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伯爵の釵(はくしゃくのかんざし)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-23 10:19:57  点击:  切换到繁體中文


 


       十一

 翌日の午後の公園は、炎天の下に雲よりは早く黒くなって人が湧いた。煉瓦れんが羽蟻はありで包んだようなすさまじい群集である。
 かりに、鎌倉殿としておこう。この……県に成上なりあがりの豪族、色好みの男爵で、面構つらがまえ風采ふうつき巨頭公あたまでっかちによう似たのが、しばい興行のはじめから他に手を貸さないで紫玉を贔屓ひいきした、既に昨夜ゆうべもある処で一所になる約束があった。そのの時間を、紫玉は微行したのである。が、思いも掛けない出来事のために、大分の隙入ひまいりをしたものの、船に飛んだ鯉は、そのよしを言づけて初穂というのを、氷詰めにして、紫玉から鎌倉殿へ使つかいを走らせたほどなのであった。――
 車の通ずる処までは、もう自動車が来て待っていて、やがて、相会すると、ある時間までは附添って差支えない女弟子の口から、真先まっさきに予言者の不思議が漏れた。
 一議に及ばぬ。
 そののうちに、池の島へ足代あじろを組んで、朝は早や法壇が調った。無論、略式である。
 県社の神官に、故実の詳しいのがあって、神燈を調え、供饌ぐせんを捧げた。
 島には鎌倉殿の定紋じょうもんついた帷幕まんまく引繞ひきめぐらして、威儀を正した夥多あまたの神官が詰めた。紫玉は、さきほどからここに控えたのである。
 あの、底知れずの水に浮いた御幣は、やがて壇に登るべき立女形たておやまに対して目触めざわりだ、と逸早く取退とりのけさせ、樹立こだちさしいでて蔭ある水に、例の鷁首げきしゅの船をうかべて、半ば紫の幕を絞ったうちには、鎌倉殿をはじめ、客分として、県の顕官、勲位の人々が、杯を置いてこもった。――雨乞に参ずるのに、杯をめぐらすという故実は聞かぬが、しかし事実である。
 伶人れいじんの奏楽一順して、ヒュウとしょうの虚空に響く時、柳の葉にちらちらとはかまがかかった。
 群集は波をんで動揺なだれを打った。
 あれに真白まっしろな足が、と疑う、緋の袴は一段、きざはししきられて、二条ふたすじべにの霞をきつつ、上紫に下萌黄もえぎなる、蝶鳥の刺繍ぬい狩衣かりぎぬは、緑に透き、葉になびいて、柳の中を、するすると、容顔美麗なる白拍子。紫玉は、色ある月の風情して、一千の花のともしの影、百を数うる雪の供饌に向うて法壇の正面にすらりと立つ。
 花火の中から、天女がななめに流れて出ても、群集はこの時くらい驚異の念は起すまい。
 烏帽子もともにこの装束は、織ものの模範、美術の表品ひょうほん、源平時代の参考として、かつて博覧会にも飾られた、鎌倉殿が秘蔵の、いずれ什物じゅうもつであった。
 さて、遺憾ながら、この晴の舞台において、紫玉のために記すべき振事ふりごとは更にない。かれは学校出の女優である。
 が、姿は天より天降あまくだったたええんなる乙女のごとく、国を囲める、その赤く黄にただれたる峰岳みねたけを貫いて、高く柳の間にかかった。
 紫玉はうやうやしく三たび虚空なかぞらを拝した。
 時に、宮奴みややっこよそおいした白丁はくちょうの下男が一人、露店の飴屋あめやが張りそうな、渋の大傘おおからかさを畳んで肩にかついだのが、法壇の根にあらわれた。――これはしからず、天津乙女の威厳と、場面の神聖をそこなって、どうやら華魁おいらんの道中じみたし、雨乞にはちと行過ぎたもののようだった。が、何、降るものときまれば、雨具の用意をするのは賢い。……加うるに、紫玉がかついだ装束は、貴重なる宝物ほうもつであるから、驚破すわと言わばさし掛けて濡らすまいための、鎌倉殿の内意であった。
 ――さればこそ、このくらい、注意の役に立ったのはあるまい。――
 あわれ、身のおき処がなくなって、紫玉のすそが法壇に崩れた時、「ざまを見ろ。」「や、身を投げろ。」「飛込め。」――わッと群集の騒いだ時、……たまらぬ、と飛上って、紫玉をおさえて、生命いのちを取留めたのもこの下男で、同時に狩衣をぎ、緋の袴の紐を引解ひきほどいたのも――鎌倉殿のためには敏捷びんしょうな、忠義なやつで――この下男である。
 雨はもとより、風どころか、あまりの人出に、大池には蜻蛉とんぼも飛ばなかった。

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