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草迷宮(くさめいきゅう)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-22 13:07:19  点击:  切换到繁體中文


 と思ったがそれは遠い。このふっくりした白いものは、南無三宝なむさんぼう仰向あおむけに倒れた女の胸、膨らむ乳房の真中まんなかあたり、鳩尾みぞおちを、土足でんでいようでないか。
 仁右衛門ぶるぶるとなり、据眼すえまなこじっと見た、白い咽喉のんどをのけざまに、苦痛に反らして、黒髪を乱したが、唇をる歯の白さ。草に鼻筋の通った顔は、忘れもせぬ鶴谷の嫁、初産ういざんに世を去った御新姐ごしんぞである。
 親仁は天窓あたまから氷を浴びた。
 恐しさ、怪しさより、勿体なさに、慌てて踏んでいる足をけると、我知らず、片足が、またぐッと乗る。
 うむ、とうめかれて、ハッと開くと、もとの足で踏みかける。顛倒てんどうして慌てるほど、身体からだのおしに重みがかかる、とその度に、ぐ、ぐ、と泣いて、口から垂々だらだらと血を吐くのが、咽喉のどかかり、胸を染め、乳の下をさっと流れて、仁右衛門のあしのうら生暖なまあたたこう垂れかかる。
 あッと腰を抜いて、手をくと、その黒髪を掻掴かいつかんだ。
 御免なせえまし、御新姐様、御免なせえまし、と夢中ながら一心に詫びると、踏躪ふみにじられる苦悩の中から、目を開いて、じろじろと見る瞳が動くと、口も動いて、莞爾にっこりする、……その唇から血が流れる。
 足はにかわで附けたよう。
 同一おなじ処でうごめく処へ、宰八の声が聞えたので、救助たすけを呼ぶさえ呻吟うめいたのであった。
 かくて、手を取って引立ひったてられた――宰八が見た飛石は、魅せられた仁右衛門の幻の目に、すなわち御新姐の胸であったのである、足もまだ粘々ねばねばする、手はこの通り血だらけじゃ、とおののいたが、行燈に透かすと夜露にれて白けていた。

折れ何とも、六十の親仁が天窓あたまを下げる。宰八、夜深よふかじゃが本宅まで送ってくれ。片時もこの居まわり三町の間にりたくない、生命いのちばかりはお助けじゃ。」
 と言って、誰にするやら仁右衛門はへたへたとお辞儀をした。
 そこで、表門へ廻った二人は、とみんな連立って出て見ると、訓導は式台前の敷石の上に、ぺたんと坐っていた。狐饂飩きつねうどんの亭主は見えず。……後で知れたがそれは一散にげた、と言う。

 何を見て驚いたか、渠等かれらかぶりって語らない。一人ははかま穿いた官女の、目の黒い、耳のがったすさまじき女房の、薄雲うすぐもりの月に袖を重ねて、木戸口にたたずんだ姿を見たし、一人は朱のつらした大猿にして、尾の九ツに裂けた姿に見た、と誰伝うるとなく、程ってほのかれ聞える。――

       三十八

二人寝には楽だけれども、座敷が広いから、蚊帳は式台向きの二隅ふたすみと、障子と、ふすまと、両方の鴨居かもいの中途に釣手を掛けて、十畳敷のその三分の一ぐらいを――大庄屋の夜の調度――浅緑を垂れ、紅麻こうあさすそ長くいて、縁側のかたに枕を並べた。
 ある日、朝から雨が降って、昼も夜のようであったその夜中の事――と語り掛けて、明はすやすやと寝入ったのである。
 いずれそれも、怪しき事件ことの一つであろう。……あわれ、このわかき人の、聞くがごとくんば連日の疲労つかれもさこそ、今宵は友として我ここに在るがため、幾分の安心を得てうつつなく寝入ったのであろう、と小次郎法師が思うにつけても、蚊帳越にみまもらるるは床の間を背後うしろにした仄白々ほのしろじろとある行燈あんどう
 楽書らくがきの文字もないが、今にも畳を離れそうで、すそが伸びるか、ともしびが出るか、蚊帳へ入って来そうでならぬ。
 そういえば、掻き立てもしないのに、明の寝顔も、また悪く明るい。
貴下あなた寝冷ねびえをしては不可いけません。」
 寝苦しいか、白やかな胸を出して、鳩尾みぞおちへ踏落しているのを、せた胸にさわらないように、っと引掛ひっかけたが何にも知らず、まずかった。――仁右衛門が見た御新姐ごしんぞのように、この手が触って血を吐きながら、莞爾にっこりとしたらどうしょう。
 そう思うと寝苦しい、何にも見まい、と目をふさぐ、と塞ぐ後から、まぶたがぱちぱちと音がしそうに開いてしまうのは、心がえて寝られぬのである。
 掻巻かいまき引被ひっかぶれば、ふすまの袖から襟かけて、おおき洞穴ほらあなのように覚えて、足をいて、何やらずるずると引入れそうで不安に堪えぬ。
 すぽりと脱いで、坊主天窓あたまをぬいと出したが、これはまた、ばあ、と云ってニタリと笑いそうで、自分の顔ながら気味の悪さ。
 そこできっとなって、襟を合せて、枕を仕かえて、気を沈めて、
衆怨悉退散しゅうおんしったいさん、」
 と仰向あおむけのままじゅすと、いくらか心が静まったと見えて、旅僧はつい、うとうととしたかと思うと、ぽたり、と何か枕許まくらもとへ来たのがある。
 が、雨垂あまだれとも、血を吸膨れた蚊が一ツ倒れた音とも、まだ聞定めないでうつつ[#ルビの「うつつ」は底本では「うつ」]でいると、またぽたり……やがて、ぽたぽたと落ちたるが、今度はたしかに頬にかかった。
 やっと冷たいのが知れて、てのひらでると、ひやりとする。身震いして少し起きかけて、旅僧は恐る恐るともしびの影にすかしたが、さいわいに、血の点滴したたりではない。
 さては雨漏りと思う時は、蚊帳を伝ってしずくするばかり、はらはらと降りそそぐ。
 耳を澄ますと、屋根の上は大雨であるらしい。
 浮世にあらぬ仮の宿にも、これほどわびしいものはない。けれども、雨漏あまもりにも旅馴たびなれた僧は、押黙って小止おやみを待とうと思ったが、ますます雫は繁くなって、掻巻の裾あたりは、びしょびしょ、刎上はねあがって繁吹しぶきが立ちそう。
 屋根で、鵝鳥がちょうが鳴いた事さえあると聞く。家ごと霞川の底に沈んだのでなかろうか。……トタンに額を打って、鼻頭はなづらにじんだ、大粒なのに、むっくと起き、枕を取って掻遣かいやりながら、立膝で、じりりと寄って、肩までまくれた寝衣ねまきの袖を引伸ばしながら、
「もし、大分漏りますが、もし葉越さん。」
 と呼んだが答えぬ。
 目敏めざとそうな人物が、と驚いて手をかざすと、すすきの穂をゆすぶるように、すやすやと呼吸いきがある。
「ああ、よく寝られた。」
 とじっと顔を見ると、明の、まなじりの切れた睫毛まつげの濃い、目の上に、キラキラとした清い玉は、同一おなじ雨垂れに濡れたか、あらず。……
 来方こしかたは我にもあり、ただ御身おんみは髪黒く、顔白きに、我はかしらあおく、つらの黄なるのみ。同一おなじ世の孤児みなしごよ、と覚えずほうり落ちた法師自身の同情の涙の、明の夢に届いたのである。
 四辺あたりを見ると、この人目覚めぬも道理こそ。雨の雫の、糸のごとく乱れかかるのは、我が身体からだばかりで、明の床には、をあさるのみらぬ。
 南無三宝、魔物のつばじゃ。

       三十九

 例の、その幻の雨とは悟ったものの、見す見すひやりとして濡るるのは、笠なしに山寺から豆腐買いに里へられた、小僧の時より辛いので、たまりかねて、蚊帳の裾を引被ひっかついで出たが、さてどこを居所いどころとも定まらぬ一夜の宿。
 消えなんとする旅籠屋はたごや行燈かんばんを、時雨の軒に便る心で。
 僧は燈火ともしび[#「燈火」は底本では「灯燈」]もと膝行いざり寄った。
 寝衣ねまきを見ると、どこも露ほども濡れてはおらぬ。まず頬のあたりから腕をこうとしたほどだったのに……もとより寝床に雨垂の音は無い。
 その腕を長く、つき反らしてさすりながら、
衆怨悉退散しゅうおんしったいさん。」
 とまた念じて、じっと心を沈めると、この功徳か、蚊の声が無くなって、しんとして静まり返る。
 また余りのしずかさに、自分の身体からだが消えてしまいはせぬか、という懸念がし出して、押瞑おしつぶった目を夢から覚めたように恍惚うっとりと、しかもつぶらに開けて、真直まっすぐな燈心を視透みすかした時であった。
 飜然ひらりと映って、行燈あんどうへ、中から透いて影がさしたのを、女の手ほどのおおき蜘蛛くも、と咄嗟とっさに首をすくめたが、あらず、あらず、柱に触って、やがて油壺あぶらつぼの前へこぼれたのは、の葉であった、青楓あおかえでの。
 僧は思わず手で拾った。がそのまさしく木の葉であるや、しからずや、確かめようとしたのか、どうか、それはかれにも分りはせぬ。
 ト続いて、さっと影がさして、横繁吹よこしぶきに乗ったようにさらりと落ちる。
 我にもあらず、またもやそれを拾った時、せんのを、
「一枚、」
 と思わずかぞえた。
「二枚、」
 とあとを数え果さず、三枚目のは、貝ほどのけやきの葉で、ひらひらとともしびかすめて来た、影がおおきい。
「三枚、」
 と口のうちつぶやくと、早や四枚目が、ばさばさと行燈の紙にさわった。
「四枚、五枚、六枚、七枚、」
 と数える内に、拾い上げた膝の上は、早や隙間なく落葉に埋もるる。
 空を仰ぐと、天井は底がなく、暗夜やみ深山みやまにある心地。
 おお、この森を峠にして、こんな晩、中空を越す通魔とおりまが、魔王に、はたと捧ぐる、関所の通証券とおりてがたであろうも知れぬ。膝を払ってと立って、木の葉のはらはらと揺れるに連れて、ぶるぶるとかれは身震いした。
「えへん!」
 と揉潰もみつぶされたようなかすれたせきして、何かに目を転じて、心を移そうとしたが、風呂敷包の、御経を取出す間も遅し。さすがに心着いたのは、障子に四五枚、かりそめにった半紙である。
 これはここへ来てからの、心覚えの童謡わらわうたを、明が書留めて朝夕ちょうせきに且つ吟じ且つながむるものだ、と宵に聞いた。
 立ったままに寄って見ると、真先まっさきに目に着いたのが濃い墨で、

落葉一枚、

 僧は更に悚然ぞっとした。

落葉一枚、
二枚、三枚、
とおとかさねて、
落葉の数も、
ついて落いた君の年、
      君の年――

 振返ると、まだそこに、掃掛けてしたように、あおきが黒く散々ちりぢりである。

懐かしや、花の常夏とこなつ
霞川に影が流れた。
そのおもかげや、俤や――

 紙を通して障子の彼方かなたに、ほの白いその俤が……どうやらいて見えるようで、固くなった耳の底で、天の高さ、地の厚さを、あらん限り、深く、はるかに、星の座も、竜宮のともしび同一おなじ遠さ、と思うあたり黄金こがねの鈴を振るごとく、ただ一声こえ、コロリン、と琴が響いた。
 はっと半紙を見ると、瞳へチラリ。

コロリン!

 と字が動いたよう。続けて――

琴の音が…………

 と記してあった。

       四十

 客僧は思案して、心を落着け、衣紋えもんを直して、さて、中に仏像があるので、床の間を借りて差置いた、荷物を今解き始めたが、深更のこの挙動ふるまいは、木曾街道の盗賊ものどりめく。
 不浄よけの金襴きんらんきれにくるんだ、たけ三寸ばかり、黒塗くろぬりの小さな御厨子みずしを捧げ出して、袈裟けさを机に折り、その上へ。
 元来もとこの座敷は、京ごのみで、一間の床の間にかたわらに、高い袋戸棚が附いて、かたえは直ぐに縁側の、戸棚の横が満月なりに庭に望んだ丸窓で、嵌込はめこみの戸を開けると、葉山繁山中空へ波をかさねて見えるのが、今は焼けたが故郷ふるさとの家の、書院の構えにそっくりで、なつかしいばかりでない。これもここでのぞみの達せらるるきざしか、と床しい、と明が云って、直ぐにこの戸棚を、卓子テエブルまがいの机に使って、旅硯たびすずりも据えてある。椅子がわりに脚榻きゃたつを置いて。……
 周囲まわりが広いから、水差茶道具の類も乗せて置く。
 そこで、この男の旅姿を見た時から、ちゃんと心づもりをしたそうで、深切しんせつな宰八じじいは、夜のものと一所に、机を背負しょって来てくれたけれども、それは使わないで、床の間の隅に、ほこりは据えず差置いた。心にかなって逗留とうりゅうもしようなら、用いて書見をなさいまし、と夜食の時に言ってくれた。
 その机を、今ここへ。
 御厨子を据えて、さてどこへ置直そうと四辺あたりた時、蚊帳の中で、三声みこえばかり、いたく明がうなされた。が……此方こなたの胸が痛んだばかりで、揺起すまでもなく、さいわいにまたしずかになった。
 障子を開けて、縁側は自分も通るし、一方は庭づたいに入った口で、日頃はとにかく、別に今夜は何事もない。しきりに気になるのは、大掃除の時のために、一枚はずれる仕掛けだという、向うの天井の隅と、その下に開けた事のない隔てのふすまの合せ目である。
「わが仏守らせたまえ。」
 と祈念なし、机を取って、押戴おしいただいて、きっと見て、其方そなたへ、と座を立とうとする。
 途端であった。
「しばらく。」
 ずしん、の底へ響く声がした。
 明が呼んだか、と思う蚊帳のうちで、またはげしくうなされるので、呼吸いきを詰めて、
「…………」
 色を変える。
 襖の陰で、

「客僧しばらく――唯今ただいまそれへ参るものがござる。往来をふさぐまい。押して通るは自在じゃが、仏像ゆえに遠慮をいたす。いや、御身おみに向うて、害を加うる仔細しさいはない。」
 ト見ると襖から承塵なげしへかけた、あまじみの魍魎もうりょうと、肩を並べて、そのかしら鴨居かもいを越した偉大の人物。眉太く、眼円まなこつぶらに、鼻隆うして口のけたなるが、頬肉ほおじしゆたかに、あっぱれの人品なり。びらの帷子かたびらに引手のごとき漆紋の着いたるに、白き襟をかさね、同一おなじ色の無地のはかま、折目高に穿いたのが、襖一杯にぬっくと立った。ゆきみじかな右の手に、畳んだままの扇を取って、温顔に微笑を含み、ゆるぎ出でつ、ともなく客僧の前へのっしと坐ると、気にされた僧は、ひしと茶斑ちゃまだらの大牛に引敷ひっしかれたる心地がした。
 はっと机に、突俯つッぷそうとする胸を支えて、
「誰だ。」
 と言った。
「六十余州、罷通まかりとおるものじゃ。」
「何と申す、何人なんぴと……」
「到る処の悪左衛門、」
 と扇子を構えて、
「唯今、秋谷に罷在まかりある、すなわち秋谷悪左衛門と申す。」
「悪…………」
「悪は善悪の悪でござる。」
「おお、悪……魔、人間をのろうものか。」
「いや、人間をよけて通るものじゃ。清き光天にあり、夜鴉よがらすうらも輝き、瀬のあゆうろこも光る。くまなき月を見るにさえ、捨小舟すておぶねの中にもせず、峰の堂の縁でもせぬ。夜半人跡の絶えたる処は、かえって茅屋かややの屋根ではないか。
 しかるを、わざと人間どもが、迎え見て、そこなわるるは自業自得じゃ。」

       四十一

真日中まひなかに天下の往来を通る時も、人が来れば路を避ける。出会いであえばわきへ外れ、遣過やりすごして背後うしろを参る。が、しばしば見返る者あれば、煩わしさに隠れおおせぬ、見て驚くは其奴そやつの罪じゃ。
 いかに客僧、まだ拙者それがしを疑わるるか。」
 と莞爾かんじとして、客僧の坊主頭を、やがて天井から瞰下みおろしつつ、
「かくてもなお、我等がこの宇宙の間に罷在まかりあるをあやしまるるか。うむ、疑いに※(「目+爭」、第3水準1-88-85)みはられたな。※(「目+爭」、第3水準1-88-85)みひらいたその瞳も、直ちに瞬く。
 およそ天下に、を一目も寝ぬはあっても、またたきをせぬ人間は決してあるまい。悪左衛門をはじめ夥間なかま一統、すなわちその人間の瞬く間を世界とする――瞬くという一秒時には、日輪の光によって、御身おみ等が顔容かおかたち、衣服の一切すべて睫毛まつげまでも写し取らせて、御身等その生命の終る後、幾百年にもけるがごとく伝えらるる長い時間のあるを知るか。石と樹と相打って、火をほとばしらすも瞬く間、またその消ゆるも瞬く間、銃丸の人を貫くも瞬く間だ。
 すべて一たびただ一にんの瞬きする間に、水も流れ、風も吹く、の葉も青し、日も赤い。天下に何一つ消えするものは無うして、ただその瞬間、その瞬く者にのみ消え失すると知らば、我等が世にあることをあやしむまい。」
 と悠然として打頷うちうなずき、
「そこでじゃ、客僧。
 たといその者の、自から招くわざわいとは言え、月のたちまち雲に隠れて、世の暗くなるはあやしまず、行燈あんどうの火の不意に消ゆるにわめき、天に星の飛ぶをいぶからず、地にうりの躍るに絶叫する者どもが、われら一類がわざおびやかされて、その者、心を破り、気をきずつけ、身をそこなえば、おのずから引いて、我等修業のさまたげとなり、従うて罪のさわりとなって、実はおおいに迷惑いたす。」

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