに来たのよ。」

       十二

 二階の六畳の書斎へ入ると、机の向うへ引附けるは失礼らしいと思ったそうで、火鉢を座中へ持って出て、床の間の前に坐り蒲団(ぶとん)。
「どうぞ、お敷きなさいまし。」
 主税は更(あらたま)って、慇懃(いんぎん)に手を支(つ)いて、
「まあ、よくいらっしゃいました。」
「はい、」とばかり。長年内に居た書生の事、随分、我儘(わがまま)も言ったり、甘えたり、勉強の邪魔もしたり、悪口も言ったり、喧嘩(けんか)もしたり。帽子と花簪の中であった。が、さてこうなると、心は同一(おなじ)でも兵子帯(へこおび)と扱帯(しごき)ほど隔てが出来る。主税もその扱にすれば、お嬢さんも晴がましく、顔の色とおなじような、毛巾(ハンケチ)を便(たより)にして、姿と一緒にひらひらと動かすと、畳に陽炎(かげろう)が燃えるようなり。
「御無沙汰を致しまして済みません。奥様(おくさん)もお変りがございませんで、結構でございます。先生は相変らず……飲酒(めしあが)りますか。」
誰(たれ)か、と同一(おんなじ)ように……やっぱり……」と莞爾(にっこり)。落着かない坐りようをしているから、火鉢の角へ、力を入れて手を掛けながら、床の掛物に目を反(そ)らす。
 主税は額に手を当てて、
「いや、恐縮。ですが今日のは、こりゃ逆上(のぼ)せますんですよ。前刻(さっき)朝湯に参りました。」
父様(とうさん)もね、やっぱり朝湯に酔うんですよ。不思議だわね。」
 主税は胸を据えた体(てい)に、両膝にぴたりと手を置き、
「平に、奥様(おくさん)には御内分。貴女(あなた)また、早瀬が朝湯に酔っていたなぞと、お話をなすっては不可(いけ)ませんよ。」
「ほんとうに貴郎(あなた)の半分でも、父様が母様の言うことを肯(き)くと可いんだけれど、学校でも皆(みんな)が評判をするんですもの、人が悪いのはね、私の事を(お酌さん。)なんて冷評(ひやか)すわ。」
「結構じゃありませんか。」
「厭だわ、私は。」
「だって、貴女、先生がお嬢さんのお酌で快く御酒を召食(めしあが)れば、それに越した事はありません。後(いま)にその筋から御褒美(ごほうび)が出ます。養老の滝でも何でも、昔から孝行な人物の親は、大概酒を飲みますものです。貴女を(お酌さん。)なぞと云う奴は、親のために焼芋を調え、牡丹餅(おはぎ)を買い……お茶番の孝女だ。」
 と大(おおい)に擽(くすぐ)って笑うと、妙子は怨めしそうな目で、可愛らしく見たばかり。
「私は、もう帰ります。」
御串戯(ごじょうだん)をおっしゃっては不可ません。これからその焼芋だの、牡丹餅(おはぎ)だの。」
「ええ、私はお茶番の孝女ですから。」
「まあ、御褒美を差上げましょう。」
 と主税が引寄せる茶道具の、そこらを視(なが)めて、
「お客様があったのね。お邪魔をしたのじゃありませんか。」
「いいえ、もう帰った後です。」
「厭な人ね?」
 と唐突(だしぬけ)に澄まして云う。
「見たんですか。」
「見やしませんけれど、御覧なさいな。お茶台に茶碗が伏(ふさ)っているじゃありませんか、お茶台に茶碗を伏せる人は、貴下嫌(きらい)だもの、父様も。」
天晴(あっぱ)れ御鑑定、本阿弥(ほんあみ)でいらっしゃる。」と急須子(きびしょ)をあける。
誰方(どなた)なの?」
「御存じのない者です。河野と云う私の友達……来ていたのはその母親ですよ。」
「河野ね? 主税さん。」と妙子はふっくりした前髪で打傾き、
「学士の方じゃなくって、」
「知っていらっしゃるか。」と茶筒にかけた手を留めた。
「その母様(おっかさん)と云うのは、四十余りの、あの、若造りで、ちょいとお化粧なんぞして、細面(ほそおもて)の、鼻筋の通った、何だか権式の高い、違って?」
「まったく。どうして貴女、」
「私の学校へ、参観に。」

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