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露肆(ほしみせ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-23 10:36:45  点击:  切换到繁體中文



       六

「大福餅が食べたいとさ、は、は、は、」
 と直きそのそばに店を出した、二分心にぶしんの下で手許てもと暗く、小楊枝こようじを削っていた、人柄なだけ、可憐いとしらしい女隠居が、黒い頭巾ずきんの中から、隣を振向いて、かすれ掠れ笑って言う。
 その隣の露店は、京染正紺請合しょうこんうけあいとある足袋の裏を白くかえして、ほしほしと並べた三十ぐらいの女房にょうぼで、中がちょいと隔っただけ、三徳用の言った事が大道でぼやけて分らず……但し吃驚びっくりするほどの大音であったので、耳を立てて聞合わせたものであった。
 会得えとくくとさも無い事だけ、おかしくなったものらしい。
「大福を……ほほほ、」と笑う。
 とその隣が古本屋で、行火あんかの上へ、ひげの伸びたせたおとがいを乗せて、平たくうずくまった病人らしい陰気な男が、釣込まれたやら、
「ふふふ、」
 とさみしく笑う。
 続いたのが、例の高張たかはりを揚げた威勢のい、水菓子屋、向顱巻むこうはちまちの結び目を、山から飛んで来た、と押立おったてたのが、仰向けにそりを打って、呵々からからと笑出す。次へ、それから、引続いて――一品料理の天幕張テントばりの中などは、居合わせた、客交じりに、わはわはとわらいゆする。年内の御重宝ごちょうほう九星売が、恵方えほうの方へ突伏つっぷして、けたけたとたまらなそうに噴飯ふきだしたれば、苦虫と呼ばれた歯磨屋はみがきやが、うンふンと鼻で笑う。声が一所で、同音に、もぐらもちが昇天しようと、水道の鉄管を躍り抜けそうな響きで、片側一条ひとすじ、夜が鳴って、どっと云う。時ならぬに、の葉が散って、霧の海に不知火しらぬいと見えるともしびの間を白く飛ぶ。
 なごりに煎豆屋いりまめやが、かッと笑う、と遠くですさまじく犬がえた。
 軒のあたり通魔とおりまがしたのであろう。
 北へも響いて、町尽まちはずれの方へワッと抜けた。
 時に片頬笑かたほえみさえ、口許くちもと莞爾にっこりともしないえんなのが、露店を守って一人居た。
 縦通たてどおりから横通りへ、電車の交叉点こうさてんを、その町尽れの方へさがると、人も店も、の影も薄く歯の抜けたような、間々を冷い風が渡る癖に、店を一ツ一ツ一重ひとえながら、ぼうと渦を巻いたような霧で包む。同じくすぶった洋燈ランプも、人の目鼻立ち、眉も、青、赤、鼠色のの敷物ながら、さながら鶏卵たまごうちのように、渾沌こんとんとして、ふうわり街燈の薄い影に映る。が、枯れた柳の細い枝は、幹に行燈あんどうけられたより、かえってこの中に、処々すっきりと、星にあおく、風に白い。
 その根に、茣蓙ござを一枚の店に坐ったのが、くだんおんなで。
 年紀としは六七……三十にまず近い。姿も顔もやつれたから、ちと老けて見えるのであろうも知れぬ。綿らしいが、銘仙縞めいせんじまの羽織を、なよなよとある肩に細く着て、同じ縞物の膝を薄く、無地ほどに細い縞の、これだけはお召らしいが、透切すきぎれのした前垂まえだれめて、昼夜帯の胸ばかり、浅葱あさぎ鹿子かのこ下〆したじめなりに、乳の下あたりふっくりとしたのは、鼻紙も財布も一所に突込つっこんだものらしい。
 ざっと一昔は風情だった、肩掛というのを四つばかりに畳んで敷いた。それを、つまは深いほど玉は冷たそうな、膝の上へ掛けたら、と思うが、察するに上へは出せぬ寸断ずたずた継填つぎはぎらしい。火鉢も無ければ、行火あんかもなしに、霜の素膚すはだは堪えられまい。
 黒繻子くろじゅすの襟も白く透く。
 油気あぶらけも無く擦切るばかりの夜嵐にばさついたが、つやのある薄手な丸髷まるまげがッくりと、焦茶色の絹のふらしてんの襟巻。房の切れた、男物らしいのを細く巻いたが、左の袖口を、ト乳の上へしょんぼりとき込んだたもとの下に、利休形りきゅうがた煙草入たばこいれの、裏の緋塩瀬ひしおぜばかりが色めく、がそれもせた。
 生際はえぎわの曇った影が、まぶたして、面長おもながなが、さしてせても見えぬ。鼻筋のすっと通ったを、横にかすめて後毛おくれげをさらりと掛けつつ、ものうげに払いもせず……きれの長い、まつげの濃いのを伏目ふしめになって、上気して乾くらしい唇に、吹矢の筒を、ちょいと含んで、片手で持添えた雪のようなひじからむ、唐縮緬とうちりめんの筒袖のへりを取った、継合わせもののその、緋鹿子ひがのこなまめかしさ。

       七

 三枚ばかり附木つけぎの表へ、(ひとくみ)も仮名で書き、(二せん)も仮名で記して、前に並べて、きざ柿の熟したのが、こつこつと揃ったような、昔はたにしが尼になる、これは紅茸べにたけさとりを開いて、ころりと参った張子はりこ達磨だるま
 目ばかり黒い、けばけばしく真赤まっか禅入ぜんにゅうを、木兎引ずくひきの木兎、で三寸ばかりの天目台てんもくだい、すくすくとある上へ、大は小児こども握拳にぎりこぶし、小さいのは団栗どんぐりぐらいな処まで、ずらりと乗せたのを、その俯目ふしめに、トねらいながら、くだんの吹矢筒で、フッ。
 カタリといって、発奮はずみもなくひっくりかえって、軽く転がる。その次のをフッ、カタリとかえる。続いてフッ、カタリと下へ。フッフッ、カタカタカタと毛を吹くばかりの呼吸いきづかいに連れて、五つ七つたちどころに、パッパッと石鹸玉シャボンだまが消えるように、上手にでんぐり、くるりと落ちる。
 落ちると、片端から一ツ一ツ、順々にまた並べて、初手しょてからフッと吹いて、カタリといわせる。……同じ事を、絶えず休まずに繰返して、この玩弄物おもちゃを売るのであるが、玉章ふみもなし口上もなしで、ツンとしたように黙っているので。
 霧の中にわらいにじが、ぱっと渡った時も、独り莞爾にっこりともせず、傍目わきめらず、同じようにフッと吹く。
 カタリと転がる。
「大福、大福、大福かい。」
 とちと粘ってなまりのある、ギリギリと勘走った高い声で、亀裂ひびらせるように霧の中をちょこちょこ走りで、玩弄物屋のおんな背後うしろへ、ぬっと、鼠の中折なかおれ目深まぶかに、領首えりくびのぞいて、橙色だいだいいろの背広を着、小造りなのが立ったと思うと、
「大福餅、あったかい!」
 また疳走かんばしった声の下、ちょいとしゃがむ、とはやい事、筒服ずぼんの膝をとんと揃えて、横から当って、おんな前垂まえだれ附着くッつくや否や、両方の衣兜かくしへ両手を突込つっこんで、四角い肩して、一ふり、ぐいと首を振ると、ぴんと反らした鼻の下のひげとともに、砂除すなよけの素通し、ちょんぼりした可愛い目をくるりとったが、ひょんな顔。
 ……というものは、その、
「……あったかい!……」を機会きっかけに、行火あんかの箱火鉢の蒲団ふとんの下へ、潜込もぐりこましたと早合点はやがってんの膝小僧が、すぽりと気が抜けて、二ツ、ちょこなんと揃って、ともしびに照れたからである。
 橙背広のこの紳士は、通りがかりの一杯機嫌の素見客ぞめきでも何でもない。冷かし数の子の数には漏れず、格子から降るという長い煙草きせるに縁のある、煙草たばこ脂留やにどめ、新発明螺旋仕懸らせんじかけニッケル製の、巻莨まきたばこの吸口を売る、気軽な人物。
 自から称して技師と云う。
 で、衆を立たせて、使用法を弁ずる時は、こんな軽々しい態度のものではない。
 下目づかいに、晃々きらきらと眼鏡を光らせ、額でにらんで、帽子を目深まぶかに、さも歴々が忍びのてい。冷々然として落着き澄まして、しわぶきさえ高うはせず、そのニコチンの害を説いて、一吸ひとすいの巻莨から生ずる多量の沈澱物をもって混濁した、恐るべき液体をアセチリンの蒼光あおびかりかざして、と試験管を示す時のごときは、何某なにがしの教授が理化学の講座へ立揚たちあがったごとく、風采ふうさい四辺あたりを払う。
 そこで、公衆は、ただわずか硝子がらすの管へ煙草を吹込んで、びくびくとると水が濁るばかりだけれども、技師の態度と、その口上のぱきぱきとするのに、ニコチンの毒の恐るべきを知って、戦慄せんりつに及んで、五割引がさかんに売れる。
 なかなかどうして、歯科散しかさんが試験薬を用いて、立合たちあいの口中黄色い歯から拭取ふきとった口塩くちしおから、たちどころに、黴菌ばいきんを躍らして見せるどころの比ではない。
 よく売れるから、益々ますます得意で、澄まし返って説明する。
 が、夜がやや深く、人影の薄くなったこうした時が、技師大得意の節で。今までくしゃみこらえたように、むずむずと身震いを一つすると、固くなっていた卓子テエブルの前から、早くもがらりとたいを砕いて、飛上るようにと腰を軽く、突然いきなりひょいと隣のおでん屋へ入って、煮込を一串ひとくし引攫ひっさらう。
 こいつを、フッフッと吹きながら、すぺりと古道具屋の天窓あたまでるかと思うと、次へ飛んで、あの涅槃ねはんに入ったような、風除葛籠かざよけつづらをぐらぐらゆすぶる。

       八

 その時きゃっきゃっと高笑たかわらい、靴をぱかぱかとわきれて、どの店と見当を着けるでも無く、脊をかがめてうずくまった婆さんの背後うしろへちょいとしゃがんで、
「寒いですね。」
 と声を掛けて、トントンと肩を叩いてやったもので。
「きゃっきゃっ、」とまた笑うて、横歩行よこあるきにすらすらすら、で、居合わす、古女房のせなをドンとくらわす。突然いきなり年増としま行火あんかの中へ、諸膝もろひざ突込つっこんで、けろりとして、娑婆しゃばを見物、という澄ました顔付で、当っている。
 露店中の愛嬌あいきょうもので、総籬そうまがき柳縹りゅうひょうさん。
 すなわちまた、その伝で、大福あったかいと、向う見ずに遣った処、手遊屋おもちゃやおんなは、腰のまわりに火の気が無いので、膝が露出むきだしに大道へ、茣蓙ござの薄霜に間拍子まびょうしも無く並んだのである。
 橙色だいだいいろの柳縹子、気の抜けた肩をすぼめて、ト一つ、大きな達磨だるまを眼鏡でぎらり。
 おんなは澄ましてフッと吹く……カタリ……
 はッとおとがいを引く間も無く、カタカタカタと残らず落ちると、直ぐに、そのへりの赤い筒袖の細い雪で、ひとびとツ拾って並べる。
たまらんですね、寒いですな、」
 とひげひねった。が、大きに照れた風が見える。
 斜違はすッかいにこれをながめて、前歯の金をニヤニヤと笑ったのは、総髪そうがみの大きな頭に、黒の中山高ちゅうやまたかを堅くめた、色の赤い、額に畝々うねうねと筋のある、頬骨の高い、大顔の役人風。迫った太い眉に、でっかい眼鏡で、胡麻塩髯ごましおひげを貯えた、おとがいとがった、背のずんぐりと高いのが、かすりの綿入羽織を長く着て、霜降のめりやすを太く着込んだ巌丈がんじょうな腕を、客商売とて袖口へ引込ひっこめた、その手に一条の竹のむちを取って、バタバタと叩いて、三州は岡崎、備後びんごは尾ノ道、肥後ひごは熊本の刻煙草きざみたばこ指示さししめす……
「内務省は煙草専売局、印紙御貼用済ごちょうようずみ。味は至極えで、んで見た上で買いなさい。大阪は安井銀行、第三蔵庫の担保品。今度このたび、同銀行蔵掃除について払下げに相成ったを、当商会において一手販売をする、抵当流れの安価な煙草じゃ、喫んでかんばしゅう、香味こうみ、口中にあまねうしてしかしてそのいささかもやにが無い。わし痰持たんもちじゃが、」
 と空咳からせきを三ツばかり、小さくして、竹の鞭を袖へ引込め、
「この煙草を用いてから、とんと悩みを忘れた。がじゃ、荒くとも脂がありとも、ただ強いのを望むという人には決してこの煙草は向かぬぞ。香味あって脂が無い、抵当流れのきざみはどうじゃ。」
 と太い声して、ちと充血した大きなひとみをぎょろりと遣る。その風采ふうさい、高利を借りた覚えがあると、天窓あまたから水を浴びそうなが、思いの外、温厚な柔和な君子で。
 店の透いた時は、そこらの小児こどもをつかまえて、
「あ、じゃでの、」などと役人口調で、眼鏡の下に、一杯のしわを寄せて、髯の上をで下げ撫で下げ、滑稽おどけた話をして喜ばせる。その小父おじさんが、
「いや、若いもの。」
 という顔色がんしょくで、竹の鞭を、トしゃくに取って、さきを握って捻向ねじむきながら、帽子の下に暗い額で、髯の白いに、金があらわ北叟笑ほくそえみ
 附穂つぎほなさに振返った技師は、これを知ってなお照れた。
「今に御覧ごろうじろ。」
 と遠灯とおびばたきをしながら、揃えた膝をむくむくとゆすって、
「何て、寒いでしょう。おお寒い。」
 と金切声を出して、ぐたりと左の肩へ寄凭よりかかる、……体の重量おもみが、他愛ない、暖簾のれんの相撲で、ふわりと外れて、ぐたりと膝の崩れる時、ぶるぶると震えて、堅くなったも道理こそ、半纏はんてんの上から触っても知れた。
 げっそり懐手ふところでをしてちょいとも出さない、すらりと下った左の、その袖は、何も支えぬ、おんなは片手が無いのであった。

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