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吉原新話(よしわらしんわ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-23 10:57:55  点击:  切换到繁體中文



       七

「ゴロロロロ、」
 と濁った、太い、変に地響きのする声がした、――不思議は無い。猫が鳴いた事は、誰の耳にも聞えたが、場合が場合で、一同が言合わせたごとく、その四角な、大きな、真暗まっくらな穴の、はるかな底は、上野天王寺の森の黒雲が灰色の空ににじんで湧上わきあがる、窓を見た。
 フト寂しい顔をしたのもあるし、苦笑いをしたのもあり、中にはピクリと肩を動かした人もあった。
三輪みいちゃん、内の猫かい。」
 民弥は、その途端に、ひたと身を寄せたお三輪にたずねた。……遠慮をしながら、なるたけこの男のそばに居て、先刻さっきから人々の談話はなしの、すご可恐おそろしい処というと、そっすがり縋り聞いていたのである。
「いいえ、内の猫は、この間死にました。」
「死んだ?」
「ええ、どこの猫でしょう……近所のは、みんなたま(猫の名)のお友達で、私は声を知ってるんですけれど……可厭いやな声ね。きっと野良猫よ。」
 それときまっては、内所ないしょの飼猫でも、遊女おいらんの秘蔵でも、遣手やりて懐児ふところごでも、町内の三毛、ぶちでも、何のと引手茶屋の娘のいきおい。お三輪は気軽にと立って、襟脚を白々と、結綿ゆいわたの赤い手絡てがらを障子のさんへ浮出したように窓をのぞいた。
げてよ。もう居やしませんわ。」
 一人の婦人が、はらはらと後毛おくれげのかかった顔で、
ねえさん。」
「はーい、」と、呼ばれたのを嬉しそうな返事をする。
「閉めていらっしゃいな。」
 で、蓮葉はすはにぴたり。
 後に話合うと、階下したへ用達しになど、座をって通る時、その窓の前へくと、希代きたいにヒヤリとして風が冷い。処で、何心なく障子をスーツと閉めてく、……帰りがけに見るとさらりといている。が、誰もそこへ坐るのでは無いから、そのままにして座に戻る。また別人が立つ、やっぱりぞっとするから閉めてく、帰りがけにはちゃんと開けてあった。それを見た人は色々で、細目の時もあり、七八分目の時もあり、開放しの時もあった、と言う。
 さて、そのときまでは、言ったごとく、陽気立って、何が出ても、ものが身に染むとまでには至らなかったが、物語の猫が物干の声になってから、各自おのおの言合わせたように、膝が固まった。
 時々灰吹の音も、一ツがねのようにカーンと鳴って、寂然しんと耳に着く。……
 気合があらたまると、畳もかっと広くなって、向合むかいあい、隣同士、ばらばらと開けて、あわいが隔るように思われるので、なおひしひしと額を寄せる。
「消そうか、」
「大人気ないが面白い。」
 ここで電燈でんきが消えたのである。――
「案外身に染みて参りました。人数の多過ぎなせいもありましょう。わざとあかりを消したり、行燈あんどうに変えたりしますと、どうもちと趣向めいて、バッタリ機巧からくりるようで一向潮が乗りません。
 せんの向島の大連の時で、その経験がありますから、今夜は一番ひとつあかり晃々こうこうとさして、どうせあらわれるものなら真昼間まっぴるまおいでなさい、明白でい、と皆さんとも申合せていましたっけ。
 いや、こうなると、やっぱり暗い方が配合うつりうございます、身が入りますぜ、これから。」
 と言う、幹事雑貨店主のえた声が、キヤキヤと刻込きざみこんで、響いて聞えて、声を聞く内だけ、その鼻のたかい、せて面長おもながなのが薄らあおく、頬のげっそりと影の黒いのが、ぶよぶよとした出処でどこの定かならぬ、他愛の無いあかりに映って、ちょっとでも句が切れると、はたと顔も見えぬほどになったのである。

       八

 あかりは水道尻のその瓦斯がすと、もう二ツ――一ツは、この二階から斜違はすっかいな、京町きょうまちの向う角の大きな青楼の三階の、真角まっかど一ツ目の小座敷の障子を二枚両方へ明放したうちに、青い、が、べっとりした蚊帳かやを釣って、行燈あんどうがある、それで。――夜目には縁も欄干らんかん物色うかがわれず、ただその映出うつしだした処だけは、たとえば行燈の枠のげたのが、朱塗しゅぬりであろう……と思われるほど定かに分る。……そこが仄明ほのあかるいだけ、大空の雲の黒さが、此方こなたに絞った幕の上を、底知れぬ暗夜やみにする。……が、くるわが寂れて、遠く衣紋坂えもんざかあたりを一つくるまの音の、それも次第に近くはならず、途中の電信の柱があると、母衣ほろいかのぼり引掛ひっかかりそうに便たよりなくひびきが切れて光景ありさまなれば、のべの蝴蝶ちょうちょうが飛びそうななまめかしさは無く、荒廃したる不夜城の壁の崩れから、菜畠になった部屋が露出むきだしで、怪しげな朧月おぼろづきめく。その行燈の枕許まくらもとに、有ろう? 朱羅宇しゅらお長煙管ながぎせるが、蛇になって動きそうに、蓬々おどろおどろと、曠野あれの※(「彳+淌のつくり」、第3水準1-84-33)※(「彳+羊」、第3水準1-84-32)さまよう夜の気勢けはい。地蔵堂に釣った紙帳より、かえってわびしき草のねやかな。
 風の死んだ、しんとした夜で、あたかも宙に拡げたような、蚊帳のそのすそが、そよりとそよぐともしないのに、この座の人の動くに連れて、屋の棟とともに、すっと浮いて上ったり、ずうと行燈と一所に、沈んで下ったりする。
 もう一つは同じ向側の、これは低い、幕の下にかかって、真暗まっくらかどへ、奥の方から幽かにあかりの漏れるのが、戸の格子の目もまばらに映って、灰色に軒下の土間をぼううて、白い暖簾のれんちぎれたのを泥にまみらした趣がある。それと二つである。
 その家は、表をずッと引込ひっこんだ処に、城のやぐらのような屋根が、雲の中に陰気に黒い。両隣は引手茶屋で、それは既に、先刻さっき中引けが過ぎる頃、伸上ってしとみを下ろしたり、仲の町の前後あとさきを見て戸を閉めたり、揃って、家並やなみは残らず音も無いこの夜更よふけの空を、に引く腰張の暗い板となった。
 時々、海老屋の大時計のつらが、時間ときの筋をうねらして、かすかな稲妻にひらめき出るのみ。二階で便たよる深夜の光は、瓦斯がすを合わせて、ただその三つのともしびとなる。
 中のどれかが、折々気紛きまぐれの鳥影のすように、飜然ひらりと幕へ附着くッついては、一同の姿を、種々いろいろに描き出す。……
 時しもありけれ、魯智深が、おおいなる挽臼ひきうすのごとき、五分刈頭を、天井にぐるりと廻して、
「佐川さんや、」
 と顔は見えず……その天井の影が動く。話の切目で、しわぶきの音も途絶えた時で、ひょいと見ると誰の目にも、上にぼんやりと映る、その影が口を利くかと思われる。従って、声もがッと太く渦巻く。
「変に静まりましたな、もって来いというの時じゃ、何ぞお話し下さらんか。宵からまだ、貴下あなたに限って、一ツもすごいのが出ませんでな、所望ですわ。」
 成程、民弥は聞くばかりで、まだ一題も話さなかった。
「差当り心当りが無いものですから、」
 とその声も暗さを辿たどって、
「皆さんが実によく、種々いろいろ可恐おそろしいのを御存じです。……たしかにお聞きになったり、また現にったり見たりなすっておいでになります。
 私は、又聞きに聞いたのだの、本で読んだのぐらいな処で、それもこしらえものらしいのが多いんですから、差出てお話するほどのがありません。生憎あいにく……ッても可笑おかしいんですが、ざらある人魂ひとだまだって、自分で見た事はありませんでね。あやしい光物といっては、鼠がくわえ出したたらの切身が、台所でぽたぽたと黄色く光ったのを見て吃驚びっくりしたくらいなものです。お話にはなりません。
 けれども、嬉しがって一人で聞かしてばかり頂いていたんでは、余り勝手過ぎます。申訳が無いようですから、つまらない事ですが、一つ、お話し申しましょうか。
 日の暮合いに、今日、現に、此家ここへ参ります途中でした。」

       九

可恐こわい事、ちょっと、可恐くって。」
 と例の美しい若い声が身近に聞えて、ぞっとするように袖をすぼめた気勢けはいがある。
「私に附着くッついていらっしゃい。」と蘭子がそばで、香水の優しいかおり
「いや、下らないんですよ、」
 と、慌てたように民弥は急いで断って、
「ちと薄気味でも悪いようだと、御愛嬌ごあいきょうになるんだけれど……なんにもにも、一向要領を得ないんです、……時にだね、三輪みいちゃん。」
 とちとあらたまって呼んだ時に、みんなが目をそそぐと、どのあかりか、仏壇に消忘れたようなのがかすかに入って、スーと民弥のその居直った姿を映す。……これは生帷きびらの五ツ紋に、白麻の襟をかさねて、はかまちゃくでいた。――あたかもその日、つながる縁者の葬式とむらいを見送って、その脚で廻ったそうで、時節柄の礼服で宵から同じ着附けが、この時際立って、一人、舞台へ出たように目に留まった。麻は冷たい、さっくりとしてはだにも着かず、肩肱かたひじ凜々りりしく武張ぶばったが、中背でせたのが、薄ら寒そうな扮装なり、襟を引合わせているので物優しいのに、細面ほそおもてで色が白い。座中では男のうち第一いっち年下の二十七で、少々わかわかしいのも気の弱そうに見えるのが、今夜の会には打ってつけたような野辺送りの帰りと云う。
 気のせいか、沈んで、しおれて見える処へ、打撞ぶつかったその冷い紋着もんつきで、水際の立ったのが、うっすりと一人浮出したのであるから、今その呼懸けたお三輪さえ、声に応じて、結綿ゆいわたの綺麗な姿が、可恐こわそうな、可憐かれんな風情で、並んでそこへ、呼出されたように、座上の胸に描かれた。
「つかん事を聞くがね、どこかこの近所で、今夜あたりお産をしそうな人はあるまいか。」
 と妙な事を沈んで聞く。
「今夜……ですか。」とお三輪はきっぱり聞返す。
「……そうだね、今夜、とまった事も無いけれど、この頃にさ、そういううちがありやしないかい。」
嬰児あかんぼが生れるとこ?」
「そうさ、」
「この近所、……そうね。」
 せっかく聞かされたものを、あればいが、と思う容子ようすで、しばらくして、
「無いわ、ちっと離れていては悪くって、江戸町辺。」
「そこらにあるかい。」
 と気を入れる。
「無い事よ、――やっぱり、」とうっかりしたように澄まして言う。
「何だい、つまらない。」
 と民弥は低声こごええみを漏らした。
「ちょいと、階下したへ行って、さあちゃんに聞いて来ましょうか。」
「…………」
「ええ、兄さん、」
 とったが、フト黙って、
「私、聞いて来ましょう、先生。」
「何、い、それには及ばんのだよ。……いいえ、少しね、心当りな事があるもんだから、そらね。」
 とななめになって、俯向うつむいて幕張まくばりすそから透かした、ト酔覚よいざめのように、顔の色が蒼白あおじろい。
「向うに、暗くあかりいたうちが一軒あるだろう……近所はみんなしまっていて。」
「はあ、お医者様のならび、あすこは寮よ……」
「そうだ、公園ぢかだね。あすこへ時々客では無い、町内の人らしいのが、引過ひけすぎになってもちょいちょい出たり入ったりするから、少しその心当りの事もあるし、……何も夜中の人出入りが、お産とはきまらないけれど、その事でね。もしかすると、そうではあるまいか、と思ったからさ。何だか余り合点のみこみ過ぎたようで妙だったね。」

       十

「それに何だか、あかりも陰気だし、人の出入りも、ばたばたして……病人でもありそうな様子だったもんだから。」
 と言って、そのあかり俯向うつむいて見透かす、民弥の顔にまた陰気な影がした。
「でもね、当りましたわ、先生、やっぱり病人があるのよ。それでもって、寝ないでいるの、お通夜つやをして……」
「お通夜?」
 と一人、縁に寄った隅の方から、声を懸けた人がある。
「あの……」
夜伽よとぎじゃないか。」と民弥が引取ひっとる。
「ああ、そうよ。私は昨夜ゆうべも、お通夜だってそう言って、さあちゃんに叱られました。……その夜伽なのよ。」
「病人は……女郎衆じょうろしゅかい。」
「そうじゃないの。」
 とついまたものいいが蓮葉はすはになって、
「照吉さんです、知ってるでしょう。」
 民弥は何か曖昧あいまいな声をして、
「私は知らないがね、」
 けれども一座の多人数は、皆耳をそばだてた。――彼は聞えたおんなである――中には民弥の知らないという、その訳をさえ、よく心得たものがある。その梅次と照吉とは、待宵まつよい後朝きぬぎぬ[#ルビの「きぬぎぬ」は底本では「きねぎぬ」]、とついくるわで唄われた、仲の町の芸者であった。
 お三輪はサソクに心着いたか、急に声も低くなって、
「芸者です、今じゃ、あの、一番綺麗な人なんです、芸もいの。可哀相だわ、大変に塩梅あんばいが悪くって。それだもんですから、内は角町すみちょうの水菓子屋で、出ているのは清川(引手茶屋)なんですけれど、どちらも狭いし、それに、こんな処でしょう、落着いて養生も出来ないからって……ここでも大切なねえさんだわ。ですからみんなで心配して、海老屋でもしんせつにそう云ってね、四五日前から、寮で大事にしているんですよ。」
「そうかい、ちっとも知らなかった。」と民弥はうっかりしたように言う。
夜伽よとぎをするんじゃ、大分悪いな。」と子爵が向うから声を懸けた。
「ええ、不可いけないんですって、もうむずかしいの。」
 とお三輪は口惜くやしそうに、打附ぶッつけて言ったのである。
「何の病気かね。」
 と言う、魯智深の頭は、この時も天井で大きく動いた。
「何んですか、しょうがちっとも知れないんですって。」
 民弥は待構えてでもいたように、
「お医師いしゃくるわのなんだろう、……そう言っちゃ悪いけれど。」
「いいえ、立派な国手せんせい綱曳つなびきでいらっしゃったんですの。でもね、ちっとも分りませんとさ。そしてね、照吉さんが、病気になった最初はじめっから、なぜですか、もうちゃんと覚悟をして、清川を出て寮へ引移るのにも、手廻りのものを、きちんと片附けて、この春からけるようにしたっちゃ、威張っていた、小遣帳こづかいちょうの、あの、蜜豆みつまめとした処なんか、棒を引いたんですってね。才ちゃんはそう言って、話して、笑いながら、ほろほろ涙を落すのよ。
 いつ煩っても、ごまかして薬をのんだ事のない人が、その癖、あの、……今度ばかりは、掻巻かいまき凭懸よりかかっていて、お猪口ちょこを頂いて飲むんだわ。それがなお心細いんだって、みんなそう云うの。
 私も、あの、手に持って飲まして来ます。
三輪みいちゃん、さようなら。)って俯向うつむくんです、……まくらにこぼれて束ね切れないの、私はね、くしを抜いてそっと解かしたのよ……雲脂ふけなんかちっとも無いの、するする綺麗ですわ、そして煩ってから余計にえたようよ……髪ばかり長くなって、段々命が縮むんだわねえ。――兄さん、」
 と、話に実がるとつい忘れる。
「可哀相よ。そして、いつでもそうなの、見舞にくたんびに(さようなら)……」

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