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人魚の祠(にんぎょのほこら)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-23 10:16:59  点击:  切换到繁體中文



        二

利根川とねがはながれ汎濫はんらんして、に、はたけに、村里むらざとに、みづ引殘ひきのこつて、つきとしぎてもれないで、のまゝ溜水たまりみづつたのがあります。……
 ちひさなのは、河骨かうほね點々ぽつ/\黄色きいろいたはななかを、小兒こどもいたづらねこせてたらひいでる。おほきなのはみぎはあしんだふねが、さをさしてなみけるのがある。千葉ちば埼玉さいたま、あの大河たいが流域りうゐき辿たど旅人たびびとは、時々とき/″\いや毎日まいにちひとふたツは度々たび/″\みづ出會でつくはします。これ利根とねわすぬまわすみづんでる。
 なかにはまた、あのながれ邸内ていないいて、用水ようすゐぐるみにはいけにして、筑波つくばかげほこりとする、豪農がうのう大百姓おほびやくしやうなどがあるのです。
 唯今たゞいまはなしをする、……わたし出會であひましたのは、うもにはつくつた大池おほいけつたらしい。もつとも、居周圍ゐまはりはしらあとらしいいしずゑ見當みあたりません。が、それとてもうもれたのかもれません。一面いちめんくさしげつて、曠野あらのつた場所ばしよで、何故なぜ一度いちど人家じんかにはだつたか、とおもはれたとふのに、ぬま眞中まんなかこしらへたやうな中島なかじまひとつたからです。
 で、ぬまは、はなしいて、おかんがへにるほどおほきなものではないのです。うかとつて、むかぎしとさしむかつてこゑとゞくほどはちひさくない。それぢや餘程よほどひろいのか、とふのに、またうでもない、ものの十四五ふん歩行あるいたら、容易たやす一周ひとまは出來できさうなんです。たゞし十四五ふん一周ひとまはりつて、すぐにおもふほど、せまいのでもないのです。
 と、ひますうちにも、ぬまびたりちゞんだり、すぼまつたり、ひろがつたり、うごいてるやうでせう。――ますか、結構けつこうです――のつもりでおください。
 一體いつたいみづふものは、一雫ひとしづくなかにも河童かつぱ一個ひとつむとくにりますくらゐ、氣心きごころれないものです。けてそこんですこ白味しろみびて、とろ/\としかきしとすれ/″\に滿々まん/\たゝへた古沼ふるぬまですもの。ちやうど、空模樣そらもやうくも同一おなじどんよりとして、くもうごはうへ、一所いつしようごいて、時々とき/″\、てら/\とてん薄日うすびすと、ひかりけて、晃々きら/\ひかるのが、ぬまおもてまなこがあつて、薄目うすめしろひとうかゞふやうでした。
 これでは、ぬまが、なんだか不氣味ぶきみなやうですが、なに一寸ちよつとことで、――四さがり、五まへ時刻じこく――あつで、大層たいそうつかれて、みぎはにぐつたりとつて一息ひといきいてうちには、くもが、なだらかにながれて、うすいけれどもたひらつゝむと、ぬまみづしづかつて、そして、すこ薄暗うすぐらかげわたりました。
 かぜはそよりともない。が、れないそでなんとなくつめたいのです。
 風情ふぜい一段いちだんで、みぎはには、所々ところ/″\たけひく燕子花かきつばたの、むらさきはなまじつて、あち此方こちまたりんづゝ、言交いひかはしたやうに、しろはなまじつてく……
 あの中島なかじまは、むらがつたはなゆきかついでるのです。きしに、はなかげうつところは、松葉まつばながれるやうに、ちら/\とみづれます。小魚こうをおよぐのでせう。
 差渡さしわたし、いけもつとひろい、むかうのみぎはに、こんもりと一ぽんやなぎしげつて、みどりいろ際立きはだてて、背後うしろ一叢ひとむらもりがある、なか横雲よこぐもしろくたなびかせて、もう一叢ひとむら一段いちだんたかもりえる。うしろは、遠里とほざとあはもやいた、なだらかなやまなんです。――やなぎおくに、けて、ちひさな葭簀張よしずばり茶店ちやみせえて、よこ街道かいだう、すぐに水田みづたで、水田みづたのへりのながれにも、はら/\燕子花かきつばたいてます。はうは、薄碧うすあをい、眉毛まゆげのやうな遠山とほやまでした。
 ぬま呼吸いきくやうに、やなぎからもりすそむらさきはなうへかけて、かすみごと夕靄ゆふもやがまはりへ一面いちめんしろわたつてると、おなくもそらからおろして、みぎはく、こずゑあはく、なかほどのえだかしてなびきました。
 わたした、くさにも、しつとりともやふやうでしたが、そでにはかゝらず、かたにもかず、なんぞは水晶すゐしやうとほしてるやうに透明とうめいで。つまり、上下うへしたしろくもつて、五六しやくみづうへが、かへつて透通すきとほほどなので……
 あゝ、あのやなぎに、うつくしにじわたる、とると、薄靄うすもやに、なかわかれて、みつつにれて、友染いうぜんに、鹿しぼり菖蒲あやめけた、派手はですゞしいよそほひをんなが三にん
 しろが、ちら/\とうごいた、とおもふと、なまりいたいと三條みすぢ三處みところさをりた。
(あゝ、こひる……)
 一しやく金鱗きんりんおもかゞやかして、みづうへ飜然ひらりぶ。」

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