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安吾巷談(あんごこうだん)09 田園ハレム



          ★

 私たち(この同行者の姓名をかくと処罰される)を乗せた自動車は新小岩駅前の繁華街をうろうろしている。運転手は首をひねって、
「たしか、この辺のはずだが」
「君、知らないのか」
「え? ええ。しかし、ここが賑やかな中心地だから、この辺に……」
「とんでもない!」
 私は叫んだ。
「東京パレスは広茫たる田ンボの中にタッタ一軒あるんだよ」
 私は見たわけではない。私は友だち(これも姓名をかくと処罰される)に東京パレスの情景を微に入り細にわたり叙述をきかされているのだ。ギャク/\ゲロ/\という一面蛙の鳴き声を、自動車の速力でものの三分もきいて走らねばならないほど、見はるかす田ンボの中にポツンとある。と、そこに繰りひらかれる絵巻物こそは。まて、まて。もッと、落付いて、語りましょう。
 私はこの殿堂へふみこんだとき、
「ハハア。これは兵営のあとだな」
 と、ひとり合点をした。ひろびろと暮れゆく田ンボ。これぞ兵舎をかこむ練兵場、飛行場のあとである。私がそう思うのもムリがない。この建物は一聯隊の兵舎、銃器庫、聯隊司令部、講堂などに相応し、それ以下のものではない。離れたところに、ちゃんと営倉の建物も残っているではないか。ところが、これが大マチガイで、案内者曰く、
「ちがいますよ。これは精工舎という時計工場の寮のあとですよ」
「ハア。田ンボのマンナカに工場というのはきいたことがあるけれども、寮とは妙だ。工場がないじゃないですか」
「工場ははるか亀戸にあるそうです。戦時中、ここに何万という(嘘ツケ)工員が白ハチマキをして、住んでおりまして、講堂でノリトをあげて、それより木銃をかついで隊伍堂々工場へ駈足いたしましたそうで」
 寮とは妙だ。見はるかす田ンボのまんなかじゃ、白ハチマキの工員さんは、浩然の気を養うに手もなく、もっぱら精神修養につとめなければならなかったろう。戦争の匂いがプンプンする。
 それが今や東京パレスである。
 さて、東京パレスとは何ものであるか。
 まず、講堂ならびに銃器庫とおぼしきあとが、ダンスホールである。この見物料五十円。ティケツ十枚百五十円(このとき見物料不要)。
 ホールは広大にして汚い。正面に一段高く七名のバンドが陣どり、それに相対して見物人の席がある。見物席は駅のプラットホームと待合室を区切る柵のようなもので仕切られている。
 私がこの柵をまたごうとしたら、子供の整理員が、
「イケマセン。グルッとまわりなさい。ホールの礼儀を守って下さい」
 叱ラレマシタ。
 すでに推理されたと思うが、見物人が踊るには不都合にできている。どうせ踊りやしないんだろう、と先方で一人ギメにしているらしい風情なのである。テーブルもイスもあってビールをのもうと思えば取りよせてのめる仕掛だが、ボーイとおぼしき風態の人物がいるわけではない。子供はいるが、彼は戦争中の服装で、誰かがビールをのむことに興味をもっていないようだ。イスとテーブルも兵舎的実用品で、席へつけば一同が実用的な心構えになることを慫慂しょうようされているようである。警官の臨観席の坐り心持であった。イスとテーブルが、私のお尻からささやいて、きびしく命令している。
「よく睨め。ジッと睨め」
 そこで私は睨まなければならんのである。
 私の眼前には三百人の美姫が楚々として踊っている。私に東京パレスを精密に叙述して一見をすすめた友人(頭に特徴のある人物)は、こう教えた。
「そこには二百人の美姫がイヴニングをきて踊っているです。イヴニング! しかして、全部、美人である! よく揃えたなア。彼女ら二百人の三分の二は、東京のマンナカ、と云えば銀座、銀座のダンスホールの美人とよばれるダンサーに劣るものではないですぞ。ぜんぜん見劣りしないね。むしろ、より美しきものである。そのフェースに於て、スタイルに於て、銀座のダンサーだにすらも、かの二百名の美姫にくらぶれば、ああ、だにすらも」
 彼は刺戟性の事物に近づくことが適しない人物のようだ。前後不覚に亢奮しやすい。
 しかし彼の腹心(彼には腹心がある)が、彼のために、こう弁護した。
「彼がここへ来たのは一カ月前です。そのときは、たしかに美人が多かったらしいです。時の一行は概ね逆上的に心酔しておったです。ぼくも、その時、来ればよかったなア」
 予言者は世に容れられないものである。美神アロハも一応予言者ぶったフリをしてみたかったのだ。そこには使徒巷談師というものが現れて、やがてその福音を説くことが定められていたせいらしい。
 一時世に容れられなかったのだ。というのは田ンボのマンナカの一軒屋という高貴の風俗が異教徒どもに分らなかったからである。彼らは銀座にのんだくれて、円タクをよびとめる。
「小岩! いくら」
「千円」
「八百円にまけろ」
 畜生! 円タク代、八百円か! 翌日、恨みをむすんで帰る。オノレ、円タク。異教徒は恨み深い。
 東京駅前から市川行というバスにのるのである。田ンボのマンナカの一軒屋の前へ、自家用車のごとくピタリと止る。この料金、三十円。美神アロハの配慮にソツはないのだが、異教徒は酔っぱらうとムヤミに気が大きくなって、翌朝円タクを呪うのである。
 こういう次第で、異教徒どもは離れ去り、ハレムに閑古鳥がなき、三百人の美姫のうち、目ぼしいのは去ってしまった。これ即ち、やがて巷談師の現れて福音を説けばなり、という予言を行うためである。
 私がでかけたとき、美姫は百六十何名に減っていた。あんまりお客がこないので、エエめんどくせえや、というわけか、それとも美姫の新入生でイヴニングが間に合わないのか、美姫の半数ぐらいは、昼の服装で踊っていた。
 四五人の半ソデシャツのアンチャンが美姫を相手に踊っているほかは、美姫は美姫同志で踊っている。他のダンスホールの女の子は、女同志で踊るときには、怒ったような顔をして、なんとなくヤブレカブレのように怖しい様子であるが、ここの美姫はノンビリして、充分にニコヤカである。他のダンスホールのように、男の子がすすみでてくるのを待っている女の子は一人もない。そんなシミッタレた料簡は、このホールには徹底的にないらしい。
 つまり、男の子は見物させておくのだ。否。睨ませておくのだ。ジッと。男の子が踊っちゃ悪いというわけじゃない。踊りたけりゃ、柵をグルグルッとまわって、お金をだして切符を買って女の子をつかまえりゃいいんだけれども、何もそんな面倒して、お金を使って、そんなことしなくッてもいいだろう、という料簡でもあるらしい。美姫たちは男の子が踊りを所望するというようなことに殆ど興味がない様子である。
 しかし、彼女らは楚々と、そして、軽々と、たのしそうに踊っている。あらわな肩に汗がジットリと、ライトに白くてりはえていても、あつそうな顔一つしない。舞台の女優と同じように、芸熱心で、又、明るい。
 なんのために我々はジッと睨んでいなければならぬか。又、彼女らは我々を睨ませておくか。
 我々に恋人を探させるためなのである。さては新式の張り店か、なんて失敬なことを云ってはいかん。どこの世に恋されようという料簡をもたない女の子がいるものですか。一人にも万人にも恋されたいとね。舞台の女は舞台で、散歩の令嬢は路上に於ても、恋されたいことを忘れているわけではないのさ。
 三百人の美姫が、見知らぬ恋人のために、楚々と軽々と、にこやかに踊っているのは、充分に当り前のことである。
 サッサッと、すべりも軽くすすむ。サッサッと。ヒラリ――どうも、こまった。私は誰かさんのように、逆上し、又、亢奮する筈がないのである。しかし、動くということは、いいもんだなア。サッサッと。ヒラリ。
 美姫を選定するのに、顔だけを見て選ぶバカはないです。ジッと立ってるスタイルだけでもいかん。ミス・ニッポンを選ぶたって、歩かせる。歩かせるぐらいじゃ、いかん。ウ、あの女の子は、よく歩くなア。九十五点だ。なさけないなア。ミス・ニッポンの選び方というものは。
 踊らせなければいかん。サササッと。ヒラリ。美の真価は、そのとき、男の目にしみわたるのである。
 先月号に散々悪口を弄したけれども、ストリップ・ショオというものは因果物なのである。あそこでも見物人はジッと睨んでいる。東京パレスの男の子もジッと睨んでいるけれども、ここには持てる者の余裕があるね。持てる者はいいもんだなア。
 ストリップの見物人は、持たざる者の悲しさを最も端的にあらわしている。息をこらし、眼は血走り、手を握ってギュッと拳をヒザに押しつけ、必死必殺、殺気がこもっているよ。そして、約三時間、女の子の裸の姿を睨みぬいたあげく、どうするかというと、椅子から立って振向いて、満員の同志をかきわけて、女の子のいる方の反対側の戸をあけて廊下を歩いて、ボンヤリ外へでるのである。なんたることだ。あんなにキチガイめいて女の子の裸体を睨んだあげく、彼は女の子にお尻を向けてポカンと反対側の戸外へでてボンノクボをさすって、アクビをしているのだ。持たざる者、難民の悲しき姿である。これを因果物というのである。
 東京パレスに於ては、アベコベだ。彼らの睨みは全的であるけれども、福徳円満である。持てる者は、どうしても、そうなる。しかも彼の前にヒラヒラ、サササッ、ヒラリ、蝶かの如くに舞い踊るのはイヴニングの美姫である、射的屋の蔭から襲いかかってシャッポを強奪したり、ムンズと組みつく女レスラーのたぐいではない。
 かの友人、ええと、誰かが何とか云ったッけ。ええと、その人が言ったように、よく揃えたもんだなア。まアね。彼の逆上的な観察にも狂いはあるようだが、まア、揃えるという精神はあるだろう。ダンサーたることを第一に、美というものを念頭においている方針の片鱗はわかるのである。たまたま目下予言者の宿命中で、閑古鳥はなき、美姫は立ち去り、事志とちがって、大いに困っているけれども、美神アロハの大魂胆が全然影を没するということは有りえない。かの人物が言うように、銀座のナンバーワンが二百人集っているというのは逆上的であるけれども、ストリップの踊り子ぐらい、ザラにいるなア。こッちの女の子をハダカにすれば、東京と大阪のストリップ劇場を占領して、オツリがくるほど人材がいるんだぞ。田舎まわりの因果物みたいな変な子はいないんだぞ。昨日までは、もッと、いたんだぞオ。だけど、だんだん、へるんだぞオ。
 美神アロハは復活した。そは実に、持てる者は幸いなるかな、という福音をひろめるためであったのである。
 それは又、ストリップや、射的屋の蔭に腕をさする女レスラーや、今か今かと男の子がさそいにくるのを陰にこもって待ちかまえている壁際のダンサーや、すべて異端の貧しく持たざるものを放逐するためでもあったのである。
 ダンス・ホールは八時半だか九時だか九時半だかに終る。茫漠として、私はその時刻が何時であったか記憶がないが。そのときに時計を見て時刻などを知るという落付きが、それほど賞讃されたことではないのであるな。
 そして、美姫の一人を恋人として、彼女の部屋へ行くのである。
 又、二百人の美姫が全部踊ることはできないから、四ツかの組にわけて、一晩に一組だけ踊る。他のホールに現れざる四分の三に恋人がいるかも知れぬと思う人は、彼女らの部屋の方をさがせばいい。
 彼女らのハレームは五ツの棟にわかれている。各々二階建である。
 さて彼女らの各々の部屋であるが、これが、ちょッと、こまるんだねえ。つまり、これは、一度はハリツケにかかるという宿命を行うためであるから、仕方がないように出来ているのだなア。
 戦争中は二十人か三十人の白ハチマキがねていたと思われる大きな一部屋を、まず、横に二つに分ける。前方と後方に二分するわけだ。前方は、ちょッと喫茶店めいてイス、テーブルがあり、ちょッとした炊事場みたいなものもついている。後方を四ツか五ツに区切って、この広さが二畳半かな、ここが、彼女らの部屋だ。区切れ目がよくて、窓に当った部屋はいいけど、四分の一、ひどいのは五分の一ぐらいしか窓にかからんのが在るんだなア。
 巷談師は予言者の宿命を行うためらしく、五分の一しか窓に当らぬ部屋へ静々と招ぜられたのである。しかし美姫は巷談師がビールをのんでいる間というもの、扇風機よりも休みなくウチワであおぎつづけてくれました。全然辛苦をいとわんのだな。窓ぐらい、無くたって、なんだ! 東京の奴らは知らねえな。ウチワというものがあるんだぞオ。
 ダンスホールと五棟のハレムの間には、飲食店が五ツ六ツ並んでいる。スシ屋というのが一ツ。オシロコ屋というのが二軒だか三軒あったよ。オデン小料理、ビヤホールという男子用のものがなかったのさ。のぞいて歩いたら、オシロコ屋というのにビールがあったよ。オシロコを食わなくっても、チャンとビールをのませてくれた。第一安いや。いくらだと思う。もっとも、ここのビールはのむ場所によって値段がちごう。ダンスホール、ハレム、オシロコ屋、三ツとも違う。ホールで二百五十円、ハレムで三百円、オシロコ屋で二百円だったかな。女の子の部屋でのむのが一番高い。
「オデン屋ぐらい、ないのかな」
 と呟いたら、支配人が、
「ええ、手前どもは、できるだけ優美典雅に、又、できるだけ安直に、美とたわむれていただきますために、男子用の散財店をさけまして、実用品店と、女子必需品店、オシロコ屋でありますな、そういった気分であります。お客様がよけいなことで、気前よくあそばす、又、ギョッとあそばす、いずれも、当会社は、かたく慎しんでおります」
 バカに心がけがよいのである。理髪店が一軒ある。ここらあたりは、気がきいてるな。一人のオヤジサンが熱心に誰かの頭をかっていた。夜、頭をかって、美姫に対面に赴くべきや。朝、頭をかって、何食わぬ顔、会社へ出勤すべきや。ここへ遊びにきた男の子は、どうしてもこの難問題を考えなければならない。
 案内人(文春の誰かさん)はニヤリと笑って言いました。
「それは夜かるべきですよ。オールナイト八百円の時間まで、頭かって待ってるです。オシロコは胃にもたれるし、ビールは高いし、頭かるのは実用的で、全然もうかッとるですから」
 アプレゲールは全然エライよ。

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