二
親子は
「今日は
「それとも
今度は洋一も父の言葉に、答えない訳には行かなかった。
「しかし今は学校がちょうど、試験じゃないかと思うんですがね。」
「そうか。」
賢造は何か考えるように、ちょいと言葉を
「お前も勉強しなくっちゃいけないぜ。慎太郎はもうこの秋は、大学生になるんだから。」と云った。
洋一は飯を代えながら、何とも返事をしなかった。やりたい文学もやらせずに、勉強ばかり強いるこの頃の父が、急に
「お
賢造はすぐに気を変えて云った。
「来るそうです。が、とにかく
「お絹の所でも大変だろう。今度はあすこも買った方だから。」
「やっぱりちっとはすったかしら。」
洋一ももう茶を飲んでいた。この四月以来
「ちっとやそっとでいてくれりゃ
賢造は半ば冗談のように、心細い事を云いながら、大儀そうに食卓の前を離れた。それから隔ての
「ソップも牛乳もおさまった? そりゃ今日は
「これで薬さえ通ると好いんですが、薬はすぐに吐いてしまうんでね。」
こう云う会話も耳へはいった。今朝は食事前に彼が行って見ると、母は
「
洋一はやはり手をついたまま、声のする方を振り返った。
「どこだい?」
「どちらでございますか、――」
「しょうがないな、いつでもどちらでございますかだ。」
洋一は不服そうに呟きながら、すぐに茶の
店の電話に向って見ると、さきは一しょに中学を出た、
「今日ね。一しょに
「僕は駄目だよ。お袋が病気なんだから――」
「そうか。そりゃ失敬した。だが残念だね。昨日
そんな事を話し合った
すると彼の心には、この春以来顔を見ない、彼には父が違っている、兄の事が浮んで来た。彼には父が違っている、――しかしそのために洋一は、一度でも兄に対する
それはまだ兄や彼が、小学校にいる時分だった。洋一はある日慎太郎と、トランプの勝敗から口論をした。その時分から冷静な兄は、彼がいくらいきり立っても、ほとんど語気さえも荒立てなかった。が、時々
「
そう云う兄の声の下から、洋一は兄にかぶりついた。兄は彼に比べると、遥に体も大きかった。しかし彼は兄よりもがむしゃらな所に強味があった。二人はしばらく
その騒ぎを聞いた母は、慌ててその座敷へはいって来た。
「何をするんです? お前たちは。」
母の声を聞くか聞かない内に、洋一はもう泣き出していた。が、兄は眼を伏せたまま、むっつり
「慎太郎。お前は兄さんじゃないか? 弟を相手に
母にこう叱られると、兄はさすがに震え声だったが、それでも突かかるように返事をした。
「洋一が悪いんです。さきに僕の顔へトランプを叩きつけたんだもの。」
「嘘つき。兄さんがさきに
洋一は一生懸命に泣き声で兄に反対した。
「ずるをしたのも兄さんだい。」
「何。」
兄はまた
「それだから喧嘩になるんじゃないか? 一体お前が
母は洋一をかばいながら、小突くように兄を引き離した。すると兄の眼の色が、急に
「好いやい。」
兄はそう云うより早く、気違いのように母を
母がその時どんな顔をしていたか、それは洋一の記憶になかった。しかし兄の
三年
「当分
兄は
「だから
「一高へなんぞちっともはいりたくはない。」
「負惜しみばかり云っていらあ。
洋一は顔を汗ばませながら、まだ冗談のような調子で話し続けた。
「それから誰か病気になっても、急には帰って来られないし、――」
「そんな事は当り前だ。」
「じゃお母さんでも死んだら、どうする?」
歩道の
「僕はお母さんが死んでも悲しくない。」
「嘘つき。」
洋一は少し
「悲しくなかったら、どうかしていらあ。」
「嘘じゃない。」
兄の声には意外なくらい、感情の
「お前はいつでも小説なんぞ読んでいるじゃないか? それなら、僕のような人間のある事も、すぐに理解出来そうなもんだ。――
洋一は内心ぎょっとした。と同時にあの眼つきが、――母を
そんな事を考えると、兄がすぐに帰って来るかどうか、いよいよ怪しい心もちがする。殊に試験でも始まっていれば、二日や三日遅れる事は、何とも思っていないかも知れない。遅れてもとにかく帰って来れば
すると梯子の
「おや、昼寝かえ。」
洋一はそう云う叔母の言葉に、かすかな皮肉を感じながら、自分の
「私は少しお前に相談があるんだがね。」
洋一は胸がどきりとした。
「お母さんがどうかしたの?」
「いいえ、お母さんの事じゃないんだよ。実はあの看護婦だがね、ありゃお前、仕方がないよ。――」
叔母はそれからねちねちと、こんな話をし始めた。――昨日あの看護婦は、
「いくら商売柄だって、それじゃお前、あんまりじゃないか。だから私の
「ええ、そりゃその方が好いでしょう。お父さんにそう云って、――」
洋一はあんな看護婦なぞに、母の
「それがさ。お父さんは今し方、
叔母はややもどかしそうに、
「私はどうせ取り換えるんなら、早い方が好いと思うんだがね、――」
「それじゃあ神山さんにそう云って、今すぐに看護婦会へ電話をかけて貰いましょうよ。――お父さんにゃ帰って来てから話しさえすれば好いんだから、――」
「そうだね。じゃそうして貰おうかね。」
洋一は叔母のさきに立って、勢い好く梯子を走り下りた。
「神山さん。ちょいと看護婦会へ電話をかけてくれ給え。」
彼の声を聞いた五六人の店員たちは、店先に散らばった商品の中から、驚いたような視線を洋一に集めた。と同時に神山は、
「看護婦会は何番でしたかな?」
「僕は君が知っていると思った。」
梯子の下に立った洋一は、神山と一しょに電話帳を見ながら、彼や叔母とは没交渉な、平日と変らない店の空気に、軽い反感のようなものを感じない訳には行かなかった。
お律と子等と(おりつとこらと)
作家录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语
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