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草迷宮(くさめいきゅう)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-22 13:07:19  点击:  切换到繁體中文



       二十

「その書生さんの時も、本宅の旦那様、大喜びで、御酒はあがらぬか。晩の物だけ重詰じゅうづめにして、夜さりまた掻餅かきもちでも焼いてお茶受けに、お茶も土瓶で持ってけ。
 言わっしゃったで、一風呂敷と夜具包みを引背負ひっしょって出向いたがよ。
 へい、お客様前刻せんこくは。……本宅でもよろしく申してでござりました。お手廻りのものや、何やかや、いずれ明日お届け申します。一餉ひとかたけほんのお弁当がわり。お茶と、それからふせらっしゃるものばかり。どうぞハイゆっくり休まっしゃりましと、口上言うたが、着物はすんでに浴衣に着換えて、燭台しょくだいわきへ……こりゃな、仁右衛門やわしが時々見廻りにく時、みんな閉切ってあって、昼でも暗えから要害に置いてあった。……せんに案内をした時に、彼これ日が暮れたで、取りあえともして置いたもんだね。そのお前様めえさま蝋燭火ろうそくびわきに、首いかしげて、腕組みして坐ってござるで、気になるだ。
(どうかさっせえましたか。)と尋ねるとの。
 ここだ!」
 と唐突だしぬけきっと云う。
「ええ何か、」と訓導は一足ひとあし退く。
 宰八は委細構わず。
「手毬の消えたちゅうがよ。(ここにたしかに置いたのが見えなくなった、)と若え方が言わっしゃるけ。
 そうら、始まったぞ、とわし一ツ腰をがっくりとやったが、縁側へつかまったあ――どんな風に、くなったか、はあ、聞いたらばの。
 三ツばかり、どうん、どうん、と屋根へ打附ぶつかったものがあった……おおきな石でも落ちたようで、吃驚びっくりして天井を見上げると、あすこから、と言わしっけ。仁右衛門、それ、の、西の鉢前の十畳敷の隅ッこ。あの大掃除の検査の時さ、お巡査まわり様が階子はしごさして、天井裏へ瓦斯がすけて這込はいこまっしゃる拍子に、洋刀サアベルこじりあがってさかさまになったが抜けたで、下に居た饂飩うどん屋の大面おおづらをちょん切って、鼻柱怪我ァした、一枚外れている処だ。
 どんと倒落さかおとしに飛んで下りたは三毛猫だあ。川の死骸と同じ毛色じゃ、(これは、と思うと縁へ出て)……と客人の若え方が言わっしゃったで、わしは思わずわき退いたが。
 庭へ下りて、草茫々ぼうぼうの中へ隠れたのを、急いで障子の外へ出て見ている内に、床の間に据えて置いた、その手毬がさ。はい、忽然こつねんと消えちゅうは、……ここの事だね。」
「消えたか、落したか分るもんか。」
「はあ、分らねえから、変でがしょ、」
「何もちっとも変じゃない。いやしくも学校のある土地に不思議と云う事は無いのだから。」
「でも、お前様めえさま、その猫がね、」
「それも猫だか、いたちだか、それとも鼠だが[#「だが」はママ]、知れたもんじゃない。森の中だもの、うさぎだって居るかも知れんさ。」
「そのお前様、知れねえについてでがさ。」
「だから、今夜行って、僕が正体を見届けてやろうと云うんだ。」
「はい、どうぞ、願えますだ。今までにも村方で、はあ、そんな事を言って出向いたものがの、なあ、仁右衛門。」
 無言なり。
前方さきへ行って目をまわしっけ、」
「馬鹿、」
 と憤然むっとした調子でつぶやく。
 きかぬ気の宰八、くれないはさみ押立おったて、
「お前様もまた、馬鹿だの、仁右衛門だの、坊様だの、人大勢の時に、よく今夜来さしった。今まではハイついぞ行って見ようとも言わねえだっけが。」
当前あたりまえです、学校の用を欠いて、そんな他愛たわいもない事にかかり合っていられるもんかい。休暇になったから運動かたがた来て見たんだ。」
「へ、お前様なんざ、畳がねるばかりでも、投飛ばされる御連中だ。」
「何を、」
わしなんざ臆病おくびょうでも、その位の事にゃれたでの、船へ乗った気でおっこらえるだ。どうしてどうして、まだ、お前……」
「宰八よ、」
 と陰気な声する。
「おお、」
「ぬしゃまた何も向うづらになって、おかしなもののお味方をするにゃ当るめえでねえか。それでのうてせえ、おりゃ重いもので押伏おっぷせられそうな心持だ。」
 と溜息ためいきをして云った。浮世をとざしたような黒門のいしずえを、もやがさそうて、向うから押し拡がった、下闇したやみの草に踏みかかり、しげりの中へ吸い込まれるや、否や、仁右衛門が、
「わっ、」
 と叫んだ。

       二十一

「はじめの夜は、ただその手毬てまりせましただけで、別に変った事件ことも無かったでございますか。」
 と、小次郎法師の旅僧たびそう法衣ころもの袖を掻合かきあわせる。
 障子を開けて縁の端近はしぢかに差向いに坐ったのは、わかい人、すなわち黒門の客である。
 障子も普通なみよりは幅が広く、見上げるような天井に、血の足痕あしあともさて着いてはおらぬが、雨垂あまだれつたわったら墨汁インキが降りそうな古びよう。巨寺おおでらの壁に見るような、雨漏あまもりあと画像えすがたは、すす色の壁に吹きさらされた、袖のひだが、浮出たごとく、浸附しみついて、どうやら饅頭まんじゅうの形した笠をかぶっているらしい。顔ぞと見る目鼻はないが、その笠は鴨居かもいの上になって、空から畳を瞰下みおろすような、おもうに漏る雨の余りわびしさに、笠欲ししと念じた、壁の心があらわれたものであろう――抜群にこの魍魎もうりょう偉大おおきいから、それがこの広座敷の主人あるじのようで、月影がぱらぱらとうろこのごとくを落ちた、広縁の敷居際に相対した旅僧の姿などは、硝子がらす障子に嵌込はめこんだ、歌留多かるたの絵かと疑わるる。
「ええ、」
 と黒門の年若な逗留とうりゅう客は、火のない煙草たばこ盆の、はるかに上の方で、燧灯マッチって、しずかいつけた煙草の火が、その色の白い頬に映って、長い眉を黒く見せるほどの内は薄暗い。――差置かれたのは行燈あんどうである。
「まだその以前でした。話すと大勢が気にしますから、実は宰八と云う、爺さん……」
「ああ、てんぼうの……でございますな。」
「そうです。あの親仁おやじにもわないでいたんですが、猫と一所に手毬の亡くなりますちつと、前です。」
 この古館ふるやかたのまずここへ坐りましたが、爺さんは本家へ、と云って参りました。黄昏たそがれにただ私一人で、これから女中が来て、湯を案内する、あがって来ます、ぜんが出る。床を取る、寝る、と段取のきまりました旅籠屋はたごやでも、旅は住心すみごころの落着かない、全く仮の宿です……のに、本家でもここを貸しますのを、承知する事か、しない事か。便りに思う爺さんだって、旅他国で畔道あぜみちの一面識。自分が望んでではありますが、家と云えば、この畳を敷いた――八幡不知やわたしらず
 第一要害がまるでわかりません。真中まんなかへ立ってあっちこっちみまわしただけで、今入って来た出口さえ分らなくなりましたほどです。
 大袈裟おおげさに言えば、それこそ、さあ、と云う時、遁路にげみちの無い位で。夏だけに、物の色はまだ分りましたが、日は暮れるし、貴僧あなた、黒門まではい天気だったものを、急に大粒な雨!と吃驚びっくりしますように、屋根へかかりますのが、このおっかぶさった、けやきの葉の落ちますのです。それと知りつつ幾たびも気になっては、縁側から顔を出して植込の空を透かしては見い見いしました、」
 と肩を落して、仰ぎざまに、ひさしはずれの空をのぞいた。
「やっぱり晴れた空なんです……今夜のように。」
「しますると……」
 旅僧は先祖が富士を見たさまに、首あげて天井の高きを仰ぎ、
「この、時々ぱらぱらと来ますのは、の葉でございますかな。」
「御覧なさい、星が降りそうですから、」
「成程。その癖音のしますたびに、ひやひやと身うちへこたえますで、道理こそ、一雨かかったと思いましたが。」
「お冷えなさるようなら、貴僧あなた、閉めましょう。」
「いいえ、蚊をきずにして五百両、夏の夜はこれが千金にも代えられません、かえって陽気の方がおよろしい。」
 と顔を見て、
「しかし、いかにもその時はおさみしかったでございましょう。」
「実際、貴僧あなた遥々はるばると国を隔てた事を思い染みました。このはてに故郷がある、と昼間三崎街道を通りつつ、考えなかったでもありませんが、場所と時刻だけに、また格別、古里が遠かったんです。」
「失礼ながら、御生国ごしょうごくは、」
豊前ぶぜん小倉こくらで、……葉越はごしと言います。」
 葉越は姓で、かれが名は明である。
「ああ、御遠方じゃ、」
 とあらためて顔を見る目も、法師は我ながら遥々と海をながめる思いがした。旅のやつれが何となく、袖を圧して、その単衣ひとえ縞柄しまがらにもあらわれていたのであった。
「そして貴僧あなたは、」
「これは申後もうしおくれました、わたくしは信州松本の在、至って山家ものでございます。」
「それじゃ、二人で、海山のお物語が出来ますね。」
 と、明は優しく、人つこい。

       二十二

「不思議な御縁で、何とも心嬉しく存じますが、なかなかお話相手にはなりません。ただ
承りまするだけで、それがしかし何よりわたくしには結構でございます。」
 と僧は慇懃いんぎんである。
 明は少し俯向うつむいた。せたあぎとに襟狭く、
「そのお話と云いますのが、実に取留めのない事で、貴僧あなたの前では申すのもお恥かしい。」
「決して、さような事はございません。茶店の婆さんはこの邸に憑物つきものの――ええ、ただ聞きましたばかりでも、成程、浮ばれそうもない、わかい仏たちの回向えこうも頼む。ついては貴下あなたのお話も出ましてな。何か御覚悟がおありなさるそうで、じっと辛抱をしてはござるが、怪しい事が重なるかして、お顔の色も、日ごとに悪い。
 と申せば、庭先の柿の広葉が映るせいで、それで蒼白あおじろく見えるんだから、気にするな、とおっしゃるが、お身体からだも弱そうゆえに、老寄としより夫婦で一層のこと気にかかる。
 昼の内は宰八なり、誰か、時々お伺いはいたしますが、この頃は気怯きおくれがして、それさえ不沙汰ぶさたがちじゃに因って、私によくお見舞い申してくれ、と云う、くれぐれもそのことづけでございました。が何か、最初の内、貴方あなた御逗留ごとうりゅうというのに元気づいて、血気な村の若い者が、三人五人、夜食の惣菜ものの持寄り、一升徳利なんぞ提げて、お話対手あいて夜伽よとぎはまだおだやかな内、やがて、刃物切物、鉄砲持参、手覚えのあるのは、係羂かけわなに鼠の天麩羅てんぷらを仕掛けて、ぐびぐび飲みながら、夜更けに植込みを狙うなんという事がありますそうで?――
 婆さんが話しました。」
「私は酒はいけず、対手は出来ませんから、皆さんの車座を、よく蚊帳の中から見ては寝ました。一時は随分にぎやかでした。
 まあ、いりかわりたちかわり、十日ばかり続いて、三人四人ずつ参りましたが、この頃は、ばったり来なくなりましたんです。」
「と申す事でございますな。ええ、時にその入りかわり立ち交りにつけて、何か怪しい、」
 と言いかけてと見返った、次のと隔てのふすまは、二枚だけ山のように、行燈あんどうの左右に峰を分けて、隣国となりぐにまでは灯が届かぬ。
 心も置かれ、後髪も引かれたさまに、僧は首に気を入れて、ぐっと硬くなって、向直って、
「その怪しいものの方でも、手をかえ、品をかえ、おびやかす。――何かその……畳がひとりでに持上りますそうでありますが、まったくでございますかな。」
 じって聞くと、また俯向うつむいて、
「ですから、お話しもきまりが悪い、取留めのない事だと申すんです。」
「ははあ、」
 と胸を引いて、僧はくつろいださまに打笑い、
「あるいはそうであろうかにも思いましたよ。では、ただ村のものがい加減な百物語。その実、嘘説うそなのでございますので?」
「いいえ、それは事実です。畳はあがりますとも。貴僧あなた、今にも動くかも分りません。」
「ええ!や、それは、」
 と思わず、膝をすべらした手で、はたはたとおさえると、爪も立ちそうにない上床じょうどこの固い事。
「これが、動くでございますか。」
「ですから、取留めのない事ではありませんか。」
 としずかに云うと、黙って、ややあってまたたきして、
「さよう、余り取留めなくもないようでございます。すると、坐っているものはいかがな儀に相成りましょうか。」
「騒がないで、じっとしていさえすれば、何事もありません。動くと申して、別にさかさに立って、裏返しになるというんじゃないのですから、」
「いかにも、まともにそれじゃ、人間が縁の下へ投込まれる事になりますものな。」
「そうですとも。そうなった日には、足の裏をにかわ附着くッつけておかねばなりません。
 何ともないから、お騒ぎなさるなと云っても、村の人がかないで、畳のこの合せ目が、」
 と手をいて、ずっとてのひらすべらしながら、
「はじめに、長い三角だの、小さな四角に、ふちを開けて、きしきしと合ったり、がらがらと離れたり、しかし、そのはやい事は、稲妻のように見えます。
 そうするともう、わっと言って、飛ぶやらねるやら、やあ!と踏張ふんばって両方の握拳にぎりこぶしで押えつける者もあれば、いきなり三宝火箸ひばしでも火吹竹でも宙で振廻す人もある――まあ一人や二人は、きっとそれだけで縁から飛出してげてきます。」

       二十三

「どたん、ばたん、えらい騒ぎ。その立騒ぐのに連れて、むくむくむくむく、と畳を、貴僧あなた、四隅から持上げますが、二隅ずつ、どん、どん、順に十畳敷を一時いっときに十ウ、下から握拳を突出すようです。それ毛だらけだ、わあ女の腕だなんて言いますが、何、その畳の隅が裏返るように目まぐるしくかえるんです。
 もうそうなると、気のあがった各自てんでが、自分の手足で、茶碗を蹴飛けとばす、徳利とっくりを踏倒す、海嘯つなみだ、とわめきましょう。
 その立廻りで、何かの拍子にゃ怪我もします、踏切ったくらいでも、ものがものですから、片足切られたほどに思って、それがために寝ついたのもあるんだそうで。漁師だとか言いましたっけ。一人、わざわざ山越えで浜の方から来たんだって、怪物ばけものに負けない禁厭まじないだ、と※(「魚+覃」、第3水準1-94-50)えいの針を顱鉄はちがねがわりに、手拭てぬぐいに畳込んで、うしろ顱巻はちまきなんぞして、非常ないきおいだったんですが、猪口ちょこかけの踏抜きで、いたみひどい、おたたりだ、と人におぶさって帰りました。
 その立廻りですもの。あかりが危いからわき退いて、私はそのたびに洋燈ランプおさえ圧えしたんですがね。
 坐ってる人が、ほんとに転覆ひっくりかえるほど、根太ねだから揺れるのでない証拠には、私が気を着けています洋燈ランプは、躍りはためくその畳の上でも、じっとして、ちっとも動きはせんのです。
 しかしまた洋燈ばかりが、笠から始めて、ぐるぐると廻った事がありました。やがて貴僧あなた風車かざぐるまのように舞う、その癖、場所は変らないので、あれあれと云う内に火が真丸まんまるになる、と見ている内、白くなって、それに蒼味あおみがさして、ぼうとして、じっすわる、そのいやな光ったら。
 映る手なんざ、水へ突込つッこんでるように、うねったこの筋までが蒼白く透通って、各自てんでの顔は、みんなその熟した真桑瓜まくわうりに目鼻がついたように黄色くなったのを、見合せて、呼吸いきを詰める、とふわふわと浮いて出て、その晩の座がしらという、一番強がった男の膝へ、ふッと乗ったことがあるんですね。
 わッと云うから、騒いじゃ怪我をしますよ、と私が暗い中で声を掛けたのに、猫化ねこばけやっつけろ、と誰だか一人、庭へ飛出してげながらわめいた者がある。畜生、と怒鳴って、貴僧、危いの何のじゃない!
 ぱっ[#「火+發」、189-13]あかるくなってもととおり洋燈が見えると、その膝に乗られた男が――こりゃ何です、い加減な年配でした――かつて水兵をした事があるとか云って、かねて用意をしたものらしい、ドギドギする小刀ナイフを、火屋ほやの中から縦に突刺してるじゃありませんか。」
「大変で、はあ、はあ、」
「ト思うと一呼吸いきに、油壺をかけて突壊つきこわしたもんだから、流れるような石油で、どうも、後二日ばかり弱りました。
 その時は幸に、当人、手にきずをつけただけ、いきおいで壊したから、火はそれなり、ばったり消えて、何の事もありませんでしたが、もしやの時と、みんなが心掛けておきました、蝋燭ろうそくけて、跡始末にかかると、さあ、可訝おかしいのは、今の、怪我で取落した小刀ナイフが影も見えないではありませんか。
 驚きました。これにゃ、みんな貴僧あなた茶釜ちゃがまの中へ紛れ込んでたたるとか俗に言う、あの蜥蜴とかげ尻尾しっぽの切れたのが、行方知れずになったより余程よっぽど厭な紛失もの。襟へ入っていはしないか、むずむずするの、ふんどしへささっちゃおらんか、ひやりとするの、たもとか、すそか、と立つ、坐る、帯を解きます。
 前にも一度、大掃除の検査に、階子はしごをさして天井へ上った、警官おまわりさんの洋剣サアベルが、何かの拍子にさかさまになって、鍔元つばもとが緩んでいたか、すっと抜出ぬけだしたために、下に居たものが一人、切られた事がある座敷だそうで。
 外のものとは違う。切物きれものは危い、よく探さっしゃい、針を使ってさえ始める時としまう時には、ちゃんと数を合わせるものだ。それでもよく紛失するが、畳の目にこぼれた針は、奈落へ落ちて地獄の山の草に生える。で、餓鬼が突刺される。その供養のために、毎年六月の一日は、氷室ひむろ朔日ついたちと云って、わかい娘が娘同士、自分で小鍋立こなべだてのままごとをして、客にも呼ばれ、呼びもしたものだに、あのギラギラした小刀ナイフが、縁の下か、天井か、承塵なげしの途中か、在所ありどころが知れぬ、とあっては済まぬ。これだけは夜一夜よっぴてさがせ、と中に居た、酒のみの年寄が苦り切ったので、総立ちになりました。
 これは、私だって気味が悪かったんです。」
 僧はただ目でこたえ、目でうなずく。

       二十四

洋燈ランプの火でさえ、大概度胆どぎもを抜かれたのが、頼みに思った豪傑は負傷するし、今の話でまた変な気になる時分が、夜も深々と更けたでしょう。
 どんな事で、どこからほうり投げまいものでもない。何か、対手あいての方も斟酌しんしゃくをするか、それとも誰も殺すほどの罪もないか、命に別条はまず無かろうが、怪我は今までにも随分ある。
 さあ、捜す、となると、五人の天窓あたま燭台しょくだいが一ツです。ろうの継ぎ足しはあるにして、一時いっときに燃すと翌方あけがたまでの便たよりがないので、手分けをするわけにはきません。
 もうそうなりますとね、一人じゃ先へ立つのもいやがりますから、そこで私が案内する、と背後あとからぞろぞろ。その晩は、鶴谷の檀那寺だんなでら納所なっしょだ、という悟った禅坊さんが一人。変化へんげ出でよ、一喝いっかつで、という宵の内の意気組で居たんです。ちっとお差合いですね、」
「いえ、宗旨違いでございます、」
 と吃驚びっくりしたように莞爾にっこりする。
「坊さんまじりその人数にんずで。これが向うの曲角から、突当りのはばかりへ、廻縁まわりえんになっています。ぐるりとその両側、雨戸を開けて、沓脱くつぬぎのまわり、縁の下をのぞいて、念のため引返して、また便所はばかりの中まで探したが、光るものは火屋ほやかけらも落ちてはいません。
 じゃあ次のを……」
 と振返って、そのおおきなるふすまを指した。
「とみんなが云うから、私は留めました。
 ここを借りて、一室ひとまだけでも広過ぎるから、来てからまだ一度も次ののぞいて見ない。こういう時開けては不可いけません。廊下から、かわやまでは、宵から通った人もある。転倒てんどうしている最中、どんな拍子で我知らず持って立って、落して来ないとも限らんから、念のため捜したものの、誰も開けない次のへ行ってるようでは、何かがかくしたんだろうから、よし有ったにした処で、先方さきにもしその気があれば、怪我もさせよう、傷もつけよう。さて無い、となると、やっぱり気が済まんのは同一おんなじ道理。押入ものぞけ、棚も見ろ、天井も捜せ、根太板をはがせ、となっては、何十人でかかった処で、とてもこの構えうち隅々までくまなく見尽される訳のものではない。人足の通った、ありそうな処だけで切上げたがいでしょう――
 それもそうか、いよいよ魔隠しに隠したものなら、山だか川だか、知れたものではない。
 まあ、人間わざかなわん事に、断念あきらめは着きましたが、危険けんのんな事には変わりはないので。いつ切尖きっさきが降って来ようも知れません。ちっとでもたてになるものをと、みんな同一おなじ心です。言合わせたように順々に……さきへ御免をこうむりますつもりで、私が釣っておいた蚊帳へ、総勢六人で、小さくなってかがみました。
 変におしおきでも待ってるようでなお不気味でした。そうか、と云って、よる夜中よなか、外へ遁出にげだすことは思いも寄らず、で、がたがた震える、突伏つッぷす、一人で寝てしまったのがあります、これが一番可いのです。坊様ぼうさんは口のうちで、しきりにぶつぶつと念じています。
 その舌のもつれたような、便たよりのない声を、蚊のうなる中に聞きながら、私がうとうとしかけました時でした。そっと一人がゆすぶり起して、
(聞えますか、)
 と言います。
(ココだ、ココだ、と云う声が、)と、耳へ口をつけてささやくんです。それから、それへ段々、また耳移しに。
失物うせものはココにある、というお知らせだろう、)
(どうか、)と言う、ひそひそ相談ばなし
 耳を澄ますと、蚊帳越の障子のようでもあり、廊下の雨戸のようでもあり、次の間と隔ての襖際ふすまぎわ……また柱の根かとも思われて、カタカタ、カタカタと響く――あの茶立虫ちゃたてむしとも聞えれば、壁の中で蝙蝠こうもりが鳴くようでもあるし、縁の下で、ひきがえるが、コトコトと云うとも考えられる。それが貴僧あなた、気の持ちようで、ココ、ココ、ココヨとも、ココト、とも云うようなんです。
 自分のだけに、手を繃帯ほうたいした水兵の方が、一番に蚊帳を出ました。
 返す気で、在所ありかをおっしゃるからは仔細しさいはない、と坊さんがまた這出はいだして、畳に擦附けるように、耳を澄ます。と水兵の方は、真中まんなかで耳を傾けて、腕組をして立ってなすったっけ。見当がついたと見えて、目で知らせ合って、上下うえしたうなずいて、その、貴僧あなた背後うしろになってます、」
「え!」
 と肩越にふち差覗さしのぞくがごとく、座をずらして見返りながら、
「成程。」
「北へ四枚目の隅の障子を開けますとね。溝へ柄を、その柱へ、切尖きっさきを立掛けてあったろうではありませんか。」

       二十五

「それッきり、危うございますから、刃物は一切いっせつ厳禁にしたんです。
 遊びに来て下さるもし、夜伽よとぎとおっしゃるも難有ありがたし、ついでに狐狸こりたぐいなら、退治しようも至極ごもっともだけれども、刀、小刀ナイフ、出刃庖丁、刃物と言わず、やり、鉄砲、――およそそういうものは断りました。
 私も長い旅行です。随分どんな処でも歩行あるき廻ります考えで。いざ、と言や、投出して手をくまでも、短刀を一口ひとふり持っています――母の記念かたみで、峠を越えます日の暮なんぞ、随分それがために気丈夫なんですが、つつしみのために桐油とうゆに包んで、風呂敷の結び目へ、しっかり封をつけておくのですが、」
「やはり、おのずから、その、抜出すでございますか。」
「いいえ、これには別条ありません。盗人ぬすっとでも封印のついたものは切らんと言います。もっとも、怪物ばけもの退治に持って見えます刃物だって、自分で抜かなければ別条はないように思われますね。それに貴僧あなた騒動さわぎ起居たちいに、一番気がかりなのは洋燈ランプですから、宰八爺さんにそう云って、こうやって行燈あんどうに取替えました。」
「で、行燈は何事も、」
「これだってあがります。」
「あの上りますか。宙へ?」
 時に、明の、行燈のその皿あたりへ、仕切って、うつむけに伏せた手が白かった。
「すう、とこう、畳を離れて、」
「ははあ、」
 とばかり、僧は明の手のかげで、ともしびが暗くなりはしないか、とあやぶんだ目色めつきである。
「それも手をかけて、おさえたり、据えようとしますと、そのはずみに、油をこぼしたり、台ごとひっくりかえしたりします。さわらないで、じっ柔順おとなしくしてさえいれば、元の通りに据直すわりなおって、が明けます。一度なんざ行燈が天井へ附着くッつきました。」
「天……井へ、」
「下に蚊帳が釣ってありますから、私も存じながら、寝ていたのを慌てて起上って、蚊帳越にふらふら釣り下った、行燈の台を押えようと、うっかり手をかけると、誰か取って引上げるように鴨居かもいを越して天井裏へするりと入ると、裏へちゃんと乗っかりました。もううずたかい、鼠の塚か、と思うすすのかたまりも見えれば、はるかに屋根裏へ組上げた、柱の形も見える。
 可訝おかしいな、屋根裏が見えるくらいじゃ、天井の板がどこか外れたはずだが、とふと気がつくと、桟がゆるんでさえおりますまい。

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