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古狢(ふるむじな)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-23 10:33:44  点击:  切换到繁體中文


 ふと、おじさんの方が少し寒気立って、
「――そういえば真中まんなかのはなかったよ、……朝になると。……じゃあ何か仔細わけがあるのかい。」
「おじさん――それじゃ、おじさんは、幽霊を、見たんですね。」
「幽霊を。」
「もう私……気味が悪いの、可厭いやだなぞって、そんな押退おしのけるようなこと言えませんわ。あんまり可哀想な方ですもの。それはね、あの、うぐい(※(「魚+成」、第3水準1-94-43))亭――ずッと河上の、川魚料理……ご存じでしょう。」
「知ってるとも。――現在、昨日きのう午餉ひるはあすこで食べたよ。閑静で、落着いて、しんみりしてうちだが、そんな幽霊じみた事はいささかもなかったぜ。」
「いいえ、あすこの、女中なかいさんが、鹿落の温泉でなくなったんです。お藻代もよさんという、しとやかな、優しい人でした。……おじさん、その白い、細いのは、そのお藻代さんの手なんですよ。」
「おどかしなさんない。おじさんを。」と外套氏は笑ったが。

 ――今年余寒の頃、雪の中を、里見、志賀の両氏が旅して、新潟の鍋茶屋なべぢゃやなどとならび称せらるる、この土地、第一流の割烹かっぽうで一酌し、場所をかえて、美人に接した。その美人たちが、河上の、うぐい亭へお立寄り遊ばしたか、と聞いて、その方が、なお、お土産になりますのに、と言ったそうである。うぐい亭の存在を云爾しかいうために、両の名を煩わしたに過ぎない。両家はこの篇には、勿論、外套氏と寸毫すんごうのかかわりもない。続いて、仙女香、江戸の水のひそみにならって、私が広告を頼まれたのでない事も断っておきたい。
 近頃は風説うわさに立つほど繁昌はんじょうらしい。この外套氏が、故郷に育つ幼い時分ころには、一度ほとんど人気ひとけの絶えるほど寂れていた。町の場末から、橋を一つ渡って、山のふもとを、五町ばかり川添かわぞいに、途中、家のない処をくので、雪にはいうまでもなくうずもれる。平家づくりで、数奇すき亭構ちんがまえで、かけひの流れ、吹上げの清水、藤棚などを景色に、四つ五つ構えてあって、通いは庭下駄で、おも屋から、その方は、山の根に。座敷は川に向っているが、すぐかわらで、水は向う岸を、あいに、あおに流れるのが、もの静かで、一層床しい。まがきほどもない低い石垣を根に、一株、大きな柳があって、幹をななめに磧へ伸びつつ、枝は八方へ、座敷の、どの窓も、ひさしも、おおうばかり見事になびいている。月には翡翠ひすいの滝の糸、雪には玉のすだれつらねよう。
 それと、戸前かどさきが松原で、ぬきんでた古木もないが、ほどよく、暗くなく、あからさまならず、しっとりと、松葉を敷いて、松毬まつかさまじりにき分けた路も、根をうねって、奥が深い。いつも松露の香がたつようで、実際、初茸はつたけ、しめじ茸は、この落葉に生えるのである。入口に萩の枝折戸しおりど、屋根なしに網代あじろがついている。また松の樹をいつ株、株。すぐに石ころ道が白く続いて、飛地のような町屋の石を置いた板屋根が、山裾に沈んで見えると、そこにその橋がある。
 蝙蝠こうもりに浮かれたり、ほたるを追ったり、その昔子供等は、橋まで来るが、夜は、うぐい亭の川岸は通り得なかった。外套氏のいう処では、道の途中ぐらい、ふもとの出張った低いかわらの岸に、むしろがこいの掘立小屋ほったてごやが三つばかりやなの崩れたようなのがあって、古俳句の――短夜みじかよや(何とかして)川手水かわちょうず――がそっくり想出された。そこが、野三昧のざんまいの跡とも、山窩さんかが甘い水を慕って出て来るともいう。人の灰やら、犬の骨やら、いずれ不気味なその部落を隔てた処に、かすかにその松原が黒く乱れてふくろが鳴いているお茶屋だった。――※(「魚+成」、第3水準1-94-43)うぐいはやごりの類は格別、亭で名物にする一尺の岩魚いわなは、娘だか、妻女だか、艶色えんしょく懸相けそうして、かわおそくだんの柳の根に、ひれある錦木にしきぎにするのだと風説うわさした。いささか、あやかしがついていて、一層寂れた。くわえたあゆは、殺生ながら賞翫しょうがんしても、獺の抱えた岩魚は、色恋といえども気味が悪かったものらしい。
 今は、自動車さえ往来ゆききをするようになって、松蔭の枝折戸まで、つきの女中が、柳なんぞのしまお召、人懐ひとなつっこく送って出て、しとやかな、情のある見送りをする。ちょうど、容子ようすのいい中年増が給仕に当って、たしかに外套氏がこれは体験した処である。ついでに岩魚の事を言おう。瀬波にひるがえるさまに、背尾をねた、皿に余る尺ばかりな塩焼は、まったく美味である。そこで、讃歎すると、上流、五里七里の山奥からいきのまま徒歩で運んで来る、山爺やまじじいの一人なぞは、七十を越した、もう五十年余りの馴染なじみだ、と女中が言った。してみると、おなじおそでも山獺が持参するので、伝説は嘘でない。しかし、お町の――一説では、上流五里七里の山奥から山爺は、――どの客にも言うのだそうである。
 水と、柳のせいだろう。女中は皆美しく見えた。もし、妻女、娘などがあったら、さぞ妍艶けんえんであろうと察しらるる。
 さて、「いらして、また、おいで遊ばして」と枝折戸でいう一種綿々たる余韻の松風に伝う挨拶は、不思議に嫋々じょうじょうとして、客は青柳に引戻さるるおもいがする。なお一段と余情のあるのは、日が暮れると、竹の柄の小提灯こぢょうちんで、松の中のこみちを送出すのだそうである。小褄こづまの色が露にすべって、こぼれ松葉へ映るのは、どんなにかなまめかしかろうと思う。

「――お藻代さんの時が、やっぱりそうだったんですってさ。それに、もう十時すぎだったというんです。」
 五年ぜん、六月六日のであった。明直にいえば、それが、うぐい亭のお藻代が、白い手の幻影まぼろしになる首途かどでであった。
 その夜、松の中を小提灯で送り出た、中京、名古屋の一客――畜生め色男――は、枝折戸口で別れるのに、恋々としてお藻代を強いて、東の新地――くるわの待合、明保野あけぼのという、すなわちお町のうちまで送って来させた。お藻代は、はじめから、お町の内に馴染なじみではあったが、それがあらためて深い因縁になったのである。

「あの提灯が寂しいんですわ……考えてみますと……雑で、白張しらはりのようなんですもの。」――

「うぐい。」――と一面――「亭」が、まわしがきの裏にある。ところが、振向け方で、「うぐい」だけ黒く浮いて出ると、お経ではない、あの何とか、梵字ぼんじとかのようで、卵塔場の新墓にともれていそうに見えるから、だと解く。――この、お町の形象学は、どうも三世相さんぜそう鼇頭ごうとうにありそうで、承服しにくい。
 それを、しかも松の枝に引掛ひっかけて、――名古屋の客が待っていた。冥途めいど首途かどでを導くようじゃありませんか、五月闇さつきやみに、その白提灯を、ぼっと松林の中に、という。……成程、もの寂しさは、もの寂しい……
 話はちょっと前後した――うぐい亭では、座つきに月雪花。また少々慾張よくばって、米俵だの、丁字ちょうじだの、そうした形の落雁らくがんを出す。一枚ひとつずつ、女の名が書いてある。場所として最も近い東のくるわのおもだった芸妓げいしゃ連が引札ひきふだがわりに寄進につくのだそうで。勿論、かけ離れてはいるが、呼べば、どのおんな三味線さみせんに応ずると言う。その五年前、六月六日の夜――名古屋の客は――註しておくが、その晩以来、顔馴染にもなり、音信おとずれもするけれども、その姓名だけは……とお町が堅く言わないのだそうであるから、ただ名古屋の客として。……あとを続けよう。

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