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縷紅新草(るこうしんそう)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-23 11:02:24  点击:  切换到繁體中文



       二

「ああ、まるで魔法にかかったようだ。」
 頬にあてて打傾いたを、辻町は冷く感じた。時に短く吸込んだ煙草たばこの火が、チリリと耳をかすめて、爪先つまさきの小石へ落ちた。
「またまったく夢がさめたようだ。――その時、夜あけ頃まで、堀の上をうろついて、いつうちへ帰ったか、草へもぐったのか、蒲団ふとん引被ひきかぶったのか分らない。※(「足へん+倍のつくり」、第3水準1-92-37)めされたようになって寝た耳へ、
 ――兄さん……兄さん――
 と、聞こえたのは、……お京さん。」
「返事をしましょうか。」
「願おうかね。」
「はい、おほほ。」
「申すまでもない、威勢のいい若い声だ。そうだろう、お互に二十はたちの歳です。――死んだ人は、たしか一つ上だったように後で聞いて覚えている。前の晩は、雨気あまけを含んで、花あかりも朦朧もうろうと、霞に綿を敷いたようだった。格子戸外そとのその元気のいい声に、むっくり起きると、おっと来たりで、目はくぼんでいる……おでこをさきへ、門口かどぐちへ突出すと、顔色の青さを※(「火+共」、第3水準1-87-42)あぶられそうな、からりとした春たけなわな朝景色さ。お京さんは、結いたての銀杏返いちょうがえしで、半襟の浅黄の冴えも、黒繻子くろじゅすの帯のつやも、霞を払ってきっぱりと立っていて、(兄さん身投げですよ、お城の堀で。)(嘘だよ、ここに活きてるよ。)と、うっかり私が言ったんだから、お察しものです。すぐ背後うしろの土間じゃ七十を越した祖母ばあさんが、おひつの底の、こそげ粒で、茶粥ちゃがゆとは行きません、みぞれ雑炊を煮てござる。前々年、うちが焼けて、次の年、父親がなくなって、まるで、掘立小屋だろう。住むにも、食うにも――昨夜ゆうべは城のここかしこで、早い蛙がもう鳴いた、歌を唄ってる虫けらが、およそうらやましい、と云った場合。……祖母さんは耳が遠いからかったものの、(活きてるよ。)は何事です。(何を寝惚ねぼけているんです。しっかりするんです。)その頃の様子を察しているから、お京さん――ままならない思遣りのじれったさの疳癪筋かんしゃくすじで、ご存じの通り、いちうちの眉をひそめながら、(……町内ですよ、ここの。いま私、前を通って来たんだけれど、角の箔屋はくや。――うちの人じゃあない、世話になって、はんけちの工場こうばへ勤めている娘さんですとさ。ちゃんと目をあいて……あれ、あんなに人が立っている。)うららかな朝だけれど、路が一条ひとすじ胡粉ごふん泥塗だみたように、ずっと白く、寂然しんとして、ならび、三町ばかり、手前どもとおなじかわです、けれども、何だか遠く離れた海際まで、突抜けになったようで、そこに立っている人だかりが――身を投げたのはふちだというのに――打って来る波を避けるように、むらむらと動いて、つちがそこばかり、ぐっしょりしおに濡れているように見えた。
 花はちらちらと目の前へ散って来る。
 私の小屋と真向まむかいの……金持は焼けないね……しもた屋の後妻うわなりで、町中の意地悪が――今時はもう影もないが、――それその時飛んで来た、燕の羽の形にうしろねた、橋髷はしまげとかいうのを小さくのっけたのが、かどの敷石に出て来て立って、おなじように箔屋の前をじっとすかしてていた。その継娘ままむすめは、優しい、うつくしい、上品な人だったが、二十はたちにもならない先に、雪の消えるように白梅と一所に水で散った。いじめ殺したんだ、あの継母がと、町内で沙汰さたをした。その色の浅黒い後妻うわなりの眉と鼻が、箔屋を見込んだ横顔で、お米さんの前髪にくッつき合った、と私の目に見えた時さ。(いとしや。)とその後妻が、(のう、ご親類の、ご新姐しんぞさん。)――くわしくはなくても、向う前だから、様子は知ってる、行来ゆきき、出入りに、顔見知りだから、声を掛けて、(いつ見ても、好容色ごきりょうなや、ははは。)とそら笑いをやったとお思い、(非業の死とはいうけれど、根は身の行いでござりますのう。)とじろりと二人を見ると、お京さん、御母堂だよ、いいかい。怪我にも真似なんかなさんなよ。即時、好容色ごきりょうあごつけるようにしゃくって、(はい、さようでござります、のう。)と云うがはやいか、背中の子。」
 辻町は、時に、まつげの深いお米と顔を見合せた。
「その日は、当寺こちらへお参りに来がけだったのでね、……お京さん、いしだんが高いから半纏はんてんおんぶでなしに、浅黄鹿の子の紐でおぶっていた。背中へ、べっかっこで、(ばあ。)というと、カタカタと薄歯の音を立ててうちン中へ入ったろう。私が後妻うわなりに赤くなった。
 おぶっていたのが、何を隠そう、ここに好容色で立っている、さて、久しぶりでお目にかかります。お前さんだ、お米坊――二歳ふたつ、いや、三つだったか。かぞえ年。」
「かぞえ年……」
「ああ、そうか。」
「おじさんの家の焼けた年、お産間近に、おっかさんが、あの、火事場へ飛出したもんですから、そのせいですって……私にはあざが。」
 睫毛まつげがふるえる。辻町は、ハッとしたように、ふと肩をすくめた。
「あら、うっかり、おじさんだと思って、つい。……真紅まっかでしたわ、おとなになって今じゃうっすりとただ青いだけですの。」
 おじさんは目をせながら、わざと見まもったようにこういった。
「見えやしない、なにもないじゃないか、どこなのだね。」
「知らない。」
「まあさ。」
「乳の少しわきのところ。」
「きれいだな、眉毛を一つったあとか、雪間の若菜……とでも言っていないと――父がなくなって帰ったけれど、私が一度無理に東京へ出ていた留守です。私のうちのために、お京さんに火事場を踏ませて申訳がないよ。――ところで、その嬰児あかんぼが、今お見受け申すお姿となったから、もうかれこれ三十年。……だもの、記憶おぼえも何も朧々おぼろおぼろとした中に、その悲しいうつくしい人の姿に薄明りがさして見える。遠くなったり、近くなったり、途中で消えたり、目先へ出たり――こっちも、とぼとぼと死場所を探していたんだから、どうも人目が邪魔になる。さきでも目障りになったろう。やがて夜中の三時過ぎ、天守下の坂は長いからね、坂の途中で見失ったが、見失った時の後姿を一番はっきりと覚えている。だから、その人が淵で死んだとすると、一旦いったん町へ下りて、もう一度、坂を引返ひっかえした事になるんだね。
 ただし、そういった処で、あくる朝、町内の箔屋へ引取った身投げの娘が、果して昨夜ゆうべ私が見た人と同じだかどうだか、実の処は分りません……それは今でも分りはしない。堀端では、前後一度だって、横顔の鼻筋だって、見えないばかりか、解りもしない。が、朝、お京さんに聞いたばかりで、すぐ、ああ、それだと思ったのも、おなじ死ぬ気の、気で感じたのであろうと思う……
 と、お京さんが、むこうの後妻うわなりの目をそらして、格子を入った。おぶさったお前さんが、それ、今のべっかっこで、妙な顔……」
「ええ、ほほほ。」
 とお米は軽く咲容えまいして、片袖を胸へあてる。
「お京さん、いきなり内の祖母ばあさんの背中を一つトンとたたいたと思うと、鉄鍋てつなべふたを取ってのぞいたっけ、いきおいのよくない湯気が上る。」
 お米は軽くびんでた。
「ちょろちょろと燃えてる、かまど薪木たきぎ、その火だがね、何だか身を投げたひとをあぶって暖めているような気がして、消えぎえにそこへ、袖褄そでづまもつれて倒れた、ぐっしょり濡れた髪と、真白な顔が見えて、まるでそれがね、向うかどに立っている後妻うわなりに、はかない恋をせかれて、五年前に、おなじ淵に身を投げた、優しい姉さんのようにも思われた。余程どうかしていたんだね。
 半壊れの車井戸が、すぐそばで、底の方に、ばたん、と寂しいしずくの音。
 ざらざらと水が響くと、

――身投げだ――
――別嬪べっぴんだ――
――身投げだ――

 と戸外おもてわめいて人が駆けた。
 この騒ぎは――さあ、それから多日しばらく、四方、隣国、八方へ、大波を打ったろうが、

――三年の間、かたい慎み――

 だッてね、お京さんが、そのひとの事については、当分、口へ出してうわささえしなければ、また私にも、話さえさせなかったよ。

――おなじ桜に風だもの、兄さんを誘いに来ると悪いから――

 その晩、おなじ千羽ヶ淵へ、ずぶずぶの夥間なかまだったのに、なまじ死にはぐれると、今さら気味が悪くなって、町をうろつくにも、山の手の辻へ廻って、箔屋の前は通らなかった。……
 この土地の新聞一種ひといろ、買っては読めない境遇だったし、新聞社の掲示板の前へ立つにも、土地は狭い、人目に立つ、死出三途さんずともいう処を、一所に※(「彳+尚」、第3水準1-84-33)※(「彳+羊」、第3水準1-84-32)さまよった身体からだだけに、自分から気がけて、けるように、避けるように、世間のうわさに遠ざかったから、花の散ったのは、雨か、嵐か、人につぶてを打たれたか、邪慳じゃけんに枝を折られたか。今もって、取留めた、くわしい事は知らないんだが、それも、もう三十年。
 ……お米さん、私は、おなじその年の八月――ここいらはまだ、月おくれだね、盂蘭盆が過ぎてから、いつも大好きな赤蜻蛉の飛ぶ時分、道があいて、東京へ立てたんだが。――
 ――ああ、そうか。」
 辻町は、息を入れると、石に腰をずらして、ハタと軽く膝をたたいた。

       三

 その時、外套がいとうの袖にコトンと動いた、石の上の提灯ちょうちんつらは、またおかしい。いや、おかしくない、大空の雲を淡くすかして蒼白あおじろい。
「……さて、これだが、手向けるとか、供えるとか、お米坊のいう――誰かさんは――」
「ええ、そうなの。」
 と、小菊と坊さん花をちょっと囲って、お米はしずかうなずいた。
「その嬰児あかんぼが、串戯じょうだんにも、心中の仕損いなどという。――いずれ、あの、いけずな御母堂から、いつかその前後の事を聞かされて、それで知っているんだね。
 不思議な、怪しい、縁だなあ。――花あかりに、消えて行った可哀相な人の墓はいかにも、この燈籠寺にあるんだよ。
 若気のいたり。……」
 辻町は、額をおさえて、提灯に俯向うつむいて、
「何と思ったか、東京へ――出発間際、人目を忍んで……というと悪く色気があります。何、こそこそと、鼠あるきに、行燈形あんどんなりちいさ切籠燈きりこの、就中なかんずく、安価なのを一枚ひとつ細腕で引いて、梯子段はしごだんの片暗がりを忍ぶように、このいしだんを隅の方からあがって来た。胸も、息も、どきどきしながら。
 ゆかただか、うすものだか、女郎花おみなえし桔梗ききょう、萩、それともすすきか、淡彩色うすざいしきの燈籠より、美しく寂しかろう、白露にしずくをしそうな、そのひとの姿に供える気です。
 中段さ、ちょうど今居る。
 しかるに、どうだい。お米坊は洒落しゃれにも私を、薄情だというけれど、人間の薄情より三十年の月日は情がない。この提灯でいうのじゃないが、燈台下暗しで、とぼんとして気がつかなかった。申訳より、面目めんぼくがないくらいだ。
 ――すまして饒舌しゃべっていか知らん、その時は、このもみじが、青葉で真黒まっくろだった下へ来て、上へ墓地を見ると、向うの峯をぼッと、霧にして、木曾のははき木だね、ここじゃ、見えない。が、有名な高燈籠がえのきこずえともれている……葉と葉をくぐって、の影が露を誘って、ちらちらと樹を伝うのが、長くかかって、幻の藤の総を、すっとなびかしたように仰がれる。絵の模様は見えないが、まるで、その高燈籠の宙の袖を、その人の姿のように思って、うっかりとして立った。

――ああ、呆れた――

 目の前に、白いものと思ったっけ、山門を真下まっさがりに、あいがかった浴衣に、昼夜帯の婦人が、

――身投げに逢いに来ましたね――

 言う事も言う事さ、誰だと思います。御母堂さ。それなら、言いそうな事だろう。いきなり、がんとくらわされたから、おじさんの小僧、目をまるくしてきもつぶした。そうだろう、当の御親類の墓地へ、といっては、ついぞ、つけとどけ、盆のお義理なんぞに出向いた事のないやつが、」
 辻町は提灯を押えながら、
「酒買い狸が途惑とまどいをしたように、燈籠をぶら下げて立っているんだ。
 いう事が捷早すばやいよ、お京さん、そう、のっけにやられたんじゃ、事実、親類へ供えに来たものにした処で、そうとはいえない。

――初路さんのお墓は――

 いかにも、若い、優しい、が、何だか、弱々とした、身を投げた女の名だけは、いつか聞いていた。

――お墓の場所は知っていますか――

 知るもんですか。お京さんが、崖で夜露にすべる処へ、石ころ道が切立きったてで危いから、そんなにとぼついているんじゃ怪我をする。お寺へ預けて、昼間あらためて、お参りを、そうなさい、という。こっちはだね。日中ひなかのこのこ出られますか。何、志はそれで済むからこの石の上へ置いたなり帰ろうと、降参に及ぶとね、犬猫が踏んでも、きれいなお精霊しょうりょうが身震いをするだろう。――とにかく、お寺まで、と云って、お京さん、今度は片褄かたづまをきりりと端折はしょった。
 こっちもその要心から、わざと夜になって出掛けたのに、今頃まで、何をしていたろう。(遊んでいた。世の中のうるささがなくて寺は涼しい。裏縁に引いた山清水に……西瓜すいかおごりだ、和尚さん、小僧には内証ないしょらしく冷して置いた、紫陽花あじさいの影の映る、青い心太ところてんをつるつる突出して、芥子からしを利かして、冷い涙を流しながら、見た処三百ばかりの墓燈籠と、草葉の影に九十九ばかり、お精霊の幻を見て涼んでいた、その中に初路さんの姿も。)と、お京さん、すきなお転婆をいって、山門を入ったいきおいだからね。……その勢だから……向った本堂の横式台、あの高い処に、晩出おそで参詣さんけいを待って、お納所なっしょが、盆礼、お返しのしるしと、紅白の麻糸を三宝に積んで、小机を控えた前へ。どうです、私が引込ひっこむもんだから、お京さん、引取った切籠燈きりこをツイと出すと、

――この春、身を投げた、お嬢さんに。……心中を仕損った、この人の、こころざし――

 私は門まで遁出にげだしたよ。あとをカタカタと追って返して、

――それ、紅い糸を持って来た。縁結びに――白いのがかったかしら、……あいては幻……

 と頬をかすられて、私はこの中段まで転げ落ちた。ちと大袈裟おおげさだがね、遠くの暗い海の上で、稲妻がしていたよ。その夜、途中からえらい降りで。」……

……………………
……………………

 辻町は夕立をおもうごとく、しばらく息を沈めたが、やがて、ちょっと語調をかえて云った。
「お米坊、そんな、こんな、お母さんに聞いていたのかね。」
「ええ、お嫁に行ってから、あと……」
「そうだろうな、あの気象でも、きまりどころは整然ちゃんとしている。嫁入前の若い娘に、余り聞かせる事じゃないから。
 ――さて、問題の提灯だ。成程、その人に、切籠燈きりこのかわりに供えると、思ったのはもっともだ。が、そんな、実は、しおらしいとか、心入れ、とかいう奇特なんじゃなかったよ。懺悔ざんげをするがね、実は我ながら、とぼけていて、ひとりでおかしいくらいなんだよ。月夜に提灯が贅沢ぜいたくなら、真昼間まっぴるまぶらで提げたのは、何だろう、余程よっぽど半間さ。
 というのがね、先刻さっきお前さんは、つれにはぐれた観光団が、鼻の下を伸ばして、うっかり見物している間抜けに附合う気で、黙ってついていてくれたけれど、来がけに坂下の小路なかで、あの提灯屋の前へ、私がぼんやり突立つったったろう。
 場所も方角も、まるで違うけれども、むかし小学校の時分、学校近所の……あすこは大川ぢか窪地くぼちだが、寺があって、その門前に、店の暗い提灯屋があった。ひげのある親仁おやじが、紺の筒袖を、斑々むらむら胡粉ごふんだらけ。腰衣のような幅広の前掛まえかけしたのが、泥絵具だらけ、青や、あかや、そのまま転がったら、楽書らくがき獅子ししになりそうで、牡丹ぼたんをこってりと刷毛はけえどる。も桃色にさっと流して、ぼかす手際が鮮彩あざやかです。それから鯉の滝登り。八橋一面の杜若かきつばたは、風呂屋へ進上の祝だろう。そんな比羅絵びらえを、のしかかって描いているのが、嬉しくて、面白くって、絵具を解きめた大摺鉢おおすりばちへ、鞠子まりこ宿しゅくじゃないけれど、薯蕷汁とろろとなって溶込むように……学校の帰途かえりにはその軒下へ、いつまでも立って見ていた事を思出した。時雨もみぞれも知っている。夏は学校がやすみです。桜の春、また雪の時なんぞは、その緋牡丹の燃えた事、冴えた事、葉にもこけにも、パッパッと惜気おしげなく金銀のはくを使うのが、御殿の廊下へ日のしたように輝いた。そうした時は、うちへ帰る途中の、大川の橋に、綺麗な牡丹が咲いたっけ。
 先刻さっきのあの提灯屋は、絵比羅も何にも描いてはいない。番傘の白いのを日向ひなたへ並べていたんだが、つい、その昔を思出して、あんまり店をのぞいたので、ただじゃ出て来にくくなったもんだから、観光団お買上げさ。

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