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伯爵の釵(はくしゃくのかんざし)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-23 10:19:57  点击:  切换到繁體中文



       十三

口惜くやしい!」
 紫玉はふなばたすがって身を震わす。――真夜中の月の大池に、影の沈める樹の中に、しぼめる睡蓮すいれんのごとくただよいつつ。
「口惜しいねえ。」
 車馬の通行を留めた場所とて、人目の恥に歩行あゆみもならず、――金方きんかたの計らいで、――万松亭ばんしょうていというみぎわなる料理店に、とにかく引籠ひっこもる事にした。紫玉はただ引被ひっかついで打伏した。が、金方は油断せず。弟子たちにも旨を含めた。で、次場所の興行かくては面白かるまいと、やけ酒をあおっていたが、酔倒れて、それは寝た。
 料理店の、あの亭主は、心やさしいもので、起居たちいにいたわりつ、慰めつ、で、これも注意はしたらしいが、深更のしかも夏の戸鎖とざし浅ければ、伊達巻だてまき跣足はだしで忍んで出るすきは多かった。
 生命いのちおしからぬ身には、操るまでの造作も要らぬ。小さな通船かよいぶねは、胸の悩みに、身もだえするままに揺動ゆりうごいて、しおれつつ、乱れつつ、根を絶えた小船の花の面影は、昼の空とは世をかえて、皓々こうこうとしてしずくする月の露吸う力もない。
「ええ、口惜しい。」
 乱れがみを※(「てへん+毟」、第4水準2-78-12)むしりつつ、手で、砕けよ、とハタと舷を打つと……時のせた指は細くなって、右の手の四つの指環は明星になぞらえた金剛石ダイヤモンドのをはじめ、紅玉ルビイも、緑宝玉エメラルドも、スルリと抜けて、きらきらと、薄紅うすくれないに、浅緑に皆水に落ちた。
 どうでもなれ、左を試みに振ると、青玉も黄玉も、真珠もともに、月の美しい影を輪にして沈む、……たつの口は、水の輪に舞う処である。
 ここに残るは、名なればそれをほこりとして、指にも髪にも飾らなかった、紫の玉ただ一つ。――紫玉は、中高な顔に、深く月影に透かして差覗さしのぞいて、千尋ちひろふち水底みなそこに、いま落ちた玉の緑に似た、門と柱と、欄干と、あれ、森のこずえ白鷺しらさぎの影さえ宿る、やぐらと、窓と、たかどのと、美しい住家すみかた。
「ぬしにもなって、この、この田舎のものども。」
 縋る波に力あり、しかと引いて水をつかんで、池にさかさまに身を投じた。爪尖つまさきの沈むのが、釵の鸚鵡おうむの白く羽うつがごとく、月光にかすかに光った。

「御坊様、貴方は?」
「ああ、山国の門附かどづけ芸人、誇れば、魔法つかいと言いたいが、いかな、さまでの事もない。昨日きのうから御目に掛けた、あれは手品じゃ。」
 坊主は、欄干にまが苔蒸こけむした井桁いげたに、破法衣やれごろもの腰を掛けて、けるがごとく爛々としてまなこの輝く青銅の竜のわだかまれる、つのの枝に、ひじを安らかに笑みつつ言った。
「私に、何のおうらみで?……」
 と息せくと、めっかちの、ふやけた目珠めだまぐるみ、片頬をたなそこでさしおおうて、
「いや、辺境のものは気が狭い。貴方が余り目覚しい人気ゆえに、恥入るか、ものねたみをして、前芸をちょっとった。……さて時に承わるが太夫、貴女あなたはそれだけの御身分、それだけの芸の力で、人が雨乞をせよ、と言わば、すぐに優伎わざおぎの舞台に出て、小町も静も勤めるのかな。」
 紫玉はいわや俯向うつむいた。
「それで通るか、いや、さて、都は気が広い。――われらの手品はどうじゃろう。」
「ええ、」
 と仰いで顔をた時、紫玉はゾッと身にみた、腐れた坊主に不思議な恋を知ったのである。
「貴方なら、貴方なら――なぜ、さすろうておいで遊ばす。」
 坊主は両手で顔をおさえた。
「面目ない、われら、ここに、高い貴い処に恋人がおわしてな、雲霧を隔てても、その御足許おあしもとは動かれぬ。や!」
 と、あわただしく身を退しさると、あきれ顔してハッと手を拡げて立った。
 髪黒く、色雪のごとく、いつくしく正しくえんに気高き貴女きじょの、繕わぬ姿したのが、すらりと入った。月をうなじに掛けつと見えたは、真白まっしろ涼傘ひがさであった。
 膝と胸を立てた紫玉を、ちらりと御覧ずると、白やかなる手尖てさきを軽く、彼が肩に置いて、
「私をったね。――雨と水の世話をしに出ていた時、……」
 よそおいは違った、が、幻の目にも、面影は、浦安の宮、石の手水鉢ちょうずばちの稚児に、寸分のかわりはない。
「姫様、貴女あなたは。」
 と坊主が言った。
「白山へ帰る。」

 ああ、その剣ケ峰の雪の池には、竜女の姫神おわします。
「お馬。」
 と坊主が呼ぶと、スッと畳んで、貴女きじょが地に落した涼傘は、身震みぶるいをしてむくと起きた。手まさぐりたまえる緋のふさは、たちまちくれないの手綱にさばけて、朱のくら置いた白の神馬しんめ
 ずっとすのを、轡頭くつわづないて、トトトト――と坊主が出たが、
纏頭しゅうぎをするぞ。それ、にしきを着てけ。」
 かなぐり脱いだ法衣ころもを投げると、素裸の坊主が、馬に、ひたと添い、紺碧こんぺきなるいわおそばだがけを、翡翠ひすい階子はしごを乗るように、貴女きじょは馬上にひらりと飛ぶと、天か、地か、渺茫びょうぼうたる広野ひろのの中をタタタタとひづめ音響ひびき
 蹄を流れて雲がみなぎる。……
 身を投じた紫玉の助かっていたのは、霊沢金水れいたくこんすいの、巌窟の奥である。うしろは五十万坪ととなうる練兵場。
 紫玉が、ただ沈んだ水底みなそこと思ったのは、天地を静めて、車軸を流す豪雨であった。――
 雨を得た市民が、白身に破法衣やれごろもした女優の芸の徳に対する新たなる渇仰かつごう光景ようすが見せたい。

大正九(一九二〇)年一月




 



底本:「泉鏡花集成7」ちくま文庫、筑摩書房
   1995(平成7)年12月4日第1刷発行
底本の親本:「鏡花全集 第二十巻」岩波書店
   1941(昭和16)年5月20日第1刷発行
※疑問点の確認にあたっては、底本の親本を参照しました。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:門田裕志
校正:今井忠夫
2003年8月30日作成
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  • [#…]は、入力者による注を表す記号です。
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