六
それでも店の二階の
彼の隣には父の
しかし彼の

――まだ小学校にいた時分、父がある日慎太郎に、新しい
「たんと慎ちゃんばかり
父は多少持て余しながらも、まだ薄笑いを
「着物と帽子とが一つになるものかな。」
「じゃお母さんはどうしたんです? お母さんだってこの間は、羽織を一つ拵えたじゃありませんか?」
姉は父の方へ向き直ると、突然険しい目つきを見せた。
「あの時はお前も
「ええ、買って貰いました。買って貰っちゃいけないんですか?」
姉は頭へ手をやったと思うと、白い菊の
「何だ、こんな簪ぐらい。」
父もさすがに苦い顔をした。
「
「どうせ私は莫迦ですよ。慎ちゃんのような利口じゃありません。私のお母さんは莫迦だったんですから、――」
慎太郎は
「何をするのよ。慎ちゃん。」
姉はほとんど気違いのように、彼の手もとへむしゃぶりついた。
「こんな簪なんぞ入らないって云ったじゃないか? 入らなけりゃどうしたってかまわないじゃないか? 何だい、女の癖に、――喧嘩ならいつでも向って来い。――」
いつか泣いていた慎太郎は、菊の花びらが皆なくなるまで、剛情に姉と一本の花簪を奪い合った。しかし頭のどこかには、実母のない姉の心もちが不思議なくらい
慎太郎はふと耳を
「
眠っていると思った賢造は、すぐに枕から頭を
「何だい?」
「お
美津の声は震えていた。
「よし、今行く。」
父が二階を下りて行った
――これもまだ小学校にいた時分、彼は一人母につれられて、
「それでもう好いの?」
母は水を
「うん。」
彼は顔を知らない父に、漠然とした親しみを感じていた。が、この
母はそれから墓の前に、しばらく手を合せていた。するとどこかその近所に、空気銃を打ったらしい音が聞えた。慎太郎は母を後に残して、音のした方へ出かけて行った。
その時また彼の耳には、誰かの
「誰?」と上り口へ声をかけた。
「起きていたのか?」
声の持ち主は賢造だった。
「どうかしたんですか?」
「今お母さんが用だって云うからね、ちょいと下へ行って来たんだ。」
父は沈んだ声を出しながら、もとの
「用って、悪いんじゃないんですか?」
「何、用って云った所が、ただ
慎太郎は母を憐んだ。それは母と云うよりも母の中の妻を憐んだのだった。
「しかしどうもむずかしいね。今なんぞも行って見ると、やっぱり随分苦しいらしいよ。おまけに頭も痛いとか云ってね、始終首を動かしているんだ。」
「戸沢さんにまた注射でもして貰っちゃどうでしょう?」
「注射はそう度々は出来ないんだそうだから、――どうせいけなけりゃいけないまでも、苦しみだけはもう少し楽にしてやりたいと思うがね。」
賢造はじっと暗い中に、慎太郎の顔を眺めるらしかった。
「お前のお母さんなんぞは
二人はしばらく黙っていた。
「みんなまだ起きていますか?」
慎太郎は父と向き合ったまま、黙っているのが苦しくなった。
「叔母さんは寝ている。が、寝られるかどうだか、――」
父はこう云いかけると、急にまた枕から頭を
「お父さん。お母さんがちょいと、――」
今度は
「今行くよ。」
「僕も起きます。」
慎太郎は
「お前は起きなくっても好いよ。何かありゃすぐに呼びに来るから。」
父はさっさとお絹の後から、もう一度梯子を下りて行った。
慎太郎は
すると字を書いた
「M子に献ず。……」
慎太郎はその罫紙を
お律と子等と(おりつとこらと)
作家录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语
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