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夜叉ヶ池(やしゃがいけ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-23 10:49:40  点击:  切换到繁體中文

 
晃 どこのものでも差支えん、百合は来たいから一所に来る……とどまりたければ留るんだ。それ見ろ、萩原にすがって離れやせん。(微笑して)置いてけば百合は死のう……人は、心のままにきねばならない。お前たちどもに分るものか。さあ、こう。
宅膳 (のしと進み)これこれ若いもの、無分別はためにならんぞ。……わしめいは、ただこの村のものばかりではない。一郡六ヶ村、八千の人の生命いのちじゃ、雨乞あまごい犠牲にえにしてな。それじゃに、……その犠牲の女を連れてくのは、八千の人の生命を、おぬしが奪取ってくも同然。百合を置いてかん事には、ここは一足も通されんわ。百合は八千の人の生命じゃが。……さあ、どうじゃい。
学円 しばらく、(声を掛け、お百合を中に晃と立並ぶ。)その返答は、萩原からはしにくかろう。代ってわしが言う。――いかにも、お百合さんは村の生命せいめいじゃ。それなればこそ、華冑かちゅうの公子、三男ではあるが、伯爵の萩原が、ただ、一人の美しさのために、一代鐘を守るではないか――既に、この人を手籠てごめにして、牛の背に縄目の恥辱ちじょくを与えた諸君に、論は無益と思うけれども、衆人めぐる中において、淑女のころもを奪うて、月夜を引廻すに到っては、主、親を殺した五逆罪の極悪人を罪するにも、洋の東西にいまだかつてためしを聞かんぞ!
そりゃあるいは雨も降ろう、黒雲くろくもき起ろうが、それは、惨憺さんたんたる黒牛の背の犠牲ぎせいを見るに忍びないで、天道が泣かるるのじゃ。月がおもておおうのじゃ。天を泣かせ、光を隠して、それで諸君はきらるるか。稲は活きても人はえる、水は湧いても人はかつえる。……無法な事を仕出しいだして、諸君が萩原夫婦を追うて、鐘をく約束を怠って、万一、つちが泥海になったらどうする! 六ヶ村八千と言わるるか、その多くの生命は、諸君が自ら失うのじゃ。同じ迷信と言うなら言え。夫婦仲睦なかむつまじく、一生埋木うもれぎとなるまでも、鐘楼しょうろうを守るにおいては、自分も心をきずつけず、何等世間に害がない。
管八 黙れ、うるさい。うぬが勝手な事を言うな。
初雄 一体君は何ものですか。
学円 わしか、私は萩原の親友じゃ。
宅膳 やぶから坊主が何をぬかす。
学円 いかにも坊主じゃ、本願寺派の坊主で、そして、文学士、京都大学の教授じゃ。山沢学円と云うものです。名告なのるのも恥入りますが、この国は真宗門徒信仰の淵源地えんげんちじゃ。諸君のなかには同じ宗門のよしみで、同情を下さる方もあろうかと思うて云います。(教員に)君は学校の先生か、同一おなじ教育家じゃ。他人でない、扱うてくれたまえ。(神官かんぬしに)貴方あなたも教えの道は御親類。(村長に)村長さんの声名にもお縋り申す。……(力士に)な、天下の力士は侠客きょうかくじゃ、男立おとこだてと見受けました。……何分願います、雨乞の犠牲はお許しを頼む。
これがために一同しばらくためらう。……代議士穴隈あなぐま鉱蔵、葉巻をくゆらしながら、悠々と出づ。
鉱蔵 其奴等そいつら騙賊かたりじゃ。また、騙賊でのうても、華族が何だ、学者が何だ、かてをどうする!……命をどうする?……万事俺が引受けた。れ、汝等きさまら、裸にしようが、骨を抜こうが、女郎めろう一人と、八千の民、たれかなえ軽重けいちょうを論ぜんやじゃ。雨乞を断行せい。
力士真先まっさきに、一同ばらりと立懸たちかかる。
学円 わししばれ、(と上衣うわぎを脱ぎ棄て)かほど云うても肯入ききいれないならむを得ん、わしを縛れ、牛にのせい。
晃 (からりと鎌を棄て)いや、身代りなら俺を縛れ。さあ、八裂やつざきにしろ、俺は辞せん。――牛に乗せて夜叉ヶ池に連れてけ。犠牲にえによって、降らせる雨なら、俺が竜神に談判してやる。
百合 あれ、晃さん、お客様、私が行きます、私を遣って下さいまし。
晃 ならん、生命いのちに掛けても女房は売らん、竜神が何だ、八千人がどうしたと! 神にも仏にも恋は売らん。お前が得心で、納得して、好んですると云っても留めるんだ。
鉱蔵 (ふわふわと軽く詰め寄り、コツコツと杖を叩いて)血迷うな! たわけもい加減にしろ、女も女だ。湯屋へはどうして入る?……うむ、馬鹿が!(と高笑いして)君たち、おい、いやしくも国のためには、妻子を刺殺さしころして、戦争に出るというが、男児たるものの本分じゃ。且つ我が国の精神じゃ、すなわち武士道じゃ。人を救い、村を救うは、国家のためにつくすのじゃ。我が国のために尽すのじゃ。国のために尽すのに、一晩媽々かかあを牛にのせるのが、さほどまでなさけないか。洟垂はなったらしが、俺は料簡りょうけんが広いからいが、気の早いものは国賊だと思うぞ、きさま。俺なぞは、鉱蔵は、村はもとよりここに居るただこの人民蒼生じんみんそうせいのためというにも、何時なんどきでも生命を棄てるぞ。
時に村人は敬礼し、村長はあごで、有志は得意を表す。
晃 死ね!(と云うまま落したる利鎌とがまを取ってきっとつきつく。)
鉱蔵 わあ。(と思わず退さがる。)
晃 死ね、死ね、死ね、民のためにきさま死ね。見事に死んだら、俺も死んで、それから百合を渡してやる。死ね、しなないか。
とじりりと寄るたび、鉱蔵ひょこひょこと退る。お百合、晃の手に取縋ると、縋られた手を震わしながら、
し、しからずんば決闘せい。
一同その詰寄るを、わッわと遮りとどむ。
そばへ寄るな、口が臭いや、こいつらも! 汝等きさまらは、その成金なりきんに買われたな。これ、昔も同じ事があった。白雪、白雪という、この里の処女だ。権勢と迫害で、可厭いやがるものを無理にとらえて、裸体はだかを牛にいましめて、夜叉ヶ池へ追上せた。……処女は、口惜くやしさ、恥かしさ、無念さに、生きて里へ帰るまい。其方そなたも、……其方も……追ってはほふらるる。同じ生命いのちを、我に与えよ、と鼻頭はなづらを撫でて牛に言い含め、終夜よもすがら芝を刈りためたを、その牛の背に山に積んで、石を合せて火を放つと、むちを当てるまでもない。白い手を挙げ、とさして、ふもとの里を教うるや否や、牛はいかずちのごとく舞下まいさがって、片端かたっぱしから村を焼いた。……麓にぱっとちりのような赤いほのおが立つのを見て、えみを含んで、白雪は夜叉ヶ池に身を沈めたというのを聞かぬか。忘れたか。汝等。おれたちに指でも指してみろ、雨は降らいで、鹿見村は焔になろう。不埒ふらちな奴等だ。
鉱蔵 世迷言よまいごと饒舌しゃべるな二才。村は今既にひでりの焔に焼けておる。それがために雨乞するのじゃ。やあみんな、手ぬるい、遣れ遣れ。(いずれも猶予するを見て)らちかんな、伝吉ども来い。(とわめく。)
博徒伝吉、おどしの長ドスをひらめかし、乾児こぶん、得ものを振って出づ。
伝吉 畳んでしまえ、畳んでしまえ。
乾児 合点がってんだ。
晃 山沢、危いぞ。
とお百合を抱くようにして三人鐘楼しょうろう駈上かけあがる。学円は奥に、上り口に晃、お百合、と互にたてにならんと争う。やがて押退おしのけて、晃、すっくと立ち、鎌をかざす。博徒、衆ともに下より取巻く。お百合、振上げたる晃の手にすがる。
一同 遣れ遣れ、遣っちまえ、遣っちまえ。
学円 言語道断、いまだかつて、かかる、頑冥暴虐がんめいぼうぎゃくの民を知らん! 天に、――天に銀河白し、滝となって、落ちて来い。(合掌す。)
晃 大事な身体からだだ、山沢はげい、遁げい。
と呼ばわりながら、真前まっさきに石段を上れる伝吉と、二打三打ふたうちみうち、稲妻のごとく、チャリリと合す。
伝吉退く。時につぶてをなげうつものあり。
晃 (額にきずつき血をおさえて)あッ。(と鎌を取落す。)
百合 (サソクにその鎌を拾い)皆さん、私が死にます、言分いいぶんはござんすまい。(と云うより早く胸さきを、かッしと切る。)
晃 しまった!(と鎌を捩取もぎとる。)
百合 晃さん――御無事で――晃さん。(とがっくり落入る。)
一同色沮いろはばみて茫然ぼうぜんたり。
晃 一人は遣らん! いばらの道はおぶって通る。冥土めいどで待てよ。(と立直る。お百合をいだける、学円とおもてを見合せ)何時だ。(と極めて冷静に聞く。)
学円 (沈着に時計を透かして)二時三分。
晃 むむ、ごとに見れば星でもわかる……ちょうど丑満うしみつ……そうだろう。(と昂然こうぜんとして鐘を凝視し)山沢、僕はこの鐘をくまいと思う。どうだ。
学円 (沈思の後)うむ、打つな、お百合さんのために、打つな。
晃 (鎌を上げ、はた、と切る。どうと撞木しゅもく落つ。)
途端にものすさまじき響きあり。――地震だ。――山鳴やまなりだ。――夜叉ヶ池の上を見い。夜叉ヶ池の上を見い。夜叉ヶ池の上を見い。真暗まっくらな雲が出た、――と叫びよばわる程こそあれ、閃電せんでん来り、瞬く間もまず。衆は立つ足もなくあわて惑う、牛あれて一りにけ散らして飛びく。
鉱蔵 鐘を、鐘を――
嘉伝次 助けて下され、鐘をいて下されのう。
宅膳 救わせたまえ。助けたまえ。
と逃げまわりつつ、絶叫す。天地晦冥かいめい。よろぼい上るもの二三人石段にいかかる。
晃、切払い、追い落し、冷々然として、峰のかたに向って、学円と二人彫像のごとく立ちつつあり。
晃 波だ。
と云う時、学円ハタと俯伏うつぶしになると同時に、晃、咽喉のどって、うつぶし倒る。
白雪。一際ひときわはげしきひかりもののうちに、一たび、小屋の屋根に立顕たちあらわれ、たちまち真暗まっくらに消ゆ。再びすさまじじきいなびかりに、鐘楼に来り、すっくと立ち、鉄杖てつじょうちょうと振って、下より空さまに、鐘に手を掛く。鐘ゆらゆらとなって傾く。
村一同昏迷こんめいし、惑乱するや、万年姥まんねんうば諸眷属しょけんぞくとともに立ちかかって、一人も余さずことごとほふり殺す。――
白雪 うば、嬉しいな。
一同 お姫様。(と諸声もろごえすごし。)
白雪 人間は?
姥 皆、うおに。早や泳いでおります。田螺たにしどじょうも見えまする。
一同 (どっと笑う)ははははははは。
白雪 この新しい鐘ヶふちは、御夫婦の住居すまいにしょう。皆おいで。私は剣ヶ峰へくよ。……もうゆきかよいは思いのまま。お百合さん、お百合さん、一所に唄をうたいましょうね。
たちまちまた暗し。既にして巨鐘きょしょう水にあり。晃、お百合と二人、晃は、竜頭りゅうず頬杖ほおづえつき、お百合は下に、水にもすそをひいて、うしろに反らして手を支き、打仰いで、じっと顔を見合せ莞爾にっこりと笑む。
時に月の光煌々こうこうたり。
学円、高く一人鐘楼しょうろうたたずみ、水に臨んで、一揖いちゆうし、合掌す。
月いよいよあきらかなり。
(――幕)
大正二(一九一三)年三月




 



底本:「泉鏡花集成7」ちくま文庫、筑摩書房
   1995(平成7)年12月4日第1刷発行
底本の親本:「鏡花全集」岩波書店
   1942(昭和17)年7月刊行開始
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:門田裕志
校正:染川隆俊
2002年2月22日公開
2005年9月26日修正
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