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古狢(ふるむじな)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-23 10:33:44  点击:  切换到繁體中文



「――みんな、いい女らしいね。見た処。中でも、俵のなぞは嬉しいよ。ここに雪形に、もよ、というのは。」
「飛んだ、おそまつでございます。」
 と白い手と一所に、銚子ちょうしがしなうように見えて、水色の手絡てがら円髷まるまげが重そうに俯向うつむいた。――なよやかな女だというから、その容子ようすは想像に難くない。欄干に青柳の枝垂しだるるなかに、例の一尺の岩魚いわな※(「魚+成」、第3水準1-94-43)うぐい蓴菜じゅんさいの酢味噌。胡桃くるみと、飴煮あめにごりの鉢、鮴とせん牛蒡ごぼうの椀なんど、膳を前にした光景が目前めさきにある。……
「これだけは、そっと取りのけて、お客様には、お目に掛けませんのに、どうして交っていたのでございましょうね。」――

「いや、どうもその時の容子ようすといったら。」――
 名古屋の客は、あとで、廓の明保野で――落雁で馴染の芸妓を二三人一座に――そう云って、はしゃぎもしたのだそうで。
 落雁を寄進の芸妓連が、……女中頭ではあるし、披露ひろめのためなんだから、美しく婀娜あだなお藻代の名だけは、なか間の先頭にかき込んでおくのであった。
 ――断るまでもないが、昨日きのうの外套氏の時の落雁には、もはやお藻代の名だけはなかった。――
 さて、至極古風な、字のよく読めない勘定がきの受取が済んで、そのうぐい提灯で送って出ると、折戸を前にして、名古屋の客が動かなくなった。落雁の芸妓を呼びに廓へ行く。是非送れ、お藻代さん。……一見は利かずとも、電話で言込めば、と云っても、威勢よく酒の機嫌で承知をしない。そうして、袖たけの松の樹のように動かない。そんな事で、誘われるようなおんなではなかったのに、どういう縁か、それでは、おかみさんに聞いて許しを得て。……で、おも屋に引返したあとを、お町がいう処の、墓所はかしょの白張のような提灯を枝にかけて、しばらく待った。その薄いあかりで、今度は、きのこが化けたさまで、帽子を仰向あおむけにしゃがんでいて待つ。
 やがて、出て来た時、お藻代は薄化粧をして、長襦袢ながじゅばんを着換えていた。
 その長襦袢で……明保野で寝たのであるが、朱鷺色ときいろの薄いのに雪輪を白く抜いた友染である。みちに、ちらちらと、この友染が、小提灯で、川風が水に添い、野茨のばらの花。且つちり乱るる、山裾の草にほのめいた時は、向瀬むこうせの流れも、低いかわら撫子なでしこを越して、駒下駄に寄ったろう。……

 風が、どっと吹いて、蓮根市の土間は廂下ひさしさがりに五月闇さつきやみのように暗くなった。一雨来よう。組合わせた五百羅漢の腕が動いて、二人を抱込かかえこみそうである。
 どうも話が及腰およびごしになる。二人でその形に、並んで立ってもらいたい。その形、……その姿で。……お町さんとかも、褄端折をおろさずに。――お藻代も、道芝の露にもすそを引揚げたというのであるから。
 一体黒い外套氏が、いい年をした癖に、悪く色気があって、今しがた明保野の娘が、お藻代の白い手におびえて取縋った時は、内々で、一抱きやわらかな胸を抱込だきこんだろう。……ばかりでない。はじめ、連立って、ここへ庭樹の多い士族町を通る間に――その昔、江戸護持院ヶ原の野仏のぼとけだった地蔵様が、おぶわれて行こう……と朧夜おぼろよにニコリと笑って申されたを、通りがかった当藩三百石、究竟くっきょうの勇士が、そのまま中仙道北陸道をおぶい通いて帰国した、と言伝えて、その負さりたもうた腹部の中窪なかくぼみな、御丈みたけ丈余じょうよの地蔵尊を、古邸ふるやしきの門内に安置して、花筒に花、手水鉢に柄杓ひしゃくを備えたのを、お町が手つぎに案内すると、外套氏が懐しそうに拝んだのを、嬉しがって、感心して、こん度は切殺された、城のおめかけさん――のその姿で、縁切り神さんが、向うの森のほこらにあるから一所に行こうと、興に乗じた時……何といった、外套氏。――「縁切り神様は、いやだよ、二人して。」は、苦々しい。
 だから、ちょっとこの子をこう借りた工合ぐあいに、ここで道行きの道具がわりに使われても、うらみはあるまい。

 そこで川通りを、次第に――そうそうそう肩を合わせて歩行あるいたとして――橋は渡らずに屋敷町の土塀を三曲りばかり。お山の妙見堂の下を、たちまち明るい廓へ入って、しかも小提灯のまま、客の好みの酔興な、燈籠とうろうの絵のように、明保野の入口へ――そこで、うぐいの灯が消えた。
 
「――藤紫の半襟が少しはだけて、裏を見せて、ほっそり肌襦袢の真紅なのが、縁の糸とかの、燃えるように、ちらちらして、しずかまぶたを合わせていた、お藻代さんの肌の白いこと。……六畳は立籠たてこめてあるし、南風気みなみけで、その上暖か過ぎたでしょう。びんの毛がねっとりと、あの気味の悪いほど、枕に伸びた、長い、ふっくりしたのどへまつわって、それでいて、色がうっすりとあおいんですって。……友染の夜具に、裾は消えるようにほっそりしても――寝乱れよ、おじさん、家業で芸妓衆げいしゃしゅのなんかれていても、女中だって堅い素人なんでしょう。名古屋の客に呼ばれて……おのぶ――ええ、さっき私たち出しなに駒下駄を揃えた、あの銀杏返いちょうがえしの、内のあの女中ですわ――二階廊下を通りがかりにね、(おい、ねえさんか、湯を一杯。)……
(おひやを取かえて参りましょうか。)枕頭まくらもとにあるんですから。(いや、熱い湯だ。……時々こんな事がある。飲過ぎたと見えて寒気がする。)……これがふすま越しのやりとりよ。……
 私?……私は毎朝のように、お山の妙見様へお参りに。おっかさんは、まだ寝床に居たんです。台所の薬鑵ゆわかしにぐらぐらたぎったのを、銀の湯沸ゆわかしに移して、塗盆で持って上って、(御免遊ばせ。)中庭の青葉が、緑の霞に光って、さし込むなかに、いまの、その姿でしょう。――れない人だから、帯も、扱帯しごきも、羽衣でも※(「てへん+毟」、第4水準2-78-12)むしったように、ひき乱れて、それも男の手で脱がされたのが分ります。――薄い朱鷺色ときいろ、雪輪なんですもの、どこが乳だか、長襦袢だか。――六畳だし……お藻代さんの顔の前、枕まではゆきにくい。お信が、ぼうとなって、入口に立ちますとね、(そこへ。)と名古屋の客がおっしゃる。……それなりに敷蒲団しきぶとんの裾へ置いて来たそうですが。」
 外套氏は肩をすくめた。思わず危険を予感した。
「名古屋の客が起上りしな、手を伸ばして、盆ごと取って、枕頭へ宙を引くトタンに塗盆をすべったんです。まるで、黒雲の中から白い猪が火を噴いて飛蒐とびかかいきおいで、お藻代さんの、恍惚うっとりしたその寝顔へ、ふたも飛んで、仰向あおむけに、熱湯が、血ですか、蒼い鬼火でしょうか、玉をやけば紫でしょうか……ばっと煮えた湯気が立ったでしょう。……お藻代さんは、地獄のかまで煮られたんです。
 あの、美しい、鼻も口も、それッきり、人には見せず……私たちも見られません。」
「野郎はどうした。」
 と外套氏の膝のこぶしが上った。
「それはね、ですが、納得ずくです。すっかり身支度をして、客は二階から下りて来て――長火鉢の前へ起きて出た、うちの母の前へ、きちんと膝に手をついて、
(――ちょっと事件が起りました。女は承知です。すぐ帰りますから。)――
 分外なお金子かねに添えて、立派な名刺を――これは極秘に、と云ってお出しなすったそうですが、すぐに式台へ出なさいますから、(ちょっとどうぞ、旦那。)と引留めて置いて、まだ顔も洗わなかったそうですけれど、トントンと、二階へ上って、大急ぎで廊下をめぐって、ふすまの外から、
(――夫人おくさん――)
 ひっそりしていたそうです。
(――夫人さん、旦那様はお帰りになりますが。)――
 ものに包まれたような、ふくみ声で、
(いらして、またおいであそばして……)――
 と、震えて、きれぎれに聞こえたって言います。
 おじさん、妙見様から、私が帰りました時はね、もう病院へ、母がついて、自動車で行ったあとです。お信たちのいうのでは、玉子色の絹の手巾ハンケチ[#「手巾ハンケチで」は底本では「手巾ハンケチて」]顔を隠した、その手巾が、もう附着くッついていて離れないんですって。……帯をしめるのにも。そうして手巾に(もよ)と紅糸あかいと端縫はしぬいをしたのが、苦痛にゆがめて噛緊かみしめる唇が映って透くようで、涙は雪が溶けるように、頸脚えりあしへまで落ちたと言います。」
不可いけない……」
 外套氏は、お町の顔に当てた手巾をあわただしく手で払った。
 雨が激しく降って来た。
「……何とも申様がない……しかし、そこで鹿落の温泉へは、療治に行ったとでもいうわけかね。」
「湯治だなんのって、そんな怪我ではないのです。療治はうに済んだんですが、何しろ大変な火傷やけどでしょう。ずッと親もとへ引込んでいたんですが、片親です、おふくろばかり――外へも出ません。私たちが行って逢う時も、目だけは無事だったそうですけれども、すみの目金をかけて、ねえさんかぶりをして、口にはマスクを掛けて、御経を習っていました。お客から、つけ届けはちゃんとありますが、一度来るといって、一年たち三年たち、……もっとも、沸湯にえゆを浴びた、その時、(――男を一人助けて下さい。……見継ぎは、一生する。)――両手をついて、言ったんですって。
 お藻代さんは、ただ一夜ひとよなさけで、死んだつもりで、地獄の釜でうなずいたんですね。ですから、客の方で約束は違えないんですが、一生飼殺し、といった様子でしょう。
 旅行たびはどうしてしたでしょう。鹿落の方角です、察しられますわ。霜月でした――夜汽車はすいていますし、突伏つっぷしてでもいれば、誰にも顔は見られませんの。
 温泉宿でも、夜汽車でついて、すぐ、その夜半よなかだったんですって。――どこでもいうことでしょうかしら? 三つ並んだはばかりの真中まんなかへは入るものではないとは知っていたけれども、誰も入るもののないのを、かえって、たよりにして、夜ふけだし、そこへ入って……なさけないわけねえ。……鬱陶うっとうしい目金も、マスクも、やっと取って、はばかりの中ですよ。――それでほっとして、おおき階子段はしごだんの暗いのも、巌山いわやまながめるように珍らしく、手水鉢ちょうずばちかけひのかかった景色なぞ……」
「ああ、そうか。」
「うぐい亭の庭も一所に、川も、山も、何年ぶりか、久しぶりで見る気がして、湯ざめで冷くなるまで、のぞいたり、見廻したり、可哀想じゃありませんか。
 ――かきおきにあったんです――
 ハッと手をのばして、戸を内へ閉めました。不意に人が来たんですね。――それが細い白い手よ。」
「むむ、私のような奴だ。」
 と寂しく笑いつつ、毛肌になってぞっとした。
「ぎゃっと云って、その男が、すさまじい音で顛動返ひっくりかえってしまったんですってね。……夜番は駆けつけますわ、人は騒ぐ。気の毒さも、面目なさも通越して、ひけめのあるのは大火傷の顔のお化でしょう。
 もう身も世も断念あきらめて、すぐに死場所の、……鉄道線路へ……」
かわやからすぐだろうか。」
「さあね、それがね、恥かしさと死ぬ気の、一念で、突き破ったんでしょうか。細い身体からだなら抜けられるくらい古壁は落ちていたそうですけれど、手もきよめずに出たなんぞって、そんなのは、お藻代さんの身に取って私は可厭いや。……それだとどこで遺書かきおきが出来ます。――かれたのは、やっとの白みかかった時だっていうんですもの。もっとも(かすかなお月様の影をたよりに)そうかいてもあるんですけれども。一旦座敷へ帰ったんです。一生懸命、一大事、何かの時、魂も心も消えるといえば、姿だって、消えますわ。――三枚目の大男の目をまわしているまわりへ集まった連中の前は、霧のように、スッと通って、悠然と筧で手水をしたでしょう。」
「ものすごい。」
「でも、分らないのは、――新聞にも出ましたけれど、ちゃんと裾腰すそごしのたしなみはしてあるのに、ものは、肌まで通って、ぐっしょり、ずぶ濡れだったんですって。……水ごりでも取りましたか、それとも途中の小川へでも落ちたんでしょうか。」
「ああ、縁台が濡れる。」
 と、お町の手を取って、位置を直して、慎重に言った。

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