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露肆(ほしみせ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-23 10:36:45  点击:  切换到繁體中文



       九

 もうこの時分には、そちこちで、徐々そろそろ店を片附けはじめる。まだ九時ちっと廻ったばかりだけれども、師走の宵は、夏の頃の十二時過ぎより帰途かえりを急ぐ。
 で、処々、張出しがれる、からかさすぼまる、その上につめたい星が光を放って、ふっふっと洋燈ランプが消える。突張つっぱりの白木しらきの柱が、すくすくと夜風に細って、積んだ棚が、がたがた崩れる。その中へ、炬燵こたつが化けて歩行あるき出したていに、むっくりと、大きな風呂敷包を背負しょった形が糶上せりあがる。消え残ったあかりの前に、霜に焼けた脚が赤く見える。
 中には荷車がむかいに来る、自転車を引出すのもある。年寄には孫、女房にはその亭主が、どの店にも一人二人、人数がえるのは、よりよりに家から片附けに来る手伝、……とそればかりでは無い。思い思いに気の合ったのが、帰際かえりぎわの世間話、景気の沙汰さたが主なるもので、
「相変らず不可いけますまい、そう云っちゃ失礼ですが。」
「いえ、思ったより、昨夜ゆうべよりはちっとましですよ。」
「またわたくしどもと来た日にゃ、お話になりません。」
「御多分には漏れませんな。」
「もう休もうかと思いますがね、それでも出つけますとね、一晩でも何だか皆さんの顔を見ないじゃ気寂きさみしくって寝られません。……無駄と知りながら出て来ます、へい、油費あぶらづいえでさ。」
 と一処ひとところかたまるから、どの店も敷物の色ばかりで、枯野にした襁褓むつき光景ありさま、七星の天暗くして、幹枝盤上かんしはんじょうに霜深し。
 まだ突立つったったままで、誰も人の立たぬ店のさみしい灯先ひさきに、長煙草ながぎせるを、と横に取って細いぼろ切れを引掛ひっかけて、のろのろと取ったり引いたり、脂通やにどおしの針線はりがねに黒くうねってからむのが、かかる折から、歯磨屋はみがきやの木蛇の運動よりすごいのであった。
 時に、手遊屋おもちゃやひややかにえんなのは、
「寒い。」と技師が寄凭よりかかって、片手の無いのに慄然ぞっとしたらしいその途端に、吹矢筒をそっと置いて、ただそれだけ使う、右の手を、すっと内懐うちぶところへ入れると、繻子しゅすの帯がきりりと動いた。そのまま、茄子なすひしゃげたような、せたが、紫色の小さな懐炉かいろを取って、黙ってと技師の胸に差出したのである。
 寒くば貸そう、というのであろう。……
 挙動しぐさ唐突だしぬけなその上に、またちらりと見た、緋鹿子ひがのこ筒袖つつッぽの細いへりが、無い方の腕の切口に、べとりと血がにじんだ時のさま目前めのまえに浮べて、ぎょっとした。
 どうやら、片手無い、その切口が、茶袋の口を糸でしめたように想われるのである。
「それには及ばんですよ、ええ、何の、御新姐ごしんぞ。」と面啖めんくらって我知らず口走って、ニコチンの毒を説く時のような真面目まじめな態度になって、衣兜かくしに手を突込つっこんで、肩をもそもそとゆすって、筒服ずぼんの膝を不状ぶざまに膨らましたなりで、のそりと立上ったが、たちまちキリキリとした声を出した。
嫁娶よめどり々々!」
 長提灯ながぢょうちんの新しい影で、すっすと、真新しい足袋を照らして、紺地へ朱で、日の出を染めた、印半纏しるしばんてん揃衣そろいを着たのが二十四五人、前途ゆくてに松原があるように、せなのその日の出を揃えて、線路際をしずかに練る……
 結構そうなお爺さんの黒紋着くろもんつき、意地の悪そうな婆さんの黄色い襟もまじったが、男女なんにょ合わせて十四五人、いずれもくるまで、星も晴々と母衣ほろねた、中に一台、母衣を懸けたのが当のの縁女であろう。
 黒小袖の肩を円く、但し引緊ひきしめるばかり両袖で胸を抱いた、真白まっしろな襟を長く、のめるように俯向うつむいて、今時は珍らしい、朱鷺色ときいろ角隠つのかくし花笄はなこうがいくしばかりでもつむりは重そう。ちらりとくれないとおる、白襟をかさねた端に、一筋キラキラと時計の黄金鎖きんぐさりが輝いた。
 上が身を堅く花嫁の重いほど、乗せた車夫は始末のならぬ容体ようだいなり。妙な処へかじめて、曳据ひきすえるのが、がくりとなって、ぐるぐると磨骨みがきぼねの波を打つ。

       十

 露店の目は、言合わせたように、きょときょとと夢に辿たどる、この桃の下路したみちくような行列に集まった。
 おんなもちょいと振向いて、(大道商人あきんどは、いずれも、電車を背後うしろにしている)蓬莱ほうらいを額に飾った、その石のような姿を見たが、むきをかえて、そこへ出した懐炉かいろに手を触って、上手に、片手でカチンと開けて、じっ俯向うつむいて、灰を吹きつつ、
「無駄だねえ。」
 とすずしい声、ひややかなものであった。
「弘法大師御夢想のおきゅうであすソ、利きますソ。」
 と寝惚ねぼけたように云うとひとしく、これも嫁入を恍惚うっとりながめて、あたかもその前に立合わせた、つい居廻りで湯帰りらしい、島田の乱れた、濡手拭ぬれてぬぐいを下げたしんぞすそへ、やにわに一束の線香を押着おッつけたのは、あるが中にも、幻のような坊様で。
 つくねんとして、一人、影法師のように、びょろりとした黒紬くろつむぎの間伸びた被布ひふを着て、白髪しらがの毛入道に、ぐたりとした真綿の帽子。扁平ひらったく、薄く、しかも大ぶりな耳へ垂らして、環珠数わじゅずを掛けた、鼻の長い、おとがいのこけた、小鼻と目が窪んで、飛出した形の八の字眉。大きな口の下唇を反らして、かッくりと抜衣紋ぬきえもん。長々と力なげに手を伸ばして、かじかんだ膝を抱えていたのが、フト思出した途端に、居合わせた娘の姿を、男とも女とも弁別わさまえるひまなく、れてぐんなりと手の伸びるままに、細々と煙の立つ、その線香を押着おッつけたものであろう。
 この坊様ぼんさまは、人さえ見ると、向脛むこうずねなりかかとなり、肩なり背なり、くすぼった鼻紙を当てて、その上から線香を押当てながら、
「おだだ、おだだ、だだだぶだぶ、」と、歯の無い口でむぐむぐと唱えて、
「それ、利くであしょ、ここでえるは施行せぎょうじゃいの。もぐさらずであす。熱うもあすまいがの。それ利くであしょ。利いたりゃ、利いたら、しょなしょなと消しておいて、また使うであすソ。それ利くであしょ。」とめ廻すていに、足許あしもとなんぞじろじろと見て商う。高野山秘法の名灸。
 やにわに長い手を伸ばされて、はっと後しざりをする、娘の駒下駄こまげた、靴やら冷飯ひやめしやら、つい目が疎いかして見分けも無い、退く端のつまを、ぐいと引いて、
「御夢想のお灸であすソ、施行じゃいの。」
 となまずが這うように黒被布の背を乗出して、じりじりと灸を押着おッつけたもの、たまろうか。
「あれえ、」
 と叫んで、ついと退く、トはぎが白く、横町のやみに消えた。
 坊様ぼんさま、眉も綿頭巾わたずきんも、一緒くたに天を仰いで、長い顔で、きょとんとした。
「や、いささかお灸でしたね、きゃッ、きゃッ、」
 と笑うて、技師はこれを機会きっかけに、殷鑑いんかん遠からず、と少しくすくんで、浮足の靴ポカポカ、ばらばらと乱れた露店の暗い方を。……
 さてここに、膃肭臍おっとせいひさ一漢子いっかんし
 板のごとくにこわい、黒の筒袖の長外套なががいとうを、せた身体からだに、爪尖つまさきまで引掛ひっかけて、耳のあたりに襟を立てた。帽子はかぶらず、頭髪かみ蓬々ぼうぼうつかてたが、目鼻立の凜々りりしい、頬はやつれたが、屈強な壮佼わかもの
 渋色のたくましき手に、赤錆あかさびついた大出刃を不器用に引握ひんにぎって、裸体はだかおんな胴中どうなかを切放していぶしたような、赤肉と黒の皮と、ずたずたに、血筋をかがった中に、骨の薄く見える、やがて一抱ひとかかえもあろう……頭と尾ごと、丸漬まるづけにした膃肭臍おっとせいを三頭。縦に、横に、仰向けに、胴油紙とうゆがみの上に乗せた。
 正面まむきあばらのあたりを、庖丁ほうちょうの背でびたびたと叩いて、
「世間ではですわ、めっとせいはあるが、膃肭臍は無い、と云うたりするものがあるですが、めっとせいにも膃肭臍にも、ほんとのもんは少いですが。」
 無骨な口で、
「船に乗っとるもんでもが……現在、膃肭臍をった処で、それが膃肭臍、めっとせいという区別は着かんもんで。
 世間で云うめっとせいというから雌でしょう、勿論、雌もあれば、雄もあるですが。
 どれが雌だか、雄だか、黒人くろうとにも分らんで、ただこの前歯を、」
 と云って推重おしかさなった中から、ぐいと、犬の顔のような真黒まっくろなのをもたげると、陰干のにおいぷんとして、内へ反った、しゃくんだような、霜柱のごとき長い歯を、あぐりとく。
「この前歯の処ウを、上下うえした噛合かみあわせて、一寸のすきも無いのウを、雄や、(と云うのが北国ほっこく辺のものらしい)と云うですが、一分一寸ですから、いていても、ふさいでいても分らんのうです。
 私は弁舌はまずいですけれども、膃肭臍はたしかです。膃肭臍というものは、やたらむたらにあるものではない。東京府下にも何十人売るものがあるかは知らんですがね、やたらむたらあるもんか。」
 と、何かさも不平に堪えず、向腹むかっぱらを立てたように言いながら、大出刃のさきで、繊維をすくって、一角ウニコールのごとく、薄くねっとりと肉をがすのが、――遠洋漁業会社と記した、まだ油の新しい、黄色い長提灯ながぢょうちんの影にひくひくと動く。
 その紫がかった黒いのを、若々しい口をとがらし、むしゃむしゃと噛んで、
「二頭がのは売ってしもうたですが、まだ一頭、脳味噌もあるですが。脳味噌は脳病に利くンのですが、膃肭臍の効能は、誰でも知っている事で言うがものはない。
 疑わずにお買い下さい、まだたしかな証拠というたら、後脚の爪ですが、」
 ト大様にながめて、出刃を逆手さかてに、面倒臭い、一度に間に合わしょう、と狙って、ずるりと後脚をもたげる、藻掻もがいた形の、水掻みずかきの中に、くうつかんだ爪がある。
 霜風は蝋燭ろうそくをはたはたとゆする、遠洋と書いたその目標めじるしから、濛々もうもうわだつみの気が虚空こくうかぶさる。
 里心が着くかして、さみしく二人ばかり立った客が、あとしざりになって……やがて、はらはらと急いで散った。
 出刃を落した時、かッと顔の色に赤味を帯びて、真鍮しんちゅう鉈豆煙草なたまめぎせるの、真中まんなかをむずと握って、糸切歯で噛むがごとく、引啣ひっくわえて、
「うむ、」
 と、なぜかうなる。
 処へ、ふわふわと橙色だいだいいろあらわれた。脂留やにどめの例の技師で。
「どうですか、膃肭臍屋さん。」
「いや、」
 とただ言ったばかり、不愛想。
 技師は親しげに擦って、
「昨夜は、飛んだ事でしたな……」
「お話になりません。」
「一体何の事ですか、」
なにやいうて、やいうて、まるでお話しにならんのですが、誰が何を見違えたやら、突然いきなりしらべに来て、膃肭臍の中を捜すんですぞ、真白まっしろな女の片腕があると言うて。」……

明治四十四(一九一一)年二月




 



底本:「泉鏡花集成4」ちくま文庫、筑摩書房
   1995(平成7)年10月24日第1刷発行
底本の親本:「鏡花全集 第十三卷」岩波書店
   1941(昭和16)年6月30日発行
入力:門田裕志
校正:土屋隆
2006年1月30日作成
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    「火+發」    422-7

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