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売色鴨南蛮(ばいしょくかもなんばん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-23 10:18:16  点击:  切换到繁體中文



       三

 鼻のたかいその顔が、ひたひたと横に寄って、胸に白粉おしろいの着くように思った。
 宗吉は、愕然がくぜんとするまで、再び、似た人の面影をその女に発見みいだしたのである。
 緋縮緬の女は、櫛巻くしまきに結って、黒縮緬の紋着もんつきの羽織を撫肩なでがたにぞろりと着て、せた片手を、力のない襟に挿して、そうやって、引上げたつまおさえるように、膝に置いた手に萌黄色もえぎいろのオペラバッグを大事そうに持っている。もう三十を幾つも越した年紀としごろから思うと、小児こどもの土産にする玩弄品おもちゃらしい、粗末な手提てさげを――大事そうに持っている。はきものも、襦袢じゅばんも、素足も、櫛巻も、紋着も、何となくちぐはぐな処へ、色白そうなのが濃い化粧、口の大きく見えるまで濡々ぬれぬれべにをさして、細いえりの、真白な咽喉のどを長く、明神の森の遠見に、伸上るような、ぐっと仰向いて、大きな目をじっ※(「目+爭」、第3水準1-88-85)みはった顔は、首だけ活人形いきにんぎょういだようで、綺麗きれいなよりは、ものすごい。ただ、美しく優しく、しかもきりりとしたのはたぐいなきその眉である。
 眉は、宗吉の思う、忘れぬ女と寸分違わぬ。が、この似たのは、もう一人の丸髷の方が、従弟の細君に似たほど、適格しっくりしたものでは決してない。あるいはそれが余りよく似たのに引込まれて、心に刻んだ面影が緋縮緬の方に宿ったのであろうも知れぬ。
 よし、眉の姿ただ一枚でも、秦宗吉の胸は、夢に三日月を呑んだように、きらりと尊く輝いて、時めいて躍ったのである。
 ――お千と言った、その女は、実に宗吉が十七の年紀とし生命いのちの親である。――
 しかも場所は、面前まのあたり彼処かしこに望む、神田明神の春のの境内であった。
「ああ……もう一呼吸ひといきで、剃刀かみそりで、……」
 と、今ながめても身の毛が悚立よだつ。……森のめぐりの雨雲は、陰惨な鼠色のくまを取った可恐おそろしい面のようで、家々の棟は、瓦のきばを噛み、歯を重ねた、その上に二処ふたところ三処みところ赤煉瓦あかれんがの軒と、亜鉛トタン屋根の引剥ひっぺがしが、高い空に、かっと赤い歯茎をいた、人をう鬼の口に髣髴ほうふつする。……その森、その樹立こだちは、……春雨のけぶるとばかり見る目には、三ツ五ツ縦に並べた薄紫の眉刷毛まゆばけであろう。死のうとした身の、その時を思えば、それもさかしまに生えた蓬々おどろおどろひげである。
 その空へ、すらすらとかりがねのように浮く、緋縮緬の女の眉よ! 瞳もすわって、まばたきもしないで、恍惚うっとりと同じ処を凝視みつめているのを、宗吉はまたちらりと見た。
 ああその女?
 と波を打ってとどろく胸に、この停車場は、おおいなる船の甲板の廻るように、みよしを明神の森に向けた。
 手に取るばかりなお近い。
「なぞえに低くなった、あそこが明神坂だな。」
 その右側の露路の突当りの家で。……
 ――死のうとした日の朝――宗吉は、年紀上としうえかれの友達に、顔をあたってもらった。……その、明神の境内で、アワヤ咽喉のんどに擬したのはその剃刀であるが。
(ちょっと順序をつけよう。)
 宗吉は学資もなしに、無鉄砲に国を出て、行処ゆきどころのなさに、その頃、ある一団の、取留めのない不体裁なその日ぐらしの人たちの世話になって、辛うじて雨露うろしのいでいた。
 その人たちというのは、主に懶惰らんだ放蕩ほうとうのため、世に見棄てられた医学生の落第なかまで、年輩も相応、女房持にょうぼうもちなどもまじった。中には政治家の半端もあるし、実業家の下積、山師も居たし、真面目まじめに巡査になろうかというのもあった。
 そこで、宗吉が当時寝泊りをしていたのは、同じ明神坂の片側長屋の一軒で、ここには食うや食わずの医学生あがりの、松田と云うのが夫婦で居た。
 その突当りの、柳の樹に、軒燈の掛った見晴みはらしのいい誰かの妾宅しょうたくの貸間に居た、露の垂れそうな綺麗なのが……ここに緋縮緬の女が似たと思う、そのお千さんである。

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