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黒百合(くろゆり)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-22 13:13:48  点击:  切换到繁體中文



       五

「何でもがけ裏か、やぶの陰といった日陰の、湿った処で見着けたのね?」
「そうだ、そうだ。」
 滝太郎は邪慳じゃけんに、無愛想にいって目も放さず見ていたが、
「ヤ、半分ばかり食べやがった。ほら、こいつあ溶けるんだ。」
「まあ、ここに葉のまわりの針のさきに、一ツずつ、小さな水玉のような露を持っててね。」
「うむ、水がかかって、たまっているんだあな、雨上りの後だから。」
「いいえ、」といいながら勇美子は立って、へやを横ぎり、床柱に黒塗の手提の採集筒と一所にある白金巾しろかなきん前懸まえかけを取って、襟へあてて、ふわふわと胸膝を包んだ。その瀟洒しょうしゃ風采ふうさいは、あたかも古武士がよろいを取って投懸けたごとく、白拍子が舞衣まいぎぬまとうたごとく、自家の特色を発揮してあまりあるものであった。
 勇美子はもとの座に直って、机の上から眼鏡レンズを取って、くだんの植物の上にかざし、じっと見て、
「水じゃあないの、これはこの苔が持っている、そうね、まあ、あの蜘蛛が虫を捕える糸よ。蟻だの、ぶゆだの、留まるとがさない道具だわ。あなた名を知らないでしょう、これはね、モウセンゴケというんです、ちょいとこの上から御覧なさい。」と、眼鏡レンズを差向けると、滝太郎は何をという仏頂面で、
つまらねえ、そんなものより、おいらの目がたしかだい。」といって傲然ごうぜんとした。
 しかり、名も形も性質も知らないで、湿地の苔の中に隠れ生えて、虫を捕獲するのを発見した。滝太郎がものを見る力は、また多とすべきものである。あらかじめ[#「あらかじめ」は底本では「あからじめ」]書籍ほんに就いて、その名を心得、その形を知って、且ついかなる処で得らるるかを学んでいるものにも、容易に求猟あさられない奇品であることを思い出した勇美子は、滝太郎がこの苔に就いて、いまだかつて何等の知識もないことに考えいたって、越中の国富山の一箇所で、しかも薄暗い処でなければ産しない、それだけ目に着きやすからぬ不思議な草を、不用意にして採集して来たことに思い及ぶと同時に、名は知るまいといって誇ったのを、にわかに恥じて、差翳さしかざした高慢な虫眼鏡を引込めながら、行儀悪くほとんど匍匐はらばいになって、頬杖ほおづえを突いている滝太郎の顔をみまもって、心から、
「あなたの目はこわいのね。」と極めて真面目まじめにしみじみといった。
 勇美子は年紀としも二ツばかり上である。去年父母に従うてこの地に来たが、富山より、むしろ東京に、東京よりむしろ外国に、多く年月を経た。父はさき仏蘭西フランスの公使館づきであったから、勇美子は母とともに巴里パリイに住んで、九ツの時から八年有余、教育も先方むこうで受けた、その知識と経験とをもて、何等かこの貴公子に見所があったのであろう、滝太郎といえばかねてより。……

       六

「よく見着けて採って来てねえ、それでは私に下さるんですか、頂いておいてもよろしいの。」
「だから難有ありがとうッて言いねえてば、はじめから分ってら。」と滝太郎は有為顔したりがおで嬉しそう。
「いいえ、本当に結構でございます。」
 勇美子はこういって、猶予ためらって四辺あたりを見たが、手をその頬のあたりもたらして唇を指に触れて、嫣然えんぜんとして微笑ほほえむとひとしく、指環ゆびわを抜き取った。玉の透通ってあかい、金色こんじきさんたるのをつッと出して、
「千破矢さん、お礼をするわ。」
 頤杖あごづえした縁側の目のさきに、しかき贈物を置いて、別にこころにも留めない風で、滝太郎はモウセンゴケを載せた手巾ハンケチの先を――ここに耳を引張ひっぱるべき猟犬も居ないから――つまんでは引きながら、片足は沓脱くつぬぎを踏まえたまま、左で足太鼓を打つ腕白さ。
「取っておいて下さいな。」
 まるで知らなかったのでもないかして、
「いりやしねえよ。さあ、とうとう蟻を食っちゃった、見ねえ、おい。」
 勇美子は引手繰ひったぐられるように一膝出て、わずかに敷居に乗らないばかり。
「よう、おしまいなさいよ。」といったが、はしたなくも見えて、き込む調子。
ほしかアありませんぜ。」
「おいや。」
「それにゃ及ばないや。」
「それではお礼としないで、あの、こうしましょうか、御褒美。」と莞爾にっこりする。
「生意気を言っていら、」
 滝太郎は半ば身を起して腰をかけて言い棄てた。勇美子は返すべき言葉もなく、少年の顔を見るでもなく、モウセンゴケに並べてある贈物を見るでもなく、目のり処に困った風情。年上の澄ましたうちにも、仇気あどけなさが見えて愛々しい。顔を少し赤らめながら、
「ただ上げては失礼ね、千破矢さん、その指環。」
「え、」と思わず手を返した、滝太郎の指にも黄金きん一条ひとすじはまっている。
「取替ッこにしましょうか。」
「これをかい。」
「はあ、」
 勇美子は快活に思い切った物言いである。
 滝太郎は目をつぶらにして、
不可いけねえ。こりゃ、」
「それでは、ただ下さいな。」
「うむ。」
「取替えるのがお厭なら。」
「止しねえ、おめえ、お前さんの方がよッぽどいや、素晴しいんじゃないか。おいらのこの、」
 とななめに透かして、
「こりゃ、つまらない。取替えると損だから、悪いことは言わないぜ、はははは、」と笑ったが、努めて紛らそうとしたらしい。
 勇美子は燃ゆるがごとき唇を動かして、動かして、
「惜しいの、大事なんですか。」
「うむ、大事なんだ。」といい放って、縁を離れてそのまますッくと立った。
けえったら何か持たして寄越よこさあ、邸でも、くらでも欲しかあ上げよう、こいつあ、後生だから堪忍しねえ。」
 勇美子もあわただしく立つ処へ、小間使は来て、廻縁の角へ優容しとやかに現れた。何にも知らないから、小腰をかがめて、
「お嬢様、いつぞの花売の娘が参っております。若様、もうお忘れ遊ばしたでしょう、冷水おひやは毒でございますよ。」

       七

 場末ではあるけれども、富山でにぎやかなのは総曲輪そうがわという、大手先。城の外壕そとぼりが残った水溜みずたまりがあって、片側町に小商賈こあきゅうどが軒を並べ、壕に沿っては昼夜交代に露店ほしみせを出す。観世物みせもの小屋が、氷店こおりみせまじっていて、町外まちはずれには芝居もある。
 ここに中空をしのいでえのきが一本、こずえにははや三日月が白くななめかかった。蝙蝠こうもりが黒く、見えては隠れる横町、総曲輪から裏の旅籠町はたごまちという大通おおどおりに通ずる小路を、ひとしきり急足いそぎあし往来ゆききがあった後へ、ものさみしそうな姿で歩行あるいて来たのは、大人しやかな学生風の、年配二十五六の男である。
 久留米の蚊飛白かがすり兵児帯へこおびして、少ししわになったつむぎの黒の紋着もんつきを着て、紺足袋を穿いた、鉄色の目立たぬ胸紐むなひもを律義に結んで、懐中物を入れているが、夕涼ゆうすずみから出懸けたのであろう、帽はかぶらず、髪の短かいのがうるしのようで、色の美しく白い、細面の、背のすらりとしたのが、片手に帯を挟んで、俯向うつむいた、紅絹もみきれで目を軽く押えながら、物思いをする風で、何か足許あしもと覚束おぼつかないよう。
 静かに歩を移して、もう少しでとおりへ出ようとする、二けん幅の町の両側で、思いも懸けず、わッ! といって、動揺どよめいた、四五人の小児こども鯨波ときを揚げる。途端に足を取られた男は、横様にはたとつちの上。
「あれ、」という声、旅籠町の角から、白い脚絆きゃはん、素足に草鞋穿わらじばきすそ端折はしょった、中形の浴衣に繻子しゅすの帯の幅狭はばぜまなのを、引懸ひっかけに結んで、結んだ上へ、桃色の帯揚おびあげをして、胸高に乳の下へしっかとめた、これへ女扇をぐいと差して、膝の下の隠れるばかり、甲斐々々しく、水色唐縮緬とうちりめんの腰巻で、手拭てぬぐいを肩に当て、縄からげにして巻いた茣蓙ござかろげにになった、あきない帰り。町や辻では評判の花売が、曲角から遠くもあらず、横町の怪我けがを見ると、我を忘れたごとく一飛ひととびに走り着いて、転んだつちへ諸共に膝を折敷いて、たすけ起そうとする時、さまでは顛動てんどうせず、力なげに身を起して立つ。
「どこも怪我はしませんか。」と人目も構わず、紅絹を持った男の手にすがらぬばかりに、ひたと寄って顔をのぞく。
「やあい、やあい。」
盲目めくらやあい、按摩針あんまはり。」とはやしたので、娘は心着いて、きっと見て、立直った。
「おいらのせいじゃあないぞ、」
「三年先の烏のせい。」
 甲走かんばしった早口に言い交わして、両側から二列に並んでげ出した。その西の手から東の手へ、一条ひとすじの糸を渡したので町幅をって引張ひっぱり合って、はらはらと走り、三ツ四ツ小さな顔が、かわがわる見返り、見返り、
がんが一羽かかった、」
「懸った、懸った。」
「晩のおかずに煮て食おう。」と囃しざま、糸につながったなり一団ひとかたまりになったと見ると、おおきひさしの、暗い中へ、ちょろりと入って隠れてしまった。

  新庄しんじょ通れば、いばらと、藤と、
藤が巻附く、茨が留める、
  茨放せや、帯ゃ切れる、
      さあい、さんさ、よんさの、よいやな。

 と女の子のあどけないのが幾たりか声を揃えて唄うのが、町を隔てて彼方あなたに聞える。
 二人は聞いて立並んで、黙って、顔を見てほっと息。

       八

小児こども衆ですよ、不可いけません。両方から縄を引張ひっぱって、軒下に隠れていて、人が通ると、足へ引懸ひッかけるんですもの、悪いことをしますねえ。」
「お雪さん、」と言いかけて、男はその淋しげな顔を背けた。声は、足をからんでたおされた五分を経ないのちにも似ず、落着いて沈んでいる。
「はい、どこも何ともなさいませんか。」
 お雪と呼ばれた花売の娘は、優しく男の胸の辺りで百合の姿のしおらしい顔を、傾けて仰いで見た。
「いえ、何、擦剥すりむきもしないようだ。」と力なく手を垂れて、膝の辺りをしずかはたく。
「まあ、砂がついて、あれ、こんなに、」と可怨うらめしそうに、袖についたほこりを払おうとしたが、ふと気を着けると、たもと冷々ひやひやと湿りを持って、まみれた砂も落尽くさず、またその漆黒な髪もしっとりと濡れている。男の眉はおのずからひそんで、紅絹もみきれで、赤々と押えた目のふちも潤んだ様子。娘は袂にすがったまま、荷を結えた縄の端を、思わず落そうとしてしっかり取った。
「今帰るのかい。」
「は……い。」
「暑いのに随分だな。」
 思入ってねぎらう言葉。お雪は身に染み、胸にこたえて、
「あなた。」
「ああ、」
「お医者様は、」
 問われて目をおさえた手がかすかに震え、
「悪い方じゃあないッていうが、どうも捗々はかばかしくはかぬそうだ。なりたけまあ大事にして、ものを見ないようにする方がいっていうもんだから、ここはちょうど人通の少い処、そっと目をふさいで探って来たので、ついとんだわな蹈込ふみこんださ、意気地いくじはないな、忌々いまいましい。」
 とさりげなく打頬笑うちほほえむ。これに心を安んじたか、お雪もやや色を直して、
「どうぞまあ、お医者様を内へお呼び申すことにして、あなたはおって、何にもしないでいらっしゃるようにしたいものでございますね。」
「それは何、懇意な男だから、先方さきでもそう言ってくれるけれども、上手なだけ流行るのでひまといっちゃあない様子、それも気の毒じゃあるし、何、寝ているほどの事もないんだよ。」
「でも、随分お悪いようですよ。そしてあの、お帰途かえりに湯にでもお入りなすったの。」
 考えて、
「え、なぜね。」
「おつむりが濡れておりますもの。」
「む、何ね、そうか、濡れてるか、そうだろう[#「そうだろう」は底本では「そうだらう」]。医者がひやしてくれたから。」と、なじられて言開いいひらきをする者のような弱い調子で、努めて平気を装って言った。
「冷しますと、お薬になるんですか。」と袂を持つ手に力が入ると、男は心着いて探ってみたが、苦笑して
「おお、湿った手拭を入れておいたな、だらしのない、袂が濡れた。成る程女房おかみさんには叱られそうなこッた。」
「あれ、あんなことをいっていらっしゃるよ。」と嬉しそうに莞爾にっこりしたが、これで愁眉しゅうびが開けたと見える。
「御一所に帰りましょうか。」
「別々にこうよ、ちっとおだやかでないから。いや、大丈夫だ。」
「気を着けて下さいましよ。」

       九

 男女ふたりが前後して総曲輪そうがわへ出て、この町の角を横切って、往来ゆききの早い人中にまじって見えなくなると、小児こどもがまた四五人一団になってあらわれたが、ばらばらとけて来て、左右に分れて、もとのごとく軒下にしゃがんで隠れた。
 月の色はやや青く、蜘蛛くもはそのを営むのにせわしい。
 その時旅籠町はたごまちとおりの方から、同じこの小路を抜けようとして、薄暗い中に入って来たのは、一にんの美少年。
 パナマの帽を前下り、目も隠れるほど深く俯向うつむいたが、口笛を吹くでもなく、右の指の節を唇に当て、素肌に着た絹セルの単衣ひとえ衣紋えもんくつろげ――弥蔵やぞうという奴――内懐に落した手に、何か持って一心にみつめながら、悠々と歩を移す。小間使が言った千破矢の若君という御容子ごようすはどこへやら、これならば、不可いけねえの、居やがるのと、いけぞんざいなことも言いそうな滝太郎。
「ふん。」
 片微笑かたほえみをして、また懐の中をじっと見て、
「おいらのせいじゃあないぞ。」と仇口あだぐちつぶやいた。
「やあい、やい」
盲目めくらやあい。」
 小児こども一時いちどきどッと囃したが、滝太郎は俯向いたまま、突当ったようになって立停たちどまったばかり、形も崩さず自若としていた。
 膝の辺りへ一条ひとすじの糸がかかったのを、一生懸命両方から引張ひっぱって、
「雁が一羽懸った、」
「懸った、懸った、」と夢中になり、口々に騒ぎ立つのは、大方獲物が先刻さっきのごとく足を取られたと思ったろう。幼いものは、驚破すわというと自分の目を先にふさぐのであるから、敵の動静はよくも認めず、血迷ってただはしゃぐ。
 左右を※(「目+句」、第4水準2-81-91)みまわして、叱りもしない、滝太郎の涼しやかな目は極めて優しく、口許くちもとにも愛嬌あいきょうがあって、柔和な、大人しやかな、気高い、可懐なつかしいものであったから、南無三なむさん仕損じたか、逃後にげおくれて間拍子を失った悪戯者いたずらもの此奴こいつ羽搏はばたきをしない雁だ、と高をくくって図々しや。
「ええ、そっちを引張んねえ。」
「下へ、下へ、」
ゆるめて、くぐらせやい。」
「巻付けろ。」
 遊軍に控えたのまで手を添えて、からめ倒そうとする糸が乱れて、網の目のように、裾、袂、帯へ来て、懸ってははずれ、またまとうのを、身動きもしないで、たたずんで、目も放さず、面白そうに見ていたが、やや有って、ねらいを着けたのか、ここぞと呼吸を合わせた気勢けはい、ぐいと引く、糸が張った。
 滝太郎は早速に押当てていた唇を指から放すと、薄月うすづきにきらりとしたのは、さきに勇美子に望まれて、断乎として辞し去った指環である。と見ると糸はぷつりと切れて、足も、膝も遮るものなく、滝太郎の身は前へ出て、見返りもしないでと通った。
 そのまま総曲輪へ出ようとする時、背後うしろではわッといって、我がちにげ出す跫音あしおと
 蜘蛛の子は、糸を切られて、驚いて散々ちりぢりなり。
「貰ったよ。」
 滝太郎は左右を※(「目+句」、第4水準2-81-91)みまわし、今度ははばからず、袂から出して、たなそこに据えたのは、薔薇ばらかおり蝦茶えびちゃのリボン、勇美子が下髪さげがみを留めていたその飾である。

       十

 土地の口碑こうひ、伝うる処に因れば、総曲輪のかのえのきは、稗史はいしが語る、佐々成政さっさなりまさがその愛妾あいしょう、早百合を枝に懸けて惨殺した、三百年の老樹おいきの由。
 髪をつかんでつるし下げた女の顔の形をした、ぶらり火というのが、今も小雨の降る夜が更けると、樹のまたかかるというから、縁起を祝う夜商人よあきんどは忌みはばかって、ここへ露店を出しても、榎の下は四方を丸く明けて避ける習慣ならわし
 片側の商店あきないみせの、おびただしい、瓦斯がす洋燈ランプの灯と、露店のかんてらが薄くちらちらと黄昏たそがれの光を放って、水打った跡を、浴衣着、団扇うちわを手にした、手拭を提げた漫歩そぞろあるきの人通、行交ゆきちがい、立換たちかわってにぎやかなあかるい中に、榎のこずえ蓬々ほうほうとしてもの寂しく、風が渡る根際に、何者かこれ店を拡げて、薄暗く控えた商人あきんどあり。
 ともすると、ここへ、痩枯やせがれた坊主の易者が出るが、その者は、何となく、幽霊を済度しそうな、怪しい、そして頼母たのもしい、呪文を唱える、堅固な行者のような風采ふうさいを持ってるから、ひとの忌む処、かえって、底の見えない、霊験ある趣を添えて、誰もその易者が榎の下に居るのを怪しまぬけれども、今夜のはそれではない。
 今灯をけたばかり、油煙も揚らず、かんてらの火も新しい、店の茣蓙ござの端に、汚れた風呂敷を敷いて坐り込んで、物れた軽口で、
「召しませぬか、さあさあ、これは阿蘭陀オランダトッピイ産の銀流し、何方どなたもお煙管きせるなり、おかんざしなり、真鍮しんちゅうあかがね、お試しなさい。鍍金めっき、ガラハギをなさいましても、鍍金、ガラハギは、鍍金ガラハギ、やっぱり鍍金、ガラハギは、ガラハギ。」
 と尻ッぱねの上調子で言って、ほほと笑った。鉄漿かねを含んだ唇赤く、細面で鼻筋通った、引緊ひきしまった顔立の中年増ちゅうどしま年紀としは二十八九、三十でもあろう、白地の手拭てぬぐいあねさんかぶりにしたのに額は隠れて、あるのか、無いのか、これで眉が見えたらたちまち五ツばかりは若やぎそうな目につく器量。垢抜あかぬけして色の浅黒いのが、しぼりの浴衣の、のりの落ちた、しっとりと露に湿ったのを懊悩うるさげにまとって、衣紋えもんくつろげ、左の手を二の腕の見ゆるまで蓮葉はすはまくったのを膝に置いて、それもこの売物の広告か、手に持ったのは銀の斜子打ななこうちの女煙管である。
 氷店こおりみせ白粉首しろくびにも、桜木町の赤襟にもこれほどの美なるはあらじ、ついぞ見懸けたことのない、大道店の掘出しもの。流れ渡りの旅商人たびあきんどが、因縁は知らずここへ茣蓙ござを広げたらしい。もっとも総曲輪一円は、露店も各自てんでんに持場がきまって、駈出かけだしには割込めないから、この空地へ持って来たに違いない。それにしても大胆な、女の癖にと、珍しがるやら、あやしむやら。ここの国も物見高で、お先走りの若いのが、早や大勢。
 婦人おんなは流るるような瞳をめぐらし、人だかりがしたのを見て、得意な顔色かおつき
「へい、鍍金めっきは鍍金、ガラハギはガラハギ、品物に品が備わりませぬで、一目見てちゃんと知れる。どこへ出しても偽物いかものでございますが、手前商いまする銀流しを少々、」と言いかけて、膝に着いた手をうしろへ引き、煙管を差置いて箱の中の粉を一捻いちねんし、指を仰向あおむけて、前へ出して、つらりと見せた。
「ほんのわずかばかり、一つまみ、手巾ハンケチ、お手拭の端、きれくず、お鼻紙、お手許お有合せの柔かなものにちょいとつけて、」
 婦人おんなは絹の襤褸切ぼろきれ[#「襤褸切」は底本では「襤褄切」]くだんの粉を包んで、俯向うつむいて、真鍮の板金を取った。
 お掛けなさいまし、お休みなさいましと、間近な氷店で金切声。夜芝居よしばいの太鼓、どろどろどろ、はるかに聞える観世物みせものの、評判、評判。

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