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高野聖(こうやひじり)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-22 13:25:57  点击:  切换到繁體中文



     十

「とてもこのつかれようでは、坂を上るわけには行くまいと思ったが、ふと前途ゆくてに、ヒイインと馬のいななくのがこだまして聞えた。
 馬士まごもどるのか小荷駄こにだが通るか、今朝一人の百姓に別れてから時の経ったはわずかじゃが、三年も五年も同一おんなじものをいう人間とは中をへだてた。馬が居るようではともかくも人里に縁があると、これがために気が勇んで、ええやっと今一揉ひともみ
 一軒の山家やまがの前へ来たのには、さまで難儀なんぎは感じなかった。夏のことで戸障子のしまりもせず、ことに一軒家、あけ開いたなり門というてもない、突然いきなり破縁やれえんになって男が一人、わしはもう何の見境もなく、
たのみます、頼みます、)というさえたすけを呼ぶような調子で、取縋とりすがらぬばかりにした。
(ごめんなさいまし、)といったがものもいわない、首筋をぐったりと、耳を肩でふさぐほど顔を横にしたまま小児こどもらしい、意味のない、しかもぼっちりした目で、じろじろと門に立ったものをみつめる、そのひとみを動かすさえ、おっくうらしい、気の抜けた身の持方。裾短すそみじかでそでひじより少い、糊気のりけのある、ちゃんちゃんを着て、胸のあたりでひもゆわえたが、一ツ身のものを着たように出ッ腹の太りじし太鼓たいこを張ったくらいに、すべすべとふくれてしかも出臍でべそというやつ南瓜かぼちゃへたほどな異形いぎょうな者を片手でいじくりながら幽霊ゆうれいの手つきで、片手を宙にぶらり。
 足は忘れたか投出した、腰がなくば暖簾のれんを立てたようにたたまれそうな、年紀としがそれでいて二十二三、口をあんぐりやった上唇うわくちびるで巻込めよう、鼻の低さ、出額でびたい五分刈ごぶがりびたのが前は鶏冠とさかのごとくになって、頸脚えりあしねて耳にかぶさった、おしか、白痴ばかか、これからかえるになろうとするような少年。わしは驚いた、こっちの生命いのちに別条はないが、先方様さきさま形相ぎょうそう。いや、大別条おおべつじょう
(ちょいとお願い申します。)
 それでもしかたがないからまた言葉をかけたが少しも通ぜず、ばたりというとわずかに首の位置をかえて今度は左の肩をまくらにした、口の開いてることもとのごとし。
 こういうのは、悪くすると突然いきなりふんづかまえて臍をひねりながら返事のかわりにめようも知れぬ。
 わしは一足退すさったが、いかに深山だといってもこれを一人で置くという法はあるまい、と足を爪立つまだてて少し声高こわだかに、
(どなたぞ、ご免なさい、)といった。
 背戸せどと思うあたりで再び馬のいななく声。
(どなた、)と納戸なんどの方でいったのは女じゃから、南無三宝なむさんぼう、この白い首にはうろこが生えて、体はゆかって尾をずるずると引いて出ようと、また退すさった。
(おお、お坊様ぼうさま。)と立顕たちあらわれたのは小造こづくりの美しい、声もすずしい、ものやさしい。
 わしは大息をいて、何にもいわず、
(はい。)とつむりを下げましたよ。
 婦人おんなひざをついてすわったが、前へ伸上のびあがるようにして、黄昏たそがれにしょんぼり立ったわしが姿をかして見て、
(何か用でござんすかい。)
 休めともいわずはじめから宿の常世つねよ留守るすらしい、人をめないときめたもののように見える。
 いいおくれてはかえって出そびれて頼むにも頼まれぬ仕誼しぎにもなることと、つかつかと前へ出た。
 丁寧ていねいに腰をかがめて、
(私は、山越で信州へ参ります者ですが旅籠はたごのございます処まではまだどのくらいでございましょう。)

     十一

(あなたまだ八里あまりでございますよ。)
(そのほかに別に泊めてくれますうちもないのでしょうか。)
(それはございません。)といいながらたたきもしないですずしい目でわしの顔をつくづく見ていた。
(いえもう何でございます、実はこの先一町行け、そうすれば上段のへやに寝かして一晩あおいでいてそれで功徳くどくのためにする家があるとうけたまわりましても、全くのところ一足も歩行あるけますのではございません、どこの物置ものおきでも馬小屋のすみでもよいのでございますから後生ごしょうでございます。)とさっき馬がいなないたのは此家ここより外にはないと思ったから言った。
 婦人おんなはしばらく考えていたが、ふとわきを向いて布のふくろを取って、ひざのあたりに置いたおけの中へざらざらと一幅ひとはば、水をこぼすようにあけてふちをおさえて、手ですくって俯向うつむいて見たが、
(ああ、お泊め申しましょう、ちょうどいてあげますほどお米もございますから、それに夏のことで、山家は冷えましても夜のものにご不自由もござんすまい。さあ、ともかくもあなた、お上り遊ばして。)
 というと言葉の切れぬ先にどっかと腰を落した。婦人おんなはつと身を起して立って来て、
(お坊様、それでござんすがちょっとお断り申しておかねばなりません。)
 はっきりいわれたのでわしはびくびくもので、
(はい、はい。)
(いいえ、別のことじゃござんせぬが、わたしくせとして都の話を聞くのがやまいでございます、口にふたをしておいでなさいましても無理やりに聞こうといたしますが、あなた忘れてもその時聞かして下さいますな、ようござんすかい、私は無理におたずね申します、あなたはどうしてもお話しなさいませぬ、それを是非にと申しましてもっておっしゃらないようにきっと念を入れておきますよ。)
 と仔細しさいありげなことをいった。
 山の高さも谷の深さも底の知れない一軒家の婦人おんなの言葉とは思うたが保つにむずかしいかいでもなし、わしはただうなずくばかり。
(はい、よろしゅうございます、何事もおっしゃりつけはそむきますまい。)
 婦人おんな言下ごんか打解うちとけて、
(さあさあきたのうございますが早くこちらへ、おくつろぎなさいまし、そうしてお洗足せんそくを上げましょうかえ。)
(いえ、それには及びませぬ、雑巾ぞうきんをお貸し下さいまし。ああ、それからもしそのお雑巾次手ついでにずッぷりおしぼんなすって下さるとたすかります、途中とちゅうで大変な目にいましたので体を打棄うっちゃりりたいほど気味が悪うございますので、一ツ背中をこうと存じますが、恐入おそれいりますな。)
(そう、あせにおなりなさいました、さぞまあ、お暑うござんしたでしょう、お待ちなさいまし、旅籠はたごへお着き遊ばして湯にお入りなさいますのが、旅するお方には何よりご馳走ちそうだと申しますね、湯どころか、お茶さえろくにおもてなしもいたされませんが、あの、この裏のがけを下りますと、綺麗きれいながれがございますからいっそそれへいらっしゃッてお流しがよろしゅうございましょう。)
 聞いただけでも飛んでも行きたい。
(ええ、それは何より結構でございますな。)
(さあ、それではご案内申しましょう、どれ、ちょうど私も米をぎに参ります。)とくだんおけ小脇こわきかかえて、縁側えんがわから、藁草履わらぞうり穿いて出たが、かがんで板縁いたえんの下をのぞいて、引出したのは一足の古下駄げたで、かちりとあわしてほこりはたいてそろえてくれた。
(お穿きなさいまし、草鞋わらじはここにお置きなすって、)
 わしは手をあげて、一礼して、
(恐入ります、これはどうも、)
(お泊め申すとなりましたら、あの、他生たしょうえんとやらでござんす、あなたご遠慮を遊ばしますなよ。)まず恐しく調子がいいじゃて。」

     十二

「(さあ、私にいてこちらへ、)と件の米磨桶こめとぎおけ引抱ひっかかえて手拭てぬぐいを細い帯にはさんで立った。
 髪はふっさりとするのをたばねてな、くしをはさんでかんざしめている、その姿のさというてはなかった。
 わしも手早く草鞋をいたから、早速古下駄を頂戴ちょうだいして、縁から立つ時ちょいと見ると、それ例の白痴殿ばかどのじゃ。
 同じくわしかたをじろりと見たっけよ、舌不足したたらず饒舌しゃべるような、にもつかぬ声を出して、
ねえや、こえ、こえ。)といいながらだるそうに手を持上げてその蓬々ぼうぼうと生えた天窓あたまでた。
(坊さま、坊さま?)
 すると婦人おんなが、しもぶくれな顔にえくぼを刻んで、三ツばかりはきはきと続けて頷いた。
 少年はうむといったが、ぐたりとしてまたへそをくりくりくり。
 わしは余り気の毒さに顔も上げられないでそっと盗むようにして見ると、婦人おんなは何事も別に気にけてはおらぬ様子、そのまま後へいて出ようとする時、紫陽花あじさいの花のかげからぬいと出た一名の親仁おやじがある。
 背戸せどから廻って来たらしい、草鞋を穿いたなりで、胴乱どうらん根付ねつけ紐長ひもながにぶらりとげ、銜煙管くわえぎせるをしながら並んで立停たちどまった。
和尚おしょう様おいでなさい。)
 婦人おんなはそなたを振向いて、
(おじ様どうでござんした。)
(さればさの、頓馬とんまで間の抜けたというのはあのことかい。根ッから早やきつねでなければ乗せ得そうにもないやつじゃが、そこはおらが口じゃ、うまく仲人なこうどして、二月ふたつき三月みつきはお嬢様じょうさまがご不自由のねえように、翌日あすはものにしてうんとここへかつぎ込みます。)
(お頼み申しますよ。)
(承知、承知、おお、嬢様どこさ行かっしゃる。)
(崖の水までちょいと。)
(若い坊様連れて川へ落っこちさっしゃるな、おらここに眼張がんばって待っとるに、)と横様よこざまに縁にのさり。
貴僧あなた、あんなことを申しますよ。)と顔を見て微笑ほほえんだ。
(一人で参りましょう、)とわき退くと、親仁おやじはくっくっと笑って、
(はははは、さあ、早くいってござらっせえ。)
(おじ様、今日はお前、めずらしいお客がお二方ござんした、こういう時はあとからまた見えようも知れません、次郎さんばかりでは来た者が弱んなさろう、わたしが帰るまでそこに休んでいておくれでないか。)
(いいともの。)といいかけて、親仁おやじは少年のそばへにじり寄って、鉄挺かなてこを見たようなこぶしで、背中をどんとくらわした、白痴ばかの腹はだぶりとして、べそをかくような口つきで、にやりと笑う。
 わしはぞっとしておもてを背けたが、婦人おんな何気なにげないていであった。
 親仁おやじは大口を開いて、
(留守におらがこの亭主を盗むぞよ。)
(はい、ならば手柄てがらでござんす、さあ、貴僧あなた参りましょうか。)
 背後うしろから親仁が見るように思ったが、導かるるままにかべについて、かの紫陽花のある方ではない。
 やがて背戸と思う処で左に馬小屋を見た、ことことという音は羽目はめるのであろう、もうその辺から薄暗くなって来る。
貴僧あなた、ここから下りるのでございます、すべりはいたしませぬが、道がひどうございますからおしずかに、)という。」

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