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銀三十枚(ぎんさんじゅうまい)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-2 7:29:01  点击:  切换到繁體中文


12

 その翌日の新聞は、刺戟的の記事で充たされていた。大標題おおみだしだけを上げることにしよう。

国際的大詐欺師
佐伯準一郎捕縛さる

 勿論特号活字であった。
 欧米、南洋、支那、近東、こういう方面を舞台とし、十数年間組織的詐欺を、働いていたということや、日本知名の富豪紳士にも、被害者があるということや、数ヶ月前名古屋に入り込み、ために司法部の活動となり、捜索をしていたということや、昨夜何者か密告者があって、始めて所在を知ったということや、家宅捜索をした所、贋物の骨董があったばかりで金目の物のなかったということや、書生や女中は新米で、様子を知らなかったということや、××町の屋敷へは、ほんの最近に移って来たので、まだ近所への交際つきあいさえ、はじめていなかったということや、最後に至って別標題を附け、国際的陰謀の秘密結社に、関係あるらしいということなどが、三段に渡って記されてあった。
 私と妻とは眼を見合わせた。どうしていいかわからなかった。白金プラチナに違いないと思われる、銀三十枚を携えて、警察へ訴え出ることが、とるべき至当の手段ではあったが、そのため同類と疑われ、種々いろいろうるさい取り調べを受け、新聞などへ書かれることが、どうにも不愉快でならなかった。と云って保存して置いたなら、いわゆる贓物隠匿として、露見した場合には必然的に、刑事問題を惹き起こすだろう。
「おい、どうしたものだろう?」
「さあ、ねえ」と彼女は考え込んだ。
「訴えて出るのが至当でしょうね」
「うん」と私は考え込んだ。
「変にえこじに調べられると、カッと逆上する性質たちだからなあ」
「それに貴郎あなたはお忙しいんでしょう」
「うん、目茶々々に忙しいんだ。動揺させられるのが一番困る。今が大事な時なんだからな。せっかくの空想が塞がれてしまう」
「それが一番困りますわね」
 彼女は熱心に考え込んだ。
 大方の芸術家がそうであるように、一面私は神経質で、他面私は放胆であった。又一面洒落しゃれ者で他面著しく物臭であった。宿命的病気に取っ付かれて以来、その程度が烈しくなった。この病気の特徴として、いつも精神が興奮した。
 だが私は私の病気を、祝福したいような時もあった。「空想」が奔馳して来るからであった。本来私という人間は、空想的の人間であった。空想には不自由しなかった。それが病気になって以来、その量が一層増したらしい。空で行なわれているエーテルの建築! それを破壊する電子の群れ! そんなものが私には、「見える」のであった。だがまだ私は霊媒ミジャムではなかった。しかし早晩なるだろう。他界の消息、黄泉の通信、幽霊達の訴言うったえごと、そういうものだって知ることが出来よう。
 物を書きながら苦しむことがあった。後から後からと空想が、駈け足で追っかけて来るからであった。文字にして原稿紙へ書き取る暇さえ、ゆっくり与えてはくれないからであった。そんな時私はゴロリと寝た。動悸の烈しい心臓を抑え、空想の駈け抜けるのを待つのであった。
 町を歩きながら立ち止まり、電信柱へ倚りかかり、湧き上って来る空想を、鼻紙の上へ書いたりした。
 ある夜空想が湧き上って来た。折悪しく鼻紙を持っていなかった。一軒の商店の板壁へ、万年筆で書き付けた。そうして翌朝出かけて行き、写し取って来たような事さえあった。
 今に私は往来の人の、背中へ紙をおっ付けて、そこで書くようになるかもしれない。
 創作力に充満みちみちていた。それをこんなつまらないことで、破壊されるのは厭だった。
 急に妻は変に笑った。ゾッとするような笑い方であった。それから私をからかい出した。
「無理はないわね、貴郎としては。そうら出入りの呉服屋さん、ちょっと相場で儲けたと云って、白金プラチナの腕時計を巻いて来たらニッケルにしちゃアいい艶だって、こんな事を云ったじゃアありませんか、そうかと思うと妾の時計、そりゃあニッケルとしては類なしで、金時計より高価たかいんですけれど、こいつア素晴らしい白金だって、大騒ぎをしたじゃアありませんか。白金だか銀だかわからないのは[#「わからないのは」は底本では「わかからないのは」]、ちっとも不思議じゃアありませんわね」

13

「何だ莫迦め!」と呶鳴り付けた。
「そんな事を云い出して何になるんだ」
 だが彼女はますます笑い、ますます私をからかった
貴郎あなた、ペテンに掛かったのよ。ええそうとしか思われないわ。でもどうしてこんなペテンに? いいえさ佐伯とかいう大詐欺師が、どうしてこんな変なペテンに、引っかけなければならなかったんでしょう? 儲かることでもないのにね。かえって大変な損をするのに。これには奥底があるんだわ。そうとしきゃア思われないわ。恐いわねえ、どうしましょう。返していらっしゃいよ、さあ直ぐに」
「莫迦め!」と私はまた呶鳴った。
「牢屋へ持ってって返せってのか」
「では貴郎には手が着かないのね?」
 にわかに彼女は冷静になった。
わたしにお委せなさいまし」
「で、お前はどうするつもりだい?」
「貴郎それをお聞きになりたいの? では自分でなさるがいいわ」
 彼女は再び揶揄的になった。
「だってそうじゃアありませんか、一切妾に委されないなら」
「だが俺には手が出ないよ」
「お書きなさいまし、原稿をね」
 それは歌うような調子であった。
「そうして何にも思わないがいいわ。食い付きなさいまし、お仕事にね。貴郎は可愛いお馬鹿ちゃんよ。組織立ったことをさせるのは、それは無理と云うものよ。お信じなさいまし、妾をね」
 私は彼女へ委せてしまった。何にも考えないことにした。さあ仕事だ! さあ創作だ! 空想よ駈り立ててくれ!

 年が改たまって新年はるとなった。
 妻の様子が変わって来た。
 彼女と私とは恋愛によって、一緒になった夫婦であった。彼女は私を愛していた。ところがこの頃愛さなくなった。
「ねえ、お馬鹿ちゃん」
「ねえ、凸坊」
 これが私への愛称であった。この頃ではそれを封じてしまった。彼女はひどく剽軽であった。途方もない警句を頻発しては、私を素晴らしく喜ばせてくれた。
「ね、ご覧なさいよ、ベッキイちゃんを、てまつくしているじゃアありませんか」
 よく彼女はこんなことを云った。ベッキイというのは飼い犬であった。活動俳優の天才少女、ベビー・ベッキイの名を取って、彼女が命名なづけた犬の名であった。てまつくというのは手枕のことで、その飼い犬が寝ている様子を、そう形容して云ったのであった。
 これは何でもない云い方かもしれない。しかし彼女が云う時は、光景が躍如とするのであった。犬ではなくて人間の、可愛い可愛いベッキイという少女が、さも愛くるしく手枕をして、眠っているように思われるのであった。
 しかし彼女はこの頃では、もうそんなことも云わなくなった。私が散歩でもしようとすると、彼女はきっと呼び止めた。立ったまま私を抱きかかえ、少しおデコの彼女の額を、私の額へピッタリと食っ付け、梟のように眼を見張り、嚇かすように頬を膨らせ、
「いい事よ、行っていらっしゃい」
 こう云ってようやく放してくれた。が、それも遣らなくなった。
 泣くことの好きな女であった。ある朝私は顔を洗い、冷たい手をして居間へ行った。と、彼女が化粧をしていた。胸が蒼白くて綺麗だった。冷たい手先をおっ附けてやった。それが悲しいといって泣き出した。大変美しい泣き方であった。勿論拵えた媚態であった。それが彼女には似つかわしかった。が、それもやらなくなった。
 笑うことの上手な女であった。「無智の笑い方」が上手であった。利口な彼女が笑い出すと、無智な無邪気な女に見えた。それこそ実際男にとっては、有難い笑いと云わなければならない。瞬間に苦労が癒えるからであった。が、それもやらなくなった。
 彼女は不思議な女であった。千里眼的の所があった。ウイスキイの二三杯もひっかけて――私は元は非常な豪酒で、一升の酒は苦しまずに飲んだ――かどの格子を静かにあけると、きっと彼女は云ったものである。
「ご機嫌ね、柄にないわ」
 ……時々交際つきあい旗亭ちゃやへ行き、さり気なく家へ帰って来ると、三間も離れて居りながら、
「厭な凸坊、キスしたのね。若い綺麗な芸子さんと。襟に白粉が着いてるわ」
 ……だが彼女はこの頃では、もうそんな事も云わなくなった。
 私が戸外そとで何をしようと、気に掛けようとはしなかった。
 これは一体どうしたのだろう? 何が彼女を変えたのだろう?
 彼女は丸髷が好きであった。いつかそれを王女クイン髷に変えた。
 家に居たがる女であった。ところがこの頃では用もないのに、戸外へばかり出たがった。
 驚くべきことが発見された。彼女は実に僅かな間に、奇蹟的に美しくなり、奇蹟的に気高くなった。
「美粧倶楽部へでも行くのだな。恋人でも出来たのではあるまいか? 恋人が出来ると女という者は、急に美しくなるものだ」
 私の心は痛くなった。憂鬱にならざるを得なかった。

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