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草迷宮(くさめいきゅう)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-22 13:07:19  点击:  切换到繁體中文


 この中ではござりませぬ、」
 と姥は葭簀よしずの外を見て、
ひさしの蔭じゃったげにござります。浪が届きませぬばかり。低い三日月様を、うるし見たような高いまげからはずさっせえまして、真白まっしろなのを顔に当てて、団扇うちわ衣服きものを掛けたげな、影の涼しい、姿の長い、すその薄あおい、悚然ぞっとするほど美しらしいお人が一方。
 すらすら道端へ出さっせての、
(…………)
 爺どのを呼留めて、これは罪人か――と問わしつけえよ。
 食物くいもの代物しろものも、新しい買物じゃ。縁起でもない事の。罪人を上積みにしてどうしべい、これこれでござる。と云うと、可哀相に苦しかろう、と団扇を取って、薄い羽のように、一文字に、横に口へくわえさしった。
 その時は、爺どのの方へせなかを向けて、顔をこうはすっかいに、」
 と法師から打背うちそむく、とおもかげのその薄月の、婦人おんなの風情を思遣おもいやればか、葦簀よしずをはずれた日のかげりに、姥のうなじが白かった。
 荷物の方へ、するすると膝を寄せて、
「そこで?」
「はい、両手を下げて、白いその両方のてのひらを合わせて、がっくりとなった嘉吉の首を、四五本目のやぼねあたりで、上へささげて持たっせえた。おもみがかかったか、姿を絞って、肩がほっそりしましたげなよ。」

       九

「介抱しよう、お下ろしな、と言わっしゃる。
 その位な荒療治で、寝汗一つ取れる奴か。打棄うっちゃっておかっせえ。面倒臭い、と顱巻はちまきしめた頭をって云うたれば、どこまでく、と聞かしっけえ。
 途中さまざまのひまざえで、じじいどのもむかっぱらじゃ、秋谷鎮座の明神様、俺等わしら産神うぶすなへ届け物だ、とずッきり饒舌しゃべると、
(受取りましょう、ここでいから。)
(お前様は?)
(ああ、明神様の侍女こしもとよ。)と言わっしゃった。
 月に浪がかかりますように、さらさらと、風が吹きますと、揺れながらこの葦簀よしずの蔭が、格子じまのように御袖へ映って、雪のはだまで透通って、四辺あたりには影もない。中空を見ますれば、白鷺しらさぎの飛ぶような雲が見えて、ざっと一浪打ちました。
 爺どのは悚然ぞっとして、はい、はい、と柔順すなおになって、縄を解くと、ずりこけての、嘉吉のあの図体が、どたりと荷車から。貴女あなたもたげた手を下へ、地の上へ着けるように、嘉吉の頭を下ろさっせえた。
 足をばたばたの、手によいよい、やぼねはずしそうにもがきますわの。
(ああ、お前はもういから。)邪魔もののようにおっしゃったで、爺どのは心外じゃ……
 何の、心外がらずともの、いけずな親仁おやじでござりますがの、ほほ、ほほ。」
「いや、いや、私が聞いただけでも、何か、こうわざと邪慳じゃけんに取扱ったようで、対手あいてがその酔漢よいどれいたわるというだけに、黙ってはおられません。何だか寝覚ねざめが悪いようだね。」
「ええ、串戯じょうだんにも、氏神様うじがみさま知己ちかづきじゃと言わっしゃりましたけに、嘉吉を荷車に縛りましたのは、明神様の同一おなじ孫児まごこを、継子ままこ扱いにしましたようで、貴女あなたへも聞えが悪うござりますので。
 綿の上積うわづみ[#ルビの「うわづみ」は底本では「うわずみ」]一件から荷にやっこを縛ったは、じいどのが自分したことではない事を、言訳がましく饒舌しゃべりますと、(可いから、お前はあっちへ、)と、こうじゃとの。
かあねえだ。もの、理合りあいを言わねえ事にゃ、ハイ気が済みましねえ。お前様も明神様お知己ちかづきなら聞かっしゃい。老耆おいぼれてんぼうじじいに、若いものの酔漢よいどれ介抱やっかいあに、出来べい。神様も分らねえ、こんな、くだま野郎を労ってやらっしゃる御慈悲い深い思召おぼしめしで、何でこれ、私等わしら婆様の中に、小児こども一人授けちゃくれさっしゃらぬ。それも可い、無い子だねなら断念あきらめべいが、提灯ちょうちん火傷やけどをするのを、何で、黙って見てござった。わしてんぼうでせえなくば、おなじ車にゆわえるちゅうて、こう、けんどんに、さかしまにゃ縛らねえだ。初対面のお前様見さっしゃる目に、えらわしが非道なようで、寝覚が悪い、)と顱巻はちまき掉立ふりたてますと、のう。
(早く、お帰り、)と、継穂がないわの。
(いんにゃ、理を言わねえじゃ、)とまだ早や一概にねようとしましたら……
(おいでよ、)と、お前様ね。
 団扇うちわで顔を隠さしったなり。背後うしろへ雪のような手をのばして、荷車ごとじいどのを、推遣おしやるようにさっせえた。お手の指が白々と、こうやぼねの上で、糸車に、はい、綿屑がかかったげに、月の光で動いたらばの、ぐるぐるぐると輪が廻って、じじいどののせなかへ、荷車が、乗被のっかぶさるではござりませぬか。」
「おおおお、」
 と、法師は目を※(「目+爭」、第3水準1-88-85)みはって固唾かたずを呑む。
吃驚びっくり亀の子、空へ何と、爺どのは手を泳がせて、自分のいた荷車に、がらがら背後うしろから押出されて、わい、というたぎり、一呼吸ひといきに村の取着とッつき、あれから、この街道がなべづるなりに曲ります、明神様、森の石段まで、ひとりでに駆出しましたげな。
 もっとも見さっしゃります通り、道はなぞえに、むこうへ低くはなりますが、下り坂と云う程ではなし、そのはやいこと。一なだれにすべったようで、やっと石段の下で、うむ、とこたえて踏留まりますと、はずみのついた車めは、がたがたと石ころの上を空廻りして、躍ったげにござります。
 見上げる空の森は暗し、爺どのは、身震いをしたと申しますがの。」

       十

「利かぬ気の親仁おやじじゃ、お前様、月夜の遠見に、まとったものの形は、葦簀張よしずばりの柱の根をおさえて置きます、お前様の背後うしろの、その※(「石+鬼」、第4水準2-82-48)いしころか、わしが立掛けて置いて帰ります、この床几しょうぎの影ばかり。
 大崩壊おおくずれまで見通しになって、貴女あなたの姿は、蜘蛛巣くものすほども見えませぬ。それをの、透かし透かし、山際に附着くッついて、薄墨引いた草の上を、跫音あしおとを盗んで引返ひっかえしましたげな。
 嘉吉をどう始末さっしゃるか、それを見届けよう、という、じじいどの了簡りょうけんでござります。
 荷車はの、明神様石段の前をけば、御存じの三崎街道、横へ切れる畦道あぜみちが在所の入口でござりますで、そこへ引込んだものでござります。人気もおだやかなり、積んだものを見たばかりで、鶴谷様御用、と札の建ったも同一おなじじゃで、誰も手のはござりませぬで。
 爺どのは、うようにして、身体からだを隠して引返したと言いましけ。よう姿が隠さりょう、光った天窓あたまと、顱巻はちまき茜色あかねいろが月夜に消えるか。ぬしゃそこで早や、貴女あなたの術で、きながらはさみあかい月影のかにになった、とあとで村の衆にひやかされて、ええ、けやい、気味の悪い、と目をぱちくり、泡を吹いたでござりますよ。
 笑うてやらっしゃりませ。いけ年をつかまつって、貴女が、ね、とおっしゃったをせばいことでござります。」
 法師はかくと聞いて眉をひそめ、
「笑い事ではない。何かお爺様じいさんに異状でもありましたか。」
「お目こぼしでござります、」
 と姥は謹んだ、顔色かおつきして、
「爺どのはおかげと何事もござりませんで、今日も鶴谷様の野良へ手伝いに参っております。」
「じゃ、その嘉吉と云うのばかりが、変な目に逢ったんだね。」
「それも心がらでござります。はじめはお前様、貴女あなたが御親切に、勿体ない……お手ずからかおりの高い、水晶をみますような、涼しいお薬を下さって、水ごと残しておきました、……この手おけから、」……
 と姥は見返る。捧げた心か、葦簀よしずに挟んで、常夏とこなつの花のあるがもとに、日影涼しい手桶が一個ひとつ、輪の上に、――大方その時以来であろう――注連しめを張ったが、まだ新しい。
「水もんで、くくめておやり遊ばした。嘉吉の我に返った処で、心得違いをしたために、主人のとこへ帰れずば、これをしろに言訳して、と結構な御宝を。……
 それがお前様、真緑まみどりの、光のある、美しい、珠じゃったげにございます。
 爺どのが、潜り込んだ草の中から、その蟹の目をそっと出して、見た時じゃったと申します。
 こう、貴女がお持ちなさりました指のさきへ、ほんのりとあおく映って、白いお手の透いた処は、おおきな蛍をおつまみなさりましたようじゃげな。
 貴女のお身体からだ附属ついていてこそじゃが、やがて、はい、その光は、嘉吉がさいころを振るてのひらの中へ、消えましたとの。
 それから、抜かっしゃりましたものらしい、少し俯向うつむいて、ええ、やっぱり、顔へは団扇を当てたまんまで、おぐしの黒い、前の方へ、軽くかんざしをおさしなされて、お草履か、雪駄せったかの、それなりに、はい、すらすらと、月と一所に女浪めなみのように歩行あるかっしゃる。
 これでまた爺どのは悚然ぞっとしたげな。のう、いかな事でも、明神様の知己ちかづきじゃ言わしったは串戯じょうだんで、大方は、葉山あたりの誰方どなたのか御別荘から、お忍びの方と思わしっけがの。
 今かっしゃるのは反対あべこべに秋谷の方じゃ。……はてな、と思うと、変った事は、そればかりではござりませぬよ。
 嘉吉のやつがの、あろう事か、慈悲を垂れりゃ、何とやら。珠はつかむ、酒の上じゃ、はじめはただ、御恩返しじゃの、お名前を聞きたいの、ただ一目お顔の、とこだわりましけ。柳に受けて歩行あるかっしゃるで、機織場はたおりばねえやがとこへ、夜さり、畦道あぜみちを通う時の高声の唄のような、真似もならぬ大口利いて、はては増長この上なし、袖を引いて、手を廻して、背後うしろから抱きつきおる。
 爺どのは冷汗いたげな。や、それでも召もののすそに、草鞋わらじひっかかりましたように、するすると嘉吉に抱かれて、前ざまにかっしゃったそうながの、お前様、飛んでもない、」
しからん事を――またしたもんです。」
 と小次郎法師は苦り切る。

       十一

 うばは分別あり顔に、
「一目見たら、その御容子ようすだけでなりと、分りそうなものでござります。
 貴女あなたが神にせよ、また人間にしました処で、嘉吉づれが口を利かれます御方ではござりませぬ。そうでなくとも、そんな御恩をこうむったでござりますもの。拝むにも、後姿でのうては罰の当ります処、悪党なら、お前様、発心のしどころを。
 根が悪徒ではござりませぬ、取締りのない、ただぼうと、一夜酒ひとよざけが沸いたようなやっこ殿じゃ。すすきも、あしも、女郎花おみなえしも、見境みさかいはござりませぬ。
 髪が長けりゃ女じゃ、と合点して、さかりのついた犬同然、珠を頂いた御恩なぞも、新屋のあねえに、やぶの前で、牡丹餅ぼたもち半分分けてもろうた了簡りょうけんじゃで、のう、食物たべものも下されば、おなさけも下さりょうぐらいに思うて、こびりついたでござります。
 弁天様の御姿にも、蠅がたかれば、お鬱陶うっとしい。
 通りがかりにただ見ては、草がくれの路と云うても、ひでりに枯れた、岩の裂目とより見えませぬが、」
 姥は腰を掛けたまま。さて、乗出すほどの距離でもなかった――
きその、向う手を分け上りますのが、山一ツ秋谷在へ近道でござりまして、馬車うまくるまこそ通いませぬけれども、わしなどは夜さり店をしまいますると、お菓子、水菓子、商物あきないものだけを風呂敷包、ト背負しょいいまして、片手に薬缶やかんを提げたなりで、夕焼にお前様、影をのびのび長々と、曲った腰も、楽々小屋へ帰りますがの。
 貴女はそこへ。……お裾がなびいた。
 これは不思議、と爺どのが、肩を半分乗出す時じゃ、お姿が波を離れて、山の腹へすらりと高うなったと思うと、はて、何を嘉吉がしくさりましたか。
 きっと振向かっしゃりました様子じゃっけ、お顔の団扇が飜然ひらりかえって、ななめに浴びせて、嘉吉の横顔へびしりと来たげな。
 きゃっ!と云うとはね返って、道ならものの小半町、膝とかかとで、抜いた腰を引摺ひきずるように、その癖、怪飛けしとんでげて来る。
 爺どのは爺どので、息を詰めた汗の処へ、今のきゃあ!で転倒てんどうして、わっ、と云うて山の根から飛出す処へ、胸を頭突ずつきに来るように、ドンと嘉吉が打附ぶつかったので、両方へ間を置いて、この街道の真中まんなかへ、何と、お前様、見られた図ではござりますか。
 二人とも尻餅じゃ。
(ど、どうした野郎、)と小腹も立つ、爺どのが恐怖紛おっかなまぎれに、がならっしゃると、早や、変でござりましたげな、きょろん、としたがんの見据えて、わしが爺の宰八の顔をじろり。
(ば、ば、ば、)
(ええ!)
怪物ばけもの!)と云うかと思うと、ひょいと立って、またばたばたと十足とあしばかり、駆戻って、うつむけに突んのめったげにござりまして、のう。
 爺どのは二度吃驚びっくりちかけた膝がまたがっくりと地面じべたへ崩れて、ほっと太い呼吸いきさついた。かっとなって浪の音も聞えませぬ。それでいて――寂然しんとして、海ばかり動きます耳に響いて、秋谷へ近路のその山づたい。鈴虫がを立てると、露がこぼれますような、い声で、そして物凄ものすごう、

(ここはどこの細道じゃ、
       細道じゃ。
 天神さんの細道じゃ、
       細道じゃ。
 少し通して下さんせ、下さんせ。)

 とあわれに寂しく、貴女の声で聞えました。
 その声が遠くなります、山の上を、薄綿で包みますように、雲が白くかかりますと、音が先へ、あ――とたよりない雨が、海の方へ降って来て、お声は山のうらかけて、遠くなってきますげな。
 前刻さっき見たの毛の雲じゃ、一雨来ようと思うた癖に、こりゃ心ない、荷が濡れよう、と爺どのは駆けて戻って、がッたり車を曳出ひきだしながら、村はずれの小店からまず声をかけて、嘉吉めを見せにやります。
 何か、その唄のお声が、のう、十年五十年も昔聞いたようにもあれば、こう云う耳にも、響くと云います。
 遠慮すると見えまして、余りくわしい事は申しませぬが、嘉吉はそれから、あの通り気が変になりました。
 さあ、界隈かいわいは評判で、小児こどもどもが誰云うとなく、いつの間やら、その唄を……」

       十二

(ここはどこの細道じゃ、
       細道じゃ。
 秋谷やしきの細道じゃ、
       細道じゃ。
 少し通して下さんせ、
       下さんせ。
 誰方どなたが見えても通しません、
       通しません。)

「あの、こう唄うのではござりませんか。
 当節は、もう学校で、かあかあからすが鳴く事の、池のこいを食う事の、と間違いのないお前様、ちゃんと理の詰んだ歌を教えさっしゃるに、それを皆が唄わいで、今申した――

(ここはどこの細道じゃ、
 秋谷邸の細道じゃ。)

 とあわれな、寂しい、細い声で、口々に、小児こども同士、顔さえ見れば唄い連れるでござりますが、近頃は久しい間、打絶えて聞いたこともござりませぬ――この唄を爺どのがその晩聞かしった、という話以来このかた、――誰云うとなく流行はやりますので。
 それも、のう元唄は、

(天神様の細道じゃ、
 少し通して下さんせ、
 御用のない人通しません、)

 確か、こうでござりましょう。それを、

(秋谷邸の細道じゃ、
 誰方が見えても通しません、
        通しません。)

 とひとりでに唄います、の。まだそればかりではござりません。小児こどもたちが日の暮方、そこらを遊びますのに、いやな真似を、まあ、どうでござりましょう。
 てんでんが芋※ずいき[#「くさかんむり/更」、153-3]の葉をぎりまして、目の玉二つ、口一つ、穴を三つ開けたのを、ぬっぺりと、こう顔へかぶったものでござります。おおきいのから小さいのから、その蒼白あおじろい筋のある、細ら長い、狐とも狸とも、姑獲鳥うぶめ、とも異体の知れぬ、中にも虫喰のござります葉の汚点しみは、かったいか、痘痕あばたの幽霊。つらを並べて、ひょろひょろと蔭日向かげひなたやぶの前だの、谷戸口やとぐちだの、山の根なんぞを練りながら今の唄を唄いますのが、三人と、五人ずつ、一組や二組ではござりませんで。
 悪戯いたずらこうじて、この節では、唐黍とうもろこしの毛の尻尾しっぽを下げたり、あけびを口にくわえたり、茄子提灯なすびぢょうちん闇路やみじ辿たどって、日が暮れるまでうろつきますわの。
 気になるのは小石を合せて、手ん手に四ツ竹を鳴らすように、カイカイカチカチと拍子を取って、唄が段々身に染みますに、みんなうち散際ちりぎわには、一人がカチカチ石を鳴らして、

(今打つ鐘は、)

 と申しますと、

(四ツの鐘じゃ、)

 と一人がカチカチ、五ツ、六ツ、九ツ、八ツと数えまして……

(今打つ鐘は、
 七ツの鐘じゃ。)

 と云うのを合図に、

(そりゃ魔がすぞ!)

 とどっはやして、消えるように、残らず居なくなるのでござりますが。
 何ともいやな心持で、うそ寂しい、ちょうど盆のお精霊様しょうりょうさまが絶えずそこらを歩行あるかっしゃりますようで、気の滅入めいりますことと云うては、穴倉へ引入れられそうでござります。
 活溌な唱歌を唄え。あれは何だ、と学校でも先生様が叱らしゃりますそうなが、それでめますほどならばの、学校へく生徒に、蜻蛉とんぼう釣るものもりませねば、木登りをする小僧もないはず――一向に留みませぬよ。
 内は内で親たちが、厳しく叱言こごとも申します。気の強いのは、おのれ、凸助でこすけ……いや、鼻ぴっしゃり、芋※ずいき[#「くさかんむり/更」、154-12]の葉の凹吉ぼこきちめ、細道で引捉ひッつかまえて、張撲はりなぐってこらそう、と通りものを待構えて、こう透かして見ますがの、背の高いのから順よく並んで、同一おなじような芋※[#「くさかんむり/更」、154-13]の葉をかぶっているけに、ものの縞柄しまがらも気のせいか、逢魔おうまが時にぼうとして、庄屋様の白壁に映して見ても、どれが孫やら、せがれやら、小女童こめろやら分りませぬ。
 おなじように、憑物つきものがして、魔に使われているようで、手もつけられず、親たちがうろうろしますの。村方一同寄るとさわると、立膝に腕組するやら、平胡坐ひらあぐら頬杖ほおづえつくやら、変じゃ、希有けうじゃ、何でもただ事であるまい、と薄気味を悪がります。
 中でも、ほッと溜息ためいきついて、気に掛けさっしゃったのが、鶴谷喜十郎様。」
 と丁寧に、また名告なのって、うば四辺あたりを見たのである。

       十三

 さて十年の馴染なじみのように、擦寄って声をひそめ、
童唄わらべうたを聞かっしゃりまし――(秋谷やしきの細道じゃ、誰方が見えても通しません)――と、の、それ、」
 小次郎法師のうなずくのを、合点させたり、とじっと見て、うばはやがて打頷うちうなずき、
「……でござりましょう。まず、この秋谷で、邸と申しますれば――そりゃ土蔵、白壁造しらかべづくりかわら屋根は、御方一軒ではござりませぬが、太閤様たいこうさまは秀吉公、黄門様は水戸様でのう、邸は鶴谷に帰したもの。
 ところで、一軒は御本宅、こりゃ村の草分でござりますが、もう一軒――喜十郎様が隠居所にお建てなされた、御別荘がござりましての。
 お金は十分、通い廊下に藤の花をさかしょうと、西洋窓に鸚鵡おうむを飼おうと、見本はき近い処にござりまして、思召おぼしめし通りじゃけれど、昔気質かたぎの堅い御仁ごじん、我等式百姓に、別荘づくりは相応ふさわしからぬ、とついこのさきの立石たていし在に、昔からの大庄屋が土台ごと売物に出しました、瓦ばかりも小千両、大黒柱が二抱え。平家ながら天井が、高い処に照々きらきらして間数まかず十ばかりもござりますのを、牛車うしぐるまに積んで来て、背後うしろおおきな森をひかえて、黒塗くろぬりの門も立木の奥深う、巨寺おおでらのようにお建てなされて、東京の御修業さきから、御子息の喜太郎様が帰らっしゃりましたのに世を譲って、御夫婦一まず御隠居が済みましけ。
 去年の夏でござりますがの、喜太郎様が東京で御贔屓ひいきにならしった、さる御大家の嬢様じゃが、夏休みに、ぶらぶらやまいの保養がしたい、と言わっしゃる。
 海辺はにぎやかでも、馬車が通ってほこりが立つ。閑静な処をお望み、間数は多しあつらえ向き、隠居所を三間ばかり、腰元も二人ぐらい附くはずと、御子息から相談をたっしゃると、隠居と言えば世を避けたも同様、また本宅へ居直るも億劫おっこうなり、年寄としよりと一所では若い御婦人の気がつまろう。若いものは若い同士、本家の方へお連れ申して、土用正月、歌留多うたがるたでも取って遊ぶがい、嫁もさぞ喜ぼう、と難有ありがたいは、親でのう。
 そこで、そのお嬢様に御本家の部屋を、幾つか分けて、貸すことになりましけ。ある晩、腕車くるまでお乗込み、天上ぬけにうつくしい、と評判ばかりで、私等わしらついぞお姿も見ませなんだが、下男下女どもにも口留めして、かくさしったも道理じゃよ。
 その嬢様は落っこちそうなお腹じゃげな。」
「むむ、はらんでいたかい。そりゃしからん、その息子というのが馴染なじみではないのかね。」
「御推量でございます、そこじゃ、お前様。見えて半月ともちませぬに、えらい騒動が起ったのは、喜太郎様の嫁御がまた臨月じゃ。
 御本家に飼殺しの親爺おやじ仁右衛門、渾名あだな苦虫にがむし、むずかしい顔をして、御隠居殿へ出向いて、まじりまじり、煙草たばこひねって言うことには、(ハイ、これ、昔から言うことだ。二人一斉いっときに産をしては、後か、さきか、いずれ一人、相孕あいばらみ怪我けががござるで、分別のうてはなりませぬ、)との。
 喜十郎様、凶年にもない腕組をさっせえて、(善悪よしあしはともかく、内の嫁が可愛いにつけ、余所よその娘の臨月を、出てけとは無慈悲で言われぬ。ただしひさしを貸したものに、母屋おもやを明渡して嫁を隠居所へ引取る段は、先祖の位牌いはいへ申訳がない。私等わしらが本宅へ立帰って、その嬢様にはこの隠居所を貸すとしよう)――御夫婦、黒門を出さしったのが、また世に立たっしゃる前表かの。
 鶴谷は再度、御隠居の代になりました。」
「息子さんは不埒ふらちが分って勘当かい。」
「聞かっせえまし、喜太郎様は亡くなりましたよ。前後あとさきへ黒門から葬礼おとむらいが五つ出ました。」
「五つ!」
「ええ、ええ、お前様。」
「誰と誰と、ね?」
「はじめがその出養生でようじょうの嬢様じゃ。これが産後でおいとしゅうならしった。大騒ぎのすぐあと、七日目に嫁御がお産じゃ。
 汐時しおどきが二つはずれて、朝六つから夜の四つ時まで、苦しみ通しの難産でのう。
 村中は火事場の騒ぎ、御本宅はしんとして、御経の声やら、しわぶきやら……」

       十四

「占者がを立てて、こりゃ死霊しりょうたたりがある。この鬼に負けてはならぬぞ。この方から逆寄さかよせして、別宅のその産屋うぶやへ、守刀まもりがたな真先まっさきに露払いで乗込めさ、と古袴ふるばかま股立ももだちを取って、突立上つッたちあがりますのにいきおいづいて、お産婦をしとねのまま、四隅と両方、六人の手でそっいて、釣台へ。
 お先立ちがその易者殿、御幣ごへいを、ト襟へさしたものでござります。筮竹ぜいちくの長袋をまえ半じゃ、小刀のように挟んで、馬乗提灯うまのりぢょうちんの古びたのに算木をあらわしましたので、黒雲のおっかぶさった、蒸暑いあぜてらし、大手をって参ります。
 嫁入道具に附いて来た、藍貝柄あおがいえ長刀なぎなたを、柄払つかばらいして、仁右衛門親仁が担ぎました。真中まんなかへ、お産婦の釣台を。そのわきへ、喜太郎様が、帽子シャッポかぶりで、あおくなって附添った、背後うしろへ持明院の坊様がの衣じゃ。あとから下男下女どもがぞろぞろときました。取揚婆とりあげばあ[#「婆」は底本では「姿」]さんはさきへ早や駆抜けて、黒門のお部屋へ産所の用意。
 途中、何とも希有けうな通りものでござりまして、あの蛍がまたむらむらと、蠅がなぶるように御病人の寝姿にたかりますと、おなじ煩うても、美しい人の心かして、夢中で、こう小児こどものように、手で取っちゃ見さしっけ。
 上へ手を上げさっしゃるのも、御容体を聞くにつけ、空をつかんでもだえさっしゃるようで、目も当てられぬ。
 それでも祟りに負けるなと、言うて、一生懸命、仰向あおむかしった枕をこぼれて、さまでせも見えぬ白い頬へかかる髪の先を、しっかり白歯でましったが、お馴染なじみじゃ、わしやぶの下でまちつけて、御新造様ごしんぞさましっかりなさりまし、と釣台にすがったれば、アイと、細い声で云うて莞爾にっこりと笑わしった。橋を渡って向うへ通る、やみの晩の、はんの木の下あたり、蛍の数の宙へいかいことちらちらして、常夏とこなつの花のおもかげつのが、貴方あなたの顔のあたりじゃ、と目をつぶって、おめでたを祈りましたに……」
 声も寂しゅう、
「お寺の鐘が聞えました。」
南無阿弥陀仏なむあみだぶつ、」
「お可哀相に、初産ういざんで、その晩、のう。
 いやな事でござります。黒門へ着かしって、産所へ据えよう、としますとの、それ、出養生の嬢様の、お産の床と同一おんなじじゃ。(ああ、青い顱巻はちまきをした方が、寝てでござんす、ちっとわきへ)と……まあ、難産の嫁御がそう言わしっけ。
 其奴そいつに、負けるな、押潰おッつぶせ、と構わずしとねを据えましたが、夜露を受けたが悪かったか、もうお医者でも間に合わず。
(あなたも。……口惜くやしい、)と恍惚うっとりして、枕にひしとくいつかしって、うむと云うが最期で、の、身二ツになりはならしったが、産声も聞えず、両方ともそれなりけり。
 余りの事に、取逆上とりのぼせさしったものと見えまして、喜太郎様はその明方、裏の井戸へ身を投げてしまわしった。
 井戸がえもしたなれど、不気味じゃで、誰も、はい、その水を飲みたがりませぬ処から、井桁いげたも早や、青芒あおすすきにかくれましたよ。
 七日に一度、十日に一度、仁右衛門親仁や、わしがとこの宰八――わかいものははじめから恐ろしがってよっつきませぬで――年役に出かけては、雨戸を明けたり、引窓を繰ったり、日も入れ、風も通したなれど、この間のその、のう、嘉吉が気が違いました一件の時から、いい年をしたものまで、黒門を向うの奥へ、木下闇このしたやみのぞきますと、足がすくんで、一寸も前へ出はいたしませぬ。
 かんざしの蒼い光ったたまも、大方蛍であろう、などと、ひそひそ風説うわさをします処へ、芋※ずいき[#「くさかんむり/更」、160-11]の葉に目口のある、小さいのがふらふら歩行あるいて、そのお前様、

(秋谷邸の細道じゃ、
 誰方が見えても……)[#底本では4字下げ]

 でござりましょう。人足ひとあしが絶えるとなれば、草が生えるばっかりじゃ。ハテ黒門の別宅は是非に及ばぬ。秋谷邸の本家だけは、人足が絶やしとうないものを、どうした時節か知らぬけれど、鶴谷の寿命が来たのか、と喜十郎様は、かさねがさねおつむりが真白まっしろで。おふくろ様もいお方、おいとしい事でござります。
 おお、おお、つい長話になりまして、そちこち刻限、ああ、可厭いやな芋※[#「くさかんむり/更」、160-11]の葉が、唄うて歩行あるく時分になりました。」
 と姥は四辺あたり※(「目+句」、第4水準2-81-91)みまわした。浪の色が蒼くなった。
 寂然しんとして、はては目をつむって聞入った旅僧は、夢ならぬ顔を上げて、葭簀よしずから街道の前後あとさきながめたが、日脚を仰ぐまでもない。
「身に染む話に聞惚ききとれて、人通りがもう影法師じゃ。世の中には種々いろいろな事がある。お婆さん、おかげ沢山たんと学問をした、難有ありがとう、どれ……」

       十五

「そして、御坊様は、これからどこまでかっしゃりますよ。」
 包を引寄せる旅僧に連れて、うばも腰を上げて尋ねると、
「鎌倉は通越して、藤沢まで今日の内に出ようという考えだったが、もう、これじゃ葉山であかりこう。
 おお[#「 おお」は底本では「おお」]、そう言や、森戸の松の中に、ちらちらとが見える。」
「よう御存じでござりますの。」
「まだ俗のうちに知っています。そこで鎌倉を見物にも及ばず、東海道の本筋へ出ようという考えじゃったが、早や遅い。
 修業が足りんで、樹下、石上、野宿も辛し、」
 と打微笑うちほほえみ、
「鎌倉まできましょうよ。」
「それはそれは、御不都合な、つい話に実がりまして、まあ、とんだ御足おみあしを留めましてござります。」
「いや、どういたして、かたじけない。私は尊いお説教を聴問したような心持じゃ。
 何、嘘ではありません。
 見なさる通り、行脚あんぎゃとは言いながら、気散じの旅の面白さ。蝶々蜻蛉とんぼ道連みちづれには墨染の法衣ころもの袖の、発心の涙が乾いて、おのずから果敢はかない浮世の露も忘れる。
 いつとなく、仏の御名みなを唱えるのにも遠ざかって、前刻さっきも、お前ね。
 実はここに来しなであった。秋谷明神と云う、その森の中の石段の下を通って、日向ひなたの麦ばたけ差懸さしかかると、この辺には余り見懸けぬ、十八九の色白な娘が一人、めりんす友染ゆうぜん襷懸たすきがけ、手拭てぬぐいかぶって畑に出ている。
 歩行あるきながら振返って、何か、ここらにおもしろい事もないか、と徒口むだぐち半分、檜笠ひのきがさの下からおとがいを出して尋ねるとね。

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