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黒百合(くろゆり)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-22 13:13:48  点击:  切换到繁體中文



       二十二

「お雪さん。」
 ややあって男は改めて言って、この時はもう、声も常の優しい落着いた調子に復し、
「お雪さん、泣いてるんですか。悪かった、悪かった。まことを言えばお前さんに心配を懸けるのが気の毒で、無暗むやみと隠していたのを、つい見透かされたもんだから、罪なことをすると思って、一刻に訳も分らないで、悪いことをいった。知ってる、僕は自分めかも知らないが、お前さんの心は知ってるつもりだ。情無い、もう不具根性かたわこんじょうになったのか、ひがみも出て、我儘わがままか知らぬが、くさくさするので飛んだことをした、悪く思わないでおくれ。」
 その平生ふだんおこないは、けだし無言にして男の心を解くべきものがあったのである。お雪は声を呑んで袂に食着いていたのであるが、優しくされて気もゆるんで、わっと嗚咽おえつして崩折くずおれたのを、慰められ、すかされてか、節も砕けるほど身に染みて、夢中ににじり寄る男のそば。思わずすがる手を取られて、団扇は庭に落ちたまま、お雪は、潤んだ髪の濡れた、恍惚うっとりした顔を上げた。
貴方あなた、」
「可いよ。」
「あの、こう申しますと、生意気だとお思いなさいましょうが、」
「何、」
「お気に障りましたことは堪忍して下さいまし、お隠しなさいますお心を察しますから、つい口へ出してお尋ね申すことも出来ませんし、それに、あの、こないだ総曲輪でお転びなすった時、どうも御様子が解りません、お湯にお入りなさいましたとは受取りにくうございますもの、往来ですから黙って帰りました。が、それから気を着けて、お知合のお医者様へいらっしゃるというのは嘘で、石滝のこちらのお不動様の巌窟いわやの清水へ、おつむりひやしにおいでなさいますのも、存じております。不自由な中でございますから、お怨み申しました処で、唯今ただいまはお薬を思うように差上げますことも出来ませんが、あの……」
 と言懸けて身を正しく、お雪はあたかも誓うがごとくに、
「きっとあの私が生命いのちに掛けましても、お目の治るようにして上げますよ。」と仇気あどけなく、しかも頼母たのもしくいったが、神の宣託でもあるように、若山の耳には響いたのである。
「気張っておくれ、手を合わして拝むといっても構わんな。実に、何だ、僕はのぞみがある、おしい体だ。」といって深く溜息をいたのが、ひしひしと胸にこたえた。お雪は疑わず、勇ましげに、
「ええ、もう治りますとも。そして目が開いて立派な方におなりなさいましても、貴方、」
「何だ。」
「見棄てちゃあ、私はいや。」
「こんなに世話になった上、まだ心配を懸けさせる、僕のようなものを、何だって、また、そういうことを言うんだろう。」
「ふ、」と泣くでもなし、笑うでもなし、きまり悪げに、面を背けて、目が見えないのも忘れたらしい。
「お雪さん。」
「はい。」
「どうしてこんなになったろう、僕は自分に解らないよ。」
「私にも分りません。」
「なぜだろう、」
 莞爾にっこりして、
「なぜでしょうねえ。」
 表の戸をがたりと開けて、横柄に、澄して、
「おい、」

       二十三

 声を聞くとお雪は身をすくめて小さくなった。
「居るか、おい、暗いじゃないか。」
「唯今、」
真暗まっくらだな。」
 例の洋杖ステッキをこつこつ突いて、土間に突立つったったのは島野紳士。今めかしくいうまでもない、富山のまちで花を売る評判の娘に首っ丈であったのが、勇美姫おん目を懸けさせたまうので、毎日のようにやかたに来る、近々と顔を見る、口も利くというので、おもい可恐おそろしくなると、この男、自分では業平なりひらなんだからたまらない。
 花屋の庭は美しかろう、散歩の時は寄ってみるよ、情郎いろおとこは居ないか、その節邪魔にすると棄置かんよ、などとおお上段に斬込きりこんで、臆面おくめんもなく遊びに来て、最初は娘の謂うごとく、若山を兄だと思っていた。
 それ芸妓げいしゃあにさん、後家の後見、和尚のめいにて候ものは、油断がならぬと知っていたが、花売の娘だから、本当の兄もあるだろうと、この紳士大ぬかり。段々様子が解ってみると、瞋恚しんいが燃ゆるようなことになったので、不埒ふらちでも働かれたかのごとく憤り、この二三日は来るごとに、皮肉を言ったり、当擦あてこすったり、つんとねてみたりしていたが、今夜の暗いのはまた格別、大変、吃驚びっくり、畜生、殺生なことであった。
 かつてまた、白墨狂士多磨太君の説もあるのだから、肉が動くばかりしばしもたまらず、洋杖ステッキを握占めて、島野は、
「暗いじゃあないか、おい、おい。」とただあせる。
「はい、」と潤んだ含声の優しいのが聞えると、ぱッ[#「火+發」、276-15]摺附木マッチる。小さな松火たいまつ真暗まっくらな中に、火鉢の前に、壁の隅に、手拭のかかった下に、中腰で洋燈ランプ火屋ほやを持ったお雪の姿を鮮麗きれいてらし出した。その名残なごりに奥の部屋の古びた油団ゆとん冷々ひやひやと見えて、突抜けの縁の柱には、男の薄暗い形があらわれる。
 島野はにらみ見て、洋杖ステッキと共に真直まっすぐに動かず突立つったつ。お雪は小洋燈に灯を移して、摺附木を火鉢の中へ棄てた手でびん後毛おくれげ掻上かいあげざま、向直ると、はや上框あがりがまち、そのまませわしく出迎えた。
 ちょいと手をいて、
「まあ、どうも。」
「…………」島野は目の色も尋常ただならず、とがった鼻を横に向けて、ふんと呼吸いきをしたばかり。
「失礼、さあ、お上りなさいまし、取散らかしまして、汚穢むそうございますが、」ときまり悪げに四辺あたり※(「目+句」、第4水準2-81-91)みまわすのを、うしろの男に心を取られてするように悪推わるずいする、島野はますます憤って、口も利かず。
(無言なり。)
「おおそうございましたのね。」と何やらつかぬことを言って、為方しかたなしにお雪は微笑ほほえむ。
「お邪魔をしましたな。」という声ぎっすりとして、車の輪のきしむがごとく、島野は決する処あって洋杖ステッキを持換えた。
「お前ねえ、」
 邪気おのずからはだえを襲うて、ただは済みそうにもない、物ありげに思い取られるので、お雪は薄気味悪く、やすからぬ色をして、
「はい。」
「あのな、」と重々しく言い懸けて、じろじろと顔を見る。
「どうぞ、まあ、」
「入っちゃあおられん。」
「どちらへか。」
「なあに。」
「お急ぎでございますか。」と畳に着く手も定まらない。
「ちょっと出てもらおう、」
「え、え。」
「用があるんだ。」

       二十四

「後を頼むとって、お前様めえさま、どこさかっしゃる。」
 ちょいとどうぞと店前みせさきから声を懸けられたので、荒物屋のばばは急いで蚊帳をまくって、店へ出て、一枚着物を着換えたお雪を見た。繻子しゅすの帯もきりりとして、胸をしっかと下〆したじめに女扇子おおぎを差し、余所行よそゆきなり、顔も丸顔で派手だけれども、気が済まぬか悄然しょんぼりしているのであった。
「お婆さん、私はじき帰るんですが、」
「あい、」
「どうぞねえ、」と何やら心細そうで気にかかると、老人としよりの目もさとく、
「内方にゃ御病気なり、夜分、また、どうしてじゃ。総曲輪へ芝居にでも誘われさっせえたか。はての、」
 と目をると、片蔭に洋服の長い姿、貧乏町のほこりが懸るといったように、四辺あたりを払って島野がたたずむ。南無三なむさん悪い奴と婆さんは察したから、
「何にせい、夜分出歩行であるくのは、若い人に良くないてや、留守の気を着けるのが面倒なではないけれども、大概ならよしにさっしゃるがかろうに。」
 と目で知らせながら、さあらず言う。
「いえ、お召なんでございます。四十物町あえものちょうのお邸から、用があるッて、そう有仰おっしゃるのでございますから。」
「四十物町のお花主とくいというと、何、知事様のお邸だッけや。」
「お嬢様が急に、御用がおあんなさいますッて。」
「うんや、善くないてや。お前様が行く気でも、わしが留めます。お嬢様の御用とって、お前、医者じゃあなし、駕籠屋かごやじゃあなし、差迫った夜の用はありそうもない。大概の事は夜が明けてからする方が仕損じが無いものじゃ。若いものは、なおさら、女じゃでの、はて、月夜に歩いてさえ、美しい女の子は色が黒くなるという。」
「はい、ですけれども。」
「殊にやみじゃ、狼があとけるでの、たってめにさっせえよ。」と委細は飲込んだ上、そこらへ見当を付けたので、婆さんは聞えよがし。
 島野は耐えかねてずッと出て、老人としよりには目も遣らず、
「さあ、」
「…………」黙って俯向うつむく。
「おい、」とちと大きくいって、洋杖ステッキでこと、こと、こと。
 お雪は覚悟をした顔を上げて、
「それじゃあお婆さん。」
「待たっせえ、いや、もし、お前様、もし、旦那様。」
 顧みもせず島野は、おれほどのものが、へん、愚民にお言葉を遣わさりょうや!
 婆さんも躍気やっきになって、
「旦那様、もし。」
「おれか。」
「へい、ばばがおねがいでござります、お雪が用は明日のことになされ下さりませ。内には目の不自由な人もござりますし、四十物町までは道も大分でござりますで。」
「何だ、お前は。」
「へい、」
「さあ、行こう。」
 お雪は黙って婆さんの顔を見たが、詮方せんかたなげであわれである。
「お前様、何といっても、」と空しく手をって、伸上った、婆は縋着すがりついても放したくない。
「知事様のお使だ。」と島野が舌打して言った。
 これが代官様より可恐おそろしく婆の耳には響いたので、目を※(「目+爭」、第3水準1-88-85)みはって押黙る。
 その時、花屋の奥で、りんとして澄んで、うら悲しく、

雲横秦嶺家何在くもはしんれいによこたわっていえいずくにかある
雪擁藍関馬不前ゆきはらんかんをようしてうますすまず

 と、韓湘かんしょうが道術をもって牡丹花ぼたんかの中に金字であらわしたという、一れんの句を口吟くちずさむ若山の声が聞えてんだ。
 お雪はほろりとしたが、打仰いで、淋しげに笑って、
「どうぞ、ねえ。」

       二十五

 恩になる姫様ひいさま、勇美子が急な用というにさからい得ないで、島野に連出されたお雪は、屠所としょの羊のあゆみ
「どういう御用なんでございましょう。いつも御贔屓ごひいきになりますけれども、つい、お使なんぞ下さいましたことはございませんのに、何でしょうね、れませんこッてすから、胸がどきどきして仕様がありません。」
 島野は澄ましてひややかに、
「そうですか。」
貴下あなた御存じじゃあないのですか。」
「知らないね。」と気取った代脉だいみゃくが病症をいわぬにひとしい。
 わざと打解けて、底気味の悪い紳士の胸中を試みようとしたお雪は、取附とりつく島もなくしおれて黙った。
 二人は顔を背け合って、それから総曲輪へ出て、四十物町へ行こうとする、杉垣がさしはさんで、樹が押被おっかぶさったこみちを四五間。
「兄さんに聞いたらかろう。」島野は突然こう言って、ずッと寄って、肩を並べ、
「何もそんなに胸までどきつかせるには当らない、大した用でもなかろうよ。たかがお前この頃情人いいひとが出来たそうだね、お目出度いことよ位なことをわれるばかりさ。」
いやでございます。」
「厭だって仕方がない、何も情人が出来たのに御祝儀をいわれるたッて、弱ることはないじゃあないか。ふん、結構なことさね、ふん、」
 と呼吸いきがはずむ。
「ほんとうでございますか。」
「まったくよ。」
「あら、それでは、あのわたくしは御免こうむりますよ。」
 お雪は思切って立停たちどまった、短くさし込んだ胸の扇もきりりとする。
「御免蒙るッて、来ないつもりか。おい、お嬢様が御用があるッて、僕がわざわざむかいに来たんだが、御免蒙る、ふん、それでいのか。――御免蒙る――」
「それでも、おなぶり遊ばすんですもの、わたくしは辛うございます。」
「可いさ、来なけりゃ可いさ、そのかわり、お前、知事様のお邸とは縁切だよ。かろう、毎日の米の代といっても差支えない、大切なお花主とくいを無くする上に、この間から相談のある、黒百合の話も徒為ふいになりやしないかね。仏蘭西フランスの友達に贈るのならばって、奥様も張込んで、勇美さんの小遣にうんと足して、ものの百円ぐらいは出そうという、お前その金子かね生命いのちがけでもほしいのだろう、どうだね、やっぱり御免を蒙りまするかね。」といって、にやにやと笑いけり。
 お雪は深い溜息ためいきして、
「困っちまいました、私はもうどうしたら可いのでございましょうねえ。」
 詮方なげに見えて島野にすがるようにいった。お雪はむことを得ず、その懐に入って救われんとしたのであろう。
 紳士は殊の外その意を得た趣で、
「まあ、一所に来たまえ。だから僕が悪いようにゃしないというんだ。え、どこかちょっと人目に着かない処で道寄をしようじゃあないか、そしていろいろ相談をするとしよう。またどんなうまい話があろうも知れない。ははは、まずまあ毎日汗みずくになって、お花は五厘なんていって歩かないでも暮しのつくこッた。それに何さ、兄さんとかいう人に存分療治をさせたい、金子かねおのずからほしくなくなるといったような、ね、まあまあ心配をすることはないよ、来たまえ!」といって、さっさっと歩行あるき出す。お雪は驚いて、追縋るようにして、
「貴下、どちらへ参るんでございます。」

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